十一話 〜見ず知らずの人に優しく出来る人は、自分に余裕のある人だけだ〜
ある日、カイルはこう言った。
「エレイン、気づいてる?」
「……え?」
「毎朝ね、そこの窓に同じ時間に来る雀が三羽居るんだ。なぜか分かる?」
私は、何も言わなかった。
「もし、朝起きれたら、その理由が分かるかもね。」
カイルは笑って立ち去った。
次の日、私は起きた。
自分でもなぜ起きたのか分からない。
寝台から降りて、二歩で膝が抜けて床に座り込んだ。
しばらくそこにいて、それから壁づたいに窓まで行った。
窓からは、庭が見えた。
小さな庭だった。アルデン城の中庭とは比べ物にならない。ダグラスの庭よりも狭い。
手入れは、あまりされていなかった。
しばらくして、雀が四羽来た。
「......三羽じゃないじゃん。」と私は笑った。
ノックが鳴り、ベルタが入ってくる。
「......!?エレインさん、歩いたのですか!?」
「ええ......。」
ベルタが安堵の笑みを浮かべる。
窓に近寄り、窓を開ける。
パンの切れ端を並べて置いていく。
窓を開けた拍子に飛んでいった雀がすぐに戻って来て、パンを啄む。
(あぁ......こういうことか。)
「......良かった。」
ベレタが優しい笑顔をこちらに向けて言う。
私は今、笑顔だったらしい。
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起きられるようになってから、この家のことが少しずつ分かってくる。
まず、この屋敷はかなり大きい。
部屋の数だけなら、ダグラスの屋敷より多いかもしれない。
なのに、不自然だ。使用人と会わない。
この時間なら、あれやこれやとバタバタしている時間だ。私も、使用人の仕事をしていたから分かる。
そういえば、私はここに来てからベルタ以外に会ったことがない。
「ねぇ、ベルタさん。ここには、カイル様とベルタさんしか居ないの?」
「ふふっ、そんな事はありませんよ。メイドのリタと、料理人と、庭師がいらっしゃいます。料理人と、庭師はカイル様がここに来ると連絡があった時だけですがね。」
「カイル様のご家族は一緒にお住まいではないのですか?」
「はい、ご家族はおられません。」
「ご結婚は?」
「なさっておりません。」
「……この広さで、三人ですか。」
「ほぼ、二人ですね。私とリタ。旦那様は村に居るか、お勤めで基本不在です。」
「村?」
ベルタは、淡々と続けた。
「この屋敷は、叙爵の際に下賜されたものでございます。旦那様は、要らないと申し上げたそうですが、受けねば格好がつかぬと言われまして。渋々受けた結果、この有様です。」
「格好?」
「騎士団長が長屋に住んでいては、示しがつかぬという事ですね。旦那様は、平民出身なのです。」
「平民!?」
「はい、ナラシル村出身です。しかし、今はカイル様のおかげで村というより、かなり発展した町になってます。」
ベルタが、「座りますね」と椅子に腰を下ろす。
「カイル様のスキルは、ご自身で体感されたので分かりますよね?」
「《治癒》ですよね。」
「そうです。この国で、治癒持ちは長くは生きられません。戦場で真っ先に狙われるからです。治癒を潰してから攻めるのが定石ですので。なので、治癒を持つ人は、基本後衛にいらっしゃいます。しかし、カイル様は違います。剣の才能があり、簡単には死にません。なので、前線に出る事も良くあります。そしてよく、前に出過ぎて怒られているとおっしゃっていました。」
ベルタが、フフッと笑いながら続ける。
「カイル様の二つ名は、【不死身の騎士団長】です。ありきたりですよね。敵を次々に殲滅し、敵の攻撃を受けても瞬時に回復する事から名付けられたそうです。二十歳で騎士団長に任命されたと同時に、その二つ名が付きました。」
「二十歳!?」
「はい、ちなみに今、カイル様は二十二歳です。」
「私と同い年だったのね......。大人びていて全然分からなかったわ。」
「あら、そうなのですね。あぁ、見えて結構年相応に子供っぽいですよ。」
「あ、そうなのね?例えばどういう所なの?」
ベルタがこの屋敷に雇われたのは、カイルが騎士団長に任命された、2年前らしいかららしい。そこから今に至るまでを、ベルタは嬉しそうに話してくれた。
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二十日ほど経った頃だったと思う。
カイルとベルタは、この屋敷に居ても良いと言っているが、社交辞令だろう。
まだ、本調子とはいかないが、そろそろ屋敷を出て宿と働き口を探さないといけない。
私は、庭に出れるようになるまで回復した。
庭で花を見ていると、カイルが帰って来た。
今日は、いつもより来る時間が早く、笑顔を見せてくれた。
「ねぇ、エレイン。」
「どうしたんですか?」
「一つ、聞いてもいい?」
緊張が走った。ついに、聞かれるのかもしれない。何があったのか。私が何者なのかを。
「ヴァルヴィラ侯爵家に、心当たりはある?」
心臓が高鳴った。手足が冷え、手汗が溢れる。
「......。」
動悸が止まらない。額からも汗が溢れる。
彼は、私の顔を見ていた。
「ボドガス侯爵と、今日話したんだ。屋敷に侵入した《水湖》か、《滝流》であろう神賢を持った男女を捕えたが、一人の女を逃した、と。」
「男女を捕えた......一人の女を逃した......。」
「そう。その女性は、金髪で青眼だったと言っていたよ。」
あぁ、もう終わりだ。私が捕まるのは時間の問題だ。
いや、そもそもなんで私は路地裏に居たのだろう。侯爵家が探しているのなら、私はあの時自分で逃げたのか?あの状況から?どうやって?気を失った私を運び、路地裏に捨て置いたと言われた方がまだ納得できる。
侯爵自身が、自分で言いふらしているのも不自然だ。捕まえたいのなら、指名手配をして王都全体で捜索した方が早い。
私の居場所を、ジワジワと奪う為?私は、遊ばれている?だとしたら、性格が悪い。
「あの、他には......。」
「いや、それだけ。」
「え……それだけ?」
「名前も言ってなかったし、聞かなかったよ。それに、金髪に青眼の女性なんて、王都にはたくさん居るからね。」
私は、顔を上げた。
たくさんいる?
