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四話 〜最低最悪のスキル〜



アルデン家での暮らしは、想像していたものと違った。


ガーウィンはこちらを無碍(むげ)に扱う事はなく、ちゃんと正妻として扱われ、使用人は私を奥様と呼び、食事は温かく、部屋には薪が惜しみなく使われた。


最初に会った第一印象とは真逆になっていた。

広間で最初に話した時、こちらを一瞥し、明らかにこちらを見下した態度で接していた。

変わったのは、私の頭に血が上ったあの時からだ。


「書物が要るなら買ってやる、他に欲しい物があるなら遠慮なく言ってくるがいい。」


私が最初に頼んだのは、王国の地誌と、北方領の歴史書、そして、文学書を取り寄せられるだけ集めてもらった。


三ヶ月かかって、荷車で届いた。

エレアが荷を解きながら「これ全部読むの?」と、少し引きながら私に聞いた。


「えぇ、読むわよ。」


「これ、全部読むのに一年はかかるわよ。」


「だって、退屈だもの。ダグラス家では使用人としてやる事は山のようにあったわ。でも、アルデン家では私の身の回りのことまで全部やってくれてるんだもの。身支度まで手伝われそうになったから、さすがに断ったわ。」


「それが、本来令嬢のあるべき姿よ。」


「そういえば!!」


自分でやるのが当たり前になっていてすっかり忘れていた。

ヴェロニカ姉様も、ミレーナ姉様も、シノにやってもらわないとしっくりこないのよねと言ってたような気がしなくもない。


エレアが一年かかると言っていた書物は、三ヶ月で読み終えた。

文学書の中で、伝記が特に面白くてサクサク読めてしまった。この世界の伝記は、この世界そのものがファンタジーである為、作者が歩んだ人生、歴史を学びながら楽しむ事ができた。


私は、新しい書物の追加をお願いしようかと思ったが、図々しいかと思い遠慮してしまった。


そして私は、二周目に入った。




____________




ガーウィンは、私の顔をあまり見なかった。


これは嫌われているのではなく、そういう男なのだと、一月(ひとつき)ほどで分かった。

私だけではなく、アレルの顔も、エレアの顔も見ない。しかし、家令の顔や、副官の顔、メイドの顔は見ていたので、極度の人見知りなのだと結論付けた。



今、夕食を共にしている。

ガーウィンは忙しく、ほとんど城内に居ない。

帰って来たと思ったら、従者とやり取りをした後、すぐに出てしまう。

今、この時間は本当に稀で貴重な時間というわけだ。

私は、ここぞとばかりに質問攻めした。


話すのは領地のことと、魔獣のことと、政情のことを詳しく聞いた。


「魔獣が出る頻度はどのくらいなのですか?」


「なぜ、それを聞く?」


「魔獣が出る時期に、決まりがあるのかと思いまして。」


ガーウィンは、少し考え返答した。


「……秋だな。魔獣は冬眠する前に、栄養を蓄えるために動き出す。」


「その時に、魔獣狩りも活発になるのですか?」


「いや、結果として活発になるとも言えるが、狩猟するのは、町の近くに出没した危険性のある個体だけだ。魔獣狩りも人材や、物資等の費用が多くかかるんだ。それに、ここから遠くなる程、危険性も上がる。」


