第073話 おっさん、vsスロウネラ
「マジで……ネクロマンサーなのか?」
この砦の戦いで散ったはずの戦死者たちが、ずるり、ずるりと大地を割って這い出す。白骨の指が土を掴む音に、ヨシダは思わず声を上げた。
「なぜ死者を冒涜する! なぜ、こんな真似を……!」
日本人の常識を持つヨシダにとって、死者の尊厳を踏み躙る禁忌は到底看過できず、湧き上がる怒りを抑えられなかった。
「……無縁の魂たちは、あなたの仕える女神――いいえ、それを束ねる神の定めた無慈悲なる秩序、すなわち運命の輪の犠牲者ですわ」
怠惰の魔女スロウネラは、淡々と答える。まるで事実を読み上げるかのように、感情の起伏が一切ない。
「彼らは運命に縛られ、この地で果てることを定められた哀れな魂。わたくしはその鎖を断ち切り、彼らに新たな自由を与えただけですの」
「それはアンタ達の勝手な解釈だろう? 此処に眠る死者達が望んだ事か?」
ヨシダの声は荒ぶる。だがスロウネラは微動だにせず、冷ややかに返す。
「それをあなた方が仰りますか? 彼らが此処で果てたのも運命と言う名の無慈悲な秩序によるもの、彼らの望んだ最期と言えまして?」
「……それは……仕方がないことじゃないのか?」
思わず口ごもる。戦で命を落とすそれは抗えぬ現実だ。
「仕方がない、ですって?」
スロウネラの唇がわずかに歪む。
「わたくしたち『ヘプタ・ノクティア・カラミタス』は、まさにその運命によって未来を閉ざされた者の集まり。彼の方により渾沌なる自由を授けられた存在ですの」
「アンタ達の境遇には同情する……」
ヨシダは深く息を吐き、しかし視線を逸らさなかった。
「だからと言って死者の眠りを妨げ、俺達と戦わせるのは間違ってる、それじゃあ運命の輪に従ってるのと同じ事だ」
怒り、戸惑い、相容れぬ価値観――ヨシダの胸中で渦巻く思いが言葉に宿る。しかしその言葉も、スロウネラの凪いだ心の湖面に波紋を描く事はなかった。
「ヨシダ様、貴方に個人的な恨みはございません」
スロウネラは恭しく一礼した。
「しかし邪悪な女神の使いとあらば、お相手するのが私共の役目、どうかご理解下さいませ」
その丁寧な口ぶりに、ヨシダは一瞬、毒気を抜かれた。だが目の前では、呻き声を上げる死者たちが、次々と地の底から這い出しつつあった。
「無慈悲なる秩序の枷。望まざる欺瞞の死。無縁の魂よ、偽りの安寧を断ち切り、怠惰なる我の呼び声に答えよ! 『堕落の鎮魂歌』」
両の手を広げ、静々と詠唱するスロウネラの前に現れたのは、生きた時代も、仕えた国も異なる――血の通わぬ無言の戦士。
百は優に超える骸、その眼窩に灯る赤い炎は望まぬ死を怨む未練の燈。怨嗟に燃える赤き瞳は生者に向けた憎悪のそれか――無念に潰えし己が畢生に向けてか……
「カッカッカッ……」
「ギッギィィィ〜……」
骨と骨が擦れ合う不快な音と、土を掻き分け際限なく現れる数の暴力がもたらす絶望的な光景に、敵味方問わず皆一様に動きを止める。
「ふざけるなっ! 死んだ後まで戦わせるなんて、アタシが許さない!」
最初に沈黙を破ったのはフレアだった。既にニンジャの事など頭に無く、スロウネラの非道な行いで怒り心頭に発すると、炎の剣は呼応する様に激しく燃え上がる。
対するムエイも勝負を預けると、迫り来る亡者を躱わし百鬼夜行の成り行きを伺うが、敵も味方も隔てなく襲い掛かる死者の群れは、ニンジャのムエイをして阿鼻叫喚の地獄絵図と言わさしめた。
「如何する、ヨシダ!」
フレアの叫びが、目の前の異常な光景からヨシダの意識を引き戻す。死者の群れに圧倒されていたヨシダはすぐさま戦況の確認を行う。
「キャトリーヌとは合流済み、フレアとニンジャは勝負を預けてる、レイラとサムライは……って、まだやっとるんかい!」
