九話 〜光る星は消える〜
夜半過ぎ、搬入口が開いた。
荷車が二台、裏門から入ってくる。
麦と、肉と、油を運んできたようだ。
積み下ろしに人が集まり、明かりが灯り、声が飛ぶ。その三十分間のあいだに、私たちは壁づたいに入った。厨房の熱気が、外の冷気とぶつかって、湯気が立っていた。
エレアの神賢で湯気を集め、私たちの周りに纏わせた。完全に見えなくなるわけではない。だが、視界の端で動いたものを「湯気だ。」と思わせるくらいのことはできる。
「お前、すげぇな。」
「私もこんなことが出来るなんて、自分でもビックリだわ。」
「エレアは、水の操作技術に長けているのね。」
厨房を抜け、使用人用の階段に入った。
料理人は荷を下ろすためか、全員外に出ており、中では誰にも会わなかった。
____________
巡回の従士が、定時報告に行っている時間だ。順調に二階に上がることが出来た。二階は真っ暗になっており、目が慣れるのに時間がかかった。廊下に窓が無く、月明かりが入って来ないのだ。
(この世界に懐中電灯があるのかはわからないけど、どうやって巡回しているのかしら。)
不自然に誰とも会わずに、三階東側のレオンの部屋の前に辿り着いた。
それにしても、妙に足元が冷える。
見回りが全員定時報告に行ってるとはいえ、ここまで誰も居ないのは欠陥過ぎるのでは無いだろうか。何かを見落としている気がしてならない。
不安に感じながらも、後に引くわけにもいかないので、作戦を続行する。
「さぁエレア、お願い。」
エレアが、人差し指を扉の下に差し、固まっている。
「エレア?」
「ねぇ、エレイン。レオンの寝てる場所って......どこ?」
「え?」
「中が見えないから、水を流し込めても、行き先が分からないわ。」
「「「..........。」」」
(あぁーーーーっ!!!)
三人同時に頭を抱えた。
「どうしようエレイン。」
エレアが目をうるうるさせながら聞いてくる。
「落ち着いてエレア。だいぶリスクは高いけど、レオンの寝室には窓があったわ。その窓から、レオンの位置を確認して、窓の隙間から水を通すのよ。」
「でも......時間が......。」
「今からすぐに外に出ればまだ間に合うわ。私とアレルは、あそこの用具入れに隠れて身を潜めるわ。教師が出て来たら、私たちは突入するわよ。」
「わかったわ。じゃあ、行ってくる。」
エレアが走って行くのを見送ると、私たちは用具入れに身を潜めた。
中は、ホウキやちりとり、モップや雑巾等が仕舞われており、少し異臭を放っていた。
(この世界に、家電とかは無いのよね。)
この世界の清掃は、掃除機も無く、全て人の手で行っている。この広い屋敷内をだ。そりゃ、何人も使用人が必要なわけだ。
用具入れの中は、一畳程度あるのだが、道具一式と水道もあり大人二人が入ると、かなり密着しないと入れなかった。
「ごめん、アレル。足踏んだみたい。」
「全然大丈夫だよ。エレイン軽いし。それよりも......。」
「それよりも?」
「当たってる......。」
おそらく、胸が密着してしまっている事だろう。
(じーーっ)
「あ......。すみません。」
私の無表情の白い目を見て、アレルもまた、真顔になった。
五分ほどが経過し、用具入れの扉の外から声がした。
「エレイン、アレル。」
エレアの声だ。私たち二人は外に出た。
「え?どうしたのエレア?何かトラブル?」
「エレイン、おかしいの。窓の外から、レオンの部屋の中を確認したんだけど......。」
「だけど......?」
「中に、レオンしか居ないの。」
「え?どういう事?レオン一人で寝てるって事?」
「外から見たら、そんな感じだったわ。」
教師二人とも定時報告?それとも、お手洗い?
