⭐︎介護疲れ
一緒に食事をして分かったことだが、ヶ鸜亜━━けーちゃんは、案外いいやつである。
「それでは、次のお悩みはこちらです」
お悩みを俺が読み上げてる最中もニコニコしてるし。多分、楽しんでるんだと思う。
兵庫県にお住まいのマイケル・ダイソンさんからのお便りです〜、ありがとうございます〜。
こんにちは。親の介護で大変な生活の中、お二人のラジオが週末の楽しみになっています。
「お!ええやん!今日も楽しんでいってくださいね」
さて、前置きもそこそこに、お二人に頼みたい事があって、今日はこうしてお手紙を書かせていただいております。私には、認知症でボケてしまった父がいるのですが、最近、痴呆がさらにひどくなって、徘徊をするようになってしまったのです。
「…申し訳ないけど、そういうお悩みはちょっとこのコーナーの趣旨と反するなぁ」
「ゆわくぁいくおんえどん」
「はいはい、分かってるって」
街中をあてもなく彷徨い歩き、近所の方にいつも見つかって、結局連れ戻されるのですが、近所の方もご迷惑でしょうし、正直、私も毎日のように頭を下げなければならないので、自分で言うのも何ですが、苦労の絶えない日々を送っております。
本人も、捕まった直後は反省し、しょんぼりとしているのですが、次の日になると全て忘れて、また徘徊を繰り返すようになるのです。
ですが、私の悩みというのはそれではありません。
私の悩みは、父が最近、増えている事なのです。
何を言っているか分からないかもしれませんが、父の数が、物理的に増えているのです。
ドッペルゲンガーとでも言いましょうか。とにかく、今こうして手紙を書いている間にも、数人の父親が目の前にいます。
父が過ごしているのは病院ではなく自宅なので、何とか誤魔化しが効いていますが、彼の徘徊する性質も相まって、三時間に一度は、私の方に彼が見つかったから迎えにきて欲しいという電話が来るのです。
とある事情から、父が増えている事は誰にもバレたくないので、私はそれらの通報にすぐに駆けつけ、父親を回収しなければならないのですが、仕事もありますし、彼の性質には、本当に苦労しているのです。
増える原因は全く分かりません。ですが、朝起きると父の数が増えている事があるのです。いつか近所の人にもバレるかもしれないと思うと、夜も眠れません。ヘルパーさんに頼めない事を考えると、父の世話を他の人と協力して行うこともできません。
正直、もう限界なのです。父はいつもこっちを見て笑っています。彼の増殖をどうにか止めていただけないでしょうか?添木さん、ヶ鸜亜さん、よろしくお願いします。
「…とのお便りでした〜!!!いや〜、どう思う?けーちゃん」
「ゆるちんごうざいうんま」(とりあえず私に振ればいいと思ってるんですか?)
「ごめんてけーちゃん!けーちゃん結構いいこと言うからさ!」
これは冗談である。こいつはいい奴というだけで、いい事を言う奴ではない。口が悪いのは相変わらずだし。
「お父さんが増えるって、大変やろうなぁ。俺の親は介護まだ必要な年齢じゃないしな」
「うわえあくぃうんぽぞぞぞぞぞ」(うちもです)
「お前の親はどういう存在やねん」
「普通ですよ」
「お前を産んだ親の時点で普通ではないやろ」
「うやわえでさんが」
「どちらかと言うとお前の悪口やな」
何を話してるか分からないくせに、意味はわかる声が気持ち悪いといったが、今は少し悪い言い方をしたなと反省している。慣れれば違和感はないものだ。たまに普通に話してくれるし。
「とりまお悩み解決砲行っちゃう?」
「のういんがはばねんと」(いえ、今回はいいです)
「え」
こいつはいつも、解決してほしい、と言われたら素直に解決する。それがこのラジオ番組の趣旨で、こいつの能力だからだ。何やら手遊びのような仕草を二、三しただけで、こいつはどんなお悩みも解決することができる。解決砲と呼ばれる、このコーナーの目玉だ。ただ、このマイケル・ダイソンさんだけは勝手が違うらしい。
「何でやねん!吸引力おじさんに嫌がらせしてやんなや!」
「くばそのういんこす」
「胸糞悪いって何やねん。ペンネームのダサさがそんな気に食わんかったか」
「こいつ父親を殺してます」
「は?」
「うやわいまんごはころず」(人間が増えるなんて事はね、その人間を殺す事でしか起こり得ません。しかも、動機が完全に私情でなければならない。介護疲れかなんか知りませんけど、こいつはストレスだけで一線を踏み越えたんでしょうね)
「ちょい待てや。言い掛かりやろ。単純に、ただの怪奇現象かもしれんやんか」
「いうおぽなんぞばっまかぁ」(あなたがどう思おうと勝手ですが、事実は事実です)
「…」
「はばざまかけらとぷすってこうゆういそうじゃね」(何体もいるって事は、何回も殺したんでしょうね。こいつがどれだけ親の介護で疲れていたのか知りませんが、人殺しの願いは叶えられません)
やばい。何がやばいって、空気が。
音声確認してるスタッフもめっちゃ青ざめてるし。
何か一言、状況を打開する一言を言わなければ━━━━━━━!
