第一話 再始動
(視点が如月恭一に戻ります)
翌日、森島が部室に顔を出したので、俺達はまたバーガーショップに行った。
今日は五人だ。
孤高の美少女、部長の千条綾。
表情がコロコロ変わる元気娘、宇佐見 奈緒。
女子にしか見えない美少年、黛優希。
控えめな性格の眼鏡っ子、森島詩織。
そして存在に透明感あふれる俺、如月恭一。
文化交友部の正規のメンバーがそろっている。
「うへへ、これ、毎日でもいいね!」
奈緒がハンバーガーを掴んで欲望丸出しの表情で言う。せっかくの可愛い顔が台無しだ。
「無いわよ。明日からは教室だから」
まったく表情を崩さない千条は目を閉じたまま、いつもの澄まし顔で言った。
「えー、残念…」
「あ、そうだ森島さん、甘い物って森島さんはどうかな? 嫌いだったりする?」
優希が話を向ける。部活で出すお菓子について、調べておきたいようだ。
「あ、いえ、全然大丈夫ですけど」
「ああ、良かったぁ」
それを聞いて胸をなで下ろす優希は甘い物が好きなんだな。どんどん食わせてやろう。苺の練乳とか、バナナとか、さくらんぼとか。スティック状の飴かアイスでもいいな。それを優希の小さな口の中に…うひひ。
「ねえ、部長、それなら、明日の分の買い出しはボクにやらせてもらってもいいかな?」
「ええ、じゃ、黛君には部費として千円を渡しておくわ。領収書をもらってね」
「分かった」
「そんなに使えるのか?」
俺はちょっと金額が気になった。部費の総額はまだ聞いていない。
「まさか。年間三十万円の部費が予算としてもらえたけれど、文化祭の出し物に十万円を残しておかないといけないから、残り二十万、それを月十二で割ったら、一日五百円が限度よ」
「あ、じゃあ、五百円だけにしておこうか。でも、それだと、ケーキはちょっと買えないかな…」
優希の笑みが半減した。
「ああ、それなら五千円を渡しておくわ。あと、紅茶の葉は私の家から持ってくるつもりだから、買わなくて良いから」
「分かった。ボクも家から何か持ってこようかな」
「俺も、弾切れの日は何か持ってくるか」
「私も~」
自腹で持ち寄るのもまた良し。みんなが何を持ってくるか、ちょっと楽しみだ。
森島への自己紹介もきちんとやり、ようやく始まった感じ。
森島にも自己紹介してもらった。
「そっかぁ。森島さん、本が好きなんだぁ。そんな感じだよねー、頭良さそうだし」
「いえ、そんなことは無いですけど」
「いやっ、絶対アタシよりは良いはずだっ!」
「は、はあ」
「奈緒、威嚇するな」
コイツのオーバーアクションは時々、森島をビビらせているようなので俺は注意しておく。
「ええ? 威嚇はしてないけど、あはは、ごめんごめん」
「いえ…」
自己紹介でうつむきながら読書が好きですと言った森島は、縁なしの眼鏡にセミロングのストレートの髪型。
俺が言うのも何だが、一言で言えば地味な子だ。
だからこそ、俺にとっては安全なタイプであり警戒せずに済む。
ただし、俺が森島と二人きりになってしまったら、きっと場の空気で苦労してしまうだろう。
いや、誰と二人きりになっても俺はキツいのだが。
森島は時々、ちらっと俺を見ては、視線が合うとはっとしたように目をそらしてしまう。
さっきから何か俺に言いたいことがあるんじゃないかと思うのだが……。
なんだろう?
「私、実は如月君のことが……好きです」
なんてことが無いのは分かっている。そこは大丈夫だ。
あれだな、こうやって店のテーブルで向かい合って座っているから、俺はちょっとデートの雰囲気と勘違いして舞い上がっているのだろう。
落ち着こう。
人生、自分の都合良い事ばかり考えていると、落とし穴が待っているのだ。
ここは俺にとって都合が悪いことも考えておくとバランスが取れる。
口臭……歯は磨いたし、虫歯の治療もバッチリ。お腹の調子も良いので問題ない。
ズボンのチャック……大丈夫、開いてない。
寝癖……手鏡で確認するが問題なし。
鼻毛……同上。
背中の貼り紙……背中を触ってみるが、何も無い。
オーケーだ。
「どうしたの? 恭一君、さっきから落ち着かないみたいだけど」
優希が聞いてきてしまった。ちょっと挙動不審だったか。
「いや、別に」
ここはさらりと流しておく。
「森島さん、あなた、如月君に何か言いたいことがあるんじゃないかしら」
千条がストレートに話を向けた。俺に緊張が走る。
「い、いえ、何でも、ごめんなさい」
慌てた森島は否定してしまったが……。
「そう」
それ以上は千条も追及できない様子。
「あっ! そうそう、私、大事なことを忘れてたよ!」
奈緒が身を乗り出して言う。
「何かしら、宇佐見さん」
「ほら、森島さんの呼び方も決めないと。森島だから、モッシーとか、モリシン、ウッドアイランド…」
奈緒が勝手に愛称を考え始めるが、確かに大事だな。
コイツに変な渾名を付けられた日には泣ける。声でかいし。
「いえ、私は森島でいいですから」
「ダメだよぅ。いいの考えてあげるからね!」
「その辺にしておいてやれ。明らかに本人が嫌がってるぞ」
部員の被害者第一号としては、変な名前が広まる前に被害を未然に防ぎたい。
今朝、俺は教室で「キョンキョン!」と呼ばれた。奈緒以外の奴に。
きっと昨日のバーガーショップにその子もいたのだろう。
近くにいた相川が「プッ」と吹き出して笑っていたのが、なんとも。
あーもう止めてっ! 思い出すだけで軽く死ねるから!
