第十一話 文化部(仮)の何気ない活動
「遅かったわね」
「いや、そんな遅れてないだろ」
「そう。でも、如月君、さっきの騒動は、反対運動を潰す意味としては評価するけど、私としてはやはり無駄に絡まれるのは本意では無いわ」
「悪かったよ」
「そうだよぅ。あたし、風間さんに睨まれて、ヒーってなったもん。私、ごまかすの下手だしさあ」
「ああ。今後は、この手のことは奈緒には内緒で進めておくから、安心してくれ」
「いーやー、この手のことをやられるだけで私はヒヤヒヤするからぁ。内緒でもやらないで!」
善人だな。
「ふふっ、まあ、風間さんは取り下げると言っていたし、これで一件落着じゃないかな」
黛が言う。
「それはどうかしら。『いったん』と言っていたからきっと別の理由を挙げてくると思うわ。生徒会は採決の予定をもう発表しているし、二度手間を避けるために、次の申請理由は緩くなると思う」
「そうだろうな。ま、それでも風間が相川と派手にやり合ってくれたから、運動部以外からの票はあんまり期待できないだろうな。天川も中立で、こちらには有利だと思う」
「そうね。でも、ここで部の設立が否決されてしまうと、規則上、同じ部は立ち上げられないし、違う部でも同じ部員ということで、さらにハードルが上がるでしょうから、一回で決めないと。何か、確実に勝てる方法は無いかしら? 如月君」
「俺指名? まあいいけど。確実な方法は一つあるかな」
「どんな方法?」
「君が風間に頭を下げて、お願いします、どうしても部を設立したいので、協力して下さい、と頼み込むやり方だ」
「却下ね。私のプライドに関わるし、どうして無関係の彼女に協力を仰がなくてはいけないのか、実に不愉快だわ」
「言うと思った」
「でも、効果的じゃないかな。ボク、あとで風間さんに頼んでみるね」
黛が言う。
「私は頭は下げないわよ」
「副部長のボクがってこと。それならいいでしょ? 千条さん」
「ええ、まあ…いいわ」
プライドの理由であれば、黛が頭を下げてもマイナスだと思うのだが、あっさりと妥協する千条。
「お前も、黛には甘いよな」
「ええ? あなただけには言われたくないわね」
「それは、俺を敵視しての発言なのか? それとも、俺も黛に甘々だからか?」
「両方だけど、そう、あなたも黛君には弱いのね」
「ああ。なぜかは分からないが、どんな頼み事でも断れない気がする。どんな頼み事でも、だ」
「ええ? そ、そんなこと無いと思うけど、じゃあ、変なお願いはしないでおくね?」
「ああ、そうしてくれると助かる。いや、お前がどうしてもと思えば遠慮無く言ってくれ。世の中をすべて敵に回してでも、お前を守る」
「ええ? あ、ありがとう…」
「ちょ、ちょっとぉ、どうして世の中を全部敵に回さないといけないの? それに、お前を守るって、それ、なんだか映画の彼氏彼女みたいなんですけど! あと、まゆまゆもそこでまんざらでも無さそうに顔を赤らめない!」
奈緒がツッコんでくる。
「宇佐見さんの指摘はもっともだと思うけれど、どうしてかしらね。私も、黛君のためなら、世界を敵に回してでもという気になってしまうわ」
「いや、どうして二人とも、守るところまでは分かるけど、敵に回そう、敵に回そうとするかなぁ。もっと仲良くしようよ、平和的に行こうよ」
「奈緒、別に俺達は本気で世の中に喧嘩を売ってるわけじゃ無いぞ。焦りすぎだ」
「う、うん」
話の輪に入らず、はらはらした顔でこちらを見ている森島にも話を振っておくか。
「森島は黛のこと、どんな感じに見えるんだ?」
「えっ、わ、私?」
「ああ。俺や千条が少数派なのかなって思って」
これなら、答えやすいはずだ。多数派か少数派か、どちらを選んでも、誰も傷つけないし、誰の敵になるわけでもない。それは好みやフィーリングといった個性の領域についての議論だ。
「ううん、私も、黛君に頼まれたら…頑張ると思う」
「まあ、まゆまゆはねえ、変な可愛さがあるもん。アタシだって、頼まれたら頑張ろうって気になるよ」
奈緒も、そこは同意した。
「えーと、みんな、ありがとう。でも、頼み事は自重しておくね。世の中とは穏便に行きたいから」
「自重する必要は無いわ。こちらも、無駄に喧嘩を売るつもりは無いし、私や如月君、いえ、他の二人も上手くやってくれるでしょうし」
千条も部長らしく上手くまとめてくれたな。
「そうだぞ」
俺も力強く言う。
「うん!」
うへ、黛はまばゆい笑顔を放って来やがった。胸がキュンとしたが、やべえ、これは確実に恋だ。きっとそうだ。
「あ、じゃあ、ごめんね、ボク、きょうちょっと用事があって…」
「いええ、構わないわ。この部活は強制的な物では無いし、自由参加、帰りも各自の自主性に任せていこうと思うから」
