7話 朝食
結局エレンはそのままパージュで一晩過ごした。人の姿で就寝するのが初めてだったため、あまり落ち着かない様子だったが、一度眠れば起きることなくぐっすりと寝ることが出来た。そして朝を迎える。
『姫様、起きてください。』
部屋の窓から朝日が差し込み、朝の訪れを知らせるように小鳥がさえずる。
『起きてください。朝ですぞ。』
「うーん…。」
ベッドの上で丸まっているお姫様を起こすために爺やと呼ばれている杖が声をかけるが、眠り姫は簡単には起きてくれない。その姿に爺やは呆れる。
『はぁ、お寝坊なのは相変わらずですか。仕方ありませんね。』
ということでいつもの方法で起すことにする。
(『姫様、起きてください!!朝でございますぞ!!』)
「っ!?」
と言っても念話で起こすだけなのだが、頭の中に直接声が響くため否が応でも起こされてしまうのだ。念話で無理やり起こされたエレンは不機嫌そうな顔をしながら体を起こす。
『おはようございます、姫様。今日も気持ちの良い朝ですぞ』
「…私には最悪の朝よ、爺や。あぁ、頭が痛いわ。」
そういって頭を抱える。どうやら目覚めは最悪らしい。
『やれやれ、日頃から早起きの習慣を身につけていれば、そのようなことにはならずにすみましたのに。』
「…私の安眠を妨害する方に問題があるわよ。」
(『そう言う訳にも行きませんぞ!!これから先日のクラウスとかいう男からの迎えに来るのです!!のんびりなんぞしてられません!!』)
「わかったから念話で話しかけないでよね!!あぁもう、頭に響くわぁ…。」
あまり反論出来ないところをみると、寝起きには堪えるものがあるようだ。余韻にも浸れず叩き起こされるのであった。
『では御目覚めになられたようですし、お顔を洗いに行きましょう。』
「うぅ…。」
また念話を使って怒鳴られたらたまったもんじゃない。エレンは面倒くさいと思いながらも仕方なくベッドから出る。寝るときは下着でいたので脱いでいた服を着る。ローブと帽子、アクセサリーは邪魔になるため置いておく。爺やと呼ばれる杖も置いておきたかったのだが、後でうるさく言われると面倒くさいため連れていく。
「あ、エレンさん。おはようございます。」
一階に下りるとマールが食事用のテーブルを拭いていた。何名か朝食を取るのに一階を利用しているらしく、彼女もすでに宿屋の仕事を始めていた。下りてきたエレンに気付いたマールが挨拶をしてきた。
「…おはよう。」
「…大丈夫ですか?どこか具合でも悪いのですか?」
顔色の優れないエレンの様子にマールは心配する。
「えぇ、大丈夫よ。朝に弱いから寝起きは大体いつもこうなのよ。」
実際はちがうのだが本当のことは言えないのでエレンは、適当な理由を述べる。
「そうなんですか。でも無理はしないでくださいね。」
「ありがとう。ちょっと顔を洗わせてちょうだい。」
「わかりました。あちらの裏口にある水瓶に井戸水を汲んでありますので、それを使ってください。あとで顔を拭けるタオルを持っていきますね。」
「なんだか悪いわね。」
「ふふ、気にしないでください。」
そう言ってマールはお店の奥の方にタオルを取りに向かった。エレンは顔を洗うために教えてもらった裏口の方に向かう。
クレッツィオの街は、街道と街道を結ぶ十字路を中心に円形に広がっている。そして街道に繋がる道は大通りとなっており、通り沿いにはお店や宿屋などが多い。エレンたちが泊っているパージュもこの大通り沿いにあり、あちらの方がお店の表にあたる。反対側の裏口の方は住宅が並ぶ路地が通っており、街の住人が人ごみを避けるのに利用するのか、それなりに人の往来があった。
裏口を出ると横にはエレンの胸元ぐらい高さのある水瓶が置いてあった。その横には木製のバケツが置いてあったので、それに水を汲んで顔を洗う。
「~っ!!」
水はひんやりと冷たく、眠気覚ましに十分効果があった。それから何度か顔を洗っているとマールがタオルを持ってきてくれた。
「エレンさん、どうぞ。」
「ありがとう。おかげで目が覚めたわ。」
