第二話 新たなる試練
「聞け。来週の金曜日と土曜日にかけて一泊二日の林間学校が執り行われる」
ホームルームで出席を取った直後、担任の橘がいきなり宣告した。
動くことが苦手な俺にとっては死の宣告に等しい響きがある。
「えー、かったるいけどぉー」
「あれって、滅茶苦茶、筋肉痛になるよなぁ」
「何キロ歩くんだっけ?」
「十キロ。片道な」
「死ぬわ」
「黙れ」
静かに睨んで橘が生徒達を黙らせる。おっかない。コイツが元特殊部隊のスナイパーでも俺は驚かないな。
「日頃運動不足のお前達に、勉強ではなくピクニックに行かせてやると言うんだ。むしろ感謝しろ」
「ヤですぅー」
ギャル相川が机に片肘突いてそっぽを向いて悪態をつくが、こういうときは小気味良いな。
「では、相川、お前に班決めを任せる」
「ええ? なんでアーシなわけ? 中原がいるじゃん。コレ、学級委員長の仕事っしょ」
「違うな。私に楯突いたペナルティーだ」
「うわ、そういうのサイテー」
「物は考えようだぞ。なんならお前が好きにグループ分けをして良いと言うことだ」
「ふうん? じゃあ、やってあげるけど」
あっさり気が変わった相川は前に出てから言う。
「中原、アンタ、黒板ね」
「う、うん」
哀れ、中原。ジャンケンで負けてしまったのが運の尽きだ。
「先生、去年と同じなら、男子三人、女子三人の班ですね?」
そう言ってノートを開いて確認を取ったのは天川だ。自分から男子の学級委員に立候補した変人だ。
「そうだ。端数は二人か四人にしろ」
ふう、予めそう宣言してくれたのはありがたい。
忘れもしない小学校六年の班決めで、余った俺は八番目の班にされたことがある。もちろん、ぼっちだ。
そのときは先生が笑いながら七班に入れてくれて事なきを得たが、一人の少年の心は密かに傷ついていた。
「んじゃ、当然、仲良しグループで行くっしょ。アーシとケイトとユッチでグループね」
「オーケー」
「当然だねっ!」
背の高いクールなギャルと、ふわっとした髪の小柄なギャルが手を上げる。
「来夏と悠里と瞳で、もう一つのグループっしょ」
「エー、アタシ、絵里香と一緒が良かったけど、まあいいや」
「別にそんなの一緒に行動すれば同じ事だっての」
「そーそー」
「んで、風間のところはテキトーに二班にバラければいいんじゃない?」
「ああ、そうだね」
女子バスケ部のグループは、相川のギャルグループとはライバルグループであり(俺の勝手な見立てだが…)、一瞬緊張が走ったものの、そこはお互いに納得のいく分け方だったようでスムーズに決まっていく。
「アイちゃんと、田中女子でくっつけて、鈴木ぃ、アンタ、このグループでもいい?」
「あ、いいよー」
「じゃ、それで」
次々に合意を取りながら決めていく相川だが、クラスの顔と名前とそれぞれの関係性を頭に入れておかないと不可能だ。
そこはちょっと尊敬に値する。
「んで! 最後に余り物同士でくっつけて、千条と雨宮と中原ね」
うわぁ。今、相川の奴、さりげなく、『こいつらは友達がいませんよぉー』宣告をしているし。
男子はハブっていても、普通そこまでは言わない。
コイツだけは敵に回すまい。
「あっ! ごめーん、相川さん、私やっぱり、千条さんと一緒のグループに入れてもらってもいいかな?」
奈緒が部活仲間ということを思い出したか、そんなことを言い出す。
「あーん? 何で今言うかなあ。メンドーだし。じゃ、中原、そっちと交代。学級委員なんだから、文句は言わないっしょ?」
「う、うん、言わない」
中原、強く生きろ。
と、俺の席に天川が屈んでやってきた。先ほどから彼はあちこち、教室の中をフリーダムに動き回っていたが。
一応、今も授業中だよ、天川君。
「如月君はどの班がいいかな? 今、僕が男子の希望を取って回ってるんだ」
そう言って名前を書き込んだノートを見せてくる天川。
適当に友達と駄弁ってのかと思いきや、仕事してたんだね。すまない天川、『どうだい? 僕はこんなに友達が多いんだよアピール!』かと思って、勘違いしていた。
しかし、懇切丁寧に聞いて回ってくれるのは非常にサービス精神にあふれていていいのだが、困ったことに、俺の希望するグループはこのクラスに存在していなかったりする。
親しい男子、一人もいないんだよな…。
「あれ? 如月君は黛君と同じ文化部だけど、仲は良くなかったかな?」
天川がそう聞いてきて俺も初めて思い出したが、そうだった、優希も男子だったな。
「いや、そんなことは無い。向こうが嫌と言わないなら、そこにしておいて」
「黛君、如月君と一緒でいいかい?」
そこでなぜか立ち上がって聞いてしまう天川。やめて! そんな公開処刑。
優希が「えー」と言うだけで、俺のガラスのハートは木っ端微塵だ。
「あっ、うん、如月君が良いなら、ボクも全然良いよ。というか、ボクは一緒が良いかな…」
両手の人差し指をつんつん合わせながら、はにかんで言う優希。
くそっ、なんでコイツが男子なんだ!