だとしたら、侯爵が流している噂は、金髪で青眼の女性全員に迷惑をかける行為だ。一体、何がしたいのか。
「検問を通った人物をこちらで調べたら、昨日入って来た三人のうち、《滝流》を持つ二人の名前は分かったよ。王都の門に記録が残っているからね。でも、もう一人の名前は記録には残っていないんだ。」
カイルは、目を離さずに私を見つめ、一呼吸置いて話す。
「記録が残っていない理由は一つ。《零》だから。」
私は、息を吸った。
「……それは」
「心当たりある?」
庭に風が吹き、雀が歌うように鳴いている。
本来なら、最高に気持ちがいい瞬間だ。
そんな中、異様に冷や汗を流して、青ざめた顔で俯く女性が一人。
「エレイン。」
「......はぃ。」
心臓の音が激しく鳴り、周りの音が聞こえなくなる。
「......あの!!もう私で
出ていきます。そういうとした時、カイルが口を開いた。
「良かったら、俺の村に来ない?」
目を見開く。心臓の音はまだ高鳴っている。
理解が追いつかないまま、カイルは続ける。
「俺が平民出身だというのは、もう聞いたかな?」
「はい、ベルタさんから......。」
「じゃあ、話が早い。俺は、騎士団長になり、得た報酬を生まれ育った村の発展に使っているんだ。と言っても、村のみんなが手伝ってくれているおかげで、人件費はほとんどかかってないから材料費とかがおもだけどね。」
「......。」
カイルが、怯える私の手を握って笑顔で答える。
「良かったら、エレインも村の一員になってほしい。村のみんなもきっと歓迎してくれる。」
こういうのって、村人に先にお伺いを立てるものではないのかと思ったが、カイルの満面の笑みで、「行ってみたい。」と無意識に口が動いていた。
「ここから、馬車で三日かかる。支度に時間が必要だろうから、今日、明日に出発とは言わないよ。支度ができたら、ベルタに声をかけてね。」
カイルはそれだけ言うと、馬に乗り屋敷を出た。
「......。」
エレインは、しばらく立ち尽くしていた。
本当に良いのだろうか。私は、みんなを不幸にする存在だ。生きているだけで罪なのかも知れない。きっと、村に行けば村人に不幸が訪れる。
やっぱり断ろう。
私は、屋敷に戻りベルタを探した。
廊下を歩いていると、見知らぬメイドが歩いて来た。金髪の盛り髪で、水色の瞳をしている。この世界で、初めて見た髪型だ。
「あ、エレインさん。直接、お会いするのは初めてですね。」
メイドが、スカートの裾を持ちお辞儀をする。
「お初にお目にかかります。私、リタと申します。エレインさんに食べていただいたお粥、私が作ったんですよ。お口に合いましたか?」
無垢な笑顔を私に向ける。この屋敷にいる人達の笑顔は、なぜ皆こんなにも温かいのだろう。
「はい、とても美味しかったです。」
「エレインさん!?どうしました!?」
リタが、白いハンカチを手に持ち、私の顔に当てる。その時、私は気づいた。自分が泣き出していた事に。涙が、決壊したように止まらなくなる。止めたい。止めたいのに止まらない。
「うぅ......、えぅっ.....うぇっ......ズズ......」
「エレインさん。泣く時は、我慢せず大きな声で泣いた方が良いですよ。さぁ、良ければ私の胸を使ってください。」
まただ......また、出会って数分の人の前で、私は、また。
小柄なリタは、私をしっかり支えてくれた。
「うぅ......あぁ......あぅ......うぁぁぁあ」
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「ごめんなさい、リタ。」
「良いですよ。お役に立てるなら何度でも。」
「何度もこれは、私の羞恥心がもたないわ。」
「ふふっ、遠慮なさらず。」
リタも、あの二人に劣らない笑顔で私を励ましてくれる。本当に、この屋敷の人達に私は命を与えてもらっている。
「ナラシル村へ行かれるのですよね?では、出立の準備をお手伝いいたします。」
「ありがとう、助かるわ。正直、まだ身体が重いの。」
「任せてください。正直、主人の居ない屋敷は退屈で仕方がないですから。」
ガーウィンを思い出す。あの人も、魔獣や人と戦いに行き屋敷に顔をほとんど出さなかった。カイルもそうなのだろう。
