第68話 おっさん、ニンジャに遭遇する
最終確認を終え、俺たちは作戦本部を後にする。フレア、瑠奈、鬼灯、そして俺。既に現場に潜入済みのキャトリーヌを除いた4人は闇夜に紛れてトロイド砦へと向かった。
辿り着いた北側の崖に面した隠し洞窟に辿り着く。その中に光源はなく真っ暗闇で、入り口は大人が一人やっと通れるほどの大きさだが、中は縦2m幅1.5mほどで鬼灯以外は難なく通り抜けられる広さが確保されている。
洞窟の突き当たりに錆び付いた鉄格子が嵌り、その先にはそれと分かる人工的な通路が続き、先頭の鬼灯がその鉄格子を音もなく捻じ曲げて道を開く。
(流石は鬼人族か、幾ら錆びてるとはいえこの太さの鉄格子をいとも簡単に捻じ曲げるとは……)
改めて鬼灯の腕力に舌を巻いた俺たちも、洞窟から次々と砦の内部へと侵入する。中は空気が澱み湿った黴臭い空気が漂う石造りの通路だった。キャトリーヌの案内で迷路の様に入り組んだ秘密通路を魔導具の光を頼りに暫く進んでいくと、不意に先頭の鬼灯が立ち止まり、身を屈める。
「……誰か来る」
秘密の地下道を抜け、砦の内部へと足を踏み入れた瞬間、緊張が走る。通路の先から、松明の明かりと話し声が近付いてくる。ここは作戦の要、極力戦闘は避け、発見されずに中心部へ辿り着きたい。俺たちは咄嗟に、通路の脇にあった窪みへと身を隠した。
「おい、聞いたか? ジャイアル伯爵様が持ち込んだ例の『ブツ』のことだよ」
「ああ、あれな、竜の死体だろ? あんなもん、一体何に使うんだか……気味が悪いぜ」
「そっちも気にはなるが、最近は用心棒に極東のサムライを雇ったりしてるしなぁ……俺たちゃ長く仕えちゃいるが他所モンにデカい顔されるのはなぁ、その割食って歩哨の様な下っ端仕事だ」
「全くだ。ま、言っても始まらんか、それよりよそモンと言えば最近見る様になった三人の魔女様達、どこから来たのか知らねぇがえっらい美人揃いでよぉ、伯爵様のお気に入りだそうだ」
「おう、見た見た、黒づくめの美女に、妖艶なお姉様、あとなんだっけ? 美人なんだけどいつも眠そうにしてる娘」
「ああソレソレ、まあ俺たちにゃ高嶺の花だがな」
「かぁー、良いねえ金ある奴らは、俺もあやかりてぇぜ」
「はは、本当に羨ましいかぎりだな」
すれ違う兵士たちの会話に俺たちは息を殺す。やはりジャイアル伯爵はここに居る。そして読み通り『竜の遺骸』もここに有る。
(見張のくせに緊張感のカケラも無いな。しかし、雑談とは言え三人の魔女とは一体……)
兵士たちが通り過ぎ、再び静寂が戻る。しかし、それも束の間だった。俺たちが窪みから出ようとした、その瞬間。
「ヨシダッち、後ろにゃっ!!」
魔導具からキャトリーヌの鋭い声と共に、殿の俺は背後の暗闇から殺気が迸るのを感じた、振り返る間もなく前を歩く瑠奈を押し倒し前に伏せる、間一髪、辛うじて避ける事ができた。
「な、なんやヨシダはん、こないなところで……もう」
確かに瑠奈を押し倒して、俺の股間が瑠奈の小ぶりだが柔らかな桃に押し付けられているが、今はそれどころでは無い。
「敵襲だ、すまんキャトリーヌのナビが無かったらやられてた」
フレアが咄嗟に剣を抜き構えを取ると、暗闇に溶けたその実態が見る間に露わになる。黒装束に目出しの頭巾、鉢金と逆手に持った忍者刀……まごう事なき忍者だ。
「ほう、拙者の一撃を躱わすとは少しはやる様でござるな、しかしネズミが入り込んだとあらば、見過ごす訳にはいかんでござる」
忍者は覆面の下で僅かに笑うと音も無くと刀を構える。まずい、ここで足止めを食らうのは最悪の展開だ。
しかも相手は忍者、極東の殺戮マシンだ。その音も無く忍び寄る黒い影は、俺達の前に姿を現すと封じていた殺気を解放する。
(やるしか無いか……余裕を見せてる今がチャンスだっ、先手必勝!)