どちらにしろチャンスでもあり、そして、いつ戻ってくるのか分からないというピンチでもあった。
「急いだ方が良さそうね。まず、扉の鍵が開いているかどうかよ。」
ドアノブを回すと、扉は向こう側に開いた。
「開いた!」
アレルが嬉しそうに言う。
おかしい。上手く行きすぎている。
罠かもしれないと脳裏を過るが、目の前のレオンを見てしまうと、引き返すことはできなかった。
「やっと......ここまで......やっと、会えた。」
「エレイン、気持ちは分かるけど、レオンを連れて早く退散するわよ。」
エレアも胸騒ぎがしているのだろうか。
エレアはレオンを抱き上げ、私に渡した。
「あぁ、あったかい......。生きてる.....。」
「エレイン!しっかりして!」
エレアが小声で叫ぶ。
感傷に浸っている場合では無い。
それは、逃げ切ってから存分に行えば良い。
「行くわよ!!」
足を出口に向けた瞬間、「あれ?誰?」と声がした。
レオンだ。レオンが起きてしまった。
「レオン......久しぶり。私がわかる?」
「え??かあさ......母上?」
「そう、母様よ。良かった、元気そうで。」
「母上......僕、母上といっ......。」
レオンの言葉が詰まる。
さっきまで、嬉しそうで、それでいて泣きそうな顔をしていたレオンが無表情に変わっていく。目の輝きが失われ、月明かりすら反射するのを許されない。
「レ......レオン?どうしたの?」
無表情のレオンが、何もない空を一点に見つめ、言葉を発する。
「『創造神レヴィア・ルミナスに見放された愚かな零、エレインを母とは承服しかねる。彼女が身体に触れし時、拒絶し号叫せよ。』」
四歳の子供が発する言葉とは思えない台詞がレオンの口から発せられる。
大きく息を吸ったその瞬間、レオンが悲鳴を上げた。
「だれかぁぁぁぁぁあ!!!」
隣の部屋の扉が大きな音を立てて開く。
廊下の向こうで、足音が起きる。
一つではない、四つか、五つ。
やられた。待ち伏せされたのだ。
「エレイン!!下がって!!」
入り口で見張っていたアレルが飛び込んできた。
レオンが暴れる。四歳の子は意外に力が強い。
「レオン、落ち着いて!!私よ!母様よ!!」
顔を引っ掻かれ、肘が当たっても抱き続ける。
絶対に離さない。ここまで来て、簡単に離せる訳がない。離れ離れになった息子が今、自分の腕の中に居るのだ。
「はぁなぁせぇえ!!」
「死んでも離すもんですか!!!」
私がレオンを抑えている間に、アレルとエレアは私を守るように前に立つ。
前方に居るのは、従士二人に、見知らぬ男性が二人に......。
もう一人を見て、アレルとエレアが固まった。
「え......。」
私も、その姿を見て思考が止まる。
そこに居たのは、ここに居るはずのない人間。
信頼していたはずの、この作戦の協力者......グレイスだった。
「グレイス......?どうして?」
幻覚に違いない。幻覚を見せるスキルの持ち主がここに居るに違いない。そう、グレイスが裏切るはずないもの。
動揺した拍子に、レオンがスルリと抜け、グレイスの後ろに隠れる。
「あっ、レオン......!」
膝をついた私は、すでに届かない右手を意味無く伸ばす。
見知らぬ男性が口を開く。
「お初にお目にかかります。ただの、エレイン嬢。私、当主のボドガス・ヴィア・ヴァルヴィラと申します。私からのプレゼントは気に入っていただけましたか?」
ボドガスが嘲笑いながらこちらを見つめる。
「......なんのこと?」
「おや、お気づきになりませんか......。悲しいですねぇ。その弱い頭の下についているペンダントの事ですよ。」
私は、ハッとなりペンダントを引きちぎ......ろうとしたが、千切ることは出来なかった。首から外そうとするも外れない。
「はっはっは!!そこに、青い宝石が付いているでしょう?それは、装着している人間のいる場所が常に把握できる素晴らしい代物ですよ。まぁ、それが無くても、この屋敷に入った侵入者は常に把握できるようにしておりますがね。」