「えー。じゃあ、下の名前はなんだっけ?」
「し、詩織ですけど…」
無理して言わなくて良いんだぞ、森島。
「あ、じゃあ、『しおりん』でどう?」
「うーん…」
迷った森島は、それほど悪くないと思ったようだ。それなら俺も何も言わない。しおりんなら、別にダメージは少ないと思う。少なくとも『キョンキョン』よりは。
「じゃ、決まり!」
決まってしまったようだ。ま、俺は『しおりん』なんて呼ばないけど。
ただ、それまでちょっと硬いイメージだった森島は、俺の中では普通の女子へと印象が変わっていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌日、俺が一人で部室に行くと、小型冷蔵庫と電気ポットが備えられていた。
マホガニーっぽい丸テーブルと、木の椅子もある。
窓の下には本棚が。
床にはカーペットまで。
カーテンも変えられてるな。
一足先に席に着いている部長に俺は聞いてみる。
「千条、これも全部部費で買ったのか?」
「いいえ。私の私物よ」
「えっ? そ、そう」
「心配しなくても、先生の許可は取ってあるわ」
「いやそこを心配したわけじゃ無いんだけども。これ、結構、高いんじゃないのか?」
「さあ? カタログを見て決めたけれど、私は値段を見なかったから」
おいおい。
ここは言っておかねばなるまい。
「千条、良い物を入れてくれるのはありがたいが、できれば部員に相談してからにしてくれるか。私物の範囲を超えてる気がするぞ」
「ええ、それは申し訳なかったわね。じゃ、今日はそれについても話し合っておきましょう。クレームが付いた物は、明日、運び出してもらうから」
「いや、それも手間だろうから、別に良いよ。たぶん、他のみんなも文句は言わないだろうし」
「ええ、あなたくらいのものかしらね」
「そうだな」
コイツのお爺さまが理事だそうだし、見るからにハイソな感じの奴だから、きっとおねだりすれば何でも買ってくれるだろう。
だが、それは、高校生らしい部活では無い。
別に、高校生らしい部活などというモノに憧れている訳でも無いのだが、あまり目立ったことをやっていると、他のクラブの連中から思わぬ横やりや妬みを買いかねない。
たとえそれが無くとも、俺は千条に奢らせるのは止めておこうと思った。
「千条、部員以外には、これは部費で買ったことにしておいてくれるか」
「そうね、あなたが他人にそう誤解させることについては、私は何も言わないわ」
了承してもらえたようだ。
「失礼します…」
別にそんな断りは不要だと思うのだが、折り目正しい森島は小さな声でそう言うと部室に入ってきた。
そして、部室の中を見て、ちょっと驚く。ふふ、小さくのけぞった森島は可愛かった。
「こ、これ…」
「私の私物よ」
「ただし、部外者には、部費で買ったことにしておこう。高そうだし」
俺は付け加える。
「ああ、そうですね…」
森島も俺の意図はすぐに理解したようだ。
「買ってきたよー!」
騒がしい奴が戻ってきた。
「ダ、ダメだよ、奈緒ちゃん! 振り回したら、ケーキが崩れちゃう!」
二人で買い出しに行っていた奈緒と優希だが、ちょっと人選をミスったな。優希と俺にすべきだった。
「おっと、しまった。じゃ、一番グチャグチャのは私が食べるから」
「それくらいは当然だな」
「そこは恭一、僕のを食べて良いぞって優しさを見せてくれないと」
「生憎、お前に安売りする優しさなんて持ち合わせて無い」
「なにそれぇ。って! ええ?」
ようやく奈緒が気づいたか。
「うわ、なにこれどうしたのぉー?」
「ふう、私の私物よ」
「ええ? じゃあ、綾ちゃんが持って来たんだ。よく運べたねー」
そこに感心するのか。あと、たぶん、運んだのは業者か執事だぞ。
用意されたケーキと紅茶で、実に豪華な部活だった。幸い、ケーキは崩れていなかった。
「や、やばいこれ、私、毎日こんな素敵な生活ができるなんて、幸せすぎて死にそうだよう!」
奈緒がフォークで一切れのケーキを口へ運んで、身もだえしながら言う。そこまでか。
「宇佐見さん、忘れているようだから教えておくけれど、今日は大盤振る舞いの日よ。お茶だけしか出ない日の方が多いから、忘れないで」
「えー。千条エモン、なんとかならないのぉ?」
「ならないわね」
「ちぇっ」
奈緒がちょっと拗ねてしまったが、そこは高校の部活、ここまでの大盤振る舞いができたことで良しとすべきだ。
ほどほどが一番。
ふと部室の後ろを見たが、ウェブカメラには周りの雰囲気に合わせるためか、レースの布がかぶせられていた。ただしレンズはふさがれていない。
それが千条の千条なりの橘に対する抗議の証なのだろう。




