第一章 一話 食器棚
兄が階段を下りてくる音が聞こえる。コツ、コツ。その音が近づくにつれ、俺の恐怖は倍増する。
「見たんだな、義人」
背中に悪寒が走った。兄の声は先程までとトーンが違い、何か恐怖を感じさせるものだった。
「兄さん、これが趣味なんだね。一階にコレクションしてるって、これのことだよね」
そう言いながら俺は、死体を指さした。
「もしかして、俺を呼びだしたのって、殺すためなんて言わないよね」
兄は俺の目を見つめたまま、黙っていた。沈黙の時間が続く。この状況を最初に破ったのが妃だった。
「智さん。人殺しが趣味なんておかしな人ね。どうかしてる。しかも、実の弟まで殺そうとするなんて」
「彼女さん。俺は弟を殺そうとしたんじゃない。これから俺はどうしたらいいか相談したかったんだ」
俺は兄の言葉にキレた。
「嘘をつくな。睡眠薬を飲ませようとしていたじゃないか。その事実が、俺を殺そうとしたことを物語っている」
すると兄は笑い始めた。そして言った。
「なんてな。嘘に決まってじゃん。お前を殺そうとしたんだよ」
そう言って兄が取り出したものは、きれいに磨かれたナイフだった。俺は妃の手を握り玄関に向かって走った。
そして、ドアを開けようとした。しかし、開かない。鍵を開けなければ。そう思い鍵をあけようとする。しかし、普通ならあるはずの突起物がなかった。
「残念だ。その扉は、内側からも鍵が必要だ。この別荘のどこかに鍵を隠している。それを見つけて脱出してみろ。俺に殺される前にな。さあ、恐怖の鬼ごっこの始まりだ」
俺と妃はまず、二階の奥の部屋へと逃げ込んだ。兄は鬼ごっこだから、三十秒時間与えると言って目をつぶってカウントを始めた。
鍵を探せば出られる。兄の言葉を信じた俺は、ありとあらゆる引き出しをあけ、鍵を探した。妃は、絶対に嘘、あるわけないと豪語していた。
パリン! 突如後ろで何かが割れる音がした。その方向を見てみると、白い皿が粉々になっていた。俺は、その皿の破片を一つ拾い上げた。
妃が何か言ったような気がした。しかし、その言葉を俺は、理解することができなかった。俺は、皿が落ちてきた食器棚にくぎ付けになっていた。いや、正確にはその向こうの壁紙だった。
コツ、コツと兄の階段を上ってくる音が聞こえた。迷ってる暇はない。
「妃、この棚を一緒に押してくれ。早く!」
妃は、一瞬迷いを見せたが、俺がもう一度早く、と言ったらすぐに来て押し始めた。隣の部屋のドアを開ける音がする。重い、動け、動け、何度も祈った。
どれくらい格闘しただろう。たぶん、ほんの数秒だったかもしれない。ただ、俺には結構長い時間に感じられた。
食器棚をどかすとすぐに皿の破片で壁紙を切った。すると、目の前にドアが現れた。兄の足音はすぐそこまで迫っていた。俺は、すぐにそのドアを開け、妃の手を握り中に入った。
バタン、後ろのドアが閉まる音と同時に、さっきまでいた部屋のドアが開く音が聞こえた。
智は、部屋の中を見回した。動かされた食器棚、切り裂かれた壁紙、隠していたドア。その三つを目にした智は、くそ、と漏らしていた。
「ばれちまったか。ま、策は用意しているから大丈夫だけど」
そう独り言を言った智は、手に持っていたボタンを押した。瞬間、下のほうから二人の悲鳴が聞こえた。




