第十二話 弱点
「何をとんちんかんな事を言っているのかしら、如月君。私はセキュリティ強化についての事を言ったのよ。このところ反対運動もあったし、あれで収まるとは考えにくいから、あなたもセキュリティはしっかりしておいて」
妨害活動が部室にも及ぶことを警戒してということか。
「なるほどな。まあ、無駄に部員を怖がらせても良くないか」
「ええ。特に森島さんは気が小さそうだし、もう一人くらい、部員を確保しておかないと、敵も私たちの弱点に気づくかもね」
「敵か…ま、森島を狙わせないように、早めに一人確保しておくか。まあ、噂で二人追加が入るって流しておけば、脱落メンバーを出させてやろうという策には出てこないだろう」
「さすがに悪知恵が回るわね」
「そ、そうかあ? そこまで悪い知恵だとは思わないが」
だいたい先に気づいたのは千条の方だ。
「そうね、少し語弊があったわ。でも、嘘をつく時点で、あなたの策は相手を騙すという本質が有る気がするわね」
「それはそうだが、良い嘘もあっていいだろ」
「時と場合によるわね。それと、多用していると必ず齟齬が発生して自分達が窮地に陥ることになるから注意して」
「了解。ま、今回は大目に見てくれ。緊急避難的な措置だ。早めに手を打っておきたいしな」
「ええ」
「もちろん、部員は本当にもう何人か増やすよ。でも、千条、そこまで部員の数を増やしたいわけじゃないんだろ?」
俺は念のため、確認を取る。
「私の思考を隅々まで読んでくれて凄く心地良いわ。ええ、部員の管理も難しくなってしまうし、大所帯にすれば内申点が比例して上がるというモノでもないでしょうし」
「そうだな」
「それに私、上辺は取り繕ってごまかしているけれど、人嫌いだもの」
「ああ、それは理解している。どちらかというと俺もだ」
「どうかしら。あなたの場合、すぐなれ合って、適応している気がするわ」
「なれ合っているかどうかは別として、君も適応はしていると思うが」
「そうかしらね。仮面をかぶってその都度、最善の行動を選択しているだけだから、結構疲れるわ」
「そうか。お疲れさん。俺と二人だけの時は、仮面は要らないぞ」
「ええ、してないわ、最初から」
「ふうん? 別に、そこまで違うとも思えないが…」
「全然違うわ。あの三人には毒舌で突っかかったりしてないでしょう?」
「そうだな。というか、毒舌で俺に突っかかっているという自覚があったとは少々驚きだ」
「皮肉でやり返したつもり? 感情と理性は別物だもの。自分が女性だと思い知らされると、イライラするわね」
「んん? どういう意味だ? 男だってヒステリックにはなるぞ」
「ええ。でも、黛君やあなたを見ていると、感情の振れ幅は女子の方が大きいと感じてしまう。平均的にもね」
「まあ、俺や黛は大人しい部類だからな。森島だってそうだ。一方で相川や風間みたいなおっかないのもいるだろ」
「そうね、性別に理由を求めるのは止めておこうかしら」
「求めても良いが、重視はしなくて良いと思う。高次元の脳機能、特に思考はな」
「どうかしらね。女子特有の思考も有ると思うわ。特に、今回の風間さんの行動、あれは典型的ですらあるわ」
「それは同感だが、前にも言ったが、君は特殊だ。女子の枠組みに縛られない思考ができていると思うぞ」
「それって、随分と女を見下した発言ね」
「うーん、忘れてくれ」
「いいえ、絶対に忘れないわ。あなたの失点ですものね」
「意地が悪いなぁ」
「そうじゃないわ。私も、典型的な女子なのかもしれないわね」
「意味が分からんが」
「ふっ、分からなくて良いわ。さ、そろそろ下校時間になってしまうわ。行きましょ」
謎の微笑みを浮かべた千条は別段怒ったわけでも無いらしい。
「ああ」
千条との会話は面白いとさえ思えてきたが、ま、このまま部活動へ移行して特別課題をこなしていっても良いだろう。
家に帰って、部活関連の掲示板をチェックしていると、気になる書き込みがあった。
