4話 パージュ
「さぁ、着きましたよ。」
クラウスの案内のもと辿り着いたのはパージュという宿屋だった。白を基調とした落ち着いた外観をしており三階建であった。一階を食事処になっており、夕食時のこの時間は冒険者や旅人たちで込み合っていた。
「あ、クラウスさん。いらっしゃい。」
中に入ったクラウスたちに気付いたのか、一人の女性が近づいてきた。
「こんばんは、マール。相変わらず忙しそうだね。」
「おかげさまで。これもクラウスさんがまじめに仕事をしているからですよ。」
「おいおい、お店の評判と私は関係ないだろ?」
「大有りです。うちだけじゃないですよ。他のお店の方だっておんなじこと言いますよ、きっと。」
「そんな大げさな。」
「そんなことありません。」
マールと呼ばれる女性は、お姫様より少し背が高く、若草色のエプロンと三角巾を身に付けていることからこの宿の店員ようだ。長く整えられた髪は瞳と同じ栗色に染まり、右目の下には特徴的な泣きボクロ。目尻の下がった表情におっとりした彼女の口調が相まってか、和やかで親しみやすい印象を感じさせた。
「ありがとう。それよりもまたお願いごと頼まれてくれないか?」
「それはその子ことですか?」
そう言ってマールはクラウスの隣に立っているお姫様を見る。
「そう。彼女をこの宿に泊めてあげてほしい。部屋は空いているかい?」
「えっ!?」
『!?』
クラウスの言うことにお姫様と爺やは驚かずにはいられなかった。
「えぇ、空いておりますよ。」
「それは助かった。お金は私が支払うよ。」
「お金は結構ですといつも言ってるじゃないですか。」
「そういう訳にもいかないさ。私も客の一人。お金を支払うのは当り前だよ。」
「相変わらず律儀な方ですね。」
「これも仕事をするうえで必要なことなのさ。」
「はいはい。」
二人は親しいのか、談笑を交えながらもお姫様の宿の手続きを進める。その横では姫様が困惑していた。
(「どういうことなの爺や?」)
(『私にもわかりません。』)
本来なら取り調べなど行ったり、牢獄に入れて監視するのが普通だろう。それなのに何故彼はそうせずにこのようなことをするのだろう。いろいろ考えてみたものの答えは出なかった。そうこうしているうちに手続きが終わったのかクラウスが話しかけてきた。
「それではお嬢さん。今日は遅いのでこちらの宿でお泊りください。また明日にはお迎えいたします。もしわからないことがありましたら、こちらのマールさんにお聞きください。」
「私はマール。よろしくね、お嬢さん。」
挨拶をしたマールは握手を求めて手を差し伸べた。
「…何を企んでいるの。」
しかし、お姫様はその手を受け取らず、低い声でクラウスに問いかける。
「ん?別に何も企んでおりませんよ?」
お姫様の様子に二人とも驚いたのかキョトンとした表情を浮かべていた。その反応が気に食わずお姫様を苛立たせた。
「嘘言わないでっ!!」
突然の怒声が店内に響き渡った。騒がしかった店内がシーンと静まり返り、原因である三人に視線が集まる。
(『ちょっと姫様!?落ち着いてください!!』)
爺やと呼ばれる杖がやめるように呼び掛けるが、それでもお姫様は気にせず続けた。
「門の前のことと言い、今と言い、何でこんなことをするのよ!?疑うなと言われる方がおかしいわよ!!」
彼女自身彼の行動に我慢が出来なかったのだ。何かを企むにしても回りくどい。短気な彼女としてはそれが許せなかった。だから聞いた。聞いたのだ。
「…。」
『…。』
彼女の言葉にクラウスは目をつむり黙ってしまった。爺やも事態を止めれなかったことに頭を悩ませていた。姫様は彼を睨みつけながら彼の返答を待っていた。そして先程まで賑わっていた店内は静寂が広まり、奥から聴こえる調理の作業音だけが響いた。
「…ふふっ」
しかし少しずつ周りがざわつき始め、マールさんが吹きこぼしたのを皮きりに、店内にいるお客さんたちは一斉に大笑いしだした。
「な、何がおかしいのよ!!あんたも黙って何か言いなさいよっ!!」
周りが何故笑らっているのかわからず、困惑するお姫様。クラウスに問うも、クラウスは顔に手お当ててため息をついていた。
「ガハハハ、相変わらずだな旦那!!」
「さっすが大将、モテモテだぜ!!」
「それでこそ、うちらのリーダーだわ!!」