続いて隣にいた男が口を開く。
「ヒョヒョッ。申し遅れました。私、家宰のドランと申します。ここに来るまで、暗くて気づくことは出来なかったでしょう。足元をご覧ください。」
足元には、霧のようなものが月明かりに照らされ微かに確認できた。
「......なに?これ?」
「そちらは、私のスキル《朧雲》でございます。薄く張った霧に体温を持つものが触れれば、瞬時に場所を把握することが出来ます。」
念には念を、二重で罠を仕掛けられていたという事だ。厨房から出ていた湯気だと思っていたものも、霧だったのかもしれない。私たちは、敵の術中にまんまとハマり、逃げ場を失った。
「最初から気づいていたなら、なぜその時に阻止しなかったの?」
「ヒョッヒョッヒョッ!なぜ?理由は簡単ですよ。屋敷の奥まで入っていただいた方が、罪が重くなりますし、言い逃れも出来ませんからね。というのは建前で、絶望に歪む顔を直接鑑賞したかったですからねぇ。それに、___」
ドランは、先ほどのボドガスと同様の、身の毛もよだつ笑みを浮かべた。
「もういい、喋るな。」
「ええ、実に不愉快よ。それに、私たちのやることは変わらないわ。」
「「俺〔私〕のやるべき事は一つ。ここから、エレインとレオンを安全に逃すことだ〔よ〕!!!」」
「出来たら良いですねぇ。『氷柱穿』」
ボドガスが腕を前に出し、力を込め振り上げる。同時に、床から三本、斜めに生えるように氷の柱が跳ね上がった。
アレルが手を後ろに広げ、水を噴射する。
高速で前に飛び出し回避した。
氷は、アレルの頭のあった場所を貫いた。
ボドガスと、アレルの腕輪が赤く光る。
この瞬間、通報されたのだろう。
「『双腕の水激流』|!!」
侯爵家の屋敷といえど、部屋の中では、かなり敵との距離は近い。高速で距離を詰めたアレルは、回避困難な距離で技を放った。
アレルの両手から、水が奔る。
高圧の水流が、前方の二人に向かって一直線に走り___
途中で、止まった。
いや、止まったのではない。
凍ったのだ。
アレルの手から出た水流ごと、そのまま氷の棒になり手から離れない。
「……嘘......だろ。......またこれかよぉぉ!」
アレルが叫ぶ。アルデン城戦でも、水が凍らされ無力化された記憶が蘇る。
私は、理解した。
___相性が最悪だ。
アレルとエレアの力は、このボドガスの前では利用される側なのだ。
「アレル!!引いて!!」
エレアが叫び、アレルがバックステップで距離をとる。
彼女は水を後ろに噴射し、寝室の窓を割った。
外の冷気が入り、霧が上に舞う。
「視界!!潰すわ!!」
彼女は、霧を集め視界を奪った。
凄い、凄すぎる。ぶっつけ本番でやってのけるエレアの度胸。水の操作に関して、彼女の右に出るものは居ないだろう。
一寸先も見えないほど、深い霧が立ち込めた。
「エレイン!!窓から逃げて!!」
「え!?でもここ三階!!」
「良いから早く!!」
「良くない!!」
「早くして!!もう、私たち......。」
「『白息』」
霧が、動いた。
エレアの力で濃くし、部屋全体に充満させていた霧が、勢いよく窓の外へ飛んでいく。
霧が無くなり、視界が晴れる。
視界に捉えたのは、絶望的な光景だった。
「......!?」
アレルとエレアの首から下全体が、氷に包まれていた。
「アレル!!エレア!!」
私は駆け寄った。
駆け寄って、二歩で足が止まる。
「エレイン......逃げてって言ったじゃん...。」
私の足首も、氷に固定されてしまった。
動けない___私は、何もできない。
何の力もない。なぜ、神は私を《零》で転生させたのか。なにが目的なのか...。
(もしかして......苦しむ私を見て楽しむため?だとしたら、本当にいい趣味してると思うわ。創造神レヴィア・ルミナス...。お前は本当に...)
