十二話〜笑わせ屋の舞台は分厚く薄い〜
この世界は、五大聖国という五つの国で構成される。
北西 ヴェルシア王国
中央・西 ファルゼンドゥルク王国
東 グラウゼル王国
南 ルミナリア聖王国
西 リヴェルナ王国
ヴェルシア王国はファルゼンドゥルク王国と良好な関係を築いている連合国である。
その連合国は今、グラウゼル王国と神晶戦争を行っている。神晶とは、鑑定の儀や秩序の腕輪に使われる鉱石であり、人間が持つ神賢に干渉する力がある。加工の仕方により効果は変わり、役割が決められる。
その鉱石は、東の山脈で流通の八割を占め、国を潤していた。その山脈を狙うグラウゼル王国と約四十年にも及ぶ戦争を繰り広げている。その戦争により生まれたのが、神賢格差社会である。
_________
あたり一面、白銀の雪景色が広がっていた大地。ガーウィンが戦った大地は、雪の存在が許されない。
「凱旋だぁ!!!!」
「「「「うおおおおおお!!!!」」」」
見事、ガーウィンが率いる軍が、峠の防衛に成功した。全兵が、武器を持った拳を振り上げる。
ガーウィンと兵たちは、帰還するための準備始める。
そんな焼け焦げた戦場に突然、パチパチと拍手の音が鳴り響く。
「三倍の兵数の差がありながら、見事勝利を掴み取る。いやぁ、恐れ入りましたわぁ⤴︎」
高さ5メートルほどの崖の上から男性の声が聞こえる。見上げると、そこには二人の男女が見下ろしていた。
拍手をしている男は、奇抜な格好をしており、紺桔梗色と白の縞模様柄の上下、所々に尖ったツノのような飛び出した形状の先に白くて丸い綿のような物が装飾されている。道化師のような格好だった。
しかし、顔は白塗りというより、微かに肌の色が見える厚化粧のような肌に、赤い口紅を左右からはみ出すように付けられている。
道化師が顔に描く雫や、星、ハートのようなメイクはみられない。
なんとも、中途半端な格好であり、逆にそれが気味の悪さを引き立てていた。
もう一人は、道化師のような男よりも背は低く、長い桃色の髪をツインテールに結んでいる女性だ。
白いローブに身を包み、フードを後ろに垂らした首には聖レヴィア教会の紋様を模った金のネックレスをローブの上から付けている。
「誰だ!!」
「名前を聞く時は、まず自分からではないでしょうか?いやぁ、でも私は寛大ですので些細なことは水に流して差し上げますわぁ⤴︎」
道化師の口調は女性だが、声は男性だ。
心の広い自分自身を誇らしげに感じているのか、得意げな表情を浮かべている。
「ここは戦場だ。敵の可能性があるお前たちに名乗るほど、俺は軽率ではない。」
道化師の男は、顔をピクピクとひくつかせながら、ニコニコと笑顔を作る。
「いやぁ、そうですか良いでしょう。名乗りますよ。名乗りますとも。いやぁ、どうせ、あなた達は死ぬのですから、最期の手土産としてちょうど良いでしょう。黄泉の世界で、私の名前が轟くようにねぇ。」
「死ぬだと?」
「私は、【氷晶の門】召使。ヒュビネスと申します。」
白のローブの女も続けて名乗る。
「わたしぇはぁ、【聖レヴィア教会 ミレトスの誓】ミルフィーナだよぉ〜〜!!」
「氷晶の門......。ヴァルヴィラ侯爵家の者か。何の用だ。戦の加勢に来たわけでは無さそうだな。」
女の方は無視して話したつもりだが、なぜか俺の問いにミルフィーナが答える。
「何か用かぁ?用ねぇ。そうだよねぇ、気になるよねぇ、聞きたいよねぇ、知りたいよねぇ、ざぁんネェぇん!教えてやんなぁぁいョォ〜〜!!」
白のローブの女性が、幼子のような態度を見せる。右目を指で下に引き、舌を出して挑発している。しかし、その行動の幼さに反して、身体は二十代ほどの大人の女性だった。
次にヒュビネスが口を開く。
「いやぁ、教えてあげても良いんですけどね?いやぁ、今から死ぬ人間に教えても、私の労力の無駄遣いと言いますか。教えても給金は変わりませんもんねぇ。良いでしょう。教えて差し上げますわぁ⤴︎」
「回りくどい喋り方をするな。簡潔に結論から述べろ。」
「いやぁ、頑固で面白味の無い、なんともつまらない人間ですねぇ。では、お望み通り結論から申し上げますと、」
道化師風の男は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。まるで、喜劇の仮面のような張り付いた笑顔のようだ。
