七話 〜秩序の腕輪〜
ヴァルヴィラ侯爵家 【氷晶の門】
【ボドガス・ヴィア・ヴァルヴィラ】神賢:氷結
160センチの膨よかな体型の持ち主。
白髪に、氷のように冷たい薄青の目。
十本の指のうち、親指以外の八本の指に指輪をはめており、それぞれに虫を閉じ込めている。氷で生きたまま凍結させ、それを水晶で固め丸く削ったもの。
【シャルディア・ヴィア・ヴァルヴィラ】神賢:氷結
ガーウィンの先妻であり、水色の髪に水色の瞳。
【ベレスト】神賢:?
黒髪で黒い瞳の男。その瞳は、不自然に光を宿していない。身長は170センチで、執事服を着ている。
今、私たちはグレイスが引く馬車の荷台に乗っている。荷物をなるべく多く積み上げ、その陰に隠れている。
馬の負担軽減と、いざという時に中に入って隠れることが出来るよう、木箱や樽の中は空にしている。
「......うっぷっ。」
「エレイン、大丈夫?」
エレアが心配して背中をさする。
ある程度、道路は舗装されているとはいえ、やはり馬車の荷台は揺れが激しい。
道中、私たちはほとんど会話をしなかった。
出来る状態ではなかった、というのが正しい。
アレルは荷台の中を歩きながら、ずっと何かを考えていた。
あまりにウロウロするものなので、エレアが「鬱陶しい!!じっとしなさいよ!」と怒鳴っていた。
そんなエレアは宿で、私が寝たと思うと小さく泣いていた。負けたのが悔しかったのだろうか。
私は夫を失い、その直後に、今度こそ本当に子どもを失った。もう、心がついていけない。牢屋で私は完全に折れていた。アレルとエレアが居なければ、私は今でも牢の中で引き篭もっていただろう。でも、なぜだろう。不思議と涙は流れなかった。
__________
北の辺境伯であるアルデン家から、王都までは馬車で移動の場合、平均で十一日かかる。
私達は、十三日かかった。その間の、宿代や食事代等はアレルとエレアが出してくれた。
服はそのままだと目立つうえ、動きづらいので屋敷で軽装に着替えた。
王都の外郭門付近で荷台から降りる。
グレイスと一緒に居るところを見られると、レオンを助け出した後、グレイスが罪に問われる可能性がある。
王都で、私達三人をお尋ね者として知らされている可能性があるので、グレイスには先に王都へ入ってもらい、安全を確認後、私たちも王都へ入ることに決めた。
「御三方は、王都ファルゼンドゥルクへ来るのは初めてですか?」
「三人とも初めてよ。それにしても、凄い高さの城壁ね。」
「防衛の為ですね。」
この高さなら、確かに登って侵入するのは難しいだろう。飛行スキルでも無理なのだろうか。
「では、先に行く前にご説明させていただきます。まず、正門の検問を通過した先に、王宮に一直線に繋がり、商店が建ち並ぶファルゼン大通りが広がります。その大通りを真っ直ぐに進めば、中心地にファルディア大広場がございます。まずは、そこを目指してください。大広場から王宮へは二つ門がございますが、その門を通る事は生涯無いでしょう。大広場から五つの方角に分かれる通りがあります。その通りの先には、城壁門があり、五爵家邸がその門を守るように建てられています。北西側に位置するのが、ヴァルヴィラ侯爵家です。」
アルデン家へ来た使者は、城壁を護る五爵家の序列二位の人間に仕える使用人という事だ。あれだけ強かったのも頷ける。
「あの検問、どうやって突破するの?」
「中が安全なら、正面から堂々とお入りください。登記票を見せれば、中へ入れます。しかし、スキルを持つお二人は、腕輪が配布されます。その腕輪は、王都ファドゥル(略称)で攻撃スキルを使用した際、その時間、場所、質量を計測し、警備兵へ報告されます。」
「なんのために?」
「犯罪やテロを防止する為です。日常生活で使用する質量なら、特に何もありませんが、人を傷つけたり、物を壊せるような質量を放つと腕輪が赤く光ります。」
