第079話 フレア飛翔する
イーセリオンの背に跨るフレアは、雲を突き抜け天に刺さらんばかりに大空を駆け登る白銀の龍から望む壮大なパノラマに、思わず声が漏れる。
「凄い! 世界の全てを手にしたみたいだ……」
初めて駆ける空、眼下に広がる景色の遥か彼方に登り始めた朝陽を頂点に僅かに弧を描く水平線。オレンジからパープルへとグラデーションする空は、朝と夜、光と闇を内包し、そのほんの僅かな混沌が今の自分の心情と重なる様だとフレアは思った。
フレアにとって竜とは憎むべき敵であり、倒すべき目標であり、生きる為の歪んだ糧であった。
「《作戦は全部で4つのフェーズに別れます。先ず、第一段階はフレアの空撃でデカブツの弱点を探ります。そして空を自由に動けるのでヘイトコントロールもフレアに任せます。フレア、聞こえてるな?》」
魔導具から作戦指揮を取るヨシダの声が聞こえる。
(自らを異世界人と言う変な奴、変わったスキルで瞬く間に頭角を表した頼れる奴、そして――暗く沈んだあの日の夜から朝陽の昇るこの大空へ……飛ぶ力をくれた、だからアイツに応えてやる)
「ああ、了解だ。任せとけ!」
晴天の霹靂。フレアにとってヨシダのもたらした力は、あの夜から心に垂れ込める怨嗟の雲、その全てを薙ぎ払う一条の雷光となった。
「アタシはこの15年間暗い闇を抱えて生きてきた、一つ間違えばあの魔女達の側だったかも知れない闇を。しかしアンタのお陰でそれにケリが付きそうだ」
竜の呪いに縛られた15年――それはフレアにとって悪夢の象徴であった。しかし彼女に背を預ける聖龍は破邪顕正の力であり、ヨシダがもたらした新しい夜明けへの光でも有る。
しかし、その感謝の言葉は誰の耳にも届くこともなく、風に流れ雲と共に静かに消えていった――。
「行くよイーセリオン、あの日の誓いを果たす為に!」
一方地上ではブリーフィングの終わったヨシダたち地上部隊が作戦行動に移ろうとしていた。
「そう言うわけで、ウチで唯一の航空戦力のフレアを有効に使うのが今回の作戦の要だ」
「流石はわしのダーリンじゃな、冒険者が空を飛ぶだけでも驚きじゃが、航空戦力と言うたか? それを弱点看破と敵対心の操作に使うとは前代未聞じゃ、わしの目に狂いは無かったようじゃな」
長年この国の冒険者の頂点であり続けたタリシアをして、空を飛ぶ冒険者、ましてやそれを戦術的に組み込んだヨシダの作戦立案能力は、この世界の常軌を逸している。もちろん実践経験からではなく、シューティング脳と生前に触れたサブカルチャーの知識であり、それは一見無謀とも思える作戦だった。だが、ヨシダの揺るぎない声と、その瞳に宿る確信が、歴戦の冒険者たちの心を動かした。
「面白い。小僧の博打に乗ってやろうじゃないか」
「お猿さんに我が魔法の真髄、見せてやろう」
ブルムロックが笑い、ルシアンも静かに頷く。レイラは獰猛な笑みを浮かべ、拳を打ち鳴らした。
「作戦と言えるほど緻密ではないかも知れない、しかしアンタ達王都の一流冒険者なら目的と概要が分かれば、それぞれの役目を完璧に果たしてくれると信じている」
既に作戦開始の合図が待ちきれない、暴走寸前の猛者どもを苦笑いで見回しヨシダが叫ぶ。
「全パーティ、これよりアンデッドドラゴン討伐作戦を開始する! 生きて帰って、勝利の宴を開くぞ!」
「「「オオオオオッ!!」」」
冒険者たちの雄叫びが、白み始めた空に響き渡る……
「下でも始まったみたいだね、アタシ達も作戦開始だ!」
フレアの檄に咆哮で答えると聖龍イーセリオンは天頂から一転、急降下を開始する。雲海を抜けると眼下には蹂躙された砦の残骸と荒れ果てた丘陵が広がる。フレアはイーセリオンの背で息を整え、目の前に迫る敵と自軍の位置関係を把握する。
重力を味方に白銀の矢は地上に向けて突き刺さらんばかりに加速し、フレアに向けて開かれた巨大な顎門を目掛け突き進む。
それを迎える開かれた喉奥には魔力が収斂し、死竜の胸部は赤く燃え上がる。正面切って吐き出された灼熱のブレスはフレアの視界を赤く遮ぎった。間一髪、バレルロールで炎の柱をすり抜ける。激しく回る稜線は引き伸ばされながら後ろへ流れ、螺旋を描くイーセリオンは死竜の脇をすり抜け再び空へと舞い上がる。
上空を大きく弧を描くように飛ぶイーセリオン。眼下に待ち構えるは怨嗟のオーラを纏う巨大な死竜、その継ぎ接ぎだらけの骸の巨体は砦の残骸を傍若無人に踏み砕きながら、その空ろな眼窩を聖なる龍へと向けていた。
「まずは小手調べ! イーセリオン、ヤツの頭上をかすめろ!」
