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第七話 喧嘩

 うちの班で喧嘩する奴と言えば、千条か軽部くらいのものだろう。優希は絶対に無いと断言できる。アイツは一方的に殴られるだけだ。奈緒はよほどのことがあれば反撃するかもしれないが、その前に俺達に相談なりするはずだ。雨宮は何を考えているのかは分からないが、大人しい奴に見えた。

 やっぱり、軽部だろうなぁ。

 千条は舌戦で相手を抹殺することができるから、騒ぎになったとしても先生が呼び出される事態になるとも思えない。


 だが、その場に行ってみると、どうやら俺の予想は外れたようだった。


「まずいって、雨宮。その辺でもういいだろ」


「放して!」


 軽部が暴れる雨宮の腕を掴んで、止めているようだ。

 何があったかは分からないが、雨宮は興奮して激しく怒っている様子。

 そのすぐ側に、名前は忘れたが、ギャルチームの女子が一人倒れていて、涙目になっていた。


「うう、先生ぇー、アタシ、コイツに殴られたんですけどぉ~」


「他の生徒は今すぐ持ち場に戻れ。火を掛けたままで火元を離れている馬鹿は、私の権限で停学にしてやるぞ」


 静かにそう言い放つと、全員、本気だと察したのだろう。生徒達が肩をすくめながら戻っていく。


「で、何があった? 軽部、お前が説明しろ」


「え、オレっすか? そう言われても、オレも何が何やらで」


「見たことだけ話せば良い」


「じゃあ、最初に、オレらが料理を見てたらコイツが――早乙女がやってきて、軽い世間話っぽいことを言ってきたんスよ。まあ、オレらも普通に話をしてて、そこまでは何でも無かったっつーか」


「その次は何があった」


「早乙女が鍋を開けようとして、雨宮が邪魔したんすよ。ま、そこは通せんぼって感じだけで」


「アタシは、料理がどうなってるか、親切心でちょっと見てあげようかと思って。だってこいつら、ただ火を見てるだけで中見てないし」


「それは余計なお節介だったな、早乙女。この班の管理下にある鍋だ。焦げていようが生煮えだろうが、雨宮が邪魔したなら、そこで諦めるのが常識というモノだ。まあいい、おおよその事情は分かった。事の発端は、早乙女、お前が全部悪い」


「えぇー? でも、こいつ、いきなり殴ってきて」


「そうなのか? 雨宮」


「違う。これ」


 デジカメを出してくる雨宮。


「壊れたのか?」


 首を横に振る。そして、黙ったまま少し必死にカメラをつつき始めた。

 カメラを取られたかどうにかしたのか?


