第十話 衝突
週明けの放課後、風間がついに動いた。
「千条さん、ちょっといい?」
「何かしら」
「これなんだけど」
「あなたの新型スマホがどうかしたの? 私、流行には疎いから」
「そうじゃなくて! 中身よ、中身! 掲示板に、私がゴミ捨てであなたに注意されて、その腹いせで反対運動やってるって、これアンタが書き込んだんでしょ」
「何のことか、まったく分からないわ。別人よ」
俺のやってる事だろうとはすぐに見当を付けたはずだが、そこは涼しい顔ですっとぼける千条。良い性格をしている。俺も、下手に話は膨らませず、事実だけを書いた。「えー、何それ、酷い」「風間さん、やってることが小さいよね」「アタシ、風間さんがそんな人だとは思ってなかった。ゲンメツ!(°_°)」という俺の個人的な感想は別IDで複数忍び込ませてるけど。
「そう、とぼけるんだ。奈緒、アンタも文化部に入ってたよね?」
「わ、私? い、いやいや、私じゃ無いから、それ」
「ふん、どうせ文化部の誰かに決まってるわ」
じろりと風間が教室を見回し、緊迫した空気になってきた。
ここは俺が動かざるを得ないな。犯人だし。
「俺らの他に敵がいないとは人望が篤くて羨ましい限りだが、風間さん」
ちょっと悪ぶって前に出る。
「な、何よ、如月」
「一つだけ確認させてもらいたいが、その掲示板に書かれている事は事実ではないんだな?」
「え、ええ、そうよ?」
嘘つきだなぁ。ま、千条が嘘をついた可能性もゼロじゃ無いが、俺は千条の方を信頼している。彼女はこんなどうでも良いようなことで嘘はつかない人間だ。だからこそ、もめ事が多いのだが。
「なら、それ自分で書き込んで反論したらどうかな」
「ええ? それは…」
確実に炎上しちゃうけどな、ヒヒ。
「ちょっと、アドレスを見せてくれるか」
俺は風間のスマホを借りてアドレスを自分の携帯に打ち込む。すでに分かっているアドレスだが、このアリバイ工作で俺が犯人だと思う奴はぐっと少なくなるだろう。知能犯だ。
「よし、これで。僕の名前で真実を書いておいたから。こういう悪戯は人の噂も七十五日ってね、すぐみんな忘れちゃうよ」
爽やかな笑顔で。
「ふん、善人ぶって、実はアンタが書き込んでたんじゃないの?」
おう、鋭い。表向きは「えー、そんなぁ」というショックを受けた顔をして、慌てたように首を横に振っておく。
「ちょっとちょっと、いかにも気が小さいですって感じの如月がそんなことするわけ無いっしょ。風間さあ、最近、ちょーっといい気になって動いてたから、誰かに恨まれたんじゃないのぉ?」
おっと、思わぬところから援護射撃が来た。
ギャルチームの相川は、ライバルチームを蹴落とすチャンスと見たか。
ナイスな動きだ。表向きは笑顔で冗談も言い合って和気藹々としていたのだが、うちのクラスも結構ギスギスしてたんだな。
「はぁ? 何それ」
「ま、まあまあ、風間さんが反対運動で目立ってたのは確かだけど、部費が削られるのは部のためにも良くないって思ったんだよね? 僕はそれは正しいことだと思ってる」
チッ、まずいな、ここで天川が出てきてしまったか。男子女子問わずカリスマがある天川だ。コイツが反対派に回ると、結構厳しいぞ。
「だよな」
「文化部ってどうせ中身チャラい活動だろ?」
「別にやってもいいけど、オレらの部費が削られるのはなぁ」
「私も正しいと思う」
すぐに賛同の声も上がってるし。
「言わせてもらうけど、天川君、その部費が削られるというのは誤解よ。職員会議ですでに確認決議が取られているけれど、部費については純増、うちの文化部の新設によって、各部にしわ寄せが行くことは無いわ」
千条が的確に反論した。
「うん、その話も聞いてるよ、千条さん。僕もそれを今、言おうとしたんだけどさ。だから、風間さんと千条さんが対決するとか、言い争う必要は全然、無いと思うんだよ」
うーん、まあ、表面上はそうだろうが。男子はそれで納得した表情。
「さすが天川、上手くまとめたな」
「やるな、ヒーロー、ヒュー!」
「いやいや、ヒーローってちょっとやめてくれよ。僕が何もしなくたって、きっとこのクラスは一つにまとまっていたと思うから」
そう言って爽やかに笑う天川だが、俺はそうは思えない。ま、妙な説得力があるというか、格好良い台詞だが。
それだけに俺は嘘っぽいと感じてしまう。
「そういうわけで、二人とも、ここは仲直りって事にしたらどうかな? 同じ2Aのクラスメイトなんだしさ」
「ええ?」
「そうしなよ。結局さー、風間のタダの勘違いだったわけでしょ? 部費が削られないんなら、アンタも反対する理由ってもう全然無くない?」
相川も天川の側に付くが、こちらは幕引きを図ると言うよりは風間に攻撃を加えてる感じだ。
「勘違いって、そんな情報なんて知らなかったし、職員会議の決定は私の反対運動の立ち上げより後のはずだし…」
「でも、今は知ったっしょ?」
「くっ、分かったわよ。反対運動はいったん取り下げるわ。でも、文化部なんてチャラそうな部活動、私は認めない」
「えー、なにそれ、だだっ子ぉ?」
「ああ!? だだっ子?」
うわ、風間、怖っ。
「ああ?」
それに対する相川も、怖っ。
「ま、まあまあ、そのくらいで。絵里香ちゃんも、少し言い過ぎじゃないかな」
「えー、そう? まあ、翔がそう言うなら謝るけど、ごめんねぇ、風間さん」
「それ、全然謝ってる態度じゃ無いし、だいたい天川の彼氏でも無いくせに呼び捨てってちょっと勘違いしてるの、相川の方だと思うけど」
「ええ? 下の名前で呼んだら即恋人って、風間、アンタ、恋愛経験も無いお子ちゃまなわけ?」
優越感たっぷりのゲスい笑みで見下す相川。
「ふん、こっちは中学の時に彼氏くらいいたっての」
「あのさ…名前のことだけど、僕が自分で翔って呼んでも良いからってみんなに言ってるからさ。ごめんね、風間さん」
「ああ別に天川君が謝る事じゃ…、じゃ、私も翔って呼んで良いかな?」
「もちろん!」
「やった。じゃ、私も茜でいいからね!」
「分かった、茜ちゃんだね」
え? 何この超展開。喧嘩を仲裁してたら、いつの間にか彼女候補ゲット!とか、凄いな天川、いやヒーロー翔よ。
すっかり角が取れて満足げな風間も風間だが、微妙な顔をしている相川も勢いがそがれた様子。
「じゃ、この件はもう私はいいみたいね。部活があるから、お先に失礼するわ」
千条がそう言って颯爽と立ち去る。髪を指で振り払う姿が絵になるなぁ。みんな黙って見とれてたし。
「なあに、アレ、格好付けちゃってさ」
不満そうな顔の相川。
「だね。元はと言えば、アイツが部を立ち上げるなんて言うからこんな騒動になったのに」
さっきまでの喧嘩はどこへやら、あっという間にタッグを組んだ風間が相川に同意してるし。女子怖っ。
「あっ、じゃ、じゃあ、まゆまゆ、如月君も、早く部活に行こっ」
微妙な空気の中、奈緒が切り出して、俺達も矛先がこっちに来る前に教室から出る。
すると、後ろからクラスメイトの声が聞こえてきた。
「それにしても、あの文化部のメンバーもちょっと変わってるよね」
「そうそう、暇そうな奈緒はともかく、勉強ばっかしてそうな如月君が一緒とかねえ」
今の俺、授業以外ではほとんど勉強してなかったりするけど、みんなの印象はそんなものか。
ガリ勉っていじめのターゲットになりそうだから、微妙なんだよな。




