3話 クレッツィオ
「いやぁ、ここにおりましたか。」
それは何でもないごく普通の一言。落ち着いた男性の声が飛び込んできたのであった。しかしこの場においては男性のその落ち着きようは異常でしかなかった。その言葉に恐怖で凍りついていた者たちの意識が戻り、今度はその声の主のもとに視線を動かしたのだが、驚いたことにその人物はお姫様のすぐ後ろに立っていたのだ。姫様も声をかけられ、初めて彼の存在に気付いた。いくら怒りに身を任せていたとはいえ、声をかけられるまで彼の気配をまったく感じなかったことに驚き、高めていた魔力も霧散した。しかし、その驚きもすぐに怒りへと切り替わる。〝また邪魔者が来た〟そう考えた彼女はターゲットを衛兵から声の主へと替える。
「邪魔するんじゃないわよ!!」
振り向く回転を利用して、手に持つ杖を全力で振りかぶった。しかし―
パシッ
『「なっ!?」』
彼女の後ろには長身の茶色い髭と髪が綺麗に整った紳士風の男性が、振りかぶった彼女を顔の横で片手に受け止められていた。
「おやおや、何やらお怒りのご様子ですがいかがいたしましたか?」
攻撃されたにもかかわらず何事もなかったかのように話しかけてくる男性を目に、お姫様は目を見開いて驚いていた。男性は白いワイシャツに緑色のベストを羽織り、コゲ茶色のスラックスと落ち着きのある服装をしているが、日頃から鍛錬をしているのだろう、細身ながらも引き締まりのある体つきをしていた。しかし、いくら鍛えていたとしても不意を突いたはずの彼女の素振りは簡単に止められるものではない。それだけでも、彼が並みの冒険者ではないと彼女と杖は感じとった。そして彼から離れようと彼女は掴まれた杖を引く。しかし、彼もまた掴んだ杖を放そうとしなかった。
「ちょっと、放しなさいよ!!」
なかなか放さない彼に蹴ったり殴りを入れたりするが、杖を放さないままに避けたり受け流されたりと器用に彼女の攻撃を捌いていった。
「クラウスさん、大丈夫ですか!?」
先ほどまで呆然としながら見ていた衛兵たちが、自分たちの役割を思い出したのか、慌てて二人のもとに近づいてきた。
「あぁ、私は大丈夫だ。それよりお嬢さんのご機嫌がすぐれないようだが、どうかしたのか。」
クラウスと呼ばれた男性はそう答えながら、彼女の攻撃してきた拳を受け止めめ、それを振りほどこうと彼女がジタバタしていた。
「いえ、この者が検問を無視して街の中に入ろうとしたものですから引き留めたのですが、そしたら突然暴れだしましたものでして。」
「だから私は何も持ってないって言ってるでしょっ!!」
「貴様は黙っていろ!!」
「何ですってぇ!!」
そう言いあいながら衛兵とお姫様は睨みあう。そこにクラウスが悪びれた様子で間に入った。
「それはすまなかった。彼女は私のご客人で、本日街を訪れることになっていたのだが、どうやら私が伝え忘れていたようだな。申し訳ない。」
「えっ!?」
クラウスのその台詞に驚いたのはお姫様の方だった。なぜなら彼女はそのような話を聞いていなかったのだから。彼女のその様子を見て、衛兵は疑っているようで、不満そうな口ぶりでクラウスに問いかける。
「本当ですか?そうであれば初めからそうのようにお伝えくだされば良かったのですが。それに、だからと言ってこのまま検問をパスされては、こちらの面子にもかかわるのですが。」
「そうだな。今度からは気をつけるようにするさ。だから今回は私に免じて許してやってくれないか。彼女も疲れて早く休みたかったのだろう。宿がなくなってはかなわんだろうしな。」
そう言ってお姫様に目線を向け、それに気づいた彼女は慌てて頷く。
「それ、毎回おんなじこと言ってる気がするんですが。」
「それにこれ以上お客さんを待たせてしまっても悪いだろう。」
と後ろに並んでいる列を見て言った。今のやり取りの間にも増えていたのだろう、先ほどよりも列の長さが伸びていた。衛兵たちもそれを見て、苦虫をかみつぶした表情になった。そして、諦めたのかため息を吐いて項垂れた。
「わかりました。ですが上には報告させていただきますよ。今の騒ぎですと街の中にも知られていると思いますし。」
「あぁ、いつもすまないな。」
「ホントに勘弁してくださいよ。毎度報告あげては怒られるの私たちなんですから。」
「はは、今度差し入れもっていくよ。」
「…期待してますよ。」
衛兵たちはまだ疑ってはいるのだろう、不満そうな顔をしながらも次の参列者のもとへ向かった。
彼らが職務に戻ったことを確認したクラウスは今まで掴んでいた杖を手から放し彼女に返した。そして彼女の前で片膝つき、手を差し出した。
「それではお嬢さん、これから街をご案内いたしましょう。」
その動作に彼女は驚き少し頬を染めた。しかし、恥ずかしいのか、手を取らずにプイッとそっぽを向いた。
「おやおや、嫌われてしまいましたか。」
彼女のその様子に彼は目を細めて微笑んだ。そして、立ち上がりながら彼女にこう告げた。
「ようこそ、クレッツィオの街へ。」