「レオン様を。頂戴いたします。」
「......は?」
「ほらぁぁ!結論から述べても、理由を伝えなきゃそうなるでしょー?だから、丁寧にお話ししてましたのにぃ⤴︎」
「ねぇー。まだー?話長いよぉー。」
「ごめんねぇ、ミルフィーナ。いやぁ、この男、堅物なのは脳みそも同じらしいわぁ⤴︎」
「貴様らヴァルヴィラ家とはもう婚縁は無いだろう。俺の息子をくれてやる理由がない。ましてや、貴様らは氷血の家系だろう。俺のレオンは不釣り合いのはずだ。」
「そうねぇ。そうなんですよ。いやぁ、それは私も思っていました。でも、私は雇われ使用人の立場ですので、主人の命令を果たすのが仕事なのですわぁ⤴︎」
「話にならん。レオンもくれてやる気は無い。このまま去るなら、今回の不敬は黙認してやる。この事が、国王に知られれば、貴様らヴァルヴィラ家もタダでは済まんだろ。」
「あっ?話聞いてました?貴方は今から死ぬんですって。いやぁ、聡明な方だと思っていましたが、頭の硬い阿呆のようですわぁ⤴︎」
「もーいいから殺って良い?わたしぇ、もぉ眠いんだけど。」
「こんな雪山で寝たら風邪ひきますよ。もう、雪全部蒸発してますがねぇ。さぁて、そろそ___」
「___死ね。」
ヒュビネスが、ミルフィーナに顔を向けていたその隙、背後にガーウィンが移動して炎を纏う裏拳を繰り出していた。
ドゴォォォン___
「にゃぁぁぁあっ!!!」
拳が直撃すると同時に、大爆発が起こる。
ミルフィーナは衝撃で吹き飛んでいった。
地鳴りが響き渡り、下にいる兵士たちは、戦後の疲弊した身体では耐えられず膝をつく。
「全兵に告ぐ!!ここは、ガーウィン様に任せて、我々は退避だ!!敵は、手練だと推測する!!足手纏いにならぬうちに戦線を離脱せよ!!」
地鳴りが止み、次々に走り逃げる。
炎と煙が段々と収まり、ガーウィンとヒュビネスの姿が見えてくる。裏拳は、しっかりと直撃し、ヒュビネスの身体は、下半身を残し上半身は弾け飛んでいた。
下半身は、直撃を受ける前の立ち位置のままその場で立っている。実に、不気味だ。
ガーウィンは、その残された下半身を警戒しながら眺めていると、背後から光を纏った鎖が伸び、身体を縛られる。
「......なに!?」
「もぉー急に攻撃しないでよー。服汚れちゃったじゃない。」
吹き飛ばされたミルフィーナが、すぐさま戻って来ていた。通常の鎖とは違い、力を込めても壊せる様子はない。鎖についた棘が、抵抗するほど肉体に食い込む。
「暴れないほうがいいよー。そのまま、しばらくおとなしくしてほしいなぁー。」
「ぐっ、それで無抵抗で居られるほど、俺は聞き分けは良くない!」
___ゴオオオォォ!!
全身に炎を纏わせ、力を込める。炎の火力が増し、鎖の色を変えていく。熱に耐えられなくなった鎖は、ドロドロに溶けて地面に落ちていく。
「へぇー。やるじゃんね。でも、ちょっと遅かったかなー。」
自由になった身体で、すぐさま距離を取る。
敵に向き直り、顔が青ざめる。
そこにあるはずの、ヒュビネスの下半身が無くなっていた。
「な......!?おい!!アイツの身体をどこにやった!!」
「えー?私知らなーい。後ろの人に聞いてみればー?」
「後ろ......!?なにをいっ___」
「えー?わたしもしらなーい!」
背後に気配を感じ、瞬時に移動する。
「ちょっとー!!私の真似しないでよー!!しかも全然似てないし!!」
そこに居たのは、消し飛ばしたはずの上半身が復活したヒュビネスだった。
