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二話 〜三人の青眼〜

ヴェロニカは、

金髪で赤眼。赤いドレスがお気に入り。

髪型の好みは特になく、その時の気分で変える。


ミレーナは、

金髪で緑眼。ピンクのドレスがお気に入り。

髪型は、ポニーテールが好き。しかし、ヴェロニカが妹達と髪型が被ると不機嫌になる為、ヴェロニカがポニーテールをしている日は、別の髪型にする。


エレインは、

金髪で青眼。青のドレスがお気に入り。

(ミレーナのおさがり)

普段は、メイド服で仕事をしている事がほとんど。

髪型は、ハーフアップが好き。

しかし、ヴェロニカが〜





なんと、修道院の話は進まなかった。


修道院に入るにも金が要るとの事だ。

【持参金】というのだそうだが、神が人間の作ったカネという物を欲しがるのか、とも思ったがどうやら違うらしい。


修道院で私が生涯に渡って生きていくための費用だそうだ。誰かを一生食わせるには、誰かが払わなければならない。


ダグラス家には、その金は残念ながらなかった。

つまり私は、売れもせず、捨てるにも金が足りない品物という事だ。


家令が父にそれを報告する声を、私は廊下で聞いた。父は何も言わず、ただただ長ーく息を吐いた。


私は朝、エレアと一緒に洗濯場に立ち、昼に書庫で帳面の四周目に入り、夕方には厨房で麦を挽いた。


シノから叩き込まれた手順は、身体が覚えている。

《零》と判じられた娘に与えられた唯一の役目がこれである。せめて家の役に立てと。


その言い方を、私は恨んだことがない。

実際、役には立っていると思う。元々、三十人居た使用人が十人に減っているのだ。一人三倍は動かないといけない。


その中で、庭師は一人しか居ない。

私も手入れのやり方を教わり手伝っては居たが、それでも庭の半分は手入れが行き届いていない。私が修道院にいけば、もっと手が回らなくなるだろう。


このまま、この屋敷の使用人として老いていくのだろうと思っていた。それでいいと思っていた。

父もそのつもりだっただろう。修道院が駄目なら、家の中で使い潰すのがいちばん安いのだから。


___そう思っていたのに、冬の終わりにあの書状が来たとき、私はまず、面倒なことになったと思った。




____________




その日、ニッコニコの父が私を呼んだ。


私が父の執務室に呼ばれたのは、おそらく三年ぶりだろう。私はドレスに着替え、扉の前で一度、服の皺を伸ばした。


伸ばしたところで、この服は五年前の姉のお下がりなので、だいぶ古びている。


入ると、父は机に向かって座っていた。

手には一枚の書状がある。


そして、父は笑っていた。


私はこの顔を知らなかった。初めて見た。

十五年生きて、父が笑うところを未だかつて見た記憶がない。


姉たちの儀の日でさえ、父の顔にあったのは満足と安堵で、笑いではなかった。


せめて......私が産まれてすぐの頃は笑ってたのだろうか。そうであってほしい。


「エレイン、よく聞け。」と父は言った。「聞いて驚くなよ。なんと、お前に縁談だ!」


私は息を呑んだ。


「北のアルデン辺境伯家から、直接の申し入れだ。正妻としてだ。正妻としてだぞ!?驚いただろう!!妾(めかけ)ではないんだぞ!!」


ガハハと笑う父は書状をこちらに差し出した。

受け取っていいのか分からず、私は少し迷ってから受け取った。


文面は短かった。


『貴家のご息女、エレイン殿を妻として迎えたい。持参金は不要。支度の費用はすべて当方が負う。加えて、ダグラス辺境伯家の負債について相談に応じる用意がある。返答は早いほうが望ましい。』