「見つかって、戦闘になる。なんて事は避けねばならないな。」
「奥様にはこちらを、私からお渡ししておきます。」
「なにかしら?」
グレイスから渡されたのはペンダントだった。
青く輝く宝石が輝いている。
「魔除けです。なんとしても、奥様の、そしてガーウィン様の御子息をお救いください。」
「ありがとうグレイス。必ずレオンは取り戻す。それと、私はもう奥様ではないわ。あなたとは今、対等な立場よ。敬語も不要だし、気軽にエレインと呼んでちょうだい。」
グレイスは、ニコリと笑い「善処します、奥様。」と答えた。
__________
グレイスが戻ってくるまで、私たちは説明を受けた通りに地図を描いていた。翌日の朝に戻ってくる手筈だ。
「正門とは別の門が五つもあるなら、そこから入る事は出来ないの?」
アレルが首を傾げて聞く。
「書記で読みましたが、どうやら搬入の際の専用出入口のようです。通常の出入りの時には、必ず正門と通るとか。」
「そっかぁ。門開けたらすぐ敵城〜。とかなら楽だったのに。」
残念と言いながらアレルが落ち込み、エレアが追い打ちをかける。
「敵の住処に潜入するのに、目の前の門から入ってどうするのよ馬鹿アレル。」
「そんな言い方ないだろ!」
喧嘩している二人を尻目に、地図を描き終える。
「潜入するなら夜ね。夜までは、情報収集に努めましょう。侯爵邸に潜入できたとして、レオンをどうやって探し出すかが課題ね。」
「片っ端から部屋を確認するわけにはいかないものね。」
「とりあえず、野営の準備をしましょう。」
外郭の正門から離れた林の縁に、私たちは荷を下ろした。
アレルが枯れ枝を集めてきて、エレアが石で竈を組んだ。私は、火種となる黒い布を持ってきた。
「焚き火の準備をしたはいいけど、どうやって火を起こすの?」
「私たち、水は出せるけど火は出せないものね。このまま、火を起こせなかったらそのまま凍死よ。」
アレルとエレアは、どうしようと頭を抱えている。
私は、空を見た。日の位置を確認し、「よし」と呟く。
「エレア、水を丸く球体で出せる?」
「丸く?」
「そう、拳くらいの大きさで。できるだけ綺麗な形で、揺れが無いと最高ね。」
「よく分からないけど、やってみるね。」
エレアが掌の上に、水の球を浮かべた。
透き通っていて綺麗だが、まだ不安定だ。
「水晶球みたいに出来る?」
エレアは、深呼吸して真剣な顔で集中を始めた。徐々に揺れのない球体の水に整形されていく。
「それをそのまま、日の光と枯れ草の間に持ってきて。高さは......そうね、そのあたり。そのまま動かないで。」
枯れ草と黒い布を置き、光を集中させる。
小さな、眩しい点をじっと見つめる。
「エレイン……なにこれ。」
「動かないで。」
「腕がつらいんだけど。」
「いいから、動かないで。」
アレルが覗き込んできた。
「え?何これ?黒い布の一点が光ってる。」
「アレル、鼻息かけないで。」
「え?」
「良い子だから、ね?あっちで遊んでて。」
「その言い方やめて?俺、年上。」
エレアが、プルプルし始めた瞬間、細くて白い煙が上がった。
「……え?」
「今よ、アレル。そっと、息を吹いて。そっと」
「え?今息かけるなって......。」
「今は良いわよ。」
アレルが恐る恐る息を吹きかけた。
布が赤く光り、小さな火が立った。
「……エレイン!?火が!!どうして!?」
「枯れ木を足して。火を絶やさないように。」
「エレインも火の......いや、なんでもない。」
火の神賢が使えるようになったの?と言おうとしていたのだろうか。自分で、そんなはずないと思い聞くのをやめたのかもしれない。
「これは、神賢でもなんでもないわ。ただの、現象であり、世界のことわりよ。」
「現象?ことわり?」
「エレイン、アレルの頭からも白い煙が出てるわ。ここにも息をかけたら燃えるかしら。」
エレアが、アレルの頭にふーっと息をかけ、アレルが、やめろよーっと抵抗している。