「魔獣って、熊みたいですね。」


「熊?」


「あ、いえ、こちらの話です。」


その日、気がついたら二時間夕食を食べていた。

討伐した魔獣は、どのような使われ方をするのか。

北の谷筋の地形、去年と一昨年に出た数、討伐に出した人数、失った人数。


ガーウィンは全部覚えていた。数字を、諳(そら)んじて。


途中で、私は気づいた。


___この人は、ちゃんとデータとして数えている。


自分の兵の家系を自分の手で数えたという、あの言葉は本当だった。この人は本気で、分かろうとしている。


辿り着くための方程式がないだけだ。


私が持っている前世の知識を渡せば、この人はたぶん、まともな結論に辿り着ける。


渡せば。

___渡せない。

知識を得たら、人は試したくなる。

試すには、被検体がいる。

立証するには、大量のサンプルがいる。

この研究には、動物は使えない。

大量の人間が必要だ。


私はその夜、寝台の中で長いこと考えて、結局、渡さないことにした。

それが正しかったのかどうかは、今も分からない。

いや、正しいはずだ。

この世界は、命を弄び過ぎている。




____________




「「「よろしくお願いします!!」」」


夏の終わりに、新しい侍女が三人入った。

冬になれば雪かきだけで人が消えるような、人手がいる土地なので、珍しいことではない。


その一人の顔に、見覚えがあった。


十人しか居なかった屋敷の人間だ。

名前を憶えていないはずがない。


「あなた、ネルよね!?」


腰まで届く、鮮やかな緑の髪。

一本の太い三つ編み。

髪と同じ色の目。

頬にそばかす。


「はい、奥様。」


「奥様はやめてよ。エレインでいいわ。」


「そういうわけには参りません。」


ネルは、ダグラス家の屋敷でも私のことを、『お嬢様』と呼んでいた。おそらく、真面目な人なのだろう。


私は嬉しかった。

馬鹿みたいに嬉しかった。


北に来て半年、周りは全員が新しい人間だった。

エレアとアレルはいる。

だがそれ以外の全員が、私を最初から奥様として接してくれている。

少し、窮屈に感じていた。


そこへ、あの屋敷を知っている顔が来た。


「バルトロは元気かしら!?」


「はい、お変わりありません。」


「シノは!?」


「お変わりありません。」


「庭は?北側の方はまだ荒れたままなの?」


「……はい、手が回らないようです。」


私はフフッと笑った。


そうだろうと思った。

庭師は一人しかいないのだから。


ネルは、紹介で来たのだと言った。

ダグラス家は、遂に八人すら雇えないほどになったのかと思った。私が嫁いだ事で、かなり安泰したはずだけど......お父様、何にお金を使っているのかしら。




____________



ガーウィンの神賢は、《炎熱》と教えてくれた。

身体のどこからでも炎を出すことができ、上位の攻撃スキルとして重宝されている。

この過酷な土地でも寒さを感じた事は無いそうだ。

なので、子供には《炎熱》をなんとしても受け継いでほしいそうだ。



私は、ガーウィンに初めてを捧げた。

前世でも経験の無い、正真正銘の初体験だ。

私の憧れ、思い描いていたものとは雲泥の差だったが、ガーウィンは、私が痛みで顔を歪めると、「大丈夫か?」と心配してくれた。

彼の身体は温かく、手を握られると不思議と痛みが和らいだ......気がする。




婚礼から一年過ぎた年。

夏の初めに、私は身籠った。

最初に気づいたのは、私自身だ。当然だ。


前の世界で、私は何千回もこの話を聞き、何千回も説明してきた。自分の身体に起きていることが何なのか、誰よりも早く分かる。


分かったところで、この世界でできることは何もない。