千条が言う。
「意外だな。お前ならきっちり時間を決めてくるかと思ったが」
「それだと部員の確保に苦労するでしょうし。言っておくけど、あなたは例外よ、如月君」
「やはりか」
「創立の初期メンバーだもの、当然よ」
千条は橘の事は伏せておくつもりらしい。
「だな」
「あ、それ、私も聞いてみたかったんだけど、どういう理由で一緒に部を立ち上げようって話になったの? 教えて!」
奈緒がそこに食いついてしまったが。
「わぁ、ボクも凄く聞きたいけど、早く並ばないと、スイーツ小倉の春限定一日50個の桜餅が売り切れちゃう。ごめんねー。奈緒ちゃん、明日、聞かせてね」
「オッケー。でも、アタシもスイーツ小倉の桜餅、食べたかったなぁ」
「別に、今からでも追いかけていっていいわよ」
「う、でも、あそこ本当にすぐ売り切れちゃうし、それより今は話が聞きたいから!」
「そう」
じろりと俺を見る千条。俺に設立ストーリーをでっち上げろということらしい。
「じゃ、そうだな、聞くも涙、語るも涙のそれは悲しい悲しい悲劇の話をしてやろう」
「えーと、そういうのじゃなくて、私、部活の立ち上げの動機の事を聞きたいんですけど…」
「だから、奈緒、それが悲劇そのものだったって話だ。俺は幼稚園の頃からぼっちでな…」
悲しく話していると、本当になんだか悲惨な話になってしまった。
「そ、そうだったんだね、グスッ! 私、そんなこととは知らなくて、うん、今日から私も如月君の友達だからね!」
奈緒が鼻水たらたらで俺の両肩を持つので、気が気じゃ無い。
「お、おう。だが、奈緒、今はあんまり俺に近づかないでくれ」
「そんな悲しいこと言っちゃダメなんだよ!」
あー、ストーリーの方向性を間違えたぁ。
「そうね、とにかく鼻を拭いて。女の子としてあるまじき事になってるわよ、宇佐見さん」
千条が気を利かせてポケットティッシュを渡した。ハンカチを渡したら、確実にチーンされるだろうしな。そこは極めて冷静な女だ。
「うん、グスッ、ありがとう。だって、こんな悲しい話を聞いたらさあ」
「悪かった、奈緒、そこまで泣くとは思わなかったから、多少脚色が入ってるぞ。言うほど、悲惨でも無かった」
「悲惨だよぅ」
同情してくれてるのはありがたいが、俺の人生を悲惨だと断定されると、なんだか違うぞと反論したくなってくる。
「ふっ、まあ、面白おかしく話したツケね。女の子を泣かせるのは男として最低の事よ、如月君」
「待て、微妙にお前は男女平等についてひねくれた考えを持っていそうだが、これは明らかに不可抗力の部類だろう」
「いいえ、これはあなた自身の行動の結果でもあるはずよ。私たちと一緒に、この悲惨な人生を変えていきましょう」
「お、おう。なんか微妙に納得しがたい何かがあるが」
「ふふ」
「わ、私も、お友達…、えっと、いえ、何でも」
「いや、ありがとな、森島。今日からお前も俺の友達だ」
「あ、は、はい…」
「嫌になったり、友情を悪用してつけ込んできたら、いつでも解消してあげるから、部長の私に相談してね、森島さん」
「あ、はい」
そのとき、流行のJポップソングのメロディーが鳴った。いや、本当に流行しているかどうかは不明だが、音楽に疎い俺でも知っているメロディーなのだから、きっと流行り物だ。たぶん。
「あ、私のスマホだ。ちょっとごめん」
奈緒がポケットからスマホを取り出すと、部室の端に行く。
「あ、うん、ミッチー、あ、カラオケ、行く行くー。じゃあ、ちょっと待っててね」
切ってから、あっと言う顔になる奈緒。
「あっちゃー、私、部活やってたんだった。どうしよう?」
「別に良いわ。今日は如月君の悲しい相談にも乗れたことだし、切りが良いから文化部の活動は今日はここまでにしましょう」
「あ、うん、ありがとっ、部長! 大好き! じゃ、行ってくるねー」
「ええ。気をつけて」
「じゃあな、前見て走れよ」
部室のドアでちょっとぶつかりそうになってのけぞっていたが、奈緒はテヘッと可愛く笑うと、慌ただしく部室を走り去っていった。
「じゃ、みんな外に出て。鍵を閉めるわ」
「鍵なんてあったのか」
「ええ、当然でしょ」
そう言って、千条は森島に気づかれないよう俺に指で合図してくる。自分の口に人差し指を当て、それについては内緒だという感じのジェスチャーだが…。
「この後、職員室に鍵を返却しないといけないから、如月君も付き合って頂戴」
「ああ、それは別に構わないが」
「じゃ、私は失礼します」
森島は同級生の俺達にも礼儀正しく頭を下げる。
「ええ、お疲れ様」
「また明日」
「はい」
森島が見えなくなってから、俺は聞く。
「で、さっきの合図はなんだったんだ? まさか森島がスパイか何かだと?」