「楽観的なマイケル・ジャクソン。
マ、イケルっしょ・ジャクソン」
「あなたも親の認知症には覚悟しておいた方がいいですよ。人殺しする人間が出るくらいですから、介護って相当ストレかんだらわえいど」
気を遣われた。長く喋ったせいで後半上手く喋れてなかったけど、こいつの優しさは伝わった。健気だな。こいつ。
「…まぁ、せやろなぁ。介護ってやっぱ、相当きついものやろうなぁ」
「つゆはわさいずごう」
「んー、想像でしかないけどさ、やっぱ自分の時間がなくなる事なんちゃうかなぁ?あと、親のそういう、なんていうんやろ?少し恥ずかしいところ見ないとあかんっていうのも、結構来るもんがあるんちゃうかなぁ」
「いたんへはぶくこ」
「まぁ、子供の時って親は完璧超人に見えるもんやしな」
「わざうはばおぽころんど」
「いや、だからそれはお前の言いがかりやろって…」
口ではそういったものの、本心は違う。こいつが言ったからには、ダイソンさんは本当に親父さんを殺したのだろう。こいつが言った事は、少なくとも怪奇現象にまつわることに関しては全て本当だと思う。そう思わせるだけの見た目はしてる。
「…今調べたんやけどさ、やっぱこの人みたいに徘徊とか、仕事と両立させるのが厳しいって人が多いみたいやな。あと金の問題とか、会話が大変みたいなのも多いみたいや」
「んーふ」
ちなみに、朝日生命によると、一位はやっぱり排泄の介助みたいだ。
「…今からやるのちょっと怖くなってきたな」
「親殺さないでくださいよ」
「分かっとるわ…でも実際、どうすればええんやろな」
「うあくぁわざいうんど」(人一人の人生の終盤ですから、まずは見捨てない事が大事だと思いますよ。ですがこんを詰めすぎてもいけません。頼れるところに頼りましょう)
「たまには本当にいいこと言うんやな」
「ゆあわざんどうたさん」(私達がこいつの気持ちがわかるようになる日は来るんですかね?)
「どうやろなぁ…これは極端な例やろうけど、やっぱ負の感情ってのは溜まってくもんなんやろうな」
「うういんぐう」(私は分かりたくないです)
「それは俺もよ。でもなぁ…お前が言うたストレス『だけ』で一線を超えたって言うのはちょっと違うんちゃうかな。この人━━いや、この人が親父さん殺したって言うのはお前の想像として、やで?介護疲れだけで人を殺すってことではなかったかもしれんやん」
「ゆあまんぞう」(なぜ?)
「やっぱさ、他にも職場とか、人間関係とか、そういうのでストレスが積もり積もって、一線を踏み越えちゃうんやないかなぁ」
「こんを詰めないように、ってのが大切なわけですね」
「そゆこと」