『弱点が狙われている』
たったこれだけ。匿名で、書き込みはそれだけのようだ。
うちの部員の仕業では無いだろう。そんな事、部室で話せばいいだけだ。
気にはなったが、これで森島が狙われているという断定はできないだろう。もちろん警戒は必要だ。
少し迷ったが、千条に伝えたところで彼女も対処しづらいだろうし、それで司令塔の思考が鈍るのも考え物だ。
部の設立の動機演説など、彼女は諸手続にたった一人で奔走しており、あまり負担は掛けたくない。裏方は俺の仕事だろうしな。
そう思って、翌日の放課後、一緒に部室に行こっと誘ってくれた黛に俺は涙を飲んで先に行っててくれと言い残し、E組に森島を迎えに行くことにした。俺達がA組である以上、他の時間帯に森島にちょっかいを出されていたら手も足も出ないのだが、放課後は敵方も最も動きやすい時間帯でもある。部活へ行くのを妨害するにしても、最高の時間帯だろう。
俺は2E組の教室へと急いだ。
さて、到着したが、どうしたものか。
このまま教室の中に入って森島を呼び出しても良いが、彼女も大人しい子だからな。異性に呼び出されたり迎えに来られるのはかえって迷惑だろう。それに目立たない子だから、黙っていれば彼女が文化部所属とは気づかれないかもしれない。こうなると、奈緒や黛にメンバーについて口止めしておけば良かったが、後の祭りだ。
とにかく、廊下で森島が出てくるのを待つ。
「あれ、おかしいな」
なかなか出てこないので、教室を覗いた。
「おっ、如月じゃん、久しぶりー」
「あ、ああ、やあ」
女子が話しかけてきたが、こっちはまるで顔を覚えていない。たぶん、去年か中学のクラスメイトだろう。
こういうときは非常に困る。
「誰か探してるの?」
コマンド『様子を見る』で黙っていると彼女の方から聞いてくれた。
「森島さんを探してるんだけど」
「ああ、森島さんなら、今日は欠席だよ」
「ああ、そう。理由は聞いてる?」
「さあ? それよりさ、うちら友達とカラオケに行くんだけど、一緒にどう?」
「あーごめん、これから部活なんだ。じゃ」
嫌な予感がする。
たまたま風邪を引いたのだろうか。
いや、違う。
あの掲示板の匿名の警告がここに来て強烈な意味合いを持ってくる。
あの警告をした者は間違いなく文化部の味方だ。姿は何らかの理由があって俺達の前には晒せないが、森島が脅されているところを目撃したかどうにかしたのだろう。
事態は深刻だった。
部室に行き、まずは報告する。
「森島が今日は休みだ」
「ええ、私宛にメールが来ているわ」
「そうか」
俺は迷った。ここで部員全員にあの掲示板の警告のことを報せるべきか?
「何?」
千条は俺の視線に何かあると察したようだ。
「ちょっと来てくれ」
「ちょ、ちょっと」
腕を掴んで内緒話に引っ張り出そうとしたら、千条には慌てて腕を振り払われてしまった。
「ああ、悪い」
彼女はまだ、異性に触られるのは全然ダメだったんだった。
「いえ、触らないのなら良いから。何かあるんでしょう?」
千条の恐怖感も考えると、ここで言った方が良いな。
「森島は誰かに脅されて欠席していると思う」
そう言って俺は携帯で掲示板を呼び出して、例の警告を見せる。
「これって…」
「ああ。俺達の味方、じゃないかな」
「そうね」
「えー、なになに?」
「ボクも見せて」
奈緒と黛にも見せてやった。
「弱点が狙われている? えっと、私、意味が全然分かんないんだけど」
奈緒がぽかんとする。
「つまり、こういうことよ。うちの部は設立に必要なぎりぎりの人数の五人しか集めていないけれど、その内の一人でも脅して部を辞めさせれば、人数不足で文化部は潰せるってわけ」
「ああ。でも酷ーい、それで森島さんが狙われてるって事?」
「まだ決まったわけじゃないけどな。可能性は高くなった」
「本人に確認してみるわ」
携帯を取り出して電話する千条。だが、仮に本当に脅されているとして、森島は素直に白状するだろうか?
