第076話 おっさん、油断大敵
さしものアンデットも骨格の一つ二つが外れただけならいざ知らず、骨の髄まて粉砕されると再生は叶わず、辺り一面に舞い散る骸の破片は死者を弔う雪の様だった。
「うそ……だろ? 俺たちが殴っても殴っても埒が空かなかった骨どもが、一瞬で粉砕された……だと」
茫然自失、中庭全てがヨシダのあり得ない重力魔法で一瞬にして盤面をひっくり返した衝撃に飲み込まれる。
「ブルムロックのおっさん! レイラ! 今だ、敵は隙だらけだ」
「お……おう、罪人の捕縛じゃ、我に続けぇ〜」
「くっ、クッソ〜、ヨシダッ、 今日のは借りだ、いつか絶対返すからな。野郎ども俺達も行くぜ!」
「「「「「「「「「「おおっ〜!!」」」」」」」」」」
巻き上げられた砂や埃に今だ視界は阻まれているが、敵の隙をつくには好都合と、王都でも最強格の2パーティが捕縛に掛かる。
「やったな、ヨシダ」
「やったにゃー、ふっふっふっ、にゃーのアドバイスのおかげにゃ」
「はあ、やっと浄化地獄から解放されたわ、ヨシダはんおおきに」
「流石はヨシダ、あり得ない頭の使い方だ」
「オイ、鬼灯それは褒めてるのか?」
最悪の盤面を見事ひっくり返したヨシダに、パーティメンバーから口々に労いの言葉が出てくる。歓喜に沸く冒険者サイドとは打って変わって不気味なほどに動きのない三人の魔女達……
「ヨシダさん、ガーゴイルの時より明らかに成長してるわね」
「ああ、あの時は面白い魔法を使うただの後衛程度だったが、今日のは完全に別人と言っても良いほどだ」
「あふ、監視だ何だと言ってるからですわ、後ろからブスリッ、手間がなくて良くってよ?」
骨降る中庭で物騒な会話を繰り広げる三人の魔女達。ヨシダ達を最後まで追い込むも、盛大な逆転劇で盤上をひっくり返されたにも関わらず慌てる素振りなど露とも見せず、恐ろしいほど冷静沈着に過去のヨシダとの差異を検証している。
「その手も考慮に入れる必要が有るな、なんにせよ彼の方が警戒する意味が理解出来た。ヨシダや王都冒険者のデータも取れたし、今日はこの辺が潮時だ」
「私の駒も全て粉砕されましたし、疲れましたし賛成ですわ……ふあ」
「それに砦の外の魔力、一つとんでも無いのが混ざって無いかしら? 後は……幾つか面倒そうなのも居そうですわ」
「ああ、恐らくアレが生ける伝説と呼ばれる、全冒険者ギルドの頂点、タリシア・セントリーだろう、我々三人でヨシダとアレ、更にSクラス3パーティは少々分が悪いな」
魔女達がこの後の始末を決めたちょうどその時……
「ま、魔女様お助けを〜〜〜、我らはこの無慈悲な運命と言う鎖を断ち切り真に自由な国を作る為に、貴女達に賛同し手を組んだのです。どうかお慈悲を」
この事件の首謀者ジャイアル伯爵が、今まさに捕縛されようとしている。王印が押された書状を突きつけられ問答無用で拘束される。彼らの地位が高かろうが、権力があろうが、金を持っていようが、理の外に出ていようが、鍛え上げられたフィジカルの前にはなす術もなく、次々と縄を掛けられていく。
「ジャイアル伯爵には少々気の毒だったかしら?」
「ルスタフィナさん、それを色欲の魔女で有る貴女がおっしゃるのかしら? 彼を魅了したのは貴女ですのに」
「彼は望んで無慈悲なる秩序から外れ混沌たる自由を謳歌したのだ、その選択の責任は自らに有る」
しかし、その光景を映す魔女達の瞳が揺れる事は無かった。彼女達は自由への救済を謳っているが、その実、自らの二つ名に冠した罪に人生を閉ざされた犠牲者で有り、その運命に異を唱える復讐者でしかなかったのだ。