「この......クソ野郎がぁぁぁぁあッ!!!!」
「おぉ、なんと口の悪いお嬢様だ。そんなお嬢様へ私から新しいプレゼントを差し上げましょう。」
ボドガスが手で合図をすると、後ろにいた従士二人が、アレルとエレアにゆっくりと近づく。
「レオン......お願い、二人の氷を溶かして...。」
レオンは、グレイスの後ろで怯えている。
可哀想に...。恐怖で教育を行っているのか。それとも、洗脳されているのだろうか......。
許さない......こんなに怯えさせて。
いや......今怯えさせているきっかけは......私だ。
「レオン......ごめんね。なにも出来ないママで......。もう、私はあなたに関わらないようにするから、一生のお願い。」
"ママ" 自分に子供が出来たら、呼んでほしかった本当の呼称。
エレインは、頭を限界にまで下げた。
床から足首まで固定され、膝を突くことが出来ない。この世界で土下座が通じるのか分からないが、土下座すらする事が出来ない今の私は、精一杯に頭を下げる事しか出来ることが無い。
従士が、アレルとエレアの前に立つ。
このままでは、二人が殺される。
「くそっ!!動けぇえ!!」
「動いてよぉぉ!!」
二人が思い切り力むが、氷はびくともしない。
「レオン!!あなたなら出来るでしょ!!二人の命を助けるの!!あなたは、勇ましく!!気高く!!正義感の強い立派な英雄になるの!!あなたのお父様のように、仲間のために戦える優しい男になるの!!」
従士二人が、剣を振り上げる。
「レオン!!!!お願いよぉぉぉお!!!!」
喉が焼き切れん程に叫ぶ。
アレルとエレア、二人がこちらへ振り向く。
身体が氷で固定されているため、横顔しか見えない。
二人は、笑っていた。
「エレイン、生きろ。」
「エレイン、生きて。」
従士の剣が、振り下ろされる。
その時、レオンがグレイスの後ろから右手を前に出し、炎を飛ばした。
炎は直撃し、氷を溶かす。
私の、足の氷を。
「......え?」
氷はみるみる溶け、両足が自由になる。
視線を前に戻すと、二人の首から鮮血が迸っていた。
「______......あ、、、え?」
理解が、徐々に追いつく。
「あ......あぁ......ああぁぁぁあああああぁぁぁあああアアァァァアアアアァァァアアぁぁぁああ!!!!!!!!!!!」
目の前の光景が、受け入れられない。
受け入れたくない。
腕輪の通報機能で呼ばれたであろう、警備兵が駆けつける。目の前の光景に顔が引きつっている。
ボドガス、ドラン、アレル、エレア。
四つの赤く光る腕輪が、月明かりの暗闇を不気味に照らす。
警備兵に、ボドガスが事情を話す様子が見える。
レオンは、グレイスと共に姿を消していた。
意識が遠くなる。
もう......私は......。
____________
目が覚めると、路地裏に居た。
なぜ、私はこんなところに居るのだろう。
知らぬうちに逃げてきたのだろうか。
それとも、気を失った私はここに捨てられたのだろうか。
雨が降っている。
身体を起こそうとするが、力が入らない。
壁に手をつきなんとか起き上がる。
壁伝いに歩き、通りに出る。
雨のため、月も陽も見えない。
街灯が照っている。
まだ夜なのは間違いなさそうだ。
今は何時なのだろうか。
そろそろ夜明けだろうか。
書店の前の軒先を借りる。
ここなら、多少の雨は防げそうだ。
身体が冷え切って寒い。
このまま......死のうかな。
このまま......生きている意味ってあるのかな。
アレルとエレアに会いに行こう。
二人に会えるなら、向こうのほうが幸せだ。
「......!?......見つけた!!!」
誰かが駆け寄って来る。
誰だろう......。
どこかで聞いた声だ。
自分の軍服を脱ぎ、羽織らせてくれる。
傘も刺してくれた。
何か、手に持っているものと私を見比べている。
「......間違いない。大丈夫、歩ける?」
肩を貸してくれた。
でも、歩く気はない。
「......失礼します!」
その人は、私を抱きかかえた。
気がついたら、苦虫を噛み潰したような顔で描いてました。




