三話 〜要塞城 金髪令嬢は止まらない〜
ダグラス辺境伯家
【バルトロ】
瞳は黒く、白髪の髪、髭の美爺様。背筋が伸び、歳を感じさせない佇まい。身長は172センチ。
使用人に厳しいが、エレインの好み。
【アルバス】
紺色の瞳に、黒髪の美形。基本、無口で指導や共有をしている時以外喋らない。身長は186センチ。
【シノ】
黒の瞳に、黒髪の美形家政婦長。立場上、使用人に厳しく怖がられやすいが、根は優しい。身長は172センチでバルトロと一緒。
【アレル】
青眼金髪の双子の兄。性格がやんちゃなので、エレアの方が姉に見えるが、本人はそのことを気にしている為、たまに大人ぶる。身長は176センチ。
【エレア】
青眼茶髪の双子の妹。アレルが子供っぽいから、私はしっかりしなきゃ。と言っているが、エレアも大概。両親は行方不明。身長は165センチ。
【ネル】
緑眼緑髪のそばかすの女性。身長は162センチ。
ダグラス辺境伯邸を出て三日目から、景色が変わった。畑が減り、石が増えてきた。
木は針葉樹ばかりになり、真っ直ぐで暗い。
四日目、五日目と雪が続く。
「ハァァーッ」
手のひらに息をかけて温める。
「ひぃぃ、寒い。」
「エレイン、これ使って。」
エレアが、自分の外套を肩にかけてくれる。
「え!?でも、エレアが寒いよ!!」
「私は平気よ!寒さに強いもの!」
腕に力を入れ、力こぶを見せる。長袖なのでよく見えないが、おそらくぽっこりと、小さく可愛らしい筋肉がアピールしているのだろう。と、ファンタジーなら思いたいが、毎日の家事で私もエレアもむっきむきなのだから可愛くない。
「ふふっ、ありがとう。でも、寒かったらすぐに返すから言ってね。」
道中、私一人なら窓の外ばかりを見ていただろう。エレアとアレルが居なければ、退屈で死んでいたかもしれない。
「知ってる?アルバス様の話。」
エレアが、笑いながら話した。
「いいえ、何かしら?」
「私達二人が着いて行くことについて、旦那様をバルトロ様とシノ様とアルバス様の三人で説得に行ったことは知ってるよね?」
「えぇ、知ってるわ。」
「アルバス様、単独でもお父様の説得に動いてたらしいわ。」
「そうなの!?」
アルバスは、口数が少なくあまり笑っているところを見た事はない。来客に愛想笑いをするくらいだ。
執事として、なぜダグラス家に雇われているのかわからないほど優秀で、前世で私が大好きな作品の、"◯執事"に登場する、『あくまで執事』のような常人ではあり得ない動きをする。人手不足は、アルバスのおかげでなんとかなっていると言っても過言ではないだろう。それを可能にしているのは、アルバスの神賢なのだろうか。
「旦那様は、アルバス様に『それ以上、執拗に言うのであればお前を解雇する。』とおっしゃったそうよ。」
「それで、アルバスは何と返したの?」
「『ありがとうございます。エレイン様にお雇いいただきますので問題ございません。』ですって。その後、旦那様の方が、『辞めないでくれ!』って説得する側になったらしいよ。」
私は大笑いした。正直、アルバスは少し苦手だったのだけど、これを聞いて見る目が180度変わってしまった。
もっと...早くに知れていれば。
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十一日目の午後、アルデン城が見えた。
「城というより、砦ね。」
装飾などは無く、窓が小さい。
壁は分厚く、黒っぽい石で、雪の白と対比になって遠くからでもよく見える。
周囲に町はあるが、王都の町とは造りが違う。
建物が低く、屋根が急で、道が狭い。
防衛のための土地という感じだ。
ここは、美しくある必要がないのだろう。
門をくぐり、馬車を降りた。
雪が靴に入り、足が冷たい。
「こちらで待機をお願いします。」
御者の案内で広間に通された。
暖炉が焚かれていたが、天井が高すぎて、暖かいのは炉の周りだけだった。
そして、男が入ってきた。
【ガーウィン・ヴィア・アルデン】
背の高く、肩幅も広くて鍛えられた肉体だ。
青い髪は短髪で、歩き方に軍人の癖がある。
そして、私の顔をほとんど見なかった。
入ってきて、五歩のところで止まり、こちらを一瞥した。一瞥だ。上から下まででもなく、顔だけでもない。存在を確認した程度の視線だった。
その一瞥で初めて、瞳は赤色だと確認出来た。
「ガーウィンだ。」と彼は言った。「長旅ご苦労。」
「エレイン・ヴィア・ダグラスと申します。」
「知っている。」
......。
(え!?終わり!?)
