第五話 林間学校のカレーはどこかの班が必ず失敗する
2017/9/28 少し修正。
些細なことで千条と相川の二人が喧嘩していまい、一班と五班は料理対決をすることになった。
負けた方はジュースを一本ずつ奢り、リーダーが相手のリーダーに詫びを入れる。
判定は公平を期して担任教師の橘を審判に入れる事にした。
「では、私の名誉がかかっているわ。全員、私の指示にきちんと従うように」
千条が腕組みして、皆を前にして言う。お上品な言葉遣いではあるのだが、拒否は許さないというその目つきはいかがなものか。
まるでどこかの軍曹みたいだぞ。
「わ、分かりました…」
「う、うん」
「……」
「ふーっ」
「如月君、何か不服でもあるの?」
「いや、たっぷりあるけど君の指示には従うぞ。それで、どう担当を割り振るんだ?」
千条が一人で全部やるというのは不可能だ。分量も多いし、時間も限られている。教師の橘もいい顔をすまい。
「男子チームは飯ごうと薪の準備を。女子チームが材料を切って、味付けはすべて私が担当するわ」
「そうか」
細かく指示を出してくるのかと思ったが、そうでもないようだ。
「言うまでも無いと思うけれど、カレーライスは、カレーとご飯のどちらが失敗しても美味しくはならないわ。私の言いたいことは分かるわね? 如月君」
「最善は尽くすが…」
「いいえ、足りないわ。完璧に仕上げて頂戴」
「無茶言うな。俺は素人だぞ」
「相手も素人よ。あなたがミスさえしなければ、確実に勝てるわ」
自分はプロ級だと自負しているようだが、負けたら俺に敗因が押しつけられそうで嫌だな。
「じゃ、恭一君、どうしようか。軽部君もまだ来てないけど…」
優希が聞く。
「アイツは遅刻している以上、当てにはできない。もう戦力外とみなす。俺がお米を洗うから、優希は薪の方を頼む」
「分かった」
ボウルに袋に入っていた米を移していく。班の全員が家から持って来た米だ。白ご飯の調理には、やはり分量が一番大切だろう。後は火加減。
そう思ったが。
「んん? 千条の持って来た米、やけに白いな」
混ぜようとしたら、他と色が違い、米粒に透明感がある。
「魚沼産のコシヒカリだけど、みんなが持って来たのは違う種類なのかしら」
「当たり前だろ。本物の魚沼産は生産量が新潟県内でも一割、全国では一パーセントにも満たないレアもので、値段も高い。品種も同じコシヒカリじゃないからな」
「そう。私が知らないことをあなたが知っているというのは、正直、許せないわ」
「どうしろと。だが、これは品種とか、そう言う話でも無いな…」
なぜなら、奈緒の持って来たお米も透明感。
「奈緒、お前、このお米のことについて、お母さんが何か言ってたか?」
「んーん、なんにも。うちは普通のお米だと思うんだけど。あんまり美味しくないし」
つんつん、と雨宮が指で俺の肩をつついてくる。
「なんだ、雨宮」
「ん、これ」
スマホを見せてきたが、そこには無洗米とあった。
「ああ、無洗米か」
「ムセンマイ? 何それ」
奈緒が分からないようなので、説明してやる。
「お米を研がなくても良いように精米の時の削りを大きくしたりしたものだよ」
「あ、なーる」
となると、先にみんなの米を何回か洗って、糠を落とした状態にしてから混ぜるか。
完璧にするには、なるべく均一にしておきたい。
何度も水を入れ替えて俺が念入りにお米を洗っていると、軽部がやってきた。
「如月、これも頼むぜ」
軽部が出してきた米の袋を受け取る。
「分かった」
まずはカップで先に分量をきっちり量らないとな。一人2合と指示が出ているが、俺は軽部の分量を最初から信用していない。
「んで、オレっちは何を手伝えば良いかな?」
「薪を集めてくれ」
「おっし、任せろ!」
飯ごうも念のため綺麗に洗ってから、米と水を投入する。水の比率は雨宮のスマホで調べて確認したから問題ない。
米1カップ180ccに対して水は200ccだ。
カレーに合うよう、心持ち少なめにしておく。
飯ごうの内側にも2合用と4合用の目盛りがあるが、半端の12合を4つの飯ごうで炊くので、罠だな。
一応、先生が、目盛りと目盛りの真ん中だぞ、と言って回っていたが、間違える班が出そうだ。
「如月、もう火は付けたぜ」
「ああ」
先に飯ごうを仕掛けたかったがまあいい。
鉄の軸に引っかけて吊しておく。
時間は35分が目安のようだが、これも火加減で変わってくるので臨機応変に行くしかない。
時々、蓋を開けて様子を見れば良いだろう。
赤子が泣いても蓋取るなという歌もあるが、焦がしてしまっては元も子もないからな。
そう思っていたら、千条がこちらにやってきた。
「どうした?」