「こいつ、訳分かんないし。それより先生、ここ見て、ここ」


「少し赤くなっているだけだ。骨も行ってないな。雨宮、次からボディを狙うようにしろ」


「ちょっ! なにそれぇー」


 うわぁ。この先生、絶対、元ヤンキーだわ。


「それと雨宮、そこまで大事なカメラなら、こんな場所には持ってくるな」


「違う。こんな安物、どうだっていい。これを見て」


 カメラに付属している液晶パネルで、映像が再生された。



「アンタ達のカレー、上手くいってるわけ? アタシがちょっと味見してあげよっか?」


「いいって、早乙女。それ、千条と如月が妙に力入れて作ってたから、下手につつかない方が良いぞ」


「ふん、その二人、いないじゃん」


「いや、如月はトイレに行くって。すぐ戻ってくるよ」


「ちょっと、邪魔しないでよ。見るだけだってば」


 ごそごそと服がこすれるノイズが混ざる。カメラもブレて、早乙女と雨宮がもみ合いになっているのが分かる。


「おいおい、危ないぞ、よせって」


 ここで軽部の近づいてくる声が入った。

 その直後、蓋を開けた早乙女が、右手に持った何かを振ろうとして、ここでカメラが回転して空を向いた。

 悲鳴が上がり、体当たりで雨宮が早乙女を吹っ飛ばしたのだろう。



「今のところ、スローで再生できるか」


 橘も気づいたようで、言う。


「できる」


 巻き戻して、今度はスローで再生する。画面が荒れているし、画面自体が小さいので分かりづらいが、早乙女が小さな瓶を持っているのは確実だった。


「早乙女、この右手に持っていた瓶は何だ?」


「えー、何のことかぁ、分かりませーん」


「じゃ、退学の方向になるが、構わないな?」


「えっ、ええ?」


「証拠はこの映像だけで充分だ。お前が別の班の料理に何か仕込もうとして、雨宮ともみ合いになった。証言は、雨宮、できるな?」


「はい」


「ま、待って、じゃあ、言うけど、別に変な物じゃ無くて」


「出せ」


「胡椒なんだけど…」


 早乙女が観念したように胡椒の瓶をポケットから出した。


「ふん、カレーに胡椒とは、随分と頭の悪いことだな? 早乙女」


 胡椒もスパイスだからなぁ。少しくらい入っても、味はそこまで落ちないだろう。微妙な作戦だ。


「むう、だから、隠し味だってば」


「余計に悪い。お前は一班だろう。そして、一班と五班は料理対決中だ。私はその審判もしているのはお前も知っているな。普通なら、この反則行為だけで、お前らの負けだぞ」


「そんな!」


「そりゃ、やることがせこいって、ユッチよぉ」


「うっさい、軽部、アンタにユッチって呼ばれたくないけど。それより先生ぇ、私も悪かったですけど、いきなり殴るのって無いじゃないですかー。暴力ですよ?」


「正当防衛だ。雨宮、コイツが何を入れようとしているのか、その種類は分かっていたのか?」


「いいえ」


「なら、毒を入れられるかもとお前が思ったとしても不思議は無いな」


 力強く頷く雨宮。


「いや、毒って、さすがにアタシもそんな度の過ぎた悪戯はできないっての」


「しかし、早乙女、そんなに福沢の料理の腕が信用できなかったのか」


「そ、そうじゃなくて。千条が生意気だから、絶対、みんなで負かせてやろうって。アタシは料理もできないし、できることと言ったら、邪魔しに行くことくらいかなーって」


「こういう結果は予想しなかったのか?」


「雨宮はぼっちだし、大人しそうな奴だったから、ここまで刃向かうと思ってなかったし、軽部も馬鹿だから絶対気づかないと思って…」


「うおーい、そりゃオレ、ここじゃそんなに頭良くないけど、中学じゃ秀才の軽部君って呼ばれてたんだぜぇー?」


 偏差値の低そうな学校だ。


「早乙女、お前はもう少し、周りを観察する目を養え。それと、五班と一班の全員に謝罪しろ。後のペナルティは、私がじっくり考えておくから、楽しみにしておけ」


「ええ? ご、ごめんなさいでした。こんなこと二度としないから、先生、変なペナルティーとか、止めてよぅ」


 すでに食らったことがあるのか、早乙女も可哀想に。相当凄いペナルティーをやられるな。きっと。


「あっ、しまった! カレー!」


 ハッと俺は思いだしてそちらを見たが、大丈夫だった。

 飯ごうの方は優希が、カレー鍋の方は奈緒が見てくれていた。

 二人が親指を立てて笑顔を見せる。

 ふう。もし、どっちか焦がしたりダメにしていたら、きっと千条から致命的な罵声を浴びせられていたに違いない。怖。


「では、雨宮、そのメモリーカードは私に渡しておけ。予備はあるのか?」


「もちろん」


「よし」


「早乙女はちょっと来い。忙しい担任の私を煩わせたんだ。多少のお仕置きはしておかないとな」


 そう言って、バキバキと拳を鳴らす不良教師。


「え? あの、さっきのお説教は…」


「それとは別枠だ」


 別枠か……きっと元ヤンキーの素顔が垣間見れるんだろう。

 ブルブルと震えて怯えている早乙女が可哀想になってきた。

 まあ、頑張れ。きっと死んだりはしない。

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