第080話 伝説の魔導士、最強の魔導士
白み始めた朝の空気は灼熱のブレスで燃やし尽くされる。つい小一時間前まで砦が有ったその場所は、無惨に破壊され瓦礫が山と積み上がる。
その元凶、死した竜が生者に向ける狂気の沙汰は、タリシアにとってあの日見た地獄の再演――力を持たぬ者たちの、傷付き倒れた部下達の、そして伝説の魔導士などと呼ばれていても其処に居る事すら出来なかった己の無力さの、全ての無念を雪ぐ戦いであった。
「ルシアン解っておるな。この戦い、負ける事は愚か引く事も許されん、あの日舐めた辛酸を思い出せ! ワシらに許される道は勝つことだけじゃ!!」
暴れる死竜を見つめながら、タリシアは檄を飛ばす。しかしルシアンにとってその言葉は己の覚悟を、その様を問う様に聴こえるのだった。
「承知しております。貴方が望む事ならば、果てなき荒野を切り開き、背中を守る楯となりましょう」
王都にその名が轟く魔導士二人は、傍若無人の脅威を睨め付け静かに作戦開始の合図を待つ。
「フレアのお陰で弱点のコアが、頭と体の中心辺りの二つと判明した。これを持ってフェーズ2へ移行する! タリシア様とルシアン達魔法部隊は準備でき次第攻撃開始、フレアはそのまま空で攻撃を続け敵意を惹きつけてくれ」
魔導具からヨシダの切羽詰まった声が飛ぶ。地上ではタリシアとルシアンがフェーズの移行と同時に突き出す腕に魔力を通すと、戦場のマナを根こそぎ吸い上げるような大規模魔術の構築を開始する。しかし、異世界人のヨシダにとって魔力は見る事も感じる事も叶わない未知の概念、だが二人の偉大な魔導士が発する魔力の奔流は大気を震わし、その圧倒的な魔力密度は光さえも屈折させ立ち昇るオーラとなって可視化する。
「《フェーズ2開始! フレア奴を30秒間引き付けろ、タリシア様とルシアンがデカいの撃つまで持たせるんだ!》」
「30秒!? あのデカブツを相手にか? 無茶言うな!」
口では悪態をつきながらも、フレアは即座にイーセリオンの首を叩く。
「相棒、ここが正念場だ! 地上部隊に攻撃が行ったら終わりだよ!」
「グルルゥ!」
聖龍は主の覚悟に応え、天頂から再び死竜へと突撃する。二つのコアに攻撃を食らったアンデッドドラゴンは、最早、空を舞う白銀の龍を五月蝿いハエから明確な脅威へと格上げし、その空ろな眼窩に灯る火は、地上で動きを見せる魔導士たちへは一瞥もくれず、憎悪の照準をフレアにロックオンする。
「ギシャアアアアッ!」
憎悪の咆哮。今度はブレスではない。切り立つ山脈の尾根を思わせる巨大な尾骨が、大気を切り裂き鞭のようにしなりイーセリオンを薙ぎ払わんと迫る。
頭を掠めるフレアに向けて憎悪の雄叫びを浴びせかけ、飛び去る長い胴へ、切り立つ尾根を思わせる巨大な尾骨をしならせると、大気を切り裂き大蛇のように迫り来る。
「上!」
フレアの叫びにイーセリオンはすぐさま反応し急上昇。骨の尾が、先ほどまでいた空間を空々しく叩く音が遅れて響く。更に追い討ちを掛けるべく死竜の猛攻は止まらない。翼膜は腐り落ち、骨のみの翼を無理やり羽ばたかせると、こびり着いた腐肉や骨片が、散弾のように撃ち出された。
「嘘だろ!」
飛ぶ事のでき無い死竜にとって飾りと思われた骨の翼、その想定外な攻撃は予想できず、イーセリオンは腹部に数発貰い、蛇行する様に激しく体勢が乱れる。その背に跨るフレアはイーセリオンに振り回されあわや墜落の目に合う。
「《どうしたフレア!?》」
魔導具から響くフレアの叫びに、ヨシダがすかさず声をかける。
「ああ大丈夫だ、ブレスと尻尾だけと思ったら、まさかの攻撃に数発貰った」
「《了解、残り15秒だ、堕ちてくれるなよ》」
攻撃方法が体当たりしか無いイーセリオンにとって散弾如きでダメージは無い。しかしそれに跨るフレアにとっては振り落とされかね無い危機であった。
「くっ……まだだ!」
必死に体勢を立て直し、腐肉と骨片の散弾を回避する。ヘイトコントロール――敵意はこちらに集中している、しかしシルバーアローのメンバーによる波状攻撃と、フレアのコアへの直接攻撃に怒り狂った出鱈目な攻撃は回避するだけで精一杯だった。
「《残り5秒、フレア良く耐えた、デカいの行くぞ巻き込まれるなよ》」
「了解、イーセリオン上空に離脱するよ!」
フレアが離脱したその刹那、地上から二つの強大な魔力が迸った。
「今じゃ! 『縛めの御座、森羅万象を統べる光の縛鎖、聖光の戒め』!」
タリシアが掲げた杖から黄金の光が放たれ、死竜の足元に巨大な魔法陣が展開する。大地から無数の光の鎖が噴出し、竜の四肢と首に絡みつくと瓦礫の原に縫い付ける。
「ルシアン行け! わしの魔力を持ってしても死竜の拘束は長くは保たんぞ」
怨嗟のオーラが絡みつく聖なる鎖に焼かれ、アンデッドドラゴンが苦悶の声を上げる。巨体がよろめき、その動きが明確に鈍った!
「タリシア様、感謝します。――我が魔弓の真髄、見せてやろう! 『天穹を射る銀の魔弓』!」
ルシアンが構えた長杖が、眩い光を放つ大弓へと変形する。ありったけの魔力を込めた光の矢を、魔力の弦に番えると、限界まで引き絞る。
「喰らうがいい弓術の奥義と魔術の秘奥を合わせし、我が究極の攻撃魔法――セレスティアルゥ……ストラァーイクッ!!」
彼が放った一筋の光矢は、大気を切り裂き、音を置き去りにして飛翔し、フレアが報告した第二のコア――肋骨の奥に守られた心臓部へと寸分の狂いなく突き刺さった。
「GAAAAAAANNNN!!」
金属音ではない。重く、分厚い岩盤が砕け散るような轟音が響き渡る。
「ギャアアアアアアアアッ!!」
今度こそ、アンデッドドラゴンは明確な絶叫を上げた。ルシアンの一撃は、分厚い骨の鎧を粉々に粉砕し、その奥で禍々しく脈打っていた闇のコアに深々と突き刺さっていた。
「よっしゃあっ! 一つ破壊! 残るはヤツの頭だ!」
地上でヨシダが勝利を確信したように叫ぶ。
「レイラ、ブルムロック! 待たせたな、お前らの出番だ思う存分ブチかませ!」
「最っ高の舞台じゃねえか、行くぜヤロウ共!」
「小僧の博打、最後まで付き合ってやるわい!」
タリシアの聖鎖に動きを封じられ、ルシアンの一撃にコアを一つ失い苦悶する死竜。その懐目掛け、血に飢えた狼の群れを率いた狼姫レイラと、自ら打った戦斧を担いだブルムロックが、ついに疾走を開始した。