マールからタオルを受け取り、顔の水滴を拭う。
「エレンさん、朝食の用意が出来てますけど、どうしますか?」
「ホント!?もちろん頂くわ!!もしかして昨夜のパンはまたあるのかしら!?」
それを聞いたエレンは先程とは打って変わって嬉しそうに食い付いた。余程昨夜のパンが気に入ったらしい。
「すみません。昨日のパンはありませんが、今朝は良い食材が入りましたのでそれを使って作りました。こちらも美味しく出来ましたよ。」
「それは楽しみね!!あ、タオルありがとうね。」
使ったタオルをマールに返す。
「では、朝食にしましょう。」
マールとエレンは宿屋の中に戻ることにする。
「あら?ケイさんが来てますね。」
中に入ると受付のところでアイラがメガネをかけた女性と楽しそうに話をしていた。ケイと呼ばれる女性は細身で背が高く、フード付きの緑色のマントを身に纏っていた。そしてマントとは対照的に紅蓮のような赤色の髪を後ろで短く束ねており、その格好がどちらかと言うと男の子よりな印象を与えさせていた。
「やぁマール、おはよう。そちらのお嬢ちゃんが新しい子かな?」
「おはようございます、ケイさん。こちらはエレンさんです。」
二人はアイラ達のもとに寄り、エレンのことを紹介する。
「よろしくお嬢さん。ぼくはケイト。クラウスさんに頼まれて君を迎えに来たんだ。」
そう言って彼女は握手を求めるように手を差し出す。話し方や仕草もどこか男の子ような印象を与える。しかし、クラウスのことを思い出したのか、エレンはケイトのことを訝しむように睨みつける。それを見てマールがフォローに入る。
「エレンさん、大丈夫ですよ。ケイさんもクラウスさんも、悪い人ではありませんから。」
その様子に突然ケイトが笑い出す。
「あはは、またあの人はやらかしたんだね。相変わらず学ばない人だなぁ。」
いつものことだとケイトは笑い、差し出していた手を引っ込める。
「初対面の人間に信用しろなんて言われてもなかなかできるもんじゃないからね。疑われても仕方がないよ。ぼくでも疑っちゃうよ。」
そう言って屈託のない笑顔を向けてくる。その姿にエレンは面喰ったのか戸惑ってしまう。
(『…姫様』)
(「うっ、わかっているわよ。」)
昨晩話し合いで決めたのだ。ここは我慢である。気持ちを切り替えるために一度咳払いをする。
「し、仕方が無いわね。話を聞くだけだからね。もし少しでも変なことをするようだったら、容赦しないわよ。」
「本当かい?それは助かるよ。これで手ぶらで帰らずに済みそうだ。」
空振りせずに済んだと胸を撫で下ろすケイト。様子を見ていたマールも安堵したように息をつく。
「はいはい、それじゃあ朝食出してあげるから適当にテーブルに座りな。これ以上立ち話されても仕事の邪魔だよ。ケイト、あんたの分も出してあげるから、お嬢ちゃんと一緒に座ってな。」
頃会いを見計らっていたのか、アンナが割って入ってきた。
「えぇ!?いいですよ、そんな気を使っていただかなくて。」
「アンタこそ気を使ってんじゃないよ。どうせたまにしか来ないんだから、こういう時くらい甘えたってかまわないんだよ。」
「あはは、かないませんねぇ。では、御言葉に甘えて。ありがたくいただきます。」
「ほらマール。アンタはこっちだよ。」
「あうー。私も一緒に食事したいです。」
「駄々こねんじゃない。早く行くよ。」
そう言ってマール引きずるようにお店の奥へと消えていった。
「ふふ、アイラさんも相変わらずだなぁ。」
そしてマールとアンナがいなくなり、エレンとケイト二人きりとなった。
「さて、それじゃあぼくたちは座って待っていようか。」
ケイトは改めて手を差し伸べる。どうやらテーブルまでエスコートするつもりらしい。しかし、エレンはその手を受け取らずに歩きだした。
「別にあなたたちと慣れ合うつもりはないんだから。勘違いしないでよね。」
そのまま空いているテーブルに一人向かうエレン。
「あはは、なかなかに手厳しいね。」