クレッツィオの街中は日が沈みかけているにもかかわらず多くの人で賑わっていた。通り沿いには多くの店や屋台が立ち並んでおり、食べ物や武器、防具、わけのわからないあやしい物など、さまざまな品物が販売されているため、利用する人が多いのだ。また仕事を終えた冒険者がドロップ品を売りに来ていたり、次の準備や今日の夕食を求めて訪れるため、この時間であっても利用するものが多いのだ。そんな中クラウスに案内されながら歩く三人組?は街の中でも大いに目立っていた。クラウスは街ではかなり名の知れた人物なのか、街中を歩いていると時折お店や歩いている人々によく声をかけられていた。そんな人物の隣には異彩を放っている白黒姿のお姫様がいるのだ、周りの視線が集まるのも仕方ないというものだ。お姫様も周りの視線には気づいていた。
(「これだけ注目されるとは。これも魔法少女の偉大さなのね。流石は魔法少女だわ。」)
(『・・・。』)
魔法少女の凄さに感動しているお姫様の姿に、爺やは何も言えなかった。
(「それにしてもさっきのあの人の話は本当なの爺や?私は何も聞かされていないのだけれど。」)
(『…いいえ、私も特にお聞きしておりませんが。』)
爺やと呼ばれる杖も少し驚いているのか返答がやや遅れて帰ってきた。しかし、少し考え事をしているのか黙ってしまった。何故彼は嘘をついてまで見ず知らずの自分を街に招き入れたのか。彼女たちはクラウスの行動の意図をつかめないでいた。とりあえず街の中に入れたので、その点だけはありがたかった。
「…はっ!!まさか…、そういうことなの…。」
(『何かわかったのですか姫様。』)
何かに気付いたのか、彼女は真剣な面持ちで告げた。
(「爺や、大変よ!!彼は私に惚れているわ!!」)
『…はい?』
彼女の言葉を聞いた彼は、あまりのことに素の声が出てしまった。
(「なんてことなの…。でも仕方ないことだわ。私があまりにも美しすぎるのだから。あぁ、私はなんて罪な女なのかしら。」)
(『…姫様、どうしてそのように思われたのですか?』)
自分に酔う彼女の姿に痛々しさを感じながらも、聞かざるを得ないと思い訊ねた。
(「見ず知らずの私を助けてくれたのよ。普通じゃないわ。これはもう惚れているとしか思えないわ。」)
(『それは発想が飛躍しすぎですぞ姫様!!第一先程の場面は惚れるどころか恐れる要素しかありませんでしたぞ。惚れるなどとあり得ません!!』)
(「なんか腹立つわねぇ。でもだからこそ惚れたのだとしか思えないじゃない。普通なら巻き込まれないように近づかないわよ。」)
(『それは彼が街の運営に携わっているからではないのでしょうか。検問の進みが滞れば問題が増えますし、円滑に行うための手段として行ったのではないでしょうか。衛兵とのやり取りからして、以前にも同じようなことをしているみたいですし、融通が利くところから見て、それなりの身分ではあると思われますぞ。』)
(「もしそうだとしたらそもそも検問しなければいいじゃない。そうすればさっきみたいなことにもならなかったのに。」)
先程の検問のことを思い出したのか、顔をしかめる。
(『そこは街の安全性を上げるためにも必要ですから仕方ないですな。本来ならば姫様みたいに暴れる者は門前払いか、彼らに取り押さえられて軟禁されるところですぞ。そう言う意味では彼に感謝しなければなりませんな。』)
(「それじゃあまるで私が悪者みたいな言い方じゃない。私は何も持っていないと何度も言っているのに止めてくる向こうが悪いわ。私は悪くないの。」)
(『…そうですか。』)
(「それよりこのままあの人についていっても大丈夫なの?この人ごみなら紛れて逃げることも出来るんじゃない?」)
今であればそこまで身長の高くないお姫様なら、この人ごみに少し紛れて身を隠すことができるだろう。しかし。
(『多分それは無理でしょうな。』)
爺やと呼ばれる杖はすぐに否定した。
(「なんでよ。」)
(『先程姫様がおっしゃったように現在私たちは非常に目立っております。周りを監視の目として利用しているのでしょう。今動けば余計に目立ってしまいます。それに例え彼からうまく逃げられたとしても、姫様の格好は特徴的ですから人づてに探せばすぐに見つかってしまいます。』)
クラウス自身それを計算して行っているかはわからないが、今は彼から逃げるのは難しい状況であった。
(『今はおとなしく彼についていきましょう。最悪の場合、私が姫様をお護りいたします。』)
(「爺やが出る必要ないわ。私が本気を出せば人間ごとき相手にならないわ。この魔法少女の力で!!」)
(『…旅の目的をお忘れにならないでくださいよ、姫様。問題をおこせば旅をやめるように旦那様から仰せつかっておりますので。』)
(「うっ、わかっているわよ。さっきのは冗談で言ったのよ。ちゃんとおとなしくしてるわ。」)
(『…やれやれ。』)
爺やはこれからの旅に不安しか抱けず、ため息しか出なかった。