雨後の筍の様に現れるアンデットなどお構いなしで、蹴るは殴るは切り刻むは、邪魔する物は全て破壊し、今なお死闘を続ける脳筋達。
「レイラッ! サムライのアンタもだ! 周りを見てみろ、アンタらのバトルは後回しだ。全く、俺は引率の先生かよ」
異常な光景の中、異常な戦いを繰り広げる、異常な二人に呆れながらもツッコミを入れて現実に引き戻すヨシダは愚痴りながらも戦況の確認を急ぐ。
「キャトリーヌ、バードビューでアンデットの数を確認してくれ」
「分かったにゃ! う〜んと……数が多過ぎて指が足らんにゃ!」
キャトリーヌの報告に一瞬ガクッとくるヨシダだが、敵影数え切れないと修正し、次の指示を出す。
「数は分かった(てないけど)、次は分布と動きは如何なっている」
「敵は中庭全体にほぼ均等にゃ、動きは……バラバラで生きてるしとを目掛けてるにゃ、あっ、貴族と負傷者が囲まれてるにゃ」
「数は多いが移動は遅く、組織だった動きも無い――行動原理は生への執着か恨み……と言った所か。お手本の様なアンデットだな」
戦況の把握は出来た、しかし日本人の価値観がヨシダに二の足を踏ませる。死者への冒涜だ、許されざる禁忌だと言ってはみたが、生き延びるためには操られた哀れな骸を倒さなければならない。自らの手を汚したく無いのであれば逃げると言う策もある。
しかし、この任務が失敗に終わった時、後の無いジャイアル伯爵は竜の遺骸を使い、王都に攻め入る事は想像に難く無く、国王が王命を持って戒めた竜との関係を、竜災の再来という最悪の形を持って犯す事となる……
「直接やるか、間接やるか、それに拘るのは残ったわしらの我儘じゃろうか……」
出撃前のタリシアの言葉が脳裏をよぎる。
「分かってるって! 誰がやろうがやるまいが、あの夜の悲劇は繰り返させない……俺はその為に理の外にいる」
何より――フレアに誓ったあの日の夜を全て嘘にしてしまう。
「瑠奈! アンデッドに有効な祝詞はあるか!?」
「ある……けど、発動に時間がかかる!」
巫女である瑠奈にとって、死者を冒涜するネクロマンシーは許しがたい。彼女の顔は蒼白だったが、その瞳には強い怒りの光が宿っていた。
「分かった! ブルムロックのオッサンの所はプリースト系でアイツらを浄化出来る奴が居るか?」
私兵を処理していた鋼匠の心臓のリーダー、ブルムロック・ハンマーフォージもこの異常事態に俺達の隣まで後退して来ていた。顔色は相変わらずの赤銅色だが、ベテラン冒険者すらもその表情を驚愕に染め、いよいよ持ってスロウネラの能力の凄まじさを痛感する。
「我はまだ50代じゃけんオッサン呼ばわりはお断りじゃ、っと、そんなことより僧侶系じゃったな、オイ、バルドリック貴様の出番じゃ」
ヨシダのオッサン呼ばわりに敏感に反論するが、すぐさま仲間の僧侶を呼びつけるブルムロック。
「んだよ、面倒くせぇ、死ねよ……」
王都冒険者ギルドの苦労人、ブルムロックに呼ばれて現れたのはヒューマンの僧侶。着崩した法衣に無精髭、長髪を後ろで一纏めにした、一癖も二癖も有りそうな毒舌の中年男だった。
「その口癖はどうにかならんのか……まあ良い、敵は既に死んどるけん貴様の出番じゃ。そっちの巫女の嬢ちゃんと協力して目の前の仏を土に帰すんじゃ」
「ヤレヤレ、ちゃんと死んどけよ。今からコイツらにお仕置きだ、嬢ちゃん何処までイケる?」
「せやな、ウチがいっぺんに行けるんは……一度に10体が限界や」
「了解だ、その若さで、そんだけ出来りゃ上等だ」
眼前に広がる屍の野に臆す事なく前に出る毒舌の破壊僧。長年王都のトップティアで培った自信と腕はいささかの揺らぎも無かった。
ヨシダは得体の知れない破壊僧に一抹の不安を覚えながらも、作戦指揮を取るのであった……




