プロローグ
本日二話目の投稿です。
(視点が別人に変わります)
真っ暗な部屋にパソコンのモニタだけが明るく光っている。
物音もパソコンの微かな空冷ファンが回転する音だけ。
時折、マウスをかちかちと。
その手は色白な女子の手だ。ただ、顔は誰にも見えない。それでいい。
「千条、俺は森島のメルアドを要求する。今すぐだ」
画面の向こうの如月が妙に勢い込んで、千条の机を両手でがっちり掴んで言う。
「納得のいく理由があるということなのね? それは」
千条は少しも動じず、ちらりと文庫本から視線を上げて問う。
「もちろん。ナンパ目的でこんなことを要求した日には永久に部員を除名されそうだからな。だが、このアイディアには君も賛同すると俺は読んでる」
「あり得ないわ。いえ、では、聞くだけは聞いてあげましょう。ただし、くだらない理由だったら、本当に除名だから」
「お、おう。いや、理由がくだらないというだけで除名はちょっと…」
「あら、自信があってのことでは無かったの?」
「自信はあるが、君がこの考えをどう捉えるか、分からない部分もあるからな…。俺はまだ君の事をよく知ってるわけじゃ無い」
「ええ、そうね。でも、あなたが私を観察して得た今までの情報の中では、私が賛成すると思ったのね?」
「そうだ。まあ、とにかく聞いてくれ。森島は嫌がらせを受けて気落ちしているだろうし、学校に行くのが今はとても億劫なはずだ。一度休んでしまうと、翌日のクラスの反応も気になってきたりするからな」
「それはあなたの経験談かしら?」
「その通りだ。俺は人知れず孤立することだけには自信があるぞ?」
「全然自慢にならないわね。でも、先ほど森島さんには私から連絡しておいたけれど、文化部の設立は通ったわ。これでバスケ部の敵対者も森島さんを脅す理由が無くなった。つまりもう彼女は安全よ。それも伝えてある」
「それは理屈としちゃそうだが、森島の不安がすぐに消えるわけじゃないだろう。そこでっ! 俺が一つメールで励ましてやろうと――」
「却下ね」
「ええっ? なんで?」
「彼女は異性からの励ましなんて望んでいないと思うわ」
「いや、そうかもしれないが、サプライズもあるだろ? 俺は女子から励ましのメールが来たら、ひょっとして俺に気があるんじゃないのかって少し気になるぞ」
「本当に浅はかなで単純な脳みそなのね、如月君。あなたがそうだからって、森島さんが同じとは限らないのに」
「ぐぐ、それは、そうなんだが…」
「そんな頭脳で一度でも学年一位を取れたのが本当に不思議に思えてきたわ。カンニングでもしたの?」
「お前、ホント失礼だな。カンニングなんてするわけないし、だいたい、お前もわざとけなしてるだろ?」
「その質問はノーコメントで」
「否定しない時点で真っ黒じゃねえか。それからな、俺は彼女に自己紹介がまだだった。森島が来たら、正式な自己紹介の場を設けてくれ」
「ええ、それは……その通りね。私は自分を部長だと紹介したけれど、名前とクラス以外の情報は言っていなかったわ。森島さんには悪いことをしたわね」
「ああ」
「そう、それでどうしても森島さんに来て欲しいのね」
「そういうことだ」
「そう…」
千条は如月を少し見直したような表情で見返した。
「違う」
画面のこちら側から無機質な声が発せられた。
これは如月の本来の姿では無い。
私はそれをよく知っている。
彼は自分から他人をコントロールしようなどとは発想しない。
となると、きっと教師の橘が如月に何か吹き込んだか。
マウスをクリックして、映像を別のカメラに切り替える。職員室が映し出された。巻き戻して橘の行動を追う。
彼女は職員室を出ると、廊下を階段へと向かい、いつも通りの無表情の仮面をかぶったまま、上の階へと移動していく。
橘が屋上に上がるドアに手をかけた。
「チッ」
私は舌打ちして親指の爪を噛む。
ここから先はカメラが仕掛けられていない。
つまり、ここから先は私には決して知り得ない出来事だということ。
どんな会話がなされたのか。どんな表情をしたのか。
知らないと酷く不安になる。
その不安を打ち消すように、私はスマホを取り出してブックマークを開いた。
『部室で待っている』
如月のレスがそこにある。
他の誰でも無い、私への返事。
心臓がトクンと高鳴る。
手を伸ばせば、届きそうな言葉。
でも、私は知っている。私からは動かない。
部室へは行かない。
それが時空を超えた観察者の在り方なのだから。