リタと、明日の朝から支度を始める約束をして、部屋に戻る。
この屋敷で、使用人として働く選択肢も考えた。しかし、私の噂がどこまで広まっているのかわからないこの王都に、いつまでも滞在するのはリスクが大きい。
新しい土地に行くのは不安もあるが、今の私に他に居場所はない。
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「おはようございます、エレインさん。」
ノックの音と、ベルタの声が聞こえた。
「おはよう、ベルタ。どうぞ入って。」
「失礼します。」と告げると、ベルタはティートローリーに乗せた紅茶と朝食を運んで来た。
「おはようございます、エレインさん。」
続いて、リタが入って来た。
「三人で朝食を摂りましょう。支度は、その後にしましょうね。」
ベルタがそう告げると、テキパキと机に移す。
「いただきます。」
紅茶は、ダージリンのようだった。トーストとローブパン、サラダとプチトマトが並ぶ。
トーストはまだ温かく、バターを薄く塗るとすぐに溶け、香りが漂った。
一口かじると、バターがジュワッと口に広がる。トースト自体にも、バターが練り込まれているのだろう、バターの香りが豊かに広がる。紅茶によく合う一品だ。
こんなに穏やかな朝はいつぶりだろう。
____瞬間、二人の双子を思い出す。
私を守って死んだあの二人を差し置いて、私は一体なにをやっているんだ。美味しい食事をして、使用人と談笑して、私は、わたしは、ワタシハ、なにを、なにをなにを
「オェェ___。」
食べたものが全て吐き出される。
「「エレインさん!?」」
二人に......会いたい。
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目が覚めると、ベッドに居た。
上体を起こしあたりを見渡すが、二人の姿は見当たらない。
(あぁ、また迷惑をかけちゃったな。)
こんなんじゃダメだ。と自分を奮い立たせるも、やはり身体が、脳が、気持ちが、前を向いてくれない。
この痛みも、ミレーナ姉様なら忘れさせてくれるのかな。
ダグラス家は、手紙を出したら戻ってこいと返事をくれるだろうか。いや、それは無いかな。あの、父親がそれを許可するとは思えない。
まして、帰った時に、アレルとエレアの説明を皆に、出来るとは思えない。合わせる顔も無い。二人が死んだのは全部私のせいなのだから。
(はぁ......もう、いいや。)
突如、左手に温かい感触がした。
閉じていた目を開き、左を向くとそこには、カイルが居た。カイルは、私の左手を両手で包み《治癒》を発動していた。温かな緑の光と粒子が広がっている。
「あの......なにを?」
カイルはこちらをみて、優しく微笑む。
「知ってるかい?緑の色には、心を癒す効果があるんだ。今、俺がやっている治癒に意味はない。でも、この光を見て、エレインの心を癒すことは出来るのではないかと思ったんだ。」
確かに、傷の無い身体に治癒をかけても全く意味のない無駄な行為だろう。無駄なのに、その光を見つめる私は、落ち着きを取り戻していた。
光が収まり、カイルが杯の水を飲ませてくれる。その後、しばらく背中を摩ってくれる。
「あの......ありがとうございます。だいぶ、楽になりました。お忙しいでしょうに、私はもう大丈夫ですので行ってください。」
「ふふっ、大丈夫だよ。もう片付けて来たからね。今日、ここに居るのはたまたまだけど、来て良かったよ。」
「そうなのですね。私も、カイル様が居てくれると安心できます。あの、もう少しお側に居ていただいてもよろしいですか?」
「もちろんだよ。そのために、ここに居るんだから。」
私は、まだ事情を話せなかった。話したら、楽になるのかもしれない。でも、巻き込みたくないという想いの方が強かった。
「出立にはまだ時間はある。焦らず、ゆっくりで良いからね。」
私は、カイルの村でなにをするのだろう。きっと、なにもしない。何もできない。息子を取り返せず、二人の遺体を埋葬することも出来ず、私はこの王都を去るのだ。
ポケットに入った皺々の、インクが滲んだ紙を握りしめ誓う。前に進むと。