女子だったら、速攻でプロポーズなのに。
「分かった。やっぱり君たち二人は仲が良いみたいだね。あとは、向こうの仲良し四人組をどうするかだなぁ」
難しい顔で頭を掻く天川は、何でも爽やかに解決とは行かないようだ。
「先生、二人と四人のグループを作っても良いですか?」
「ダメだ」
別に良いじゃん、それくらいさ。みんなの天川君が困ってるの、見てて分かってるだろうに、橘も冷酷だ。
「あと男子だけっしょ。軽部、もうジャンケンで決めなよ」
「ヤダ。相川、オレは言っちゃなんだが、ジャンケンは滅茶苦茶弱えぞ?」
「うざっ。自慢すんな、馬鹿」
「いや、馬鹿ってさぁ、それはちょい酷くね、絵里香ちゃん」
「全然」
「じゃあ、軽部君、あみだくじなんてどうかな?」
天川が提案したが。
「あー、それもパス。運任せで決めたら、なんか後味悪いじゃん? ここは男を見せてくれよぉ、ユージ君さぁ」
「いや、お前が見せろっての。いやマジでマジで」
どうでもいいけど、早く決めてくれないかな。相川さんがイラついてるし、チャラ男グループの会話って、どうしてこうもイラッとするんだろうか。不思議だ。
「軽部、如月がスッキリまとまる名案があるそうだぞ」
橘が唐突にそんなことを言う。
もちろん、俺は先生にそんなことは一言も告げていないし、合図も送っていない。送ってないよね?
「マジっすか。如月くぅん、それ教えてくれよぉ。オレら、マジ困っちゃった、みたいなー。これ窮地だから、窮地」
「いや、あの」
「もったいぶらなくていいから、ちゃっちゃと頼むぜ、如月君。その名案をさ」
「いや、名案というか、そう言う案はそもそも無いというか」
「ああ? 何それ。オレらには教えねえってか? そりゃねえだろ、如月君よぉ」
何このトラップ。
この状況下で「いいえ、それは先生が勝手にでっち上げたことで、僕はそんなこと言ってません」
と言って、クラスのみんなは先生と俺のどちらを信じるだろうか。
ここまでろくに笑わない橘は、皮肉めいた冗談はあっても、ホラ話は一度もしていない。
『怖いけど真面目な先生』というのがクラスの共通認識だろう。
一方で、俺の性格についてクラスの奴はほとんど把握していないはずだ。
――なるほどな、これも特別課題ということか。
抜き打ちは止めて欲しいんだけど。
「じゃ、軽部君、ちょっと」
名前を知っているのは軽部だけなので、コイツを呼ぶ。あとは山上君だったか山下君だったか、記憶の彼方だ。きっとチャラい連中だから俺の脳が記憶を拒否してるんだと思う。
「お、なに、オレだけに教えてくれるって? 良い奴じゃん」
「どこがだよ。フツーに言えよ、フツーに」
教室の隅に引っ張って行き、耳打ちする。
「軽部君、ここで確実にモテる方法があってね」
「おお?」
「涙を飲んで、四人の友情を守るために、君が僕らのグループに来てくれれば、それで女子も、いい人だって思うよ、きっと。惚れちゃうかも」
「マジか!」
嘘です。
というか、お前らの方が俺よりモテるだろうし、女子の扱いも分かってるんじゃないのか。
「美人教師の橘先生もお墨付きの名案でしょ?」
俺はダメ押しとばかりに付け加える。
「おお、そーだなぁ。うっし!」
単純で助かった。
「よし、じゃあ、こうしよう。オレが涙を飲んで、如月のグループに回る。それでオレ達四人の友情は守られるってもんだろ」
「何カッコつけてんだよ」
「ま、軽部がそれでいいなら、いいぜ」
「だな」
「つーわけだ、相川、オレに惚れんなよ?」
あー…。
「ハァ? それ如月に入れ知恵されて言ってるだけだよね? だっさ」
「いや、ちげーよ、オレの苦肉の策だっての。分かる? 苦肉」
「うっさい。見え見えだっての。じゃ、軽部、如月の名案を言ってみ?」
「いや、それは友情にかけて言えねえっつーか」
「てか、軽部、アンタ、アタシに気が有ったわけ? アンタのレベルでそれは無いから告るとかも無しでお願い、いや、マジで」
「ちょっ、なに言っちゃってるかな、相川ぁ。オレがお前に気があるって、んなわけ無いべ? オレは清楚な子がタイプだし、マジありえねー、みたいな?」
「あっそ。アーシ、実は結構、軽部のこと、良いかなって思ってたんだけどな…」
相川が目を伏せてちょっと悲しそうに言う。
「えっ! あっ、今の無しで無しで! 冗談だから冗談!」
「なーんて、う、そ、だ、よ! やっぱ、気があるんじゃん。だっさ」
「な…」
クラスが笑いに包まれたから、笑い話で済みそうだが、今のは恐ろしいフェイントだな。
俺もやられてたら、引っかかってた気がする。
相川、恐ろしい子。