しないだろう。
きっと、脅迫者から口止めされているはずだ。
「そう。分かったわ。お大事に」
電話を切った千条は小さくため息をついた。電話の感じからだとやはり、森島は脅迫を認めていないが、事件そのものは黒の印象。
「ど、どうだったの?」
「どうも脅されている感じね。でも、森島さんは部を辞めるつもりはないそうよ。設立までは入部届を撤回しないと明言してくれたわ」
ただ、その後、人数が補充されれば抜ける可能性がある、か。
「ううん、どうしようか。新しい人を補充すれば…」
黛が遠慮がちに聞いてくる。
「ええ、それは森島さんの今後に関わらず必要な事よ。脅しを封じる意味でも、やはり増やしておかないと。ただし、私は森島さんの退部届は当分の間、受理しないわ」
本人の意思でないのだから、当然だろう。これは千条が正しいと俺も思う。
「そうだね! 脅されて辞めさせられるなんて、酷いよ」
奈緒も言う。
「うん、ボクも部長に賛成かな。如月君はどう?」
黛も賛成。
「ああ、俺もだ」
どうやら部員の心も一つにまとまったようだ。
これは報告して正解だったか。
「私はこれを橘先生に報告してくるわ」
「ああ。じゃ、俺は謎のコイツとコンタクトを取ってみるか」
俺達の味方と思われる警告者。
おそらく、E組の奴か、女子バスケット部員の内部告発者だと思われる。
風間だって森島を脅すのに、他の奴に知られないようにと細心の注意を払っているはずだ。
プレッシャーを掛ける意味では広く知らしめた方が良いが、こんな不正、教師が知ることとなれば退学のリスクだってあるだろう。運動部員は、単純にスポーツを楽しんでいる奴も中にはいるだろうが、うちは進学校、内申点目当ての奴も結構多いんじゃないかと俺は考えている。
そんな人物にとっては、脅しは相当な迷惑のはず。
つまり事情を知っているのは森島かバスケット部に近しい存在だ。
掲示板に俺の名前で『部室で待つ』とレスを書き込んでおく。
それを隣から覗き込む奈緒と黛は二人とも無意識なのだろうが、俺に体を密着させてくるので、落ち着かない。
使っているシャンプーがそれぞれ違うのか、双方とも別種の良い香りがした。
「これで大丈夫だ。ちょっと二人とも離れろ」
俺は嬉しさをごまかすため、あえて不機嫌そうに言う。
「ああ、ごめんごめん」
「あっと、あはは…」
「あとはどうしたもんかな」
「脅してる奴を特定しちゃおうよ。そんでとっちめるの」
奈緒が簡単に言うが。
「どうやってそいつを見つけ出すんだ?」
「それは…うーん」
森島が簡単に口を割るとは思えない。それに、組織的にやってるとすれば、複数犯のはずだ。森島に姿を見せずに脅すことだって可能だしな。
「脅されている証拠を集めるのはどうかな?」
黛が言うが、それはいいかもな。ただ、それには2Eのクラスの協力者がどうしても必要だ。
ま、あの掲示板に警告した本人が来てくれるのが一番だが。
「失礼します」
ノックが有り、見知らぬ女子生徒が入ってきた。
コイツが警告した本人か。
「うお、早いな」
「早っ」
「あ、来てくれたんだ」
「んん? 何のこと?」
その女子は小首を傾げるとニッコリ笑いかけてくる。
クッ、コイツ、リア充だ。
俺のセンサーが機敏に察知した。大きな瞳、豊かな表情、自信にあふれた態度、派手な柄のリボンとおしゃれな髪型。
「確認するが、君は掲示板に警告を入れた人物とは関係ないんだな?」
俺は警戒しながら問う。
「警告? えっと、ごめん、如月君が何を言ってるのかさっぱりだよ。私、掲示板は最近、利用してないから」
とぼけているわけでは無いだろう。わざわざ姿を見せておいて、正体を隠すのも変だ。
「そうか」
「なーんだ、空振りかぁ」
「ごめんね、ボクたち、勘違いしちゃった」
「いいよ。ところで、千条さんだっけ。部長は誰?」
彼女が聞いてくる。
「ああ、今、千条は職員室に行ってるけど」
「ああ、そっかぁ、タイミング悪かったなぁ。あ、私は2Eの柏木だけど、実はね、うちのクラスの森島さん、バスケ部員に脅されてるみたいなの。彼女も文化部の部員でしょ?」
「ああそうだ。その話、詳しく聞かせて欲しい」
「うん、そのつもりで来たから。これ、森島さんのノートなんだけど、彼女の許可はメールでもらってるから、とにかく見て」
彼女が持って来たノートを開くと、マジックで『文化部ヤメロ!!!』と両ページを使って乱暴に書き殴ってあった。
「うわ、これ酷ーい。これじゃ消しゴムで消せないよ!?」
「そうだね…」
黛が辛そうに自分の胸をぎゅっと掴むので、ひょっとすると、同じ目に遭ったことがあるのかもしれない。
俺もマジックでは無いが、ノートに卑猥な単語を落書きされたことがある。綺麗にノートを使いたい派にとってダメージが大きい嫌がらせだ。
「他にも体操服をゴミ箱に入れられたり、上履きを隠されたり、結構酷いことをやられてたみたいだから」
柏木が付け加える。
「そうなんだ…」
全然、気づいてやれなかった。
相談してくれればと思うが、向こうもきっかけが無ければこんなことは話せないだろう。
それに、文化部の一員として、これは俺にも向けられた攻撃だと感じている。
今まで同じクラスの奴がいじめられているのを見て、仲間意識を持ったことが無かった俺だが、少し不思議な気持ちだ。
「じゃ、私はこれ、先生に持っていくね。その前に、文化部の人に報せておこうと思って」
卑怯な奴がいる一方で、こうして正義感を持って行動できる人間もいる。
「ありがとう」
「いいって。うちのクラスでそういういじめみたいなこと、私、嫌いなんだ」
そう言ってひらひらと手を振って笑った柏木は職員室へと向かっていった。




