6話 マール
「ふぅ、ごちそうさま。」
「はい、お粗末さまです。」
マールが食べ終わった食器を片付け、持ってきた籠の中にまとめていく。お姫様はパンを食べて満足したのかベッドに腰掛けてくつろいでいた。
「本当においしかったわ。今までこんなに美味しいもの食べたことないわね。」
「うふふ、ありがとうございます。そう言ってもらえるとうれしいですね。」
「これはあなたが作ったの?」
「はい、そうです。」
どうやら夕飯はマールが作ったものらしく、お姫様に自分で作った料理を気に入ってもらったことにマールはよろこんでいた。それを知ったお姫様はマールに感心していた。
「マールって言ったかしら、あなたってすごいのね。」
「そ、そんなことないですよ。この料理も簡単なものですから、覚えれば誰でも作れちゃいますし、
それ以外のことはうまく出来てませんから。」
自分に自信がないのかうつむきながら答える。
「そんなことはないわ。こんなに美味しいものを作れるんだもの、マールはすごいわ。」
「そ、そうですか?」
「もちろん。この私が認めるのだから、もっと自信を持ちなさい。」
「あ、ありがとうございます。…えっと…。」
「私の名前はエレネシアよ。エレンでいいわ。」
「はい、エレンさん。」
お姫様に認められたからと言ってすごくなるわけでもないのだが、それでもマールにとっては嬉しかったようだ。
「エレンさん、よろしければこちらもどうぞ。」
そう言って籠の中から先程とは別の水差しとコップを2つ取り出す。コップの中に中身を注ぎ込み、一つをお姫様に渡す。
「ありがとう。ん?何かしらこの感じ。」
コップを受け取った時、空気が体の中を突き抜けるような感じがした。コップの中身は透き通った薄緑色をしており、少し鼻を突くような刺激とほのかな柑橘の香りを感じた。その感覚が不思議と満たされたおなかを落ち着かせてくれる。
「これは薬草のひとつを煎じたお茶にオレンジの果汁と砂糖を少し加えてるんですよ。刺激が強いようであれば、お湯で薄めますので言ってくださいね。」
自分の分を用意したマールが飲んで見せる。お茶の出来に納得いったのか、満足そうな顔尾をする。それにならってお姫様もお茶を飲んでみる。
「いかがですか?」
「…何か変な感じ。温かいものを飲んでいるのに口の中がスースーして、まるで冷たい息をはいてるみたい。」
一口飲んだお姫様は初めての感覚に驚くも、不思議な感覚にとらわれてしまい眉をハの字に寄せてしてコップを見つめる。その様子がおもしろいのかマールはクスクスと笑う。
「それがこのお茶の特徴なんですよ。飲みはじめはスースーするんですけど、時間がたてばそれも落ち着いてきますよ。本当はそのまま飲んでもいいのですが、少し苦味があるので私好み味付けしています。」
「へぇ、おもしろいわねぇ。」
説明を受けている間にも口の感覚が戻る。それがおもしろく感じ、お姫様はもう一口飲んでみる。
「お味はいかがでしょうか?きつくないですかねぇ?」
「えぇ大丈夫よ。最初は戸惑ったけれど、慣れると意外と美味しく感じられるわ。」
口の感覚も慣れはじめ、味を楽しめるようになった。薄めているとはいえ薬草を煎じているため少し苦味と渋みを感じるものの、砂糖の甘さとオレンジの酸味で緩和されている。また薬草とオレンジの香りがマッチしており爽やかな気持ちにさせる。
「本当は花蜜の方がいいのですが、私ではとても手が出せないものなので、代わりに砂糖をいれてるんです。」
「はなみつ?何それ?」
「知りませんか?お花からは蜜というものが取れるそうなのですが、それがすごく甘くて美味しいんですよ。ですが集めるのが難しいみたいで、少量であっても値段が高くて手がつけられません。それでもすぐに売れてしまうので市場でもあまり見ることがないんですけど。」
「ふーん、そんなに美味しいの?その花蜜って。」
「それはもう病みつきになるほどの美味しさです!!私も一口だけでしたが、それだけでも夢中になってしまいました!!頬っぺたが落ちてしまうんじゃないかと言うくらいにまろやかでとろける程上品に甘く、飲み込んでもその美味しさが口の中に残る程に濃厚なのです!!その時ちょうどお昼時でしたが、花蜜を食べてから他のものを口にするのを惜しんでしまい、結局その日は何も食べずに過ごしてしまいました。」