ただ、復活した訳では無かった。服、直撃した身体に一切の傷がなく、燃え焦げた後も見当たらない。
完璧な出会った時のままの姿だった。
「おやぁ?どうしました?ポックルが豆鉄砲喰らったような顔して。」
「貴様......どんな手品を......!」
「もー私、鎖溶かされた時めっちゃ焦ったんだかんねー!アンタと違って私、か弱い乙女なんだから!!」
「私だってか弱い乙女よぉ⤴︎」
「キモい。」
「無視するな!一体なぜお前は生きている!手応えもあった!血飛沫も上げていた!完全に死んだはずだ!」
「死んだのはアナタの中で、でしょう?私は、ほらっ。この通り生きてますよ?」
「だから、なぜだと聞いている!それがお前の神賢か!!」
「さぁ?どうでしょうねぇ?」
「もういい、ならば死ぬまで殺すまでだ。」
ガーウィンは、剣を抜いた。ガーウィンの愛用する剣【イフリート】は、炎を吸収する特殊な素材で作られている。吸収した炎の量で、鋼から赤、黄色、青、紫、黒、白の順で色が変わり、それぞれ異なった紋章が浮かび上がる。
圧倒的な威力と代償に、体力の消耗が激しく、ガーウィンが鞘から剣を抜いたのは、過去に二回しかなく、青までしか到達出来ていない。
(戦後の体力で......どこまで保つか......。しかし、出し惜しみをしている場合じゃない。俺は、生きて帰らなくてはならない。エレインとの約束を果たすために!!)
「貴様らは息子を奪うと言ったな。ならば、更々死んでやる気は無い。貴様らも、貴様らの主君の身勝手な執着も、まとめて焼き溶かす。」
「やれますかねぇ?やれるといいですねぇ?私もそうだと良いなと思いますぅ。」
ガーウィンは、剣に炎を込め始める。
「___ハアアァァァ!!!」
地を蹴り、赤く燃える剣でヒュビネスの胴体を斬りにかかる。短剣で受け止めるも、威力を殺しきれずに、吹き飛ばされる。
___ドゴォォォン
壁にぶつかり砂埃が巻き上がる。
「ガハッ、ゴホッ、いやぁ、やっぱりお強いですねぇ。力でも剣術でも敵いそうにありませんわぁ⤴︎。」
ヒュビネスは、衝突し凹んだ壁から起き上がりこちらへ歩いてくる。その歩き方は、与えたダメージを感じさせない平然とした歩き方だった。
それだけでは無い___
服が___砂埃すら付いていなかった。
確かに直撃した。砂埃も舞って、ヒュビネスは咳き込み、壁も凹んでいる。ダメージを与えた事実をこの現象が物語っている。
「嘘......だろ?」
どうやって勝てばいい。なぜ、与えたダメージが無かったことのように、こちらへ歩いて来ている。剣術も力も、こちらが圧倒的に優っている。しかし、ダメージを与えられないのであれば、先に体力が尽きるのはこちらだ。ただの消耗戦になる。
___ジャラジャラジャラ、ガチンッ!
「ぐっ!」
「はいはーい、私のこと完全に忘れてたでしょ?さみしーなー、そんなに私って存在感ないー?」
ミルフィーナを忘れていたというよりも、ヒュビネスに気を取られていたと言う方が正しい。それほど、自分に視線を釘付けにし、周りへの意識を消し去るほどの異常。道化師の技とか、曲芸とかの次元ではない。
「くそっ!こんな時に!!」
鎖を溶かして脱出するのは簡単だ。しかし、無駄な炎を使っている余裕などない。これが続けば、消耗は一層激しくなる。しかし、
「消耗など考えている場合か!!俺の命に息子がかかっているんだ!生きて帰還して、果たすべき妻との約束もある!!ここで死ぬわけにはいかないんだよ!!」
全身を炎で包み、鎖を溶かそうとしたその時___鎖が切れた。