しかしお姫様のその姿を見て、周りはさらに囃し立てる。
「あぁ~もう、可愛いい!!可愛いすぎですぅ!!」
「きゃ!?」
怒るお姫様の姿にマールはたまらず姫様に抱きついた。
「ちょ、ちょっと離れなさいよ!!」
姫様が抵抗するが意外にもマールの力は強く、なかなか離れることが出来ない。
「あぁもうほんとに可愛いい~。うちに欲しい!!クラウスさん、この子もらっていいですか?」
「やめなさいマール。彼女は物ではないのだ。それに彼女が嫌がってますから放してあげなさい。」
「えぇ~。」
しぶしぶお姫様を放すが名残惜しそうにマールは手をワシワシさせていた。解放された姫様はマールを警戒して杖を身構えて威嚇する。しかしその姿に焚きつけるものがあったのか、マールの眼が鋭く輝かせ、手の動きが加速した。
「いい加減にしなさい。すみませんお嬢さん。彼女は可愛いものには目がないのだ。」
「可愛いは正義ですよ、クラウスさん。それにもともとはクラウスさんが原因で怒ってんですよ。」
「それについてはすまないと思っている。説明せずに連れてこられれば、怪しまれるのも当たり前だな。私は冒険者ギルドの運営に携わっていましてね。将来有望な若者をこうやってたまにスカウトしているのですよ。」
「クラウスさんはこの街でギルドマスターしているんです。そしてここはギルド御用達の宿屋なんですよ。」
冒険者ギルドとは冒険者には欠かせない施設であり、ほとんどの街に配置されている。冒険者ギルドではさまざまな依頼を仲介として引き受け、冒険者に依頼を紹介し、達成した冒険者には相応の報酬を出しており、ほとんどの冒険者がギルドを利用して生計を立てている。またギルドでは依頼は幅広く引き受けており、御使いやお簡単な御手伝い程度の依頼もあれば危険度の高い魔物退治やダンジョン探索の依頼などもある。また貴族や皇族からの依頼もたまに入り、多くの場合が複数のパーティーに依頼することがあり、多額の報酬も出されることもあるのだ。しかし報酬金額が高ければ高いほど危険度が高くなることが多い。そのためにギルド側でランク分けを行い、冒険者の力量に合わせて紹介出来る依頼を仕分けしている。ランクは高い順にS、A、B、C、D、E、Fの順番となる。年齢には制限がなく、ギルドに加盟すれば誰でも依頼を受けられるようになる。初めはFランクの依頼しか受けることしか出来ないが、ある程度依頼をこなしギルド側に実力を認めてもらえれば、上のランクの依頼を紹介してもらえるようになる。基本的にはパーティーを組んで依頼を受けるのだが、上級ランクには少数での依頼もあったりするため、SランクやAランクには単独で行動する者もいる。そしてそれぞれの街には必ずギルドマスターがおり、彼らを中心にギルドの運営を行っている。ギルドマスターにはSランクの冒険者の中から選ばれることが決まりがあり、クラウスもSランク冒険者として昔は各地を巡る冒険者の一人だった。ギルドマスターに就任してからは、自らの経験を活かしギルドの運営に力を入れていのだ。今回お姫様を助けたのもスカウトの一環だということだった。
「細かい説明などを含めて明日ギルドでお話ししようと思っていたのですが、私の配慮がなかったばかりにご迷惑をおかけいたしました。」
「相変わらずですね、クラウスさん。もしクラウスさんでなければ、きっと変態さんに間違わられるところでしたよ。」
「むっ。」
年配の男が年端も行かない少女を連れて歩くのだ。親子やパーティーであれば問題ないのだが、それにしてはあまり親しいようには見えない。それに知人を装って彼女に近づく手法など、誘拐犯などがやりそうな手法であり、とても褒められた方法ではない。クラウスの人柄をを知られていなければ問題になっていただろ。
「しかしあの場ではあぁする他になかったからな、仕方がなかったのだよ。」
「うっ、うるさいわねぇ。悪かったわよ。」
結局あそこでクラウスが止めなければもっと被害が出ていただろう。そのことを自覚してか口では謝るものの、素直になれず拗ねたようにそっぽを向く姫様。
「あ~ん。やっぱりこの子欲しいです。」
その姿にまたもマールは抱きつこうとするが、姫様も杖を構えて威嚇する。そのやり取りを見てクラウスはため息をつく。それが面白いのか周りからは笑い声が広がる。
「いい加減にしなマール!!」
バシッ!!