血液も測れない。超音波もない。ましてや、私の専門にしていた検査など、どこにも存在しない。


私にできたのは、腹の張りを数えることと、胎動を数えることと、日付を数えることだけだった。


数えることしかできないというのは、恐ろしいことだと知った。


異常があっても、私は知ることができない。

知ったところで、何もできない。




____________




ガーウィンは、腹が目立ち始めてから、私を見るようになった。

正確には、腹を見るようになった。


「調子はどうだ。」


「ご心配ありがとうございます。悪くありません。」


「食っているか。」


「朝食、一緒に食べたじゃないですか。」


「そうか、そうだな。」


それで終わる。

一度だけ、彼はこう言った。


「無理はするな。子は、母が保たねば保たん。」


軍人の言い方だった。

兵站(へいたん)の話をしているのと同じ口調だ。

それでも、私はその夜、少しだけ気分がよかった。嬉しかったのかもしれない。




____________




産気づいたのは、夏の入り口だった。

北の夏は短く、その日はよく晴れていた。


産婆が二人と、エレアが一人。

ガーウィンと、アレルは扉の外にいた。


痛みについて、私は書ける立場にある。

何千回も説明してきたのだから。


実際に経験して分かったのは、説明と経験は別の器官で処理されるということだ。


私は途中から、自分が医者だったことを忘れた。数えることもやめた。何時間経ったのかも分からない。


エレアが手を握っていた。

エレアの手の方が、たぶん痛かっただろう。


産婆が何か言っている。

断片的に聞こえたが、息を吐け、と言ってる気がする。そんなの分かっている。

私はそれを、教える側だったのだから。


分かっていることと、できることは違う。


『あ、痛みがある時はいつでも呼びなさい。一瞬で忘れさせてあげるわ。』


あの別れ際の、ミレーナ姉様の言葉を思い出した。

あぁ、ミレーナ姉様の力って、こういう時に使うのかな?私が召喚士のスキルがあるなら、今すぐ姉を召喚したい。




____________




___突然、それは、私の右上に現れた。



「___え?なに、これ?」


目の前に現れたのは、よくゲームで目にするメッセージウィンドウだった。



 継承スキルを選択してください

├ 炎熱 [父:ガーウィン・ヴィア・アルデン]

|

└ ────────────────

合成可能な組み合わせ: なし



私は、これを見てすぐに意味がわかった。



『継承スキルを選択』



つまり、子供に継がせるスキルを選べという事だ。

それよりも、私が吐き気を覚えたのは次の文章だ。


スキル名と、父親の名前、その下に、



『合成可能な組み合わせ』



一気に指先の体温が下がるのを感じる。



なに......これは......。


合成?スキルを?

合成するには?

どう見ても、異なる能力の男がもう一人いないと成立しないってことよね?



はぁ......。




この世界は......。




どこまで......。




ふざけるな......。




ふざけるなふざけるな ふざけるなふざけるなふざけるな ふざけるな ふざけるなふざけるな ふざけるな ふざけるな ふざけるなふざけるな ふざけるなふざけるな ふざけるな ふざけるな ふざけるなふざけるな ふざけるな ふざけるなふざけるな ふざけるなふざけるな ふざけるなふざけるな ふざけるな ふざけるなふざけるなふざけるな ふざけるな ふざけるな ふざけるなふざけるな ふざけるなふざけるな ふざけるなふざけるな ふざけるな ふざけるなふざけるな