私は、笑いながらそれを見つめ、心が少し楽になっていくのを感じた。
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翌日の朝、グレイスが戻ってきた。
「お待たせしました。報告してもよろしいでしょうか。」
「えぇ、大丈夫よ。」
「王都内では、御三方の指名手配されてる様子や、噂もありませんでした。しかし、中では顔を隠した方が賢明かと思います。ヴァルヴィラ侯爵家の関係者は、おそらく把握しておりますので。」
「そうね、中ではフードを被りましょう。」
「屋敷前までは、問題なく進めるかと。すぐに向かわれますか?」
「えぇ、そうね。情報収集の時間が欲しいわ。すぐに向かいましょう。」
グレイスとは、一緒にいるところを見られないよう、ここから別行動を行い、夜中に屋敷周辺で落ち合う作戦だ。
三人は、グレイスにお礼と一時の別れを告げ、正門へと向かった。
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検問では、グレイスに言われた通りアレルとエレアの左腕に腕輪が装着された。
黒を基調としており、外側は銀縁で囲われている。二本の銀角が中央の紅玉を守るように組み合わされている。透き通った宝石の中には、教会の紋章が描かれており、浮いているように見えた。【秩序の腕輪】と言うらしい。
(趣味が悪いわね......。)
「次、お前だ。」
私は、検問兵に登記票を見せる。顔と登記票を見比べ、気の毒そうに告げる。
「お前に腕輪は不要だ、行け。」
前に進み、フードを被る。
この反応には、もう慣れたものだ。
気にしたところでどうにかなる訳でもない。
しかし、私には子の継承する神賢を選択、そして試していないので確定ではないが、神賢の合成が出来る。
なぜ、私は《零》と鑑定されたのか。
あの力は、神賢では無いのだろうか。
それとも、この世界に本来は存在しない神賢で、私を転生させた神が与えたスキルだから......とかだろうか。
それとも、鑑定の儀の後から与えられた?
顎に手を当てて考えながら歩いていると、前から来る男性にぶつかってしまった。
私は、「きゃっ」と言いながら、その反動で後ろによろけて倒れ...なかった。
「大丈夫ですか?」
身体を支えて、転けるのを阻止してくれた彼は、白銀色の輝く髪に、青い瞳の整った顔立ちの騎士だった。白の生地に金の刺繍がところどころに見られる軍服を着ている。
「すみませんお嬢様。考え事をしていて、前が見えておりませんでした。」
「いえ......とんでもございません!私こそボーッとして、前を見ていませんでした!申し訳ございません......。」
「私は大丈夫ですよ。こちら、私の屋敷の場所が書いております。咄嗟に支えたので大丈夫だとは思いますが、もしお召し物が汚れていたら、弁償いたしますのでいつでもおっしゃってください。」
「あっ、いえ、お気になさらずっ。私こそ汚してしまっていたらごめんなさい。」
「お互い、気をつけましょうね。では。」
男性は、フフッっと笑いながら告げるとその場を去っていった。
「エレイン!?大丈夫!?」
エレアが、慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫かエレイン!?さっきの男は!?ごめん、俺たちが先に入ったばっかりに。」
「もう、アレルがいけないんだからね!『あれなんだ!?』『おっ!こっちに凄いのあるぞ』ってあっちこっちに走っていっちゃうんだもん。」
「お前だって、目を輝かせながらキョロキョロしてただろ!!」
「ごめんねエレイン。変なことされてない?」
(......。)
「エレイン......?エレイン!?まさか......エレイィィィイイン!!」
__________
「私ったらごめんなさい。こんな状況で浮つくなんて......。」
