十五話〜永遠に焼け炎帝の焔〜
「お前達二人の相手は、俺だけで充分だ。」
「「はぁ?」」
「おっさん状況見えてますかー?私たち二人とも無傷なんですけどぉー?」
ガーウィンは、イフリートの刀身を見下ろした。黄の光が、脈を打つように明滅している。
「アイツが居たら、俺が本気を出せないからな。」
「えぇー?負け惜しみですかー?ダッサー!」
笑うミルフィーナと、真顔で見つめるヒュビネス。ヒュビネスだけは、この事態を把握しているようだった。
ガーウィンは、イフリートの柄を両手で握る。
炎を注ぎ始める。自分の内側にある炎を、ありったけ。それを見たヒュビネスが、焦りを見せ動き出す。
「ミルフィーナ、マズイ事になりました。おそらく、ここに居ればアナタ死にますよ。」
「えー?どしたの急に?」
黄の刀身が、青に変わる。半ばまで開いていた眼の紋章が、完全に開いた。
周囲の空気が、陽炎のように揺らいだ。
足元の焼けた土が硝子のように溶け、ぬらりと光を返し始める。崖の上に残っていた最後の雪が、音もなく消えた。
「___アッツ!!あつあつあつ!!死ぬ!!鎖溶ける!!ヒュビネス!!私逃げるからね!!あとよろしくーーー!!!」
「おバカ!!!背を向けたら___」
『蒼炎・熔岩獣ノ咆哮』
ガーウィンが、横に刃を薙ぎ払う。
青い炎が、扇状に広がり辺り一帯を焼き尽くす。
「うそうそうそ!!!まっ___」
ミルフィーナの上半身と下半身が別れを告げ、斬られた傷はすぐさま焦げ、血を一滴も出さず、黒い肉塊が地面に落ちる。
ヒュビネスもまた、巻き込まれたのかどこかに吹き飛んでいた。土煙を上げている崖を見つけ、そこに目掛けて地を蹴る。
青い一閃。
瞬時に間合いを詰め、土煙の中のヒュビネスを見つける。
「___居た。」
ヒュビネスの左腕が、肩から宙に舞った。
傷口が一瞬で炭になり、血飛沫は上がらない。
返す刃で胴を切る。ヒュビネスの身体がくの字に折れて吹き飛び、崖の壁に叩きつけられた。崩れた岩が、その上に降り注ぐ。
再び、土煙を上げてヒュビネスの姿が見えなくなる。
「......くそっ!胴体を切断出来ず飛ばしてしまったか......。」
ガーウィンは、すぐに追った。
土煙の向こうに、紺と白の縞が見えた。
視界に捉えたヒュビネスは、切断したはずの腕が復活し、衣装にも傷や焦げすら見られない。
「まだだ!!」
ガーウィンは、足を止めずに斬りかかった。
ヒュビネスが、短剣で受ける。受けた短剣ごと、青い刃がヒュビネスの右肩を裂いた。
今度は、目を離さなかった。
裂けた肩口から、白い骨が覗いている。肉が焼けて、縮れている。
ガーウィンは、青く燃える剣の切っ先を、道化師の喉元へ向けた。
「お前の神賢は、『誰も見ていない時に、ダメージを受ける前に戻す』だろ?違うか?」
「んー?私のですか?大体そんな感じですかねぇ?これから死ぬ人に教えても、なんの得にもなりませんが......いやぁ、一人で勇敢に戦う事を選んだ英断を讃え、少しヒントを差し上げましょう。」
ヒュビネスは、両手を勢いよく左右に広げ、掌を上に向け、天を向いた。
「私は《四象》!!神に選ばれし四人の内の一人ですよ!!」
「師匠?お前は誰の師匠なんだ。」
「おやぁ?知りませんか?学がありませんねぇ。いやぁ、教えて差し上げますよ。《四象》とは、《自像》《無像》《想像》《不像》の神賢の総称ですよ。私はその内のどれか、という訳です。さぁーて、どれでしょー?」
「そんな神賢は知らん。トリックはわかったんだ。御託はいいからさっさと死ね。」
「いや、アンタが聞いたんじゃん。」
急に真顔になったヒュビネスに突っ込まれる。
ガーウィンは無視して、喉元に向けた青の刀身をそのまま前に突き刺す。
「あっっぶなっい!!」
ヒラリと身をかわしたヒュビネスは、額に汗をかいている。冷や汗なのか、炎による熱なのか分からないが、化粧が崩れ始めている。
「お前は、見られると発動しない神賢なのだろう?なぜ、そのような目立つ装いをしている。」
「よくぞ聞いていただきました。私、この神賢おかげで死の恐怖を味わった事が無いのです。視線を集め、見つめられて死に迫る。それを体感できた瞬間の、脳から興奮と幸せが溢れ震え満たしていくあの感覚!!何度も何度も味わいたい!!その一心で!!......私はこのような格好で戦場に赴いております。つ・ま・り......余裕だからですよ♡」
