八話 〜作戦は失禁の如く〜
神賢を使う際、技名を言う必要はない。
魔法でいう、無詠唱で発動が可能。
皆、「いっせーのーせ!」みたいな感覚で、威力が増す気がするから、皆が唱えているから、カッコいいから等々。
技名は、親から受け継いだもの、師から授けられたもの、夜な夜な自分で考えたものと様々です。
「あんた達、旅の者だろう。そっちは危ないよ。」
身を潜める場所を探していた私達は、腰の折れた男性の老人に呼び止められる。
「そっちは闇市と呼ばれる商店街がある。お嬢ちゃん達が入ったら一瞬でカモにされるよ。」
「闇市?」
「知らないかい?法に触れる物を高値で売っているところさ。一般では手に入らない掘り出し物ばかりだよ。それだけじゃない、ここにゃ賭博もある。そこで一発当てりゃ、どんなに高価な物だろうが、実質無料で手に入るってもんさ。」
ガッハッハと豪快な笑いを飛ばした老人は、闇市へと消えていった。
「じぃさん......ありゃ、常連だな。」
「えぇ......そうね。間違いないわ。」
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夜になり、ヴァルヴィラ侯爵邸の近くの建物の影に身を潜め、グレイスと合流した。
グレイスは、ヴァルヴィラ侯爵邸の見取り図を広げる。
「本館は三階建てです。門衛が常時四名、交代制で常に居ます。夜間は屋内を二名が巡回いたします。レオン様のお部屋は、三階の東の端にございます。」
「使用人たちは本館内で部屋が割り当てられているの?」
重力を操る神賢(仮)を使うベレストが本館に居るのなら、見つかった場合、戦ってレオンを連れ出すのは不可能だろう。
もちろん、ベレスト以外にも手練は居るだろう。ベレストがヴァルヴィラ家の、どの立場の人間なのかは分からないが、かなりの実力者だったのは確かだ。
あれ以上のスキルを持つ人間が本館内に夜も居るなら、警戒するに越したことはない。
「使用人たちは、別館の使用人宿舎で夜を過ごします。本館に居るのは、家宰のドランという男と、あとは先ほど申しました、二名の兵が巡回しております。そして、厄介なのが二人の教師です。」
「二人の教師?」
「そうです。レオン様を迎えに来た二人の教師の事です。その方達も、レオン様と一緒にこちらへ移っております。一人は、レオン様に礼儀作法や勉学を教える教師。もう一人が、神賢と剣術の教師です。本来なら、その二人は使用人宿舎に夜は居るのですが、レオン様はまだ幼いので、お世話役としてレオン様の側に常にいらっしゃいます。」
「常に......厄介ね。」
教養の方は、おそらく戦闘能力は低いと思っても良いかもしれない。もう一人は、言わば師匠というやつだ。おそらく手練と考えた方が良さそうだろう。
「はい、その二人をどうにかレオン様の側から離すことが出来たら、救出出来る確率は上がるかと。」
なかなかそれは難しいだろう。夜中の寝ている教師を起こし、部屋からバレずに出すなど不可能だ。
「夜半過ぎ、搬入口が開くとき。家宰のドラン様は、各所から定時の報告をお受けになります。門が開く三十分間は、屋敷の守りが最も薄くなる時間ですので。搬入が終わり、門が閉じた後、すべての持ち場の者が、異常がないことを二階の執務室へ報告しに参ります。」
私は、顔を上げた。
「……剣術の教師も?」
「そうです。レオン様の護衛としての報告でございます。」
私は、しばらく黙っていた。
「おかしいわね。」
「エレイン?」
私は図の上の、二階の執務室を指した。
「門が開いたから、その間に侵入した者が居ないかを全員で報告に行くのよ?」
次に、三階の東の端を指した。
「その報告のために、一番大事な子の横から、一番強い護衛が離れるって、おかしくない?」
アレルが、目を丸くした。
「……警戒するための決まりが、穴を作ってる?」
「私もそう思う。でも、侯爵家の人間がそんなミスを犯すかしら。」
「考えすぎじゃない?」
「それなら良いけど......。」
「あとは、教養の先生の方ね」
エレアが顎に手を添えながら言う。
「そっちの先生なら、力ずくで勝てるんじゃないか?」
「あなたのその左腕についてるのはなに?」
アレルが腕輪を見て、顔をしわくちゃにした。
「エレア、四歳の子が、夜中に一番よくやることって、何だと思う?」
エレアが首を傾げて考えている間に、アレルが先に答えた。
「泣く。」
「それもそう。でも、もう一つあるわ。」