なんだこの命を弄ぶようなシステムは。

このシステムを考えた神がもし居るのなら、私はその神の胸ぐらを掴み、怒鳴り散らしているだろう。



視界は霞んでいて、身体は動かない。

産婆が何か言っている。

エレアが、出血が酷いと泣いている。


ダメだ。痛みで思考が纏まらない。


私は指で、《炎熱》スキルを選択しようとした。


しかし、指が上がらない。

いや、もう手が上がらなかった。


しかし、《炎熱》スキルを選択しようと思った瞬間、炎熱 [父:ガーウィン・ヴィア・アルデン]の欄が少し光ったように感じた。

視界の霞でよく見えない。

気のせいだったかもしれない。


その瞬間に、力が抜けた。

そして、子どもの声がした。


産婆が男の子だと言ったのを聞いて、私は意識を失った。




____________




私は無事だった。

子も問題なく健康だった。

小さくて、赤くて、皺だらけで、よく泣いていた。

私はその子を抱いて、しばらく何も考えられなかった。考えられるようになるまで、二日かかった。


その二日の間、ガーウィンは毎日顔を見に来ている。

彼は子を見て、嬉しそうな顔をして、それから私を見た。


「名は、レオンとする。良いか?」


「はい、あなたの子です。遠慮なく決めてください。」


「君の子でもある。君も候補があれば言ってくれて構わない。」


「いいえ、レオンが良いです。勇ましくて、とても素敵な名前だと思います。」


「そうか。」彼はそれだけ言って、出ていこうとして、扉のところで止まった。


「エレイン。」


「はい。」


「ご苦労……あ、いや。え......と、よくやった。」


語彙のない人だと思った。


「ご苦労...て...。」


私は、クスッと笑った。




____________




エレアが湯を運んできた。

沐浴の時間だ。

レオンを桶に入れて、しばらくするとエレアが「え?なんで?」と言った。


「ごめんエレイン。熱いわ、これ。沸かしすぎちゃった。おかしいわね、適温にして運んできたと思ったのだけど。」


私も触ってみたが、確かに熱かった。


エレアが桶を持ち直し、「ちょっと待ってて、やり直してくるわ。」と言って部屋から出た。


そのままだとレオンが風邪引くので、身体を拭いて毛布に包んだ。

その間にも、レオンの身体は温かく、冷えることは無かった。


エレアが戻ってきて、再度レオンを桶に入れる。そして、また「なんで?」と言った。


「また……熱くなってる。」


私たちは、顔を見合わせた。

間違いない。これは、

___兆しだ。


生後三日で兆しが出る子は珍しい。

普通は一歳から二歳、遅ければ三歳の春だ。


早ければ早いほど、能力の質は良いと言われている。


私はレオンを抱いたまま、動けなかった。

エレアが飛び出していって、屋敷中に触れ回った。

使用人が集まってきた。

誰かが泣いていた。


ガーウィンが扉を勢いよく開けて入って来た。


「旦那様、レオン様がビックリされてしまいます。お気持ちはわかりますがお静かに。」


「あ......すまないグレイス。」


ガーウィンは、家政婦長のグレイスに謝った。

雇い主にも、堂々と注意ができる素晴らしい人柄のようだ。


ガーウィンは桶に手を入れ、しばらくそのままでいた。それから、長いこと子どもの顔をじっと見る。


「間違いない……炎熱だ。」


使用人達から歓声が上がる。


ガーウィンが、ニッとして私を見た。

このとき、彼が何を言うのかを、私は予測できていた。予測できていて、聞きたくなかった。


「どうやら俺の説は、正しかったようだな。」




____________




彼が部屋を出たあと、私は天井を見ていた。


私は、産まれてくる子供のスキルを選択した。


しかし、ガーウィンから見たら、自分の説に間違いは無かったと思ってしまうのも無理はない。たまたまの可能性も十分あり得るのに。


おそらく、ガーウィンは私にまだ子供を産ませる気でいるだろう。

産まれて来る子は《炎熱》確定だ。

レオンが産まれる時、痛みに耐えるのに必死であまり覚えていないが、おそらく《選択しない》も選べるのだろう。


そうすると、《零》が産まれる。


しかし、この世界で《零》の人間の生きづらさは、私が一番良く知っている。

産まれてくる自分の子に、意図的に《零》なんて与えられるわけがない。

結果的に、ガーウィンの説は偽りの立証がされるのだ。


しかし、偽りの立証をされたからなんだというのだ。ガーウィンは、この結果を世界に公表はしないだろう。自分の能力を子供に継いでほしいと考えて、自身で研究していたのだから。


___別に、偽りでも問題はない。



そう思うと、落ち着いて考えることが出来た。

まず、あれはなんだったのか。


前世でよく見たメッセージウィンドウだった。

それに書かれていたのは、



継承するスキルを選んでください。

炎熱 —— ガーウィン・ヴィア・アルデン



表示されているのは、ガーウィンの力だ。

彼の名が併記されている。

つまりこれは、『誰の何』を表している。


次に、【合成可能な組み合わせ】


合成、という言葉が使われている。


合成には、二つ以上が要る。

一つでは合成できない。


だから「なし」と表示されていた。

ガーウィンの能力しかないからだ。


___つまり、二つあれば。


そこで私の思考は止まった。

止まったというより、止めた。

止めたのに、続きが勝手に出てきた。


二つ目が増えるとすれば、それは___




私は一つの可能性を考えた。


___これは、私だけのものなのだろうか。


この世界の女は、全員が産室でこれを見ているのではないか。

子の力がどう決まるのかを、母だけが知っていて、誰も言わないのではないか。

教会は「神が選ぶ」と説く。

だが、選んでいるのが母だとしたら。


千年、女たちが黙っているのだとしたら。

___いや、あり得ない。


もしそうなら。

もし、この国の母が全員これを見ているのなら。


___私の《零》は、何だ。

私だけではない、世の中の《零》の人間はなんなのだ?私の母は、《零》を選んだのか。


やはりあり得ない。

それなら、私を散々試したりしないはずだ。

《零》を母が選んだのなら、そのような事をする意味がない。

「能力を与えてあげられなくてごめんなさい」と母は泣きながら私を抱きしめた。


つまり、子の受け継ぐスキルを決めることが出来る、この悪趣味なシステムは、私だけにしかない《能力》なのだ。


スキルは『神が選ぶ』


私は、この世界に転生して


神の力を手に入れたのだ。




私は、窓の外を見ながら呟いた。


「残念、神様。......私は、他の男性と添い遂げる気は更々ありません。」




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