第074話 おっさん、骨折り損?
中庭は骨の湧く泉の如く薄汚く黄ばんだそれを吐き出し続ける。対するヨシダ達に浄化が出来るのは二人のみ、訓練場も兼ねた広い敷地を一度に浄化は出来ず数回に分けて行う。要の二人の守りは各々のパーティがするとして、大量の敵の足止めと牽制役にヨシダは頭を悩ませる。
「冬越えの狼は……脳筋ばっかりだったな、浄化は当てになら――」
「――んだとコラァ! 姫にちょっと気に入られたからって調子に乗ってんじゃねぇーぞ、ああ?」
ヨシダの発言に被せて、脊椎反射の如く吠え散らかす一人の獣人。ヨシダは溜め息を一つつくとバルドリックでは無いがヤレヤレと言った調子で首を左右に振ると、その獣人に向けて答える。
「アンタらスノーウルフには、俺が足止めしたアンデットの相手をして貰おうと思ってたんだがな」
「ケッ! あんなノロノロ動くウスノロに足止めは不要だ! 俺達が遅れをとると思ってるのか?」
「確かに王都随一の攻撃力を誇るスノーウルフならこの数が居ても倒すだけなら訳無いだろうよ」
ヨシダは獣人の実力をあっさりと認めた。その上で、冷ややかに続ける。
「だがな、そいつらアンデットは浄化するか、あの魔女を如何にかしない限り無限に蘇るぞ? アンタらが体力の尽きるまで無限に的当てをするのは勝手だが、俺たちはゴメンだ」
「うっ、確かにお前の言う事に一理は有る。しかし、オレ達には足止めは不要だ!」
勿論後衛の為で有って、間違っても脳筋どもの為の足止めでは無い。更にグラブザカードでヨシダ達にガーゴイルを嗾けた妖艶な美女ルスタフィナと、黒衣の貴婦人と言う外見以外は謎に包まれたプライデッツァの二人が控えている。正直、時間は掛けたく無いが、それでも要としない脳筋どもにヨシダは苛立ちを感じ始める。
全てを殲滅するだけならば俺だけでも容易い事だ。しかしこの状況の打開と罪人の確保が勝利と言う厳しい条件を達成する為には、3パーティが協力し、尚且つ全力で当たらなければ戦闘に勝てはしても、任務の遂行は叶わない、そう考えたヨシダは脳筋共のリーダーを伺うが、腕組みをして此方を薄笑いで眺めるばかりで、完全に成り行きを楽しんでいる有様だ。
レイラの態度にヨシダはため息を一つ付くと、再び視線を戻し獣人を煽る。キャトリーヌならきっとこう言っただろう「ま〜た、ヨシダっちが悪い顔してるにゃ」と、そしてヨシダの頭の中では「泣かぬなら、泣かせてやるぜ、ワンコロを」、と一句詠んでいた。
「俺の加重魔法は、超絶、強力だ。アンタらの半端なフィジカルじゃ動けなくなるか? 出来ない言い訳は聞き飽きた、足手纏いなら大人しく引っ込んでな!」
その挑発に脳筋どもは一瞬で湧き立ち吠え叫ぶ。
「ああん? 俺達が足手纏いだあ? てめぇのヘナチョコ魔法なんざ屁でもねぇ、魅せてやんよ俺たちの筋肉を!」
ヨシダは内心チョロいと笑いが出そうになるが、それを押し留めて更に一押しする。
「威勢だけは一人前だな、後で吠え面かくなよ! 行くぞ、重力波操作」
キャトリーヌのバードビューをナビにして、ヨシダはアンデットの群全域を包む様に強力な加重を掛けていく。加重が強まるほどに動きは鈍くなり、やがて一人、二人と骨は砕け地面におしつけられていく。カタカタと鳴っていた骨の擦れる音は静まり、空気すら地面に向け流動し始めたのか先ほど迄の吐き気を催す様な腐臭すらも下に澱み鼻に届かなくなる。
「レイラ、準備オッケーだ、ヤレるもんならヤってみな!」
元々速くはなかったアンデットの群れは、ヨシダの重力波操作で輪をかけて動きは鈍り、体の骨を一つ、二つと落としながらも此方へ向かって来ようとする。その渦中に真っ先に飛び込んだのは、先程ヨシダと部下がやり合ってたのを静観していたスノーウルフのリーダー、レイラだった。