「一目惚れってやつか?」
「こらっ!アレル!そんな直球に.....!」
エレインは、顔を真っ赤にして俯いた。
前世で妄想に妄想を重ねた男性とそっくりだったのだ。まるで、現実にそのまま飛び出したかのようだった。
「エレイン!!目を覚ましなさい!!あなたがここにきた目的はなに!?」
エレアに一喝され、ハッとなる。
私はいったいなにを考えていたのだろう。
たった一人の息子を奪われ、その息子を奪還しに来たのだ。こんな気持ちになっている場合ではない。
「ごめんなさいエレア。私、どうかしてたみたい。ここからは引き締めていきましょう。」
エレアは頬を膨らませてぷんすここちらを見ている。小声で、「私だって、そんな風になる殿方に会った事ないのに......。」と呟いていた。
ファルゼン大通りは、人で溢れていた。
大通りの幅は、馬車が四台並走出来るくらい広かった。両側に店が並び、呼び込みの声が飛び、荷車が行き交う。北の城下とは、音の量がだいぶ違った。
私たちはフードを深く被って、人の流れに乗った。
アレルとエレアは、時々左腕を気にしていた。
「腕輪とかつけた事ないから違和感あるなぁ......。」
「そうね。ちょっと重いし......待って、これ外れないわ!」
エレアが腕輪を外そうと引っ張る。
「待ってエレア、無理に外そうとしない方が良いわ。こういうのは、無理に外そうとすると何かしらの仕掛けが発動するのが相場よ。」
「そ、そうなのね?わかった。触らないようにする。」
大広場に近づいたとき、前の方で怒鳴り声がした。荷車に荷物を積み上げている途中のようだ。
「なんだこの積み方は!!これなら、俺の倅の方がもう少し上手く積み上げるぞ!!」
「うっせぇんだよ!安い給料しか払わねぇくせに指図すんじゃねぇ!!」
「これだと、走行中に積荷が崩れて危ねぇだろうが!!仕事の質が悪いやつに、高い給料払う馬鹿が何処にいる!!」
指導を受けている男が怒りを露わにし、片手を振り上げた。
「この......クソ野郎がぁ!!」
その掌から、石礫が飛んだ。
(あれは......土の生成スキル?)
___その時、腕輪が赤く光った。
飛び散った石礫は、散弾のように広がり攻撃対象者だけでなく、その後ろの店や壁にも直撃した。
「ぐぉぉ......馬鹿野郎が...!」
エレアが土スキルの男の腕を見て叫ぶ。
「見て!!アイツの腕輪!!光ってる!!」
「道を開けてくださーい!!通りまーす!!」
その直後、武装した三人の警備兵が駆けつける。
「ヤベェ!!逃げろ!!」
男は路地裏の方へ逃げていった。
一人の警備兵が、「大丈夫ですか?」と店主の男性に手を貸す。
私は、もう一人の警備兵に犯人の逃げた方向を指差し伝える。
「あちらに逃げて行きましたわ。」
警備兵は、目を丸くして、その後笑顔で返答した。
「ご協力ありがとうございます!!しかし、ご安心ください。腕輪が光った時点で、位置情報はこちらへ常に共有されます。どこに逃げようと、見失う事はありません。」
「あら、そうなのですね。お呼び止めして申し訳ございません。」
「いえいえ!すでに確保いたしましたので問題ございません!」
見ると、三人目の警備兵が犯人を拘束しこちらへ歩いて来ていた。
「王都ファルゼンドゥルクは初めてですか?こちらの王都では、この秩序の腕輪をつけている限りスキルによる犯罪は少ないですので、ごゆっくりご観光くださいね。」
「0では無いのですね。」
「お恥ずかしながら、先ほどの男のように、感情的になり攻撃スキルを使用してしまう者がたまにいらっしゃいます。ですが、基本はありませんので安心してください!」
そう伝えると、警備兵は拘束した犯人を連行していった。
「どこにいても位置が分かるんだって。ますます、屋敷で見つかるわけにはいけないね。」
アレルが不安げに呟く。
「腕輪が無くても見つかったらアウトよ。気を引き締めて行くわよ。」




