第077話 おっさん、竜災の夜再び
東の空が僅かに白み始めると闇と共に消える魔女達。目の前には山の様に聳え立つ巨体が残される。
生死一如の理から解き放たれし竜の遺骸は眼窩に怨嗟の赤き狂星を宿し、その双眸に映すのは己を無常に還した人の形か。
「クソッたれ、何が最後の趣向を享楽あれだ、最悪のフラグを立てて消えやがって」
傲慢の魔女プライデッツァが言う最後の趣向――取引されるはずだった竜の遺骸、それすらも駒として使う狡猾さにヨシダは悪態を吐かずにいられなかった。
大量のアンデットを奇策で吹き飛ばし、罪人達も捕縛し達成条件は全て満たして勝利を確信していた。しかしヨシダのその一瞬の油断で再度盤面をひっくり返されたのだ。
しかも、ご禁制品の竜の遺骸をルスタフィナとスロウネラの連携魔法でアンデットドラゴンとして蘇らせると言う、最悪のシナリオを持って手痛いしっぺ返しを喰らい今に至る。
「ヨシダ、もういっかいさっきの竜巻でアレは吹っ飛ばせねぇのか?」
スノーウルフのリーダー、レイラは目の前には立ちはだかる巨大な敵に向けて顎をしゃくりヨシダに問いかける。
「バカ言え、あんなの足止め出来るか。準備してたらテールスイングであの世行きだ、それにドラゴンだぞ? ブレス吐かれてみろ、蒸発するわ」
グラブザカードのキングガーゴイルも相当な大きさだったが、目の前のドラゴンはそれとは比べ物にならないスケールで、6-7階建てのビルと同程度の20m前後の身長は誇張なしで山の様な大きさで、その巨体が歩くだけで砦の防壁を破壊しテールスイング一つで建物が倒壊する。
「マジかよ、と言う事は……」
「……分かってるなら話は早い、グラマスの所まで戦線後退だ、皆んな砦から出て仕切り直しだ、急げっ!」
三十六計逃げるに如かず、タリシアのいる最終ラインまで後退し、時間と作戦を練り直す。生ける伝説タリシアとその信奉者ルシアン・アルヴェイン率いる銀翼の隼の射砲撃魔法に期待しつつこの場を離れる冒険者達。
捕縛した罪人達も避難の為に縄を解かれると一目散に出口を目指し殺到する。最早自分達の行いが招いた事など忘れ去り、最悪の事態にその顔は恐怖に引き攣り青く染まり、腰を抜かし動けぬ者は屈強な冒険者に荷物の如く手荒く扱われ外へと連れ出される。
「ヨシダ、砦に居るアレはなんじゃ」
「……ドラゴンだ」
グランドマスターで有るタリシアは、息せき切って最終ラインに下がってきた冒険者の中からヨシダを見つけ問いただすが、ヨシダは魔女達を取り逃した責任からか、それともフレアにあの日の光景を思い出させた罪悪感か、ただ一言短く答えるだけだった。
「それは解っておる、何故あの様な物が現れたのじゃ、まるであの日の夜の再来では無いか」
タリシアの目はトロイド砦を蹂躙する巨大な竜に釘付けとなっている。恐らくその脳裏には15年前のハルク達の無惨な姿が想い出されているのだろう。しかしそれはタリシアだけでは無い、フレアもまたあの日の夜を――一夜にして消えた我が街と、そこにあった筈の未来を想い出し全身を震わせていた。
「フレア……」
ヨシダは、隣で震える彼女の肩にそっと手を置こうとして、躊躇した。どんな言葉をかければいいのか分からない。安易な慰めは、彼女の覚悟を侮辱することになるかもしれない。15年という歳月をかけて背負ってきた想いの重さを、自分は本当の意味で理解できていない。
「……大丈夫だ、ヨシダ。少し、昔を思い出しただけだ。それにあの夜の竜はエンシェントクラスだ、この程度に怯んでて何をするってのさ」