「加重の魔法か? クゥ〜、効果範囲に入ると流石に身体が重いぜ!」
ヨシダの重力波フィールドに飛び込んだレイラの身体が一瞬硬直しガクンと沈む。しかし自らを最強の脳筋と呼ぶ彼女の身体は鍛えられた筋力で超重力に逆らい上へと押し戻す。
レイラは2倍、3倍と加重の掛かるその状況を楽しんでいるのか、はたまたヨシダのスキルと勝負でもしているつもりか、言葉とは裏腹にその表情は実に楽しそうであった。
「この鍛えたこの身体すら油断する動けなくするとはな。骸骨相手は退屈かと思ったが、コイツは楽しめそうだ。野郎ども身体強化忘れるな! 俺に続けぇ!」
「「「「「おおー!!」」」」」
飢えた野獣の野太い声が重なり合って中庭に響き渡る。その雄叫びに続いてヨシダは後衛陣に矢継ぎ早に指示を飛ばす。その間アンデッドの群に発生させた強烈な下向きの重力波は方時も途切れず足止めし続けていた。
「ヤレヤレ手間のかか奴らだ、フレア負けんなよ、行け!」
「当たり前だ、任せろ! 輝焔弾!」
その隙を突き、フレアがスペース・ファンタジーの光弾を炎の剣から発射する輝焔弾(仮)を剣の先端からアンデッドの群れに矢継ぎ早と打ち込んで行く。聖なる?炎に焼かれた骨の戦士たちが断末魔の叫びもなく崩れ落ちていく。
「フン、フン、フン!」
方やタンクの鬼灯は瑠奈の前に仁王立ちになり、溢れかえるアンデッドを巨大なタワーシールドで押し返し、氷属性のスキルを乗せたバスターソードで薙ぎ払い、一体、また一体と破壊し氷漬けにして行く。しかし後続は無限に湧いてくるようだった。
「あらあら、中々やりますのね。でも、それでいつまで持ちますことやら」
スロウネラはつまらなそうにその光景を眺め、ふぁあ、とあくびを一つした。
その時、瑠奈を取り巻く空気が変わる。彼女が静かに目を閉じ、祝詞の詠唱が佳境に入ると、その体から清浄で温かな光が溢れ出した。
「――八百万の神が紡ぐ聖なる言の葉を以って、真宵彷徨う穢れし魂よ、黎明の光に還りませ。聖言祝詞『寂静光』!」
瑠奈を中心に、浄化の光が波紋のように広がる。その光に触れたアンデッドたちが、まるで陽光に晒された霧のように、怨嗟の叫びと共に塵へと還っていく。
戦場に、一筋の光明が差した瞬間だった。
「やったで、ヨシダはん!」
瑠奈の顔には疲労の色が浮かんでいたが、その声は安堵と達成感に満ちていた。彼女が作り出した浄化の領域は、絶望的な戦場に確かな希望の光を灯した。
「ああ、ナイスだ瑠奈! ブルムロックのオッサン、次はそっちの番だ!」
「言われんでも分かっとるわい! オイ、バルドリック、嬢ちゃんばかりにええカッコさせとらんで、貴様もさっさと仕事をせんかい!」
ブルムロックに尻を叩かれ、無精髭の僧侶バルドリックは心底面倒くさそうに頭を掻く。
「へいへい、分かってますよ。死して尚こき使われてるとか、哀れすぎて涙がちょちょ切れるぜ……」
毒づきながらも、彼はゆっくりとアンデッドの群れへと歩みを進める。その手には黒ずんだ銀の聖印が握られていた。
「偽りの生に縋る亡者ども、安らかに眠りやがれ。お前らが在るべき場所は、ここじゃねぇ……『墓標の沈黙』!」
バルドリックが聖印を突き出すと、瑠奈の放った光とは対照的な、静かで重い霊気が波紋のように広がった。それは光ではなく、死そのものを肯定し、偽りの生命を否定する力。その霊気に触れたアンデッドたちは、怨嗟の声を上げる間もなく、まるで風化した砂
のようにサラサラと崩れ落ち、土へと変わる。
戦場に散った迷える魂は二人によって浄化されると、彷徨う屍から解き放たれ光の粒子へ変化すると輪廻の渦へ還っていく。
しかしその哀れな末路を救済したのはほんの一握り、二人の奮闘はまだまだ続くのであった……