「我々は混沌たる自由の刑を執行する存在、『ヘプタ・ノクティア・カラミタス』、邪悪な神が定めた無慈悲なる秩序より解き放されし時、我々の救済は完了している」
「そうか、で、その混沌たる自由の刑とやらを実行するアンタらは一体……いや違うな、魔王の手先とそう思って間違い無いか?」
竜巻によって未だ煙る視界の中からそう声を掛けながら現れたのは、魔女達の対局をなす余燼の光の騎士団の面々。希望の騎士と混沌の魔女が初めて相見えた瞬間であった。
「これはこれは、『邪悪な女神の使徒』ヨシダ殿、お初にお目に掛かる。我々は神の定めし秩序の罪禍を喰らい、その咎を混沌たる自由へと還す彼の方へ仕えし、傲慢の魔女プライデッツァ」
魔女に決まり事でも有るのか、慇懃無礼な挨拶とカーテシーを行うと礼節などとは程遠い笑みを浮かべヨシダを挑発する。
「……それで、仮面の紳士が言ってた彼の方、女神の言う魔王の仲間が何故この王都の平和を乱そうとする?」
ヨシダが平和と口にすると、ピクリと魔女達の表情が僅かに感情の波を描く。それも一瞬、貼り付けた笑みで覆い隠すとプライデッツァは口を開く。
「それは、そこな赤髪の剣士に聞くが良い。業に非ざる理の先、その咎を誰が負うのか」
「な、それは如何言う意味だ、アタシ達はアンタらみたいに他人のせいになんかしない、自らの道は自らで切り開く。アタシ達の運命はアタシ達で切り開く」
プライデッツァの言葉にフレアが即答する。
「成程、立派な覚悟だ、ではその覚悟が何処まで通用するか見せて貰おうか。ルスタフィナ馬車の積荷の出番だ、スロウネラもまだ行けるな?」
フレアの返事に応えるように矢継ぎ早に指示を出すプライデッツァ、その指示に従いまずはルスタフィナが魔法の詠唱を行う。グラブザカードのガーゴイル戦で見せた合体魔法の如く次々と馬車の積荷が組み上がっていく。
「ふふ、やっとわたしの出番ね、ヨシダさん魅せてあげるわたしの魔法を」
「おい、既に伯爵以下罪人共も捕縛した、これ以上何をするつもりだ?」
グラブザカードで妖艶なディーラーとして接触してきたルスタフィナが艶っぽい笑みを見せると、両の手を広げ詠唱を開始する。
「我が名は色欲の魔女ルスタフィナ、欲を束ねしもの。絶えぬ渇きを抱く者よ、我が口づけに応じよ。血を捨てし骸も、心なき石も――なお愛を乞うならば、立て、我が眷属となれ。淫魔支配!」
十数台の馬車に分割されて積み込まれていた干からびたの部品数々が、ルスタフィナの魔法によって組み上げられる。その姿はガーゴイルキングを凌ぐ巨体と、全ての生物の本能に訴える根源的な恐怖を与える異形が現れる。
「ふう、最後に一つ駒が残ってましたわ、それでは――無慈悲なる秩序の枷。望まざる欺瞞の死。眠れる竜の魂よ、偽りの安寧を断ち切り、怠惰なる我の呼び声に答えよ! 『堕落の鎮魂歌』」
異形の怪物――アンデットドラゴンはスロウネラの手によって偽りの魂が埋め込まれる。人に斬られ膾にされた竜の恨みはいかほどだろうか、落ち窪んだ眼窩に燃える赤い怨みの光は命ある者を睥睨すると、白み始めた王都の空へ咆哮し大気すらも激しく揺るがせた。
「竜虎相搏と憚られるが、今宵は此れにて終演とさせて頂きたく、最後の趣向を享楽あれ。それでは来たる夜の再会を期して、サラバだ」
三人の魔女達は狂気に染まる明けの明星を残し、その姿は白む闇と共に消え去るのだった……




