逃走
時を少しさかのぼり・・・
レイチェルとその一向は馬にまたがり走らせて廃監獄から脱出した。
生憎、戦闘時に馬車は壊れてしまっていて乗ることができなかったため全員が馬に乗ることになった。
ただ、人数分の馬が用意できなかったことと戦闘による負傷で一人では馬に乗れないものが出たため何人かは二人乗りをする形になった。
一向は廃監獄を正門から出て近くに村に行くための広い一本道を走っていた。
先頭を走るのはカルキオ、ジンカ、ビランの三人だ。
その後を10mほど離れてレイチェルやネリスたち護衛騎士が続く。
「それにしても、ビラン大丈夫か?」
「・・・ああ・・・ なんとかね・・・」
カルキオは前に乗せているビランに話しかけた。
7人が去った後、急にビランが体調を崩し倒れたためだ。
ビランによれば、使い慣れない兵器を長時間使った反動が原因だという。
それでも彼が先頭を走るカルキオと同じ馬に乗るのは、何かあったときに無理をしてでも動くためである。
そんなビランを後方のレイチェルが心配そうに見つめる。
「大丈夫ですよ。」
そんなレイチェルを見て隣を隣で併走するネリスため息混じりにそういった。
レイチェルはその言葉に顔を上げネリスを見る。
「だってもしビランに何かあったら・・・」
「ララベル様に合わせる顔が無い。ですか?」
レイチェルの言葉にネリスは「そういいたいのでしょう?」という目をしながら言葉を返した。
キィィィィィィィィン!!!
ドゴォォオオオンン
二人がそんなやり取りをしていると後方から甲高い音が聞こえた後に何か巨大なものが崩れ去るような破壊音が響いた。
その音を聞きレイチェル達が振り返ると先ほどまでいた廃監獄が跡形も無く崩れ去っていた。
先行してレイチェル達の前を走っていたビラン達もレイチェル達より少し遅れて振り返りその光景を見ていた。
「何が起こったというのだ・・・?!」
その光景にジンカが疑問を口にする。
「おそらく、誰かが証拠隠滅のためにやったんだよ。壁の上に出てきた七人の他にもう一人・・・ 施設の中に入っていったみたいだから。多分そいつが何らかの兵器を使って破壊したんだ。」
馬の首に体を預けているビランが片目だけを開けて廃監獄破壊の光景を見ながらそういった。
「・・・」
ビランの言葉に二人は声を失った。
二人はビランがあの戦いの中で発揮した異常なまでの気配探知能力の正確さに唖然としたのだ。
本来、気配探知の能力は強力なものでも10mを見るのが限界だとされているがビランのそれは100mを超えるのではないか。
二人はそう思った。
そう思ったが二人のそこから先の思考はまったく違うものだった。
カルキオはその力をビラン自信の力であると信じ、『本物の天才』というものを実感した。
が、ジンカはビランが手に入れた兵器(まだビラン以外は名前を知らない)の力だと思い自分がその力を手に入れたいと思った。
やがて一向は崩れ去る廃監獄に背を向け街道を走りだした。
が、しばらくするとジンカとカルキオは手綱を引き馬の足を止めた。
街道のど真ん中に人影を見つけたからだ。
先頭を走る二人より200mほど遠くの方に一人だけ人が佇んでいる。
月明かりで影しか見えないがどうやら腰に剣を持っているようだ。
二人が足を止めるとビランが馬の背中から起き上がり人影を見る。
相手の実力を測るためだ。
「どうだ?ビラン?」
カルキオが起き上がったビランに相手の力量を問う。
「森の中を迂回しよう。さっき壁の上にいたやつらより多分、強い・・・」
カルキオの質問にビランはっきりとしない回答を述べた。
この理由はビランが疲労により相手の力量を正確に測れなくなっているのが原因だ。
「ふん。相手はたった一人だ。迂回するよりあれを倒したほうが早いし安全に決まっている。」
ビランの言葉を否定しジンカは強行突破を提案した。
「落ち着けよ。ジンカ。姫様たちが着てから決めよう。とりあえず、見つからないように茂みに隠れて様子を見よう。」
カルキオは今にも敵に突撃しそうなジンカをなだめてそういった。
ビランはその提案に頭だけで頷き肯定し、ジンカはいやいやながら承諾した。
「あの人影はそんなに強いのか?」
カルキオ達は合流したレイチェル一行にここで待機していた理由を説明する、説明後に開口一番に疑問を持ち上げたのはネリスだった。
ジンカ同様、目の前のたった一人の人影に対して迂回する必要せいほどの実力があるのか疑問を持ったのだ。
「しかし、ビランがいうのなら相手は相当の実力者です。 ビランはこの通りしばらく戦えないでしょうし・・・ 森の中を言った方が安全なのでは?」
レイチェルは素直にビランの言葉を信じ森の中を行くことを選んだ。
「しかし、夜の森の中では方向を見失う可能性もある上に、敵の待ち伏せを受ける可能性もあります。多少の苦戦を覚悟しても正面突破の方が安全なのでは?」
ラグロスは副官としてネリスに率直な意見を述べた。
確かに、目に見えぬ災難と目に見える災難ならば目