六話 〜神に見放された塵芥〜
報せは、雪の日に来た。
早馬が三騎駆ける。
門の開く音で、城中が起きた。
(こんな早朝に来客?......誰だろう。)
私は寝間着の上に外套を羽織って、廊下に出る。エレアもアレルも部屋から出て来た。
「あら、あなた達も起きたのね。」
「おはようエレイン。何事かしら。」
「窓からチラッと見たけど、穏やかではなさそうだったよ。」
階段を降り、一階へと向かう。
階段を降りた先に、グレイスが立っていた。
すでに、制服に身を包み、来客の対応をしている彼女の顔は、見たことがないほど歪んでいた。
振り返った顔を見て、私は足を止めた。
グレイスは、何を言われても顔を変えない人だったはずなのに。
「……奥様!......奥様。」
「どうしたのグレイス。」
「......奥様、落ち着いて聞いてくださいね。まずは、場所を変えましょう。」
「いえ、ここで聞きます。」
「奥様......。」
「見たところ緊急事態なのでしょう?早く話しなさい。」
グレイスは、少しのあいだ黙っていた。
しばらくして、唇を振るわせながら、
「......旦那様が......お討ち死になさいました。」
「え......?」
この反応をしたのは私だけではない。
後ろにいた、アレル、エレア。
騒ぎを聞きつけた使用人たち。
皆が、開いた口が塞がらなかった。
「___嘘よ。」
「旦那様が......。」
「嘘だろ......。」
「え?なんで、あの旦那様が?敗れたの?」
「どうして?」
「俺はこれからどうしたら......。」
「なんでだ?」
「え?なになに?どうしたの?」
泣きだす者。
発狂する者。
絶望する者。
憐れむ者。
この先の自分を心配するもの。
私は、口を開けたまま、呆然と立ち尽くしていた。
報告に来た兵が補足をする。
「正確に申し上げますと、『アルデン辺境伯様は戦死されたものと思われる。』です。私たちは、後衛に居た為、前線で何があったのかは分かりかねます。私達は一度、山脈を狙うグラウゼル軍による進軍の防衛に成功したと報告を受けました。帰還の準備をしていると、地響きと爆発音が聞こえた為、私達は様子を見に行く事にしました。すると、前衛の兵達が何か重いものに潰され、辺り一体を血の海で染めていました。潰れかたは悲惨で、誰が誰なのかの判別はつかないのですが、おそらく、その中にアルデン辺境伯様のご遺体もあるかと......。」
「......なんと酷い事を。」
状況を想像して吐き気が込み上げる。
伝令の兵もかなり疲弊した顔をしている。戦による疲れと、おそらくその惨状を直接確認した後衛の一人だろう。
「その場で敵兵の姿は確認できませんでした。敵の動きがわからない以上、調査は難航するものと思われます。」
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北には、当主の遺体が戻らなかったときの弔い方がある。遺品を焼くのだ。外套、手袋、剣帯、日用の器。
本人が触れていたものを集めて、中庭で燃やす。煙が天へ昇って、それが本人の代わりになる。
三日目に、それが行われた。
天高く登る炎を眺め、ガーウィンもこんな感じの炎で仲間を守ったのかなと思って見ていた。
北の冬に、これだけの薪が使われるというのは、それだけで異様な光景だ。
私は正妻として、最前列に立っていた。
弔いで、自分と同じ炎に包まれるのは、悪くないのかもしれない。
そう思った自分を、後で殴りたくなった。
あれは、ただ物が燃えていただけなのに。
意味なんて一つもない。
本人は、ここには居ないのだから。
次々と、使用人達より遺品が炎へ放り込まれる。ふと、ネルが持っている書類の束に、ガーウィンが愛用している 革表紙の帳面が目に入った。
あぁ、あれはガーウィンが城でよく記録に使っていたものだ。ふとした時に取り出し、何かを記していた。
私は目を逸らし、天に昇る煙を眺めた。
(向上心に燃える勤勉な方だったな......。)