___署名。ガーウィン・ヴィア・アルデン。


私は何度も読み直した。

文面のどこにも、読み落としはない。


「...なぜ、私なのでしょうか。」


「知るわけないだろう。」と父は言った。


「向こうが名指しだ。間違いなく三女のエレインと書いてある。」


父は笑ったまま続けた。


「向こうは、お前が《零》であることを承知している。記録院に登録されているのだから、調べればすぐ分かることだ。承知の上で、名指しで、正妻として求めてきた。」


「しかしだな...。」

そこで父は、少しだけ声を落とした。


「...何かの間違いかもしれん。こんな上手い話があるわけがない。だから、返事は急ぐ。お前も今すぐ出立の準備を始めろ。」


父は正直だった。


この人は、間違いが訂正される前に契約を成立させようとしている。

そしてそれを、娘の前で隠さない。隠す必要がないと思っているからだ。



____________




私は自分の部屋に戻って、椅子に座り考えた。

考えるべきことは一つだった。


___なぜ、《零》の娘を名指しするのか。


貴族の婚姻は、血の取引だ。

強い力を持つ家と繋がり、強い子を得る。

それがこの国の千年の教義で、誰も疑っていない。


その教義に照らせば、私は最悪の買い物である。

産まれる子が《零》になる確率が高いと考えられ、皆信じて疑わない。


実際には、そんな根拠はないはずだ。

斯く(かく)言う私も、自分で根拠を示せるほど情報は持っていない。


《零》と子を成す事は、この国ではあり得ないのだ。


......どう考えても、割に合わない。


考えられるとすれば、

アルデン家に何か不都合があること。

正妻の座に誰も来たがらない事情がある。

___これはありうる。

北の辺境は魔獣が出ると聞く。

あるいは、当主の人格に問題があるか、病があるか。

それとも、


......女なら誰でもいいのか。


向こうは、私が《零》であることを承知していると言っていた。《零》であることそのものが、要件になっているのだろうか。


そう考えれば、名指しにも、破格の条件にも、返答を急がせる文面にも、すべて筋が通る。


「あぁぁっだめだ!!こんなの考えても分かるわけない!!」


私は、「もう寝る!」と独り言を言い眠りについた。


出立は、五日後と決まった。


その話が屋敷に伝わった日の夜、厨房でエレアが言った。


「私も行く!!」


私は挽き臼(ひきうす)の手を止めた。


「待ってエレア、何を言ってるの?」


「だから、アルデン家よ!私も一緒に行くわ!!」


「待って待ってエレア、駄目よ!?」


「なんでよ!!」


なんで、と聞かれて、私は答えに詰まった。


理由はいくらでもあった。

この屋敷は深刻な人手不足。

アルデン家は、ここから馬車で十一日かかる。戻ってくるのは容易ではない。


それに、北は寒いだろうし、エレアは二十二歳で、そろそろ所帯を持ってもいい年だし、あの土地に行けば、いい人なんて居ないだろうし...。


いや、それはアルデン家に失礼ね。


だが、私が最初に思ったのはそれではなかった。


___あの城で、私は子を産む。


この国と教会の教えが正しければ、私が産んだ子は、三歳の春までに兆しが来ない。


私は、それを見せたくなかった。


「ダグラス家は、深刻な人手不足よ。」


「足りてないのは前からよ。それに、エレインが嫁ぐ時に負債を支払う話も出てるのよね?ヴェロニカ様とミレーナ様の嫁ぎ先からも毎月送られてきてますし、使用人の十人や二十人ちゃちゃっと雇えますわ。」