エレアが、はっとした顔をした。
「……おねしょ?」
「そう」
アレルが、「おねしょ!?」と言い吹き出した。
「笑わないでちょうだい。アレルだって、四歳の頃はお漏らし太郎だったでしょ。」
「エレインはその時の俺を知らないだろ!!」
私は、図の二階を指した。
「夜、使用人は全員、別館の宿舎にいる。本館には誰もいない。そうよね、グレイス。」
「はい。」
「替えの敷布はどこ?」
「二階の、リネン室でございます。」
「夜中に、四歳の子が寝台を濡らしたら。世話役の教師は、どうする?」
グレイスが、ゆっりと言った。
「……ご自分で、取りに降りるしかございません。使用人を起こしに別館まで行くより、その方が早いと思います。」
「子どもを濡れたままにはしておけない。着替えさせて、寝台を替えなきゃいけない。」
「でも、レオンがそんな都合よくお漏らしなんてしてくれるか?」とアレルが言った。
エレアが、手を上げた。
「扉の下から、細く流す。寝台まで這わせて、布団の下に染み込ませる。」
「そんなこと出来んの?」
エレアが、指先から細く水を出す。
「お前......すげぇな。でも、神賢使ったら、腕輪が光るじゃん。」
「グレイスが言ってたでしょ。相手を傷つける質量のスキルを出した時って。ほら、今も光ってない。」
少し、レオンに申し訳ないなと思った。
あの子は、夜中に冷たくて目を覚ます。
自分が粗相をしたと思って、泣くかもしれない。恥ずかしいと思うかもしれない。
それを、母親が仕組むのだ。
「……ごめんね、レオン。」
小さく呟いた。
誰にも聞こえなかったと思う。
「入口は、厨房の搬入口です。夜半過ぎ、明日の仕込みのために、三十分ほど開きます。そこから、使用人の階段を使用し、上に登ってください。」
「巡回の兵はどこに居るの?」
「一階と二階を巡回しております。一階は、厨房からの階段を使う事で回避できます。」
「厨房から三階には上がれないの?」
「はい、食堂は二階にある為、厨房の階段は一階から二階までしかありません。」
なかなか骨が折れそうだ。
歩行距離が長いのは見つかるリスクに比例する。隠密の神賢を持っている仲間がいれば心強いが、そんな神賢あるのだろうか。
「敵の中で、知ってるスキルは居るかしら?」
「いえ、存じ上げません。知っているのは、侯爵様の神賢だけです。シャルディア様と同じ《氷結》だと伺っております。」
シャルディアとは、ガーウィンの先妻のことだ。彼女の神賢は、父親譲りということか。
私たちが歯向かってから投獄し、グレイスに牢から解放されるまで同日の話だ。先妻の実家と言えど、グレイスが内情までは知らないというのは当然だろう。
「わかったわ。相手の神賢がわからない以上、対策は完全には出来ないけど、細心の注意を払うしか無いわね。それにしても、よくヴァルヴィラ侯爵家の見取り図なんて用意できたわね。」
「王都内を調べるのと同時に、ヴァルヴィラ侯爵家内にも入り情報を集めました。私は、御三方を解放後、ヴァルヴィラ侯爵家に仕えるように仰せつかっておりましたので、中を堂々と歩く事が出来ました。神賢については、怪しまれる可能性と、お伺いしても教えていただける可能性は低いと考え、夜の人員配置と見取り図の作成及び侵入ルートの調査に時間を使わさせていただきました。」
半日ほどしか時間が無かったにも関わらず、ここまで調べ上げたのは十分すぎる成果だと思う。ぜひ、私の使用人として......いや、友達として側にいて欲しい。
グレイスが、最後に言った。
「定時の報告を終えた後は、二階の巡回は、一時間に一度、東の端で折り返します。折り返した直後であれば、三十分は戻りません。」
私は、図の上に指で線を引いた。
搬入口から侵入し、厨房から使用人階段。
二階へ上がり、定時報告で巡回が居ない事を確認し、東から西へ行き三階へ上がる。
迅速に移動し、レオンの部屋の前に到着。
レオンのお股を濡らし、中の教師を部屋から出す。
定時の報告を終えた、教師や巡回の兵が戻ってくる前にレオンを連れ出し脱出。
「リネン室は二階の西側よね。往復でどれくらい?」
「急がれても、十分ほどかと。」
「時間......足りるかしら。」
エレアが不安そうに呟く。
「ぶっつけ本番なのが怖いわね。チャンスは一度きりよ。」
「ご武運をお祈りしております。」
グレイスは、アルデン家に四一年勤めあげた、実に美しい礼をし、三人を見送った。




