添木翔太について
昔から自分は、承認欲求が強かった自覚がある。
誰かに自分の存在を届けたいという、どうしようもなく強い欲求だ。
芸能人でもいい。演技派俳優でもいい。スポーツ選手でも、天才科学者でも、有名な小説家でもいい。
誰かに自分の存在を見てほしかった。
そうして今、俺は自分なりに努力を積み重ね、そこそこ売れているピン芸人になっている。
できているかもわからない関西弁のキャラを演じ、仕事ももらえるようになってきている。
その一つが、このラジオ番組だ。
「ヶ鸜亜君、って知ってる?」
番組の説明を受けに行った日、ディレクターからそんな質問をされた。とりあえず頷いておく。一応、知識としては知っているからだ。
リアクション芸人兼、妖怪系Vtuberとしてネット上で活躍しているインフルエンサー。
自身のYouTubeチャンネルの、ゲーム実況の際に放たれた迫真のキレ芸、「キィィィィィヤァァァァァア」(潰すぞ、の意)があまりに迫真だったため、それが持ちネタとしては有名である。
「そのヶ鸜亜君と共演してもらうことになりそうなんだよね」
「…彼とですか?」
ぶっちゃけた話、彼のことはあまり好きではない。
普段何言ってるのかわからない割に謎に意味だけは理解できるし、その理解できた意味に関しては言葉遣いが汚い。立ち絵のイラストも生理的嫌悪感を抱かせる見た目をしている。Vtuberとしては致命的な気がする。
「嫌かい?」
「いえ、別にですけど…」
とはいえ、せっかくギャラがもらえるチャンスを逃すわけにはいかない。
しかも、これが自分の冠番組になるかもしれないとなれば尚更だ。
ディレクターはその後、一通り番組に関する説明を終え、
「じゃ、ヶ鸜亜君との共演楽しみにしといてねー」とだけ言い残して去って行った。
* * *
さて、迎えた番組放送の初日。
俺はヶ鸜亜さんの楽屋に向かっていた。俺としては、活動歴的に向こうから来るべきなんじゃないかなと思ったが、そんなことを言っていては嫌われてしまうなとこちらから出向いた形である。
「あの、ヶ鸜亜さーん、俺、今日共演させていただく添木と申します。あの、お近づきの印にケーキでもと思うんですけどぉ」
「わえるんどぉろがねぇ」
あまりに気持ち悪い声に流石に驚いた。今更の話だが、この人は「妖怪」というキャラ付けではなく、マジもんの怪異である。俺がそれをはっきりと再認識した瞬間である。
入っていいですよ、という意味がなぜか伝わってきたので、俺は遠慮なくドアを開けた。
開けたはいいものの、問題はそこで手鏡を食ってる最中の彼と出くわしたことである。
「…何やってんすか」
「なわえつはぞろみなん」
「いや、それは見れば分かるというか、ええと…」
「のいうんもぽぽぽぽ」
「いや、俺はちょっと、食わなくてもいいというか、遠慮させていただきます…」
「お気になさらず。ほら、私の分はそこにたくさんありますから」
そこ、と指された先にあるのが、ガラスの窓で、夜のため外が暗く、それが鏡の様な役割をしていたため、この人は窓も食うつもりなんだろうなという事がわかった。器物損壊では?日本語を喋れるのなら社会の規律は守るべきだと思うのだが。
「…あの、俺、実はちょっと苦手で…」
鏡を食うのが、という意味で言っているのか、あなたみたいな異常者が、と言う意味で言っているのか、自分でも分からなかった。
「ううわえろうぽんもんだいがぁる」(鏡って美味しいし、栄養満点なんですよ。ほら、朝ごはんを食べるとその日は一日中元気になれるとかあるじゃないですか。それと同じですよ、の意)
「…なるほど」
確かに、その通りである事は一目瞭然だった。なんてったってほら、拷問されたカタツムリみたいな体が鏡そのものになっている。カービィみたいな感じなんだ。それ。
「えっと、ケーキ一緒に食べないですか?ほら、これ」
「びたばたんたいたうたほたどたおたもたんたなたい」(そこのケーキ美味しいですよね。私も行ったことあります)
「…そうなんですか」
もし、俺がこのケーキ屋にまた行ったとしたら、この拷問被害者マイマイと鉢合わせする事もありうるということだろうか。とてもじゃないが、嫌だな。
とりあえず、俺は崩さないように慎重に運んだケーキの箱を、机の上で開けることとした。