背に乗る主人の言葉に鋭さを増す聖龍、迫る大地にあわや激突、フレアが肝を潰す寸前、首をもたげたイーセリオンは超低空で戦場を飛び荒ぶ。その急激な加重の変化にフレアの胃の腑は持ち上がり意識は暗転しかける、しかしすんでで堪えて頭を振ると遠のく意識を手繰り寄せ前へ推す。
「無茶しやがって、意識が飛ぶ所だったよ」
背中に跨る資格を問う様な急降下からの強襲。その勢いはさらに増し地上スレスレを猛烈な速度で飛ぶ。息も出来ないそのスピードに構えた剣がブレる、みるみる迫る死竜の巨躯に震える切っ先を強引に合わせ光弾を連射する。
「コン、コン、コン」
放たれた光弾は、腕や脚、背骨に当たるがその全ては軽い音を立てて弾かれる。まるで手応えの無い反射音にフレアは歯噛みする。
「流石に一回で終わらないか、イーセリオンもう一度行くよ!」
その攻撃を意に介した様子もなく、アンデッドドラゴンは忌々しげに首を巡らせるだけだった。しかし、そのヘイトは確かに空を舞うフレアとイーセリオンへと向いた。しかし地上部隊への注意は逸らす事に成功する。これが作戦の第一段階の陽動兼弱点看破。
「まだだ! もっと隈なく撃って、音の違いを聞き分ける!」
フレアはイーセリオンを巧みに操り、アンデッドドラゴンの巨体に攻撃しては上空に離脱するヒット アンド アウェイで脚、胴、翼、尾と、手当たり次第に光弾を撃ち込んでいく。無数の光の点が巨竜の骸を叩くが、返ってくるのは軽い打撃音ばかりだ。
その時、アンデッドドラゴンの顎が大きく開かれ、その喉の奥に真紅の魔力が渦を巻くのが見えた。
「来る! イーセリオン、避けろ!」
直後、再び灼熱の火柱が絶望の奔流となり空を薙ぐ。聖龍は螺旋を描き紙一重でブレスを回避する。膨大な熱が大気を焦がし視界が陽炎で歪むほどの威力にフレアは背筋が凍るのを感じた。
「危なかった……でも、今が好機!」
ブレスを吐き終え一瞬の硬直が生まれた隙を突き、フレアは上空で体制を立て直すと、未だ動かぬ死竜の開かれた巨大な顎門を目掛け垂直に降下する。赤く熱せられた乱杭の牙、その奥に狙いを定める。
(ここだっ!)
直感が叫ぶ。フレアは全神経を集中させ、一発の光弾をその中心へと撃ち込んだ。
「カキンッ!」
今までとは明らかに違う、高く澄んだ金属音が戦場に響き渡った。確かな手応え。アンデッドドラゴンが、初めて苦悶するかのように身をよじらせた。
弱点を捉えた確かな手応え、しかし地面に向かって垂直降下は続く。長い首を仰け反らせ、怒りにまかせ暴れる死竜のその背に沿って、掠めるように首を擡げたイーセリオンは水平飛行で離脱する。
そのまま巨大な弧を描くように上昇を始めループの頂点に差し掛かる。その背に跨るフレアの目には世界の全てが逆転し、広がる空は足元に、頭の上には未だのたうつ敵が見える。
「イーセリオンそのまま一回転して、今度は奴の真正面から攻めるよ」
フレアの声に背面飛行で答えるイーセリオンは、残りの円を描き切りアンデットドラゴンの正面に回り込む。
コアへの直接攻撃が余程効いたのか、ようやくフレアへ向けて狙いを定め巨大な顎を開く。しかし、水平飛行で猛烈に迫るイーセリオンは既にフレアを射程圏内に運んでいた。
「遅い! 既にアタシの間合いだ」
ブレスを吐くためアンデットドラゴンの胸部が赤く燃え始めるが、すでに攻撃体制のフレアは巨大な胴体へ向けて光弾をばら撒く。
「コン、コン、コン、カキン、コン」
肋に覆われた胸部、僅かに左に中心を外した辺りに打ち込んだ光弾は、澄んだ金属音を残して空に消える。
(二つ目発見)
「《ヨシダ聞こえるか? 先ずは頭部、口の中に一つ、もう一つは心臓の辺り、二つのコアを見つけた》」
フレアの報告は、魔導具を通じて即座に地上部隊へと届く。地上で見守っていたヨシダは、拳を強く握りしめた。
「よくやった、フレア! そのままヘイトを維持しながら攻撃を頼む。全員、聞いたな! 第二段階へ移行する!」
ヨシダの号令が飛ぶ。それに応えたのは、この国の魔法の頂点に立つ二人だった。
「さてと、わしらの出番じゃ! 行くぞ、ルシアン」
「心得ています。タリシア様も羽目を外し過ぎぬよう、お願いします。」
グランドマスター・タリシアと、銀翼の隼のリーダールシアン、一人はあの日救えなかった者達への悔恨を、一人は悲嘆に暮れる主君の力になれぬ己の無力さを、それぞれ胸に研鑽を続けて来た。
二人の周囲で世界の理を書き換えるほどの膨大な魔力が渦を巻き始める。王都が誇る魔導士の頂点が、今、解き放たれようとしていた。