「如月君、絶対に途中で蓋は開けないでね」
「いや、焦げても良いのか?」
「ダメよ、もちろん」
「どうしろと言うんだ…」
「そこはあなたの頭脳を信頼しているわ」
そんなもの、頭脳でどうにかなるとは思えないが、焦げる匂いがし始めたらそこで火を落とすとするか。
焦げた部分は誰も食べなくて良い。焦げてない部分を食べてもらう。
「如月、薪をくべる方はオレっちがやるからここはいいぞ?」
軽部が言う。微妙に彼に任せるのは不安があるのだが……時々様子を見に来れば良いか。
本人のやる気を削いでまで『いや俺に任せろ』と言ったところで、成功するとは限らんし。
「じゃあ、任せるよ」
「おう、任せとけよ」
「一定の火力で頼むぞ」
「わーってるって」
手が空いたので俺は女子の方へ向かう。テーブルでジャガイモの皮を剥いている千条は、まったく危なげの無い手つきで、自信を覗かせていたことだけはある。
「随分と余裕を見せつけてくれるのね、如月君」
その千条が俺を見るなり言う。
「いや、軽部が任せてくれと言ったんだ。時々、俺も様子は見に行くから」
「ええ、あなたの責任においてやっている限り、今は私は何も言わないわ」
失敗してからねちねち毒舌を浴びせるつもりか。やれやれ。
「ボクも何か手伝うよ」
優希もやってきた。
「ええ、では、ニンジンの皮剥きをお願い。宇佐見さんでは正直怖いわ」
「あ、あはは…」
奈緒がさっと手を後ろに隠した。乾いた笑いだ。
「手を切ったのか?」
「んー、ちょっとね。皮剥き器だったんだけど」
「見せてみろ」
「はーい…」
人差し指に絆創膏が巻いてあり、それほど酷い怪我では無い様子だ。
「焦らなくて良いから、気をつけてやろう」
「うん、別に焦っては無いんだけどねえ」
優希がニンジンの皮剥きをやっているので、俺は包丁を使いながらタマネギの皮を剥く。
「千条さん、ニンジンの大きさって、このくらいでいいかな?」
優希がもう皮剥きを終えて切り分けているようだ。早いな。
「そうね、火の通りを良くするために、もう少し小さめでお願いするわ」
「分かった」
「ほれ、千条、タマネギを剥いておいたぞ」
切り分けるのは千条に任せておこう。文句を言われるのもアレだし。
「ええ、ありがとう」
「えー、なんでみんなそんなに料理が上手なのぉ~?」
たまたまだろう。軽部はどう見ても料理ができるタイプじゃないし。雨宮もカメラを持ったままで全然手伝おうとはしていない。
俺は一人暮らしだからな。
「ううん、何度か練習すれば、誰にでもできると思うのだけれど…。宇佐見さんはお家であまり料理は手伝ったりしないのね?」
「手伝えと言われるから、卵を出したりはするけどそこまでかなあ。アタシがやると焦げたりするし」
「火が強いのよ、それは」
「そうかなあ? あっ、そうだ、今日のカレーの隠し味って何入れるの?」
「何も入れないわ」
「ええ?」
妥当だな。奈緒を見ているとどうも、料理の下手な奴ほど、奇をてらって失敗しているのではと思える。
洗練されたレシピをセオリー通りに。それが一番だ。
「せっかく、チョコを持ってきたんだけどなあ」
「変に甘くしたくないから、それはあなたがチョコのままで食べて頂戴」
「そうするー」
不満そうだが、千条には逆らわない奈緒。
「ねえ、綾ちゃんは勉強もできるよね? あとスポーツも」
「ええ、それが何か?」
「何でもできるっていいなー。恭一もそうなの?」
「まさか。俺は運動は大の苦手だぞ」
「ああ、そうだね。サッカーの授業で思いっきりスカってたし。ぷふっ」
くそ、思い出し笑いは止めろ。
「ボクも運動は苦手だなぁ。男子としては、頑張りたいところなんだけど」
「ま、無駄にスペックが高い奴よりも、苦手な物があるほうが、可愛げがあるってもんだ」
優希を優しくフォローしておく。
「そうそう! 良いこと言うねー、恭一ぃ」
「ちょっと待ちなさい。その無駄にスペックが高いというのはどういう意味なのかしら」
無駄に高スペックな千条が聞き捨てならないとばかりに言う。面倒な奴だ。
「いや、別に深い意味は無いぞ」
「気になるわ」
「そう言われてもな……おっと、火を見てくる」
「逃げたわね…」
「別に、恭一君は千条さんを馬鹿にした訳じゃないと思うよ」
向こうは優希に任せておこう。
「軽部、そっちはどうだ」
「おお、如月、泡吹いてきたぞ。どうする、火を強めるか?」
「いや、もう少し弱めで良いよ。あんまり吹いても蓋が取れそうだしな。焦げても困るし」
「分かった」
見た目はチャラい軽部だが、割と責任感を持ってちゃんとやってくれている。
「やあ、そっちはどうだい?」
それなりに順調だな、と思っていたら、天川がやってきた。