「った~い!?」
突然後ろから背中を叩かれたマールが飛び跳ねる。後ろにはエプロン姿の恰幅の良い年配の女性が立っていた。
「まったく、今は忙しいんだからいつまでも遊んでんじゃないよ。」
「いたたたたっ。痛いですよ、アイラさん。」
「口答えするんじゃないよ。もう料理出来てるからさっさと運びな。冷めちまうだろ。」
「は~い。」
名残惜しそうにしながらも、マールは急いで仕事に戻った。
「まったく。クラウスさんが来るたびに、あの子の手が止まるもんだから困ったものだよ。」
「すみませんアイラさん。いつもご迷惑おかけして。」
「ホントだよ。それよりクラウスさん。あんた早く戻ったほうがいいんじゃないのかい。またケイトに仕事任せきりだろ?」
「そうですね。いつまでも留守にするわけには行きませんですから、そろそろ戻ります。」
「そうしてあげな。だいたいスカウトなんて他の子たちに任せればいいじゃないか。」
「別に彼らを信用してない訳じゃないですよ。これはあくまで散歩のついでに行っているだけですから。」
「そういうところは昔から変わらないねぇ。」
アイラは呆れたように言うものの昔を懐かしむように目を細めて笑っていた。どうやら彼とは昔からの付き合いがあるようだ。
「さて、この子のことは私に任せて早く戻ってあげな。ケイトが待っているんだろ?それとこれは私からの選別だよ。」
アイラは手に持っていた小包をクラウスに渡した。
「ありがとうございます。ケイトも喜びますよ。」
「そう言うんだったら、たまにはお店に連れてきな。あの子はまじめすぎるから、たまに息抜きさせてあげなきゃダメだよ。」
「耳が痛いですね。では明日の朝にケイトが彼女を迎えに行きますので、その時に朝食を出してあげてください。」
「わかったよ。」
「それではアイラさん、その子のこと頼みます。」
アイラに伝えることを伝えた彼は、お姫様に向きなおり話しかける。
「お嬢さん、すみませんが今日はここにお泊まりください。明日の朝にはまた迎えに行きますので。それでは。」
「ちょ、ちょっと!?待ちなさいよ!!」
今だに納得が出来ずにいたお姫様は、クラウスを呼びとめようとするが彼は急いで宿を出て行ってしまう。追いかけようと続いて外に出るも、彼の姿はすでに人ごみに紛れており見失ってしまった。
「さてと、それじゃあお嬢ちゃんを部屋に案内してあげないとね。マール。」
「はーい。」
アイラはお店の中で作業をしているマールを呼びだす。
「この子を部屋まで案内してあげな。」
「わかりました。」
「くれぐれもお客さんに迷惑をかけるんじゃないよ。」
「わ、わかってますよ。」
アイラに釘を刺されつつ、マールはお姫様に近づき声をかける。
「それじゃあお部屋に案内してあげるね。」
「…。」
しかしお姫様はその声に答えず、不服そうな顔で虚空を睨みつけていた。
次回22日(木)更新予定です。
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