口ではそう言うものの、ケイトはどこか楽しそうだった。エレンたちは四人用のテーブルに向かい合わせに座って朝食が来るのを待った。と言ってもすでに料理は出来あがっていたらしく、テーブルに着いてからそれほど時間はかからなかった。
「はい、お待たせしました。」
「ありがとうマール。」
「遅かったじゃない。待ち遠しかったわよ。」
それ程時間はかかっていないのだがそれでも待ち切れなかったらしい。先程と打って変わってエレンはうずうずとしており、その姿は微笑ましく感じた。
「うふふ、ゆっくり召し上がってください。」
運ばれた朝食はパンケーキ二枚と野菜のスープのようだ。
「パンケーキにはこのジャムを使ってください。」
そう言ってさらに二つの溶器をテーブルに置いた。容器には山吹色と赤色のジャムが入っていた。
「山吹色の方はリンゴのジャムで、赤色の方は木の実のジャムです。どっちも美味しいんですよ。」
どうやらマールのお気に入りらしい。そしてマールは自分の朝食を用意してエレンの横に座る。
「あれ?お店の仕事をしなくてもいいのかい?」
疑問に思ったケイトがマールに訊ねた。
「アイラさんに無理言ってお願いしました。」
「まったく困ったもんだよ。全然仕事に集中しないんだよ、この子は。」
呆れながらも三人分のお茶を用意してくれるアイラ。
「えへへ、す、すみません。」
マールは、はにかみながら謝る。幸い朝食には遅い時間だったため今は利用者が少なく、マールが少し抜けても仕事に支障は出ないようだ
「ごはん済んだら後できっちり働いてもらうからね。」
そう言ってお店の奥にアイラは戻っていった。
「まぁ、せっかくアイラさんから許可が下りたんだ、三人でいただこう。彼女も我慢ができなさそうだしね。」
「べ、別に我慢なんてしてないわよ。勘違いしないでよね。」
ケイトに指摘されて慌てて取り繕うエレンだが、口元のしずくがすべてを物語っていた。
「そうですね、それではいただきましょうか。」
二人のやり取りを見てマールは楽しそうに笑う。エレンは納得いかないと思うも食欲には勝てず、気を取り直して食事に取りかかる。まずはじめにパンケーキにリンゴのジャムを塗って食べてみる。
「っ!?あま~い!!」
パンケーキのふわっとした触感にも驚いたが、その上にかけたジャムはこれまでにないほど甘いと思った。リンゴの風味と甘みがジャムの中に凝縮されており、口の中でとろけて広がる。まさに甘美である
「こっちのジャムは酸味が利いてあっさりしているなぁ。このパンケーキとも相性がいいね。」
ケイトは木の実のジャムをかけて食べていた。気になったエレンはもう一枚のパンケーキに木の実のジャムを塗ってみる。
「う~ん、ホント甘酸っぱい。でもおいしいわね。」
リンゴのジャムとは違ってあっさりとした甘さをしており、少し酸味を含んでいる。しかしその味は頬っぺたが緩むような刺激を与え、口の中で唾液があふれ出てくるのを抑えられない。甘すぎず、酸っぱすぎず、絶妙なバランスだ。食が進む。
「このポトフも美味しく出来て良かったです。」
「あぁ、この芋もほっくりとしていて食べ応えがあるし、人参なんかも柔らかくなって美味しいよ。」
「この棒状のお肉みたいなのもすごく美味しいわね。塩気があってとてもいいわ。」
「それはソーセージですね。中に塩で味付けされたお肉が入っているんです。保存もききますしいろんな料理に使えるのでとても便利なんですよ。」
「へぇー、そうなんだ。」
ポトフと呼ばれるスープは全体的には薄めの味付けだが野菜が柔らかくなるまで煮込んでおり、野菜ひとつひとつの甘さが出ていた。またソーセージと呼ばれるお肉の味には驚きだった。ひと噛みしただけで濃い肉汁が口の中で弾けて広がる。それがアクセントとなってこのスープを飽きさせないのだ。満足そうに朝食を食べる三人。そしてあっという間に朝食を食べ終わるのであった。
今年の更新はここまでです。
次回1月5日(木)更新予定です。
お読みいただきありがとうございます!
皆さん良いお年をお過ごしください。