それで会話が終わりそうになった。
私は少し迷ってから、口を開いた。
「あの……一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか。」
彼はわずかに眉を上げた。
「なぜ、私なのでしょうか。」
彼はすぐには答えなかった。
暖炉の方へ二歩歩き、火を見て、それからこちらを向いた。
このとき初めて、彼はちゃんと私の顔を見た。
「説明しておいたほうが、後が楽だな......。申し訳ないが、二人は席を外してくれないか。」
私の座席の後ろに立っていたアレルが一歩前に出た。
「嫌です。エレイン様に変な事をなされては困りますので。」
「護衛も同席している。問題あるまい。」
「大問題です。護衛はそちら側の人間でしょう。それに、そちらが護衛を立てているならこちらも問題ないはずです。」
心の中で、ガーウィンに謝りながら、それでもやはり一人は心細かったのでアレルに感謝した。
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彼が語ったことは、短かった。
彼には先妻がいたとのこと。
ヴァルヴィラ侯爵家の娘で《氷結》
上位の中でも上位の力だ。家格も申し分ない。
二人の間に男子が生まれた。
その子は、三歳の春に兆しを見せなかった。
そして、「病死した。」と彼は言った。
言い方に含みはなく、事実を報告する声だった。
私は何も言わなかった。察したからだ。
「二人目は流れ、三人目も、四人目も流れた。妻は......身体を壊し、亡くなった......いや、亡くなったと思っている。」
含みのある言い方だったのが気になるが、彼は構わず火を見たまま続けた。
「俺は考えた。なぜ、あれほどの血から《零》が出たのか。」
そして、彼は言った。
「力と力は、母の腹の中で競り合う。強い者同士を掛け合わせれば、互いを潰し合う。潰し合った結果が、何も残らない子だ。」
彼は私を見た。
「だから、母は無であるべきだ。母に何もなければ、俺の力は薄まらずに子へ渡る。」
私は、黙っていた。
黙っていた理由は、驚いたからではない。
___標本が、一つだからだ。
彼は自分の家の一件から、法則を立てている。
たった一件から。比較する群もなく、他の家の記録もなく、前後の関係すら確かめずに。
私が前の世界で、最も警戒するよう叩き込まれたやり方だ。
一例から規則を作る。それは推論ではなく、物語だ。
人は自分に起きた不幸を、意味のあるものにしたがる。原因を作れば対策が立つ。対策が立てば、二度目を防げる。
彼は、三歳の子を失っている。
___いや、【殺した】だろう。
病死したと彼は言った。
三歳の春に兆しを見せなかった子が、その年に病死した。
この人は、自分がしたことの理由を探している。そう考えると、この仮説の形が、急によく見えた。
彼の説明では、悪いのは血の組み合わせであって、誰でもない。母でも、父でも、子でもない。
ただ、強い者同士を掛け合わせたことが間違いだった。
それなら、あの子が死んだのは、誰のせいでもない。
___よくできている。
苦虫を噛み潰した顔で彼を見た。
ド素人の癖に___。
拳に力が入り、怒りが込み上げる。
______あぁ、ダメだ。
「片腹痛い。実に不愉快です。あなたの説には根拠がありません、自分の一人の子供がそうだったから、次の子もそうなるだろう?バカじゃないですか?」
___やめて
「何人の戸籍を調べたのですか?《零》の子が産まれた親は何のスキルだったのか調べました?法則はあるのか調べました?染色体は?生活習慣が影響したのかは?《零》の産まれていない家庭も調べて、なぜ《零》が産まれてないのか調べました?」
___やめなさい
「ご自身の血統含め、祖父母から曾祖父母、更に遡るまで、共通点は何なのか。《零》の産まれる確率はいくつなのか。そこまで調べてやっと根拠として示せるんです。それでも、100%の確率は存在しないんです。」
___縁談がなかった事になってしまうわ。
止まりなさい。
「子供は......親の道具ではありません。」
しばらく、沈黙が流れた。
「エレイン様...。」
エレアが心配そうにしているのが、私の背後に居ても伝わってきた。
「......不快にさせてしまったようだ。すまなかった。もちろん、我が子のみで判断したわけではない。父、母の家系を遡り、自軍の兵士の家系も、自分の手で数えて調べた。だが、君の言う通りまだ情報が足りない段階で答えを出してしまっていたようだ。しかし、他家ともなると国や教会が管理している情報もあり、手に入れるのは難しい。」
