第083話 おっさん、王都帰還
トロイド砦から帰還した翌日、吉田たちは例によって例の如くタリシアの執務室に集まっている。
「皆、よく頑張った。おぬしらのお陰で、竜災の夜の再来と言う未曾有の危機は未然に防がれた」
トロイド砦の件に関わった四つのパーティが勢揃いしており若干窮屈では有るが、皆の顔を見回したタリシアは労いの言葉を放つ。
「しかし、王都の危機は回避したが、その元凶で有る魔女、及び彼女達が仕えるとされる『彼の方』の正体は、依然として不明で有る。これから捕えられたジャイアル伯爵以下、関係貴族共の取り調べが行われる。そこで解った事実を持って我々も対策にあたる事になろう」
労いの言葉の後に続けられたのは、未だ持って事件の全容が不明で有ると言う点だった。
「それからヨシダよ。おぬし、サムライと忍者を取り逃したな? ただの用心棒で有るが共闘して仲間意識が芽生えたのかもしれぬが、しかし、いついかなる時も現場では非情になれ! これは自分や仲間の命を守るためでも有る。決して忘れるなよ」
タリシアの鋭い指摘に、ヨシダは返す言葉もなかった。
アンデッドドラゴンとの総力戦において、マサクニとムエイの二人が果たした役割は決して小さくない。彼らの剣技と忍術がなければ、死竜の動きを止めきれず、さらなる犠牲が出ていた可能性もあった。
「……肝に銘じます」
ヨシダは短くそう答えるしかなかった。「義理は果たした」と言い残し、朝の光の中へ消えていった二人の極東人の姿を思い出す。あの場で彼らを無理に拘束することは、ヨシダには出来なかった。
「お猿さんらしい詰めの甘さですね。傭兵とはいえ、反乱分子に加担していた者たち。本来なら見逃すなど……」
ルシアンが忌々しげに言い募ろうとするのを、ブルムロックが遮った。
「まあ待て、ルシアン。あの土壇場でようやったわい。結果として王都は守られ、首謀者も捕らえた。小僧の指揮がなければ、我らとてどうなっていたか分からんかったしのう」
「ふん……タリシア様が仰った様に、今回は、偶々、ですけどね」
ブルムロックの言葉に、ルシアンは不承不承といった体で口を閉じる。
「まあ、取り逃したのが余所者の傭兵じゃったのが、せめてもの救いじゃな」
タリシアは一つ頷くと、再び全員を見回した。
「ともかく、今回の働き、グランドマスターとして全員に感謝する。魔女と『彼の方』については、捕らえた貴族共の尋問結果を待ち、ギルドが総力を挙げて調査を進める。おぬしらSランクパーティは、ひとまず休息を取り、英気を養え。ただし、いつ何があっても動けるよう、備えだけは怠るな」
その言葉に、室内の張り詰めていた空気がようやく少し和らぐ。特に、アンデッドの群れを浄化し続けた瑠奈とバルドリックの疲労は色濃かった。
「それからヨシダ」
「は、はい」
再び名を呼ばれ、ヨシダは居住まいを正す。
「おぬしの指揮、見事じゃった。あの状況で即座に航空戦力を立案し、我ら伝説級(笑)を駒として使いこなすとはな。報酬はギルドとして最大限弾ませる。受け取るがよい」
「あ、ありがとうございます……」
予想外の賛辞に、ヨシダは素直に頭を下げた。
「ケッ」
腕を組んで壁にもたれていたレイラが、悪態とも取れる声を漏らす。
「たまたま博打が当たっただけじゃねえか。……まあ、アタシらを退屈させなかった点だけは評価してやる。次までにもうちょいマシな指揮、期待してっからな!」
そう言い放つと、レイラは『冬越えの狼』のメンバーを引き連れ、さっさと実務室を出て行った。
「次を期待するのかよ、ツンデレか?」
「やれやれ、相変わらず素直じゃない姫様じゃわい。さて、我らも戻るとするか」
ブルムロックも『鋼匠の心臓』の面々と共に立ち上がる。
「ヨシダ、おぬしもゆっくり休め。次の戦いまでには、その情けない身体を少しは鍛え直すことじゃな!」
ガハハと笑い、ブルムロック達も部屋を後にした。
「さて、と……」
Sランクパーティが次々と退室し、タリシアの実務室を出たヨシダたち『余燼の光の騎士団』の面々も、ようやく人心地ついたように大きく息を吐いた。
「にゃ〜〜、疲れたにゃ! もう一歩も動けないにゃ〜!」
キャトリーヌがその場にごろりと寝転がりそうになるのを、鬼灯が片手でひょいと担ぎ上げる。
「ほんま、とんでもない夜でしたわ。浄化しても浄化しても湧いてくるなんて、悪夢です。うち、もう魔力スッカラカンです……」
瑠奈も心底疲れた顔でよろめいている。
「フレア、お前も……大丈夫か?」
ヨシダが声をかけると、フレアは砦での激戦が嘘のように、どこか静かな表情で窓の外を流れる雲を眺めていた。聖龍イーセリオンを召喚し、自らのトラウマの象徴であった竜と対峙し、そして討ち果たした彼女。その心中はヨシダには計り知れない。
「……ああ。大丈夫だ。アタシは……アタシの誓いを果たした。それに、最高の相棒もできたからな」
そう言って微笑むフレアの顔には、もうあの夜の恐怖に怯える少女の面影はなかった。
「そうか」
ヨシダはフレアの肩をポンと叩く。
「ま〜たヨシダっちが悪い顔してるにゃ」とキャトリーヌに茶化されることも、「お猿さんの奇策」とルシアンに揶揄されることも ない、ただの安堵の笑みがこぼれる。
「さて、俺たちも帰るか。美味いもんでも食って、今日は泥のように寝るぞ」
「「「「賛成!」」」」
王都に日常が戻りつつある朝の光の中、『余燼の光の騎士団』一行は、ギルドを後にする。
未曾有の危機は去った。しかし、魔女たちが残した混沌の種と、『彼の方』と呼ばれる存在の影は、根を張り始めている。
ヨシダたちの本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。