「そ、そう。それはすごいわね。」
マールの熱の入った説明に気圧されるものの、気になる話でもあった。
「マールがそこまで言うのものなら、ちょっと食べてみたいわね。」
「ご用意できれば食べさせてあげたかったのですが…。すみません。」
「なんでそこであなたが謝るのよ。」
「それは、その…。すみません。」
こういう時に謝ることが癖となっているのだろう、マールは俯いてしまった。その姿に見兼ねたお姫様はマールに声をかける。
「そしたらマール、あなたに一つお願いがあるわ。」
「おね、がい?」
「えぇそうよ。もし私が花蜜を持ってきたら、それを使って美味しいものを作ってくれないかしら?」
「え?」
(『ちょっと姫様、何をおっしゃってらっしゃるんですか!?』)
(「いいから。爺やは黙ってて。」)
お姫様が突然の言葉に理解が出来ていないのか、マールはキョトンとした表情を浮かべていた。
「それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味よ。もし私が花蜜を手に入れることが出来たら、その時はあなたのところに持ってきてあげるわ。その代りに私のために花蜜を使って美味しいものを作りなさい。」
「え、えーっ!?で、でも、そんな貴重なもの、私なんかが使うだなんて、そんなぁ…。」
「いいマール。あなただから頼むのよ。あなたは私が認めた人間なの。あなたはすごいんだから、もっと自信を持ちなさい。いいわね?」
「…わかりました。その時は喜んでもらえるように頑張ります。ありがとうございます、エレンさん。」
「期待してるわよ。」
そう言って嬉しそうにお茶を飲むお姫様。お姫様なりに気を遣ったのだろう、やや強引ではあるがそれでもマールは嬉しかった。だがそんなお姫様がうらやましくも思った。
「…エレンさんはすごいですね。」
「ん?何が?」
「エレンさんは自信に満ちあふれています。それがすごいなって思って。エレンさんはこんな私をすごいって褒めてくれました。ですが私は自分に自信がもてません。何をやっても失敗ばかりで、アイラさんにはいつも怒られてばっかりなんです。自分でもなんでうまく出来ないのかわからないんです。それでも一生懸命やってるんですけど…、やっぱり私はダメなのかなって思っちゃうんです。」
俯きながら自分自身を否定するようにマールはつぶやく。
「あんた馬鹿じゃないの?」
しかし、そんなマールに対してお姫様は呆れたように言い放った。
「え?」
「そんなこと考えてるからダメなのよ。失敗したから何?怒られたからって何?別に気にしなくていいじゃない。失敗したなら次出来るようになればいい。怒られても落ちこむ必要なんてないわ。」
「で、でも…。」
「そもそもあなたは勘違いしているわ、マール。」
「え?」
「自信の有無なんて関係ないわ。私はただ自分がやりたいからやっているのよ。そんなことに振り回されたって楽しく生きていけないわ。」
「自分がやりたいこと…。」
「そう。結局自分はどうしたいのか、そこが一番大事なわけよ。自信が無いなんてそんなの、失敗を恐れたただの言い訳よ。」
もっとも失敗したくないからこそ自信の有無で悩むのであるのだが、お姫様はそういうことで悩んだことがないようだ。
「それでも心配なら私を信じなさい。さっきも言ったでしょ?あなたは私が認めた人間だって、だから私を信じなさい。」
「エレンさん…ぐすっ。」
「ちょ、ちょっと、なんで泣くのよ。」
突然涙ぐむマールの様子に慌てるお姫様。
「すみません。嬉しくって、つい。」
こんな自分を信じると言ってくれる人がいる。そのことがあまりにも嬉しくて、マール目から涙がこぼれる。
「嬉しいのなら笑いなさいよね。」
「…はい!」
「あの、エレンさん。私からもお願いがあるのですが、よろしいでしょうか。」
「ん?何かしら?」
マールの涙が収まるまでお姫様はお茶をおかわりして楽しんでいた。涙が収まったマールは、お姫様に声をかけるも何やらもじもじとしていた。そして意を決したの、かお姫様に問いかける。
「よろしければその、私と、お、お友達に、なって、もらえませんか?」
「いいわよ。別に。」