「エレア、もう少し言い方を考えなさい。それに、たくさん使用人を雇えたとして、教育が間に合わないでしょう。そもそも、お父様がエレアの出立を許さないわ。」


「じゃあ、許してもらう。」


エレアはそう言って、粉のついた手で目元を拭いた。拭いたせいで、余計にひどくなった。


その後ろで、アレルが扉のところに立っていた。

いつからいたのか分からない。


「俺も行く。」と彼は言った。

それだけ言って、引っ込んだ。


「えぇ!?ちょっとアレル!!待ちなさい!!」




____________





翌日、私はバルトロに呼ばれた。


家令の部屋に入ると、アルバスとシノもいた。

三人が揃っているのを見るのは、久しぶりだった。


「エレイン様。」とバルトロが言った。


この呼び方をするのは、この屋敷で三人だけだ。

他の者は皆、私に敬称を付けず呼ぶ。

十歳から使用人として、同じ場所で同じ仕事をしてきたのだからそうなる。


「エレアとアレルのことでございます。」


「……あの、私は。」


「お断りになる理由は、大体わかります。エレイン様は、私達の事が心配なのですね。」


バルトロは老人だ。

背筋だけが異様に真っ直ぐで、声が低い。

私はこの人の声で叱られたことが一度もない。

叱る必要がなかったからではなく、叱る立場に私を置かなかったからだ。


「旦那様には、わたくしどもからお話しいたします。」


青天の霹靂とはこの事だろうと思った。

この三人が一番反対すると思っていたからだ。


「待ってください!私一人のために、二人を連れて行くなど出来ません。私は不要な存在です。父は絶対に許さないと思います。」


「どうか、御身の事を卑下なさらないでください。それに、許されますよ。」とバルトロは笑顔で言った。


「体面の問題として、申し上げますので。」


私は顔を上げた。


「辺境伯家の正妻として嫁ぐ娘に、供の一人も付けぬ。それが北に知れれば、ダグラス家は嫁を売った家と見られます。支度金はすべて頂戴しておりますから、なおのこと。」


___なるほど、と思った。


この人は、父に効く理屈だけを選んでいる。

昨日の夜、エレアとアレルが泣きながら、バルトロの部屋の扉の前に立っていたと聞いた。しかし、この様な感情に訴える言葉を父に伝えても、意味がないと知っている。


「......ありがとうございます。」


「礼を言われる筋合いはございませんよ。」


バルトロはそう言って、少しだけ間を置いた。


「エレイン様。わたくしは、四十一年この家におります。」


「はい。」


「エレイン様が産まれた時から、私は共におりました。私にとって、エレイン様は娘も同然なのです。本来は、娘と想うのも烏滸がましい立場ですが。」


バルトロは、机の上の何かを見ていた。

何もない机を。


シノが口を開いた。


「エレアとアレルには、代わりがおります。あの二人より、新しく雇う若い新人の方が、まだ言う事を聞いてくれますよ。」


シノは娘を見るような優しい目で私を見た。


「エレイン様がお一人で行かれることの代わりはございません。」


アルバスは、最後まで何も言わなかった。

部屋を出るとき、扉を開けてくれた。

それだけだった。




____________




父は二日ごねた。

そして、三日目に折れた。


ヴェロニカ姉様から手紙が届いた。

バルトロが受け取り、横から奪い取ったミレーナ姉様が勝手に手紙を開く。


内容は一行だった。

『何の価値もない、《零》の娘に使用人を二人も付けるのか。』と。

どこからその情報を仕入れたのだろう。


その手紙を見たミレーナ姉様が、

「ヴェロニカ姉様はこの屋敷に居ないのだから、使用人がどうなろうと関係ないでしょ?」と言い、手紙を破り捨てた。



母は、二人が付き添う事に何も言わなかった。

反対も賛成もしなかった。

ただ、出立の前日に、母らしき足音が私の部屋の前を通ったとき、足音が一度止まった。


そして、そのまま行ってしまった。

扉を開けようかと思ったが、動けなかった。

開けたところで、いい顔はされないと分かっていたから。




____________




当日、玄関に八人の使用人が並んだ。

いつもの様に、寸分の狂いなく整列している。


私はそれを受ける側に立っていた。

昨日まで、私はあの列の端にいたのに。


当然のように父は居ない。母は見送りに出て来てくれた。私が馬車に乗る前、母は一度だけ私の肩に手を置いて、「身体に気をつけなさい。」と言った。


それだけだった。


ミレーナ姉様が、荷を積み終わった馬車のところまで来た。


姉は嫁いだあとなのに、なぜまだダグラス家に居るのか。今から二年前のミレーナの鑑定の儀で、多くの名家から声がかかった。

これは、屋(・)敷(・)内(・)の(・)噂(・)で聞いた事だ。

『その中の、最高額を出す名家と婚約し、一年後に結婚したのだが、「欲しいのは私の血でしょ?」と言い、子供を一人産み、すぐに渡している。母性のかけらもないそうだ。』と。

前世の私なら、姉を引っ叩いていただろう。

いや、そもそもこの世界がそれを許している。


ところで、二人の優秀な神賢を嫁がせても、なおも没落ギリギリな貴族のダグラス家はどれだけの負債を抱えていたのだろう。

よく今まで没落していなかったものだ。


「エレイン、行かないで。」


「はい。......え?」


「私、あなたがいるからこの屋敷に残っているのよ。」


「......え?」


「あなたが心配だから。姉としてほっとけなかったの。いえ、それは言い訳ね。私はあなたが好きなの。」


これは、前世で流行っていた百合展開というやつだろうか。あいにく私にはその様な趣味はない。

いや、さすがに違うかな。家族として好きという意味だろう。


「あの、ミレーナ姉さ...」


「だから私、嫁ぎ先に戻るわ。」


「え?あ、うん。その方がいいと思う。」


むしろ、そうしないといけないのではと思うがここは黙っておいた方が良さそうだ。


「あ、痛みがある時はいつでも呼びなさい。一瞬で忘れさせてあげるわ。」


姉の《癒し手》は、痛みを消すことしかできない。傷は塞がらないし、病も止まらない。


十二年前、五歳だった姉は、母に試された後、傷だらけの私の手を握って、こう言った。


___私の能力って、治癒と違って痛みを止めるだけなんだって。でも、この能力でも、じゅよー? はあるらしいよ。


この意味が分かったのは、ずっと後だ。




「う、うん。頼りにしてるね。」


姉は頷いて、それきりだった。




____________




アルデン家の御者が手綱を引く。

馬車が動き出した。

中には私と、エレアと、アレルがいた。


あれから、一切列を乱していない使用人たちは一斉に言葉を発した。

その言葉は、労いの言葉でも、自愛の言葉でもなかった。


「「「負けないでください!!!」」」


寸分の狂いもなく一斉に頭を下げる。

馬車が見えなくなるまで、頭を上げた使用人は誰一人として居なかった。


エレアは窓から身を乗り出し、屋敷が見えなくなるまで手を振っていた。私は熱くなった目頭を抑えた。


角を曲がって、屋敷が消えた。


エレアが座り直して、それから大きく息を吐いた。


「……見えなくなっちゃった。」

「そうね......。後悔してるの?」


エレアが私の手を握った。


「それは絶対にないわ。私の主人は、エレインただ一人だもの。」


アレルは窓の外を見ていた。見ていたが、たぶん何も見ていなかった。


私は、口に出せなかったことを、頭の中で一度だけ繰り返した。


___この二人を、連れて行っていいのだろうか。





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