彼が言っている理論は、国、教会、この世界が信じていたものを真っ向から否定する内容だ。
しかし、私が持っているのは、たった二百九十九人を数えた記憶と、三代前の家令の帳面で数えた十一件だけだ。
彼の理論も、この世界の理論も、私の理論も、足りない者同士だ。
「それでも...」と彼は言った。
私は顔を上げた。
「それでも俺は、君と子供を成したい。」
事案になりそうな一言を、こちらをまっすぐ、真顔で見つめて言っている。
後ろに居るので定かではないが、エレアは赤くなり、わなわなして、アレルは小さく吹き出している。
「私は、アルデン家に嫁ぐしか選択肢がありません。夫婦になるのなら、それも必然でしょう。」
私は、拳を強く握りながら答える。
「条件があります。産まれてくる子は、どのような子であれ、生涯をかけて責任を持って育て上げる事。」
当たり前であり、当たり前に行われていない事。
前世の世界でも、この世界でも。
「約束しよう。俺は生涯をかけて君と、君の子を守り通すと誓おう。」
私は少し、面食らった。
「お願いします......。」
私は前世で憧れていた、恋愛小説のような甘い恋を、今世でも剥奪された。
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その夜、私は与えられた部屋の寝台に座って、長いこと動かなかった。
部屋は広く、暖炉があり、寝具は清潔だった。
ノックの音が聞こえる。
「エレイン、入るわよ。」
エレアは、すでにアルデン家の制服へ着替えており、様になっていた。
「紅茶を飲みましょう。」
机に置き、紅茶を注いでくれる。
窓の外は雪だった。
北の大地は思っていたより過酷だった。
渡された防寒具をもってしても、どこに居ても寒い。
「アルデン家の使用人の方々は、すごく暖かく迎えてくれたのよ。この地は寒いけどね。ふふっ」
「良かったわね。」
私は、エレアが淹れてくれた紅茶を飲みながら考えた。
私は、前世なら絶対にとらない選択肢を今日、私は選んだ。正確には、選ばされた。断る力がなかった。
断れば実家が潰れ、私は行き場を失う。それは選択とは呼ばない。
___呼ばないことにしよう、と私は思った。
そう思った自分を、少し嫌だと感じた。
嫌だと感じるだけの余裕が、まだあるうちは、たぶん大丈夫だ。
窓に近づいて、外を見た。
城壁の松明が、雪の粒を一つずつ照らして、すぐに闇に渡していく。
「アレルはもう寝たの?」
「えぇ、長旅で疲れたのだと思うわ。」
「そう...。」
ここに来る道中、アレルとエレアは一度も北のことを悪く言わなかった。宿が寒くても、食事がまずくても、「面白いね。」で通した。
あれは、私のためにやっていたのだと思う。
___ふいに、洗濯場のことを思い出した。
冬の水は冷たくて、エレアといつも指先の色を比べて、どっちが赤いかを競争していた。そんな、どうでもいいことを毎年やっていた。
あれを、この先もずっと続けるのだと思っていた。
《零》と判じられた娘が、屋敷の隅で洗濯をして、帳面を読んで、六十くらいで死ぬ。悪くないと、本気で思っていたのに。
私は、あの人生を取り上げられたのだ。
___取り上げられた、という言い方を、私は初めて自分に使った。
私には何も無い。何も持っていないつもりでいた。
「私、ダグラス家の生活が気に入ってたのね。」
エレアは目を見開いた。
「あれが?」と言いながら。
ダグラス家で手に入れたかけがえのない二人が、私と人生を歩むと決めて着いてきてくれた。
私はそれを、喜んでいいのか分からない。
この地で、二人は幸せになれるのか。
ダグラス家に居た方が、幸せだったのではないか。
それでも、私は二人が着いてきてくれたことに心底安心し、心底感謝している。
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婚礼は、七日後に行われた。
私の十六歳の誕生日だ。
招待状は出したのだが、ダグラス家からの参列者席はエレアとアレルの二人だけしか埋まらなかった。
ミレーナ姉様と、御者と護衛、もしかしたら、お母様も......参列してくださるかなと思ったのだが、
何かあったのだろうか。
儀式は短く、祝宴は一刻で終わった。
北の冬は、長居を許さない。




