第四話 影が薄くても流れ弾に当たるのは得意です
林間学校、それはインドアの人間にとってはどうやっても良い思い出になりそうにないという嫌な行事だ。
「恭一、大丈夫? ねぇ、恭一ってば!」
「聞こえてるぞ。あんまり話しかけないでくれ、奈緒。俺は喋る体力も尽きてきた」
「ええ? そんなに? でも、もうすぐ頂上だよ。ほら、見て見て」
「ああ、分かってる。さっき標識を見たからな」
頂上を見てしまうと、まだ登らなきゃいけないのかという気分になるのは分かりきっていたので、俺は黙々と下を見ながら歩く。
「到着~! やったね!」
正直、俺もクリアできるかどうか不安だった。途中で何度か本気でリタイヤしようかと思ったほどだ。
足が棒のようになって、ヒザが笑ってやがる。
「「 良かったぁ 」」
俺と優希はその場にへたり込んだ。
「2Aの第五班、全員到着しました」
名簿をチェックしている橘に、班長の千条が報告しに行く。お嬢様にはキツいだろうと思っていたが、小憎らしいことに千条の体力は人並み以上のようで、いつもと変わらない涼しい顔だ。
「五班だな。軽部が先行しすぎだが、ま、そこは大目に見てやろう。ただし、お前達は予定より大幅に遅れているぞ。すぐにテントの設営に移れ」
「はい。じゃ、そこの男子二人、行くわよ」
「ええ? 頼むから、もう少し休ませてくれ…」
「ええ、もちろんいいわ。ただし、後でね」
それじゃ意味ないんだが。鬼。
「如月、山の平均気温が低いのは知っているな?」
橘が聞いてくる。面白い雑学の披露か、タダの世間話?
そんなことをする先生とは思えないが…。
「ええ…100メートルにつき0.6度のマイナスでしたか。それがどうかしましたか?」
「特にこの三鷹山は風も強く、夜中気温が低くなる。明るいうちにしっかりテントを組み立てておかないと、寝られなくなるぞ」
タダの警告だった。別に凍死まではしないと思うが、他のメンバーから文句が出そうだ。
「分かりましたよ。よっと!」
気合いで立ち上がってテントを受け取りに行く。他の生徒達はすでに設営を済ませたようで、キャッチボールでのんきに遊んでいる連中もいた。それを見て、ずるいと思ってしまうのはなぜなのか。
「おい、おせーよ! 如月」
途中、一人先を行っていた軽部が待ち構えていた。なんだか妙に怒っている様子だ。
「悪かった」
俺が保健委員だったのは軽部も知ってるだろうに。
「男子のテントだけどよ…」
ムカついたから、お前一人で立てろよな、と言うつもりか。
だが、テントを立てるのは一人では難しいと思う。弱ったな…。
怒った顔の軽部は、急にニカッと笑った。親指も立てて。
「オレっちとダチで立てといてやったぜ、そこだ」
「おお」
「わ、ホント? ありがとう! 軽部君」
「へへ、良いって事よ。でも、お前ら、一つ貸しだからな」
「うん。じゃあ、後でジュースを奢るって事でいいかな?」
「おう、それでいいぜ、黛。じゃ、オレは別グループのところにいるから、また飯の時にな」
「ああ」
「なんだか悪いことしちゃったね」
「まあな。だが、ちょっと点検はしておくぞ、優希」
「あ、うん」
案の定、結構いい加減な立て方で、杭の角度が悪かったり、安定しない位置取りだったので、二人で直しておく。
「これでよしと。じゃ、次は女子のだな」
「うん」
千条達を探す。まだ立てていないテントがあったので、すぐに見つかった。
「ああ、ちょうど良いところに来たわね」
テントの部品を地面に並べ、数の点検は済ませたらしい。
さすがに、力の要りそうなテントの設営を女子だけでやれというのは男女平等上等の俺でも言えない。
「じゃ、頑張ろー! 恭一、まゆまゆもよろしくね!」
「ああ」「うん!」
四人でシートを広げ、四隅に杭を打っていく。雨宮は先ほどからずっとデジカメを持って記録係のようだ。千条が叱らないので正式な係なのかもしれないが、まあ俺も気にすまい。
「綾ちー、ここでいいかな?」
「もう少し、奥に。どうでもいいけど、宇佐見さん、私の呼び名、一つに固定してもらえるかしら」
「あはは、ごめーん、良い感じのを探してるんだけど、しっくりこなくて」
「もう綾で良いわ」
根負けしたか。
「じゃあ、綾ちゃんで! 決まり!」
テントの方は、ポールを通す部分がよく分からず少し手間取ったが、マニュアルを確認した千条の指示で問題なく作業が進んでいく。
「じゃ、如月君、私とあなたで主軸を立てるわよ」
千条が言うが。
「その人選の理由を聞いても良いか?」
「適材適所。それだけよ」
俺より奈緒の方が力がありそうだが、千条なりに考慮する部分が他にあったのだろう。
班長は彼女だし、文句を言うほどのことでも無いので、従うことにする。