「フレア、新スキルを試すぞっ」
「おうさ、アタシの力を見せてやるっ」
俺が叫ぶと同時に、フレアがサムライに向かって突進する。しかし、それは陽動で本命は新しいスキルだ。
「重力波操作」
俺が叫ぶとニンジャの足元に重力の波が見える。その波は地面に向かって流れる様な波動を描き、その下向きの力を加速させる。
「な、なにっ、これは面妖な」
ニンジャの動きが、目に見えて鈍重になる。まるで鉛で出来た甲冑を着込み水中を動く様だ。
「かっ、体が……重い!?」
これが、新たに取得したスキル、『Gストーム・メタルアーマー』の力――重力波操作。重力波の波形や向きを操る事で様々な現象を起こす力だ。
今は、ニンジャの周囲の重力波を下向きに加速させ、その動きを強制的に封じ込める。直接的なダメージはないが、捕縛や無力化においては絶大な効果を発揮する。
「今だ、フレア」
「分かってる!」
動きを封じられたニンジャに、フレアのフレイムソードが迫る。ニンジャの周囲に張られた下向きの重力波はその炎の剣をも吸い寄せ加速させる。
「チェストォォォォ!」
気合い一閃、まるで彗星の如く炎の尾を引くその剣閃は間違いなくニンジャを捉える。
しかし、当のニンジャはフレアの剣を喰らってなおそこに立つ。
「ニヤリ」笑みを一つ残すと「ポン」と小気味いい音と共にその姿は丸太に変わる。
「空蝉の術か、忍術で重力の頸木から逃れるのか?」
完全に捉えたと思った、フレアの顔がそう物語っている。
「くくく、中々の剛剣でござるが、当たらなければ児戯にも等しいでござるよ」
天井に逆さ立ちのニンジャは小馬鹿にした様に笑い、挑発してくる。
「拙者の忍術の前には加重の術など首輪の無い鎖も同然、ではこちらも行かせてもらうでござる」
忍んで無いニンジャはやけに饒舌で、獲物を選ぶ獣の様な目フレアに狙いを定めると無数の手裏剣をばら撒く。
「キンキンキン」
甲高い金属音が暗い地下通路に反響する。フレアは飛来する手裏剣をその正確無比な剣捌きで全て叩き落とす。
「ほう、ではこれならどうだ」
「シュシュシュシュシュ」
澱んだ空気を切り裂き、同時に飛来する数を増したそれはフレアに襲いかかる。
「くっ、」
しかしフレアも負けてはいない、薄暗い地下通路で赤く尾を引く炎の剣は、炎を纏う蛇の如くその全てを喰らい尽くす。
「まだまだっ!」
此方の手が届かない天井から飛び道具での攻撃に防戦一方となるフレア、容赦なく降り注ぐ手裏剣の雨はジリジリと彼女を消耗させる。不味いな、このままじゃジリ貧だ。
「どうしたどうした? 段々追いつかなくなってるでござるぞ?」
頭巾の奥の嗜虐的な笑みを滲ませながら、時に時間差、時にフェイントを織り交ぜ、さも楽しそうに手裏剣を繰り出してくる。絶対コイツ性格悪いわ。
「ハアハアハア、中々……やるじゃ無いかい」
激しくなる攻撃を辛うじて退けるが、このままでは時間も体力も無駄に消費してしまう。もっとも敵はそれを知ってて遊んでいるのだろう。全く性格も悪いが根性も曲がってる。
「ほほう、中々粘るでござる」
(クソ、重力波操作での拘束は空蝉で破られてるし、絶え間ない飛び道具が次への一手を邪魔してウザい……どうする)
「ヨシダ、こんな所で時間を使ってる暇は無い、出し惜しみは無しだよ」
じれたフレアがそう叫ぶ、敵は明らかに俺達の足止めが目的だ、その手に乗って任務失敗など目も当てられない。
「分かってる!」
分かっちゃいるが、あの手裏剣攻撃を何とかしないと次の手が打てない。どうする? フレアの防御にも限界がある。余裕綽々のニンジャを睨み次の一手を思考する。出し惜しみは無しだ、見せてやるぜ、重力波操作の真骨頂を、逆さ立ちで遊んでられるのも今のうちだ。