フレアは震える声で自分を鼓舞し、ぎゅっと唇を噛み締めた。その瞳は恐怖に揺れながらも、目の前の巨体から決して逸らしはしない。彼女の視線の先で、アンデッドドラゴンは無慈悲な咆哮を上げ、砦の建物を積み木のように薙ぎ倒していく。
「アタシはもう、あの夜の無力な子供じゃない。背中を預ける仲間がいる。そして、新たな力を与えてくれたお前がいる。あの日、理不尽な運命に抗うと誓った『余燼の光の騎士団』がこんな所で立ち止まっていられるか!」
彼女は自らに言い聞かせるように言葉を紡ぐと、ゆっくりと顔を上げた。恐怖の色は消え、そこには燃えるような決意の炎が宿っていた。
「ヨシダ、アンタはウチのブレインだ。アタシ達に指示をくれ。この難解な戦局を解く、最善の一手を」
その言葉に、ヨシダは腹を括った。罪悪感に浸っている暇はない。司令塔として、仲間たちの信頼に応えること。それが今の自分の役目だ。
「ああ分かってるさ、フレアのスペース・ファンタジーにはまだ奥の手が残ってる」
罪悪感に浸っている暇はない。司令塔として仲間たちの信頼に応えることが今の自分の役目だ。ヨシダはフレアの決意に頷くと、自らのゲーマーとしての記憶その深淵を必死に探った。
「フレア、よく聞け! お前がリンクしているスキル『スペース・ファンタジー』には、特定の条件を達成する事で登場する味方の聖龍、イーセリオンが居る」
「聖龍……イーセリオンだって? そんな話、聞いてないぞ!」
「当たり前だ、元となったシューティングではステージ4をクリアする事で登場する無敵の聖竜だ! そして俺達は地下通路、中庭までの高速戦闘、ニンジャとのタイマン、最後に大量のアンデットの四つのステージを駆け抜けた」
それは祈りに近い確信だった。女神が与えたこのスキルが原作ゲームの仕様を忠実に再現しているのならば。そしてこの絶望の舞台が次のステージとカウントされているのならば。
「どうすればいいんだ!?」
「分からん! だが、既に条件は満たしてる筈だ、後はお前の理不尽な運命への怒りと仲間を信じる心がトリガーになる。強く念じろ、フレア! 『もう一人の仲間』を呼ぶんだ!」
フレアはヨシダの言葉に、一瞬目を見開いたが、すぐに力強く頷いた。彼女は天に掲げた剣を強く握りしめ、瞳を閉じる。その脳裏に浮かぶのは、炎に焼かれる故郷、失われた家族、そして無力だった自分。だが、今の彼女の隣には背中を預けられる仲間たちがいる。
「――来い! アタシの怒りと仲間の想いに応えろ! 聖なる龍イーセリオン!」
フレアの叫びに呼応するように、彼女の体から眩いばかりの光が迸る。光は天へと駆け上り、白み始めた空で一つの巨大な魔法陣を描いた。その中心から、天光を背負い、神々しい白銀の龍が雄々しい咆哮と共に姿を現す。その姿はかつてスペース・ファンタジーで共に戦った伝説の聖龍、イーセリオンが顕現した。
「マジか……本当に来やがった……!」
ヨシダが息を呑む。聖龍はアンデッドドラゴンの怨嗟の咆哮を打ち消すかのように高らかに嘶くと、フレアの足元へと舞い降り、恭しく頭を垂れた。
「こいつが……アタシの……」
フレアが恐る恐るその鼻先に触れると、聖龍は心地よさそうに目を細めた。彼女のトラウマの象徴であった『竜』が、今、もっとも頼もしい仲間として眼前にいる。フレアは迷わずその背に跨った。
「ヨシダ、聞こえるかい? こいつ、アタシの思った通りに動いてくれる!」
「ああ、聞こえる! 最高の相棒じゃないか!」
イーセリオンの背に跨る魔導具越しのフレアの声は竜に怯える小さな女の子の面影は無く、邪竜を倒す聖なる龍とそれを操る光の騎士だった。