「じゃ、黛君と宇佐見さんは、補助をお願い」
「アイアイサー!」
「うん、分かった」
ポールを持ってシートごとテントを起こしていく。
「これでいいのか…?」
去年もやったのだが、俺は他の男子を補助するだけだったのであまり良く覚えていない。
「ええ、良いと思うわ。ダメならやり直せば良いし、ゆっくりでいいから」
「分かった」
ポールを湾曲させてテントの完成図が見えてきた。こうなれば後は簡単だ。
「ここに通して、これでよしと。こっちはいいぞ」
「ええ、こっちもできたわ。じゃ、あとはシート部分の接合部を引っかけて行きましょう」
四人で手分けして輪っかをポールに引っかけて行く。
最後に固定用のロープをペグに引っかけて完成。
「できた!」
「やったぁ」
奈緒と優希が拍手。ちょっと誇らしい達成感がある。力は別に大して要らなかったな。
「では、もう食事の準備時間よ。急ぎましょう。良い食器や道具を他の班に取られてしまうわ」
千条が言うが、そう言えばここの道具は状態が良い物と悪いのがあるんだよなぁ。錆びた飯ごうなんて鉄分は豊富かも知れないが、嫌だ。
「あ、そーだね!」
「それもあったな…」
「じゃ、急ごっ」
「ええ」
五人で調理器具と食器を受け取りに行く。同じ班の軽部の姿が見当たらないが、後回しだ。
「あ、これが良さそうじゃん。ピカピカだし、翔ぅ、これにしようよ」
「そうだね」
すでに先客がいて、相川の班が調理器具を物色していた。相川はこんな学校行事に積極的にやる気を見せる性格とは思えないのに、チッ、抜け目ない。メンバーに天川も入っているし、彼が上手く相川を誘導したのかもしれないな。
「決めたのなら、そこ、どいてもらえるかしら、相川さん」
「ああ、千条。ふっ、アンタって、料理とか、できんのぉ?」
「ええ、人並み程度には。少なくともあなたよりは遥かに上手だと思うわ」
「はあ? それ、どーゆー意味?」
どうしてそこで相手を人並み以下だと決めつけるような言い方をするのか。
険悪なムードになりかけたところで、天川が提案した。
「じゃ、料理対決なんてどうかな。千条さん達は自信があるみたいだし、一班と五班で、後で食べ比べをしてみよう」
「あ、それいいかもー。負けた方は帰りの荷物、全部持つって事で。ククッ」
おいおい。リュックを二つ持って十キロの道のりとか、負けた方は凄く悲惨なことになりそうだ。
「いや、絵里香ちゃん、さすがにそれは先生が認めてくれないと思うよ。橘先生って厳しそうだしさ。ここはジュース一本を相手チームに奢るってところで妥協しておかない?」
「そうねぇ、まあ、それでもいいけど。ただし、千条、アーシの班が勝ったら、アーシらに舐めた口利いたこと、土下座で謝ってもらおうかな、なーんて」
相川は冗談っぽく言っているが、目がマジだな。土下座を相手に要求する高校生って。
しかも巧妙に相川は千条が相川以外にも舐めた口を利いたことにしているし、そういう手管には長けている様子。
「そちらがまったく同じ条件で良いなら、その話、乗ってあげても良いわ」
「ええっ、乗っちゃうの!?」
俺もビビったが、隣で奈緒も驚きの声を上げる。
「待った待った、冗談だよね? 絵里香ちゃん。それに千条さんも、いくら自信があるからってそう熱くなるような勝負でも無いと思うけど。せっかく高校二年の思い出になるんだからさ、お互い、嫌な思いをせずに楽しくなるような林間学校の方が良くない? 僕はみんなで盛り上げて行きたいかな」
天川が正論を言う。だが、教師が言いそうな建前論をここでぶったところで、ちょっと上滑りするというか。
だいたい、高校生が思い出なんて口にしても、相川が凄くバカにしそうだ。
全員が沈黙し、次に相川がどう反応するか、俺はハラハラして待つが。
「あ、それもそうだね、思い出、そこ大事だよねー」
笑顔で全面同意した相川。
相川は複雑怪奇。やはりギャルの思考は読めん。
「なら、勝負の方はどうするのかしら?」
千条もアグレッシブだなぁ。せっかく話が収まりそうだったのに。
「千条、ここで言い争いしてたら、他の人も調理器具を選べないし、食事の時間が遅れたら先生も怒るだろうしさ」
俺は周りの生徒も全員注目してしまっているし、何とか幕引きしようと小声で言う。
「うざっ。如月、大事なところで横から邪魔しないでよ。ホント、そこ空気読めないって言うかー」
ええ?
「まあでも、如月君が言うとおり、みんなの邪魔をする権利は僕らにも無いよ。向こうで話そう」
「オッケー」
天川の言うことには素直に従う相川。これが、『ただしイケメンに限る』という法則なのか。それとも、相変わって天川のことが好きなのかな。
とにかくだ、もう二度とこいつらの喧嘩の仲裁には入るまい。
俺は固く心に誓った。