イフリートにさらに炎を注ぐ。心臓が早鐘を打つ。血が煮え立つように熱くなり、鼻の奥から鉄の味がする。
構わずに注ぎ続ける。
刀身が震えだし、青が深くなっていく。
深く、深く、深い夜明け前の空の色へ。
『紫』
片方だった眼が両眼になる。紋章の上に、二本の角が浮かび上がった。剣の奥で眠っていた何かが、ようやくこちらを見た気がする。
視界の端が黒く焼けていく。
時間があまり残されていないようだ。
「その余裕は今日で終いだ。地獄で、死んだのに死ねない大好きな恐怖を永遠に味わえ。」
地を抉り蹴る。
紫の刃が、ヒュビネスの胸を斜めに斬り裂いた。ヒュビネスが仰け反る。
ガーウィンは、見据えたまま、二、三の太刀と叩き込んだ。
ヒュビネスが、布を取り出し視界を塞ぐ、
___よりも前に、炎で焼き切る。
燃え落ちる布の隙間から、裂けた胸を、焼けた腕を、睨み続ける。
___戻らない。
傷が塞がらない。
ヒュビネスの笑顔が消えた。
「いやぁ……。」
ヒュビネスが、裂けた胸を押さえてよろめいた。はみ出した口紅の端から、血が溢れている。
「いやぁ、いやぁ……お見事。本当に、お見事です......わぁ……。」
声に、さっきまでの節がなかった。
ガーウィンは目を見開いたまま、剣を振りかぶった。
熱が、目を焼く。
紫の炎の照り返しが、乾いた眼球を直に炙る。涙が溢れて、すぐに蒸発する。
「ぐっ......あと少しだ......閉じてたまるか。」
「でもねぇ、辺境伯様。」
ヒュビネスが血に濡れた唇で、ニイッ、と笑った。
「人間ってぇ、瞬きをしないと生きていけないんですよねぇ⤴︎」
(___黙れ。)
もう、声は出なかった。
振りかぶった剣を振り下ろす。
その刹那。
瞼が、落ちた。
自分の意思ではなく......焼かれ続けた目が、身体が、反射が、勝手にガーウィンの目を閉じる。
ほんの一瞬。ほんの一瞬だった。
その一瞬で、振り下ろした剣はヒュビネスの下にあり、無傷の道化師がそこに立っていた。
紫の刃は、纏った炎を徐々に弱くしていく。
パチ、パチ、パチ
「惜しかったですわねぇ⤴︎」
ガーウィンは、もうこの男には勝てないと悟った。そして、同時に自分の死を。
この男を「戻さない」ためには、目を離さずに、一度で殺し切らねばならない。だが紫の剣は、ガーウィンの命を薪にして燃えている。一度で殺し切るだけの薪が...もう......残っていない。
燃え尽きた。
最初から、これは処刑だったのだ。
炎帝と呼ばれようが、関係ない。俺は炎帝ではないのだから。イフリートの真価を発揮することもできないこの俺に、炎帝と名乗る資格はない。
_________
吹き飛ばされたカイルは、針葉樹にぶつかりそのまま落下する。このあたりは、戦争の影響がなく雪が残っているおかげでクッションになった。
落ちたカイルは微動だにしない。気を失っているようだ。___
「___ゴホッ!ガホッ!」
目が覚めたカイルは、全身に受けた、火傷と戦闘のダメージを自身の治癒で回復する。
「くそっ___ガーウィン。アイツ無茶しやがって。」
ダメージが大きく、回復に時間がかかる。すでに落ちかけていた陽が、回復した頃にはすっかり落ちていた。その間に、物音も、爆発音も一切無かった。
「ぐっ___どうなったんだ?とりあえず、戻らないと。」
力が足りず、完全には回復しきれなかった。しかし、歩く事が可能なまでに回復した身体で、ガーウィンと戦った場所まで戻る。
たどり着いたその場所は、焼跡、抉れた地面や崖壁が複数箇所見られた。雪が再び積もり始めている。
その場所に、複数の兵が戦場の後始末をしていた。
「なぜだ.....!?なぜ奴らがここに居る!?」
その兵団達は、ヴェルシアでも、ファルゼンドゥルクの兵でもなく___
「......グラウゼル兵!!」
なぜか、殲滅したはずのグラウゼル兵が再び占領していた。おそらく、ここで野営し翌日にまた進軍を開始するのだろう。
辺りを見回すが、ガーウィンの姿は見えない。
「お願いだ......無事でいてくれ。」
本当は、突撃しガーウィンを探したいところだが、それが出来る状態ではない。冷静に考えて、撤退しこの事態を報告する事が優先だ。
___その後、グラウゼル兵が進軍してくる事は無かった。