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ヴァルヴィラ侯爵家の使者は、葬儀から四日目に着いた。
おかしい、早すぎる。と私は思った。
王都から北の辺境まで、馬車で十一日かかる。早馬でも六日はかかる。訃報が届いてから支度をして出たのでは、間に合わない。
つまり、あの家はガーウィンが戦死するのを知っていた。もしくは、待っていた。
ガーウィンが南の峠で危うい戦をしていることを知っていて、人を用意して監視させる。
監視していた伝令から、報せが出たと同時に動いた。
悪いことではない。
備えというのは、そういうものだ。
___そんなわけがない。
故人である妻の配偶者といえど、子供を残せてはいないヴァルヴィラ侯爵家など赤の他人だ。
ガーウィンの両親はすでに他界している。
今の、正妻は私だ。長男のレオンも居る。
相続権を狙いに来たのなら、無駄足だ。
相続権は完全にこちらのはずだ。
だが、ガーウィンを監視していたのなら。
私の存在を知らないはずはない。
何かがおかしい。
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使者が三人、文官が二人、護衛が一人。
筆頭の男は、全ての所作が丁寧だった。
彼は、ベレストというらしい。
彼は私に礼をして、お悔やみを述べ、それから、書類を出した。
「アルデン家の家督は、ご嫡男レオン様が継がれます。」
何を、当たり前のことを。
「はい。」
「レオン様は四歳であられます。成人までの後見は、ヴァルヴィラ侯爵家が務めます。」
「……はい?」
「つきましては、」
彼は構わず続けた。
「エレイン様には、ご退去いただくことになります。」
「なにを......言ってるんです?」
私は、理由を聞いた。
「エレイン様は、後見人たる資格をお持ちではありません。」
「そんなわけはありません。説明願います。」
「当たり前のことですよ。」
彼は呆れた顔をした。
「教会の家系記録の付録に、条文が載っております。神の名を持たぬ者は、家督を継ぐ者の後見人となることを得ず。」
彼は、目を細めた。
「ご理解いただけ......」
「いただけるわけないでしょう。」
「はぁ......。」
彼は、やれやれという仕草をしながら、「これだから神に見放された塵芥は...。」と小声で呟いた。
「私にも、幼いレオンにも、アルデン家の家督を継ぐ資格が無いことはわかりました。納得はいきませんが、了承いたしましょう。私は、東棟に居るレオンを連れてダグラス家へ帰ります。」
彼は、先ほどよりも大きなため息をついた。
「エルディでも分かるように言いましょうか。《零》に、相続権も親権も無いのですよ。」
「どういう......事ですか?」
わかっている。彼は二言目に言っている。
『レオンの後見は、ヴァルヴィラ侯爵家』が務めると。わかっていても認められないから聞いている。
「【レオン・ヴィア・アルデン】は、今日をもって【レオン・ヴィア・ヴァルヴィラ】となる......という事ですよ。」
握った拳から血が滴る。
噛み締めた唇から血が垂れる。
沸々と血が煮えたぎる。
この......《零》の血が......。
「《零》である私は、この城も、使用人の皆様も、レオンの母親である権利も、持つ資格はないという事ですか。」
「だから、そのように申し上げているでしょう。」
彼は書類をめくった。
「……月に一度の面会は?」
「そのような取り決めは、書面に残っておりませんね。」
彼は、書類の束を軽く叩いた。
「故ガーウィン様の、ご厚意であったと伺っております。しかし、ご厚意は、相続されません。」
「ふざけないで。」
「ふざけておりません。国と教会が定める【常識】です。私の個人的意見ではないのですよ。」
「それがふざけてるって言ってるのよ!!!!」
月にたった一回よ?
実の息子に、たった一回しか会えない事すら我慢ならないのに、それを剥奪される?
それだけじゃない。親子の権利も剥奪すると言っている。こんな事が許されていいの?
刺し殺す様に鋭く、深い憎しみをもって睨みつける。今まで、こんなに人を殺してやりたいと思った事は前世でも無かった。
そして、彼を睨んでいたのは私だけではなかった。私の後ろに立つ、二人の親友。
「エレア!!アレル!!お願い!!」
「ええ、任せて!!!」
「おう、任せろ!!!」
「この先に居る、私の大切な宝には指一本触れさせない!!!」
エレインの言葉に続いて攻撃を仕掛ける。
「喰らえ!!『双腕の水激流』!!!|」
アレルの両手から高圧力の水流が、一直線にベレストへ向かう。
「ほぅ、水系の神賢ですか。しかし、この威力では使用人止まりも頷けますね。」
「ベレスト様!お下がりください!!」
傭兵がベレストの前に立ち、両手を前に出す。
「『嵐竜閃滅』!!!」
竜巻状の風が、雪を巻き込みアレルの攻撃を包み込む。
ズゥゥン___
アレルの『双腕の水激流』は、氷の柱と化し地面に落ちる。
雪が舞い散り、辺り一帯の視界が奪われる。
雪の霧を利用して、傭兵を避けたエレアが、水流の刃を生成し、死角からベレストに攻撃を仕掛ける。
「『断罪の水刃』!!!」
ベレスト側から見たら、エレアが右後ろの雪霧から突然飛び出してきたように見えるだろう。反応するのは至難の業ではない。反応したとしても、技は間に合わないだろう。
それなのに、
___エレアは真上に飛ばされていた。
「え!?なに!?」
指だ。人差し指をクイッと上に動かし、技を繰り出していた。
次にベレストは、その流れで片手を前に出し、エレアに向けた。
「『絶望に沈め』」
高く舞い上がったエレアが、勢いよく地面に押しつけられる。
「ガハッ!!」
血を吹き出す。
「エレアァ!!くそっ!!」
「今の奇襲は見事です。でも、殺意が溢れ出ていて丸わかりでしたよ。」
アレルは両手を後ろに突き出す。
水流を放ち、勢いよく飛んだ。
双腕の水激流を応用した、空中の高速移動だ。
傭兵を躱し、ベレストへ接近する。
「キサマッ!!」
傭兵が二人に連続で躱されて、苛立ちを露わにしている。
「くら___」
「『頭が高い』」
ベレストを中心に、円状に技が発動する。
ベレストの周囲にいた、積もった雪、アレル、傭兵が地面に押しつけられる。
「グァァアアアッ!!」
「ぐはっ!!巻き込んでます!!ベレスト様!!」
(これは、重力を操るスキル?)
ダメだ。アレルとエレアではまるで歯が立たない。
「グレイス!!助けて!!」
「奥様......申し訳ございません。」
「......え?」
「どうやら、私達アルデン辺境伯家使用人はすでに、ヴァルヴィラ侯爵家の人間のようです。」
後ろを見渡す。
使用人達は全員、申し訳なさそうに俯いていた。長年、共に働いてきたネルを含めて。
____________
私達、三人は捕えられた。
今現在、アルデン家の地下牢に閉じ込められている。
冷たい石造りの壁に、鉄格子という、いかにもという感じの牢屋だ。なぜか、手足は繋がれてはおらず、自由に動くことができた。
地下牢に沈黙が流れる。
聞こえるのは、時々アレルかエレアが動く音と、誰かが何かを、___ゴンッゴンッとぶつける音だった。
看守も、誰も居ない。
私は、強烈な喪失感で動くことができなかった。息子を奪われた。もう、二度と会えない。
使者は強かった。どう考えても勝てる方法が分からない能力だった。
私は、神賢を使っての戦闘を今まで見たことがなかった。
見たことがあったのは、シノが何もないところからホウキを出していた所と、料理長の手のひらから塩が出ていた所。厨房の熱い中、塩の出し過ぎで、よく倒れていた。そして、本格的な神賢の戦闘を初めて見たのは、ガーウィンとアレルの技のぶつかり合いだった。
誰も喋る事なく......夜になった。
___________
「あぁぁぁぁぁぁ、なんて馬鹿なことしちゃったんだろう......。」
沈黙を破ったのは、私の懺悔だった。
「でも、あんな事言われて黙っていられるか?」
アレルが手のひらと拳を合わせる音がした。
「黙ってはいられないわ。でも、攻撃はすべきじゃなかった。攻撃を仕掛けた時点で、こちらは交渉権を放棄したのよ。」
アレルが、ぐぬぬと唸る。
「アレルのせいね。」
「『任せて!』って言ったの誰だよ。」
「あんたよ。」
「お前だよ。」
アレルとエレアが言い争っているが、二人が戦ったのは、私が頼んだからだ。二人のせいではない。
「頭に血が昇って冷静さを欠くなんて、これじゃあ、あの時のアレルと一緒じゃない......。」
「エレインとアレルは、似た者同士って事ね。」
「え?似てるの?エレインって俺の妹だったりする?」
「そんなわけないでしょう......。」
空気は少し、和んだ。
二人が、私に気を遣ってくれているのが伝わる。
頬をバチンッと叩き、気持ちを切り替える。
落ち込んでいる暇はない。
このまま寝てても、レオンは帰ってこないんだ。
私たちは、交渉する権利を失った。あの場面で、例え使者たちを倒して勝てたとしても、そのことをヴァルヴィラ侯爵家に知られた時点で負けなのだ。
どう考えても攻撃は悪手だった。
(母親って、子供のことになると冷静では居られないのね。)
前世でいう、モンペというやつなのだろうか。
今なら、気持ちがわかる気がする。
納得できないもの。
「レオンは諦めない。絶対に取り戻す。」
「おうよ。」
「そりゃそうでしょ。」
頼もしい返答が返ってくる。
「まずは、ここから出ない限りはなにも始まらないわ。」
「そうだな。とりあえず、この柵ぶっ壊す?」
「無理よ。試しに指先から水を放ってみたけど
、この柵、スキルを弾くみたいよ。」
「どういう原理だよ。」
「知らないわよ。」
___カツ___カツ
突然、石の床を踏む音が地下に響く。
「誰か来たみたいね。」
足音の主は、グレイスだった。
カチャカチャと鍵を回し、扉を開ける。
「グレイス?どうして?」
「ベレスト様から指示がありました。『あの二人は、取るに足らない実力だった。目的を果たした今、あいつらに出来ることは何もない。解放して捨ておけ。』との事です。」
「舐められてるな。」
「仕方ないわ。私も、アレルも一撃すら攻撃を当てられなかったわ。」
アレルとエレアは肩を落とす。
「今、正面から行っても返り討ちに遭うだけね。実力で勝てないなら、侵入するしかないわ。」
それを聞いた、グレイスが頬に手を置く。
しまった、グレイスは今、私たち側の人間ではない。目の前で潜入の話をするのは、さすがに不味かった。
「ヴァルヴィラ侯爵家へ向かわれるのですか?」
「えぇ......そうよ。」
身構える。
「私は今、ヴァルヴィラ侯爵家の人間です。私は、あなた達を止めるべきなのでしょう。」
グレイスは、微笑みこちらを見た。
「しかしそれは、建前上の話です。私の主君は、ガーウィン様。私の心は今、エレイン様に力を貸すよう言っております。」
「グレイス!!」
「「グレイス様!!」」
なんて頼もしい助っ人だろう。
仲間が増えるというのは、こんなに心に余裕を持たせてくれる。
「潜入の話が出ているなら、もう現状はお察しの様ですね。東棟に居たレオン様と教師はすでにヴァルヴィラ侯爵家へ移っております。この城は、侯爵家の管轄になり、使用人は全て侯爵家に雇われました。アルデン家には後日、侯爵家からレオン様が継ぐまでの代理が立てられるようです。私は、あなた達三人が安全に潜入できるルートをご案内いたします。私も、我が身が可愛いですからね。屋敷の潜入に同行はしません。」
「あ、途中までなんだ。」
(もちろんよ。それだけでも、十分ありがたいわ。)
「あれ?アレル、右手から血が出てるわ。」
「あぁ......なんでもないよ。」
アレルは自分の神賢で血を洗い流した。