「その、私となんかじゃあ、その、こんなウジウジウジ虫の私なんかじゃ嫌かもしれませんが、出来れば、その、仲良くしてもらえると…、って、えっ!?いいのですか!?」
「だからさっきからそう言ってるじゃない。て言うかアンタ、さっきも自分のことを蔑んでたわね。それ禁止。やめなさい。」
「で、でも…。」
「でもじゃないの。そんなこと言ってるから自分に自信失くすのよ。」
「あう…。」
「それに、自分の友達がそんなこと言ってたら悲しいじゃない。」
「え、エレンさん!」
お姫様の言葉に嬉しくなりお姫様を見つめるマール。
「う、何よ。別にあんたのために言ったんじゃないんだからね。」
そう言ってお姫様は恥ずかしそうに顔を背ける。しかしそれがいけなかった。
「あぁ、もう我慢できません。」
「え!?ちょ、ちょっと!!」
マールがお姫様に抱きついてきたのだ。突然のことに対応できず、そのままベッドに倒れこむ。幸いコップの中身は空っぽだったため、やけどすることはなかった
「ちょ、ちょっと、離れなさいよ!!」
「あ~もう、ホントにかわいいですぅ!!」
お姫様も必死に抵抗するも、放すどころか顔を近づけて頬擦りをしてくる。もはや欲望のままにお姫様を愛でていた。
「あぁ、もうっ!!」
やめる気配のないマールの額にめがけてお姫様は頭突きをする。
ゴンッ!!
「あうっ!?」
避けることが出来なかったマールは、頭突きをまともに受けた。
「いたたっ。」
「まったくもう、いい加減にしなさいよね。」
しかしお姫様も本気で怒っているわけではなかった。
「えへへ、すみません。」
それはマールもわかっていたようだ。そのことがおかしくってお互い笑ってしまった。
トントンッ
そこへノックの音が部屋に響いた。
「マールいるのかい?そろそろ戻って手伝っておくれ。」
それはアイラの声だった。どうやらマールを呼びに来たらしい。
「はーい、今行きます。」
マールはアイラに返事を返し、持ってきた食器を籠の中に片付ける。
「エレンさん、お話してくださってありがとうございます。そろそろ仕事に戻ります。よろしければ、あとでお茶のおかわりをおもちしましょうか?」
「ありがとう、もう大丈夫よ。おいしかったわ。」
「わかりました。いつでも用意出来るので、飲みたくなったら言ってください。それでは失礼します。」
挨拶をしてマールは籠を抱えて部屋を出て行く。
「…ふぅ。」
一人部屋に残った姫様は、ベッドに座ったままゆっくりと息をついた。
『…よろしかったのですか?』
そこで今まで黙っていた爺やが話しかけてきた。
「何が?」
『彼女と友達になられたことです。』
「…。」
爺やの問に彼女は答えない。いや、答えられなかった。爺やはお姫様の気持ちを察しながらも続ける。
『我々は彼女たちと別の生き物です。これから人間と関わっていく上では、繋がりというものは確かに必要です。ですが深く関わりすぎて悲しい思いをするのは姫様の方ですぞ。』
それは忠告だった。今後人間の世界を旅することで人との繋がりは必ず出来てしまうもの。そうなれば必然的にいろいろと問題が出てくるものである。特に寿命や種族の違いなど生き物としての問題はどうにかできるものではないのだ。そのためにもここで言っておかねばならないのだ。本来ならばあまり目立たない様に過ごすのが一番良いのだが、あくまでもこれはお姫様の旅である。彼女の選択をなるべく尊重し、それに使えるのが自分の役目であると爺やは心に決めていた。もっとも今回ことは爺やにも責任があるのだが。爺やのその思いを汲み取ったかどうかはさておき、少し間をおいてからお姫様は答えた。
「さっきも言ったでしょ?私は自分がやりたいからやるって。だからどんなことになろうと後悔なんてしないわ。」
『…そうですか。』
お姫様の答えを聞いた爺やはそれ以上何も言わなかった。姫様も窓から見える月を静かに眺めていたが、その姿は美しくも哀愁漂うものを感じさせた。
と言うわけで今回は2話投稿させていただきました。自分で言うのもなんですが、区切り方へただな。姫様もいろいろと悩むところがあるようです。今後どうなることやら。
次回29日(木)更新予定です。
お読みいただきありがとうございます!




