十四話〜託し〜
イフリートの刃が、赤く脈打っていた。
閉じた獣の一つ眼の紋章が、刀身に浮かんでいる。
ガーウィンは、踏み込んだ。
赤い軌跡が、ヒュビネスの胴を薙ぐ。
宙返りでそれを躱した後、着地と同時に恭しく一礼する。まるで、舞台上の役者のように。
「いやぁ、危ない危ない。今のは、少々肝が冷えましたわぁ⤴︎」
「冷えるような肝は、最初に吹き飛ばしたんだがな。」
再度踏み込み、首を目掛けて振り抜く。
今度は、躱しきれなかった。
切っ先が、ヒュビネスの頬を裂いた。白粉の下から赤い血が一筋、顎まで伝う。
ちゃんとダメージを与えた。今度は、その傷から目を離さないように目を凝らす。
ヒュビネスは、頬の血を指で拭い、それをしげしげと眺めた。
「あらぁ......。お化粧が崩れてしまいましたねぇ⤵︎」
ヒュビネスが、どこからともなく取り出した紺と白の縞の布を大きく翻し、一瞬、ガーウィンの視界を塞ぐ。
布が下りたとき___頬の傷は、無かった。
化粧は元に戻り、拭ったはずの血の跡すら、指先から消えていた。
それを見たガーウィンは、柄を握り直した。
イフリートが主の炎を吸う。刀身の赤が内側から光を増し、黄に変わった。
閉じていた眼の紋章が、半ばまで開く。
膝から、力が一つ抜けた。
「......ぐっ。」
黄の刃を、地を這わせるように振り抜いた。
炎が波のように飛ぶ。大地を舐め、岩を溶かし、ヒュビネスの立つ場所ごと呑み込んだ。
___ゴォォォォッ!!
熱風が、焼けた戦場を吹き抜ける。黒煙が、空へ柱のように立ち昇った。
ガーウィンは肩で息をしながら、煙を睨んでいた。そして、煙の中から、拍手が聞こえた。
「いやぁ……お見事。お見事ですわぁ⤴︎」
ヒュビネスが、煙の中から歩み出てくる。
焦げ一つない、紺と白の縞の衣装で。
「これほど熱烈な歓迎を受けて、何もお返ししないのは、礼儀に反しますわねぇ⤴︎」
ヒュビネスは楽しげに、くるりと回った。
ケタケタと笑いながら、手品のように現れた短剣を両手へ滑り込ませる。
「さぁ、先ほどのお礼に私の剣術をお見せいたしましょう。」
短剣を宙に一本ずつ放り投げ、ジャグリングを始める。二本だった短剣が、三本、四本と数を増やす。
「それは、剣術ではない。曲芸だ。」
「剣を操り敵を斬るのですから、立派な剣術でしょう?文句があるなら、全て躱して見せてください......ネっ!!」
十本に増えた短剣が、一斉にガーウィンを目掛け飛んでくる。
ガーウィンは、全身から炎を噴出し短剣を弾き飛ばした。
「あらぁ、呆気ない。」
隙を見て近づいてきたカイルが、右手で剣を構えながら、左手ですぐさまガーウィンに治癒をかける。
その最中に、ガーウィンは小声で尋ねる。
「カイル......。あと何回だ。」
「今かけている治癒が終わったら、二回ってところかな。全身なら、少し無理すれば一回が限度だ。戦後にこの激戦はキツいぜ。」
「そうか......充分だ。」
ガーウィンの傷が回復し、ガーウィンは立ち上がり再び剣を構える。
「アイツの手品を見破った。」
「え?マジ?」
「さぁ、勝つぞ。俺にもお前にも、護るべき人が居る。」
そう言った瞬間___
「ガーウィン!!」
ガーウィンの背中を守るようにカイルが立ち塞がる。カイルの身体に、ヒュビネスの放った短剣が、胸、腹、両腕、両足に合わせて十本突き刺さる。その短剣は、光を帯びていた。
「ずるーーーい!!」
甲高い声が、戦場に響いた。
林の縁で、岩が砕けていた。光の鎖を絡みつかせたまま、ミルフィーナが岩ごと引き千切ったのだろう。
「二人で内緒話してたでしょー! わぁたしだけ仲間外れー! 最っ低ー!」
七本の鎖が、彼女の癇癪に合わせてのたうち回っている。地面を叩くたびに、焼けた土が抉れた。
「___ゴハッ!」
「カイル!!大丈夫か!?早く自分に治癒をかけろ!!」
ガーウィンが、カイルに刺さった短剣を抜いていく。血が溢れ、衣服を染める。
「......お前の分で残しておいたけど、流石にこれは無理だわ......。」
カイルは堪らず自身へ治癒を発動する。
「カイル!!まだ力は残ってるな!!」
「いや、見ての通り重症だけど。」
「......これをお前に託す。俺の妻と息子だ。」
それは、エレインとレオンが描かれた掌サイズの肖像画だった。
「は?託すってどういう___」
ガーウィンは思い切りカイルを蹴り、爆発で吹き飛ばす。
「ぐぁぁぁぁああっ!!何やってんだガーウィン!!お前ほんとに人間かぁぁぁあ!!」
「カイルーーーーーーー!!!!」
吹き飛ぶカイルを背に、言葉を発する。
「妻を......頼む!」




