第九話 思わぬ妨害
「どうだ、何人か集まったか」
「ああ、先生」
翌日、部室に黛と宇佐見も一緒に集まっていると、橘が様子を見に来た。
「ほう、黛と宇佐見か」
「ええ。今のところ、この四人です」
まだ基準には達していないが、千条は絶対の自信があるようで淡々としている。
「そうか。なら、意外に早く達成できたな。もう一人、別クラスの先生から紹介があった。E組の森島だ」
「おお」「わあ」
「そうですか。ただ、うちの部は隔週でボランティアを予定しているので、森島さんの希望する条件に合うかどうか分かりませんが」
千条がそこを懸念する。
「そこは千条、名義貸しでもいいから、こちらからは断らない方向で頼むぞ。わざわざ他クラスから紹介してもらったんだからな。私の顔を立てておいてくれ」
「分かりました」
細かいことにこだわる千条は渋るかと思ったが、あっさり引き受けた。ちょっと意外だ。
「では、森島の入部届は私の方から渡しておく。他のメンバーの分はもうそろえたか?」
「はい、これですが」
「じゃ、千条、悪いがそれを持って職員室まで設立申請書を取りに来てくれ。それはこの前の希望届とは別になる。それでこの申請書が生徒会と職員会議で通れば、晴れて部の誕生だ。隔週のボランティア付きということなら、先生方も大目に見て下さるだろう」
「はい、分かりました」
千条と橘が職員室へ向かった。
「んー、いよいよだね! なんだか私、緊張して来ちゃった」
奈緒が両手を握りしめて気合いを入れる。
「あはは、奈緒ちゃん、気持ちは分かるけど、別に申請が通らなくても、このメンバーで時々お茶会すればいいんじゃないかな」
黛が言う。
「あ、賛成! 如月君はどう?」
「まあ、時々なら賛成だが」
黛がいるし。
「決まり! 私は毎日でも良いけどなあ。まあ、それじゃお小遣いが持たないか」
「だね」
「だな」
三人ともこれで何の問題も無く、部が設立されるものとばかり思っていた。
「如月君、遅かったわね。ちょっと難しいことになりそうだわ」
部室で千条が面白く無さそうに言う。他のメンバーも、ちょっと笑顔が無い。
「何か、問題があったのか?」
「ええ。うちのクラスの風間さんたちが、文化部設立に反対の署名を集めてるの」
「ええ? なんで…」
「理由は、運動部の部費が削られるのを恐れて、と言うことらしいわね。建前は」
建前か。
「本音は?」
「さあ。私への個人的な反発かしら。彼女にはゴミをきちんと片付けるようにと私が説教したことがあったから」
「ああ…」
千条は正しいことをしたのだろうが、物の言い方やその行為が反発を招いたのは充分にあり得そうな話だ。だが、だからといって風間もやり過ぎな気がするが。
「待って、それが理由じゃないかもだよ」
奈緒が言う。
「どういうことだ?」
「それがね、私、バスケ部の友達から聞いたんだけど、この間の小テストで点が悪かったから、部活を停止して、勉強するようにって橘先生がバスケの顧問の先生と取引したんだって。そっちじゃないかな」
「そっちみたいだな……あの先生もちょっとやり過ぎだな」
「そうね」
真っ先に千条が同意した。
「それについては案ずるな」
「うわ、先生」
急に入ってくるから焦った。立ち聞きしてたのか? 毎度毎度、その辺がちょっとイヤらしい教師だ。
「風間の表向きの理由、部費の削減については職員会議で純増がすでに決定している。正式な反対の申請が出たタイミングで生徒会が採決のための臨時総会を開く予定だが、そこでその情報を告げてやれば、握りつぶすのは簡単だろう」
「どうでしょうね。運動部を中心に連携を図っているなら、理由に関係なく風間に賛同して、そのまま反対票を入れる生徒が多いと思いますよ」
俺は、楽観的な橘に懸念を伝えておく。
「なら、お前達で手を打て。私も、いくつか手を打っておこう」
「はあ」
「やる気を見せろよ、如月。千条の内申点に関わってくる話だぞ」
嫌らしい言い方をする先生だ。案の定、千条が分かってるんでしょうねと言う顔で俺を見てくるし。
「分かりましたよ。少し、手を考えておきます」
「ああ。では、そちらの作戦会議は任せたぞ」
橘先生はこの様子だと、仮に顧問となってもあまり部室には長居するつもりは無いようだ。その方が俺達もありがたいけど。
「じゃ、具体的に策を聞こうかしら、如月君」
考えるとは言ったが、ついさっきだぞ、千条。まあいい。
「表向きの理由、部費の削減は無いという情報はすでに示されてるわけだから、それをみんなに報せれば良いと思うぞ。ただし、橘先生の言ったタイミングよりもずっと早くだ」
「でも、それだとまた別の理由を挙げてくるのではなくて?」
「そうだが、生徒会を動かす正当な理由となると、結構難しいだろう。早めに情報を周知した方が浸透しやすくなるし、それに、裏の理由、風間がお前にゴミ捨てを注意された私怨による復讐だという噂もこっそり流しておけば、風間への賛同は少なくなるはずだ」
「さすがは元学年一位、と言いたいけれど、綺麗な策とは言い難いわね」
「他にいい手があるなら、それで俺は構わないぞ」
「そうね…まあ、今のところはそれでいいと思うわ。他に誰か、何かある?」
「無いぃ」
「ボクもちょっと」
「済みません…」
森島も参加しているが、眼鏡の大人しい女子だ。ボランティアは具体的に何をするのかと心配そうに俺に聞いてきたが、ゴミ拾いと老人ホームの慰問だと伝えたら少しだけ安心したようだった。
「じゃ、如月君の策で行きましょう。一応、先生には私から伝えておくわ」
そう言って携帯を取り出した千条は、橘先生のメールを教えてもらったらしい。ちょっと羨ましい…いや、そう言えば、クラス全員に教師のメルアドは伝えられていたな。後であのプリント、探しておこう。
「分かった。じゃあ、ボクは友達にそのゴミの話、話しておくね」
「私も! ああでも、うちのクラスとバスケ部の子はちょっとアレかなあ。風間さんに睨まれたら怖いし」
「どのみち戦争をするのだから、同じ事だと思うけど」
千条が涼しい顔で物騒なことを口走る。それを聞いて奈緒が驚いた。
「えっ! せ、戦争なの? これ」
「いやいや、誤解を解くための平和な活動だ」
奈緒がビビってしまって部を抜けると言い出しては元も子もないので俺は訂正しておく。
「そうとも言えるわね」
「ああ、じゃ、私、風間さんにも言っておくね。もちろん、部費の事だけだけど」
「ええ、それでいいわ。うちのクラスについては、無理にゴミ捨ての件を広めなくてもいいでしょう。バスケ部員は全員、風間さんの手下と見るべきでしょうし」
「そうかあ?」
仲は良さそうにしているが、そこまでの結束があるようには見えなかった。
食事も別々の女子がいるし。
「誰か、反旗を翻している部員がいるの?」
「いや、そこまでじゃないが」
「なら、意味が無いわ。とにかく、他のクラスへの浸透はきちんとやっておいてね、如月君」
「それ、俺の担当なの?」
「ええ。E組は森島さんの担当だけど」
「えっ、あ、あの、私、その、あんまり友人がいなくて…」
困ったように目をそらす森島。大丈夫、それはお前が悪いわけじゃ無い。俺の経験則で言えば、友達の多さは人間の魅力に正比例していない。多ければ良いという物では無いのだ。
「ああ、ならいいわ」
「俺も別クラスに知り合いはほとんどいないぞ」
「あなたは別よ。副部長だから」
「エー、まあ、その件はまた話し合うとして、手は打っておく」
「ええ、期待しているわ。私は生徒会に掛け合って、この話を伝えてもらおうと思うから」
「分かった」
千条が出て行った後、俺は携帯をいじる。
「如月君、ちょっといいかな?」
黛が話しかけてきた。
「なんだ?」
「副部長の件だけど、如月君が嫌なら、ボクが引き受けても良いよ」
「マジで? それは助かるけど……」
「うん、部長が千条さんなら、ボクは特にすることは無さそうだしね」
「ま、それはあるだろうな。でも、サンキュー」
「う、うん」
「まゆまゆ、優しー」
「ええ? そんなこと無いよぉ」
この面子なら、千条が読書でもしてあまり突っかかってこなければ、平和な部活になりそうだ。
黛がいるから、俺も毎日部活に参加しよう。なんだか、黛と話すのが楽しいし。
これはもしかして愛か? いや、違う。きっと、今までぼっちだったから、その反動なのだろう。奈緒や森島と話すよりも黛と話すのが楽しいが、まあ、同性で気兼ねが無いからと言うことにしておこう。そうしよう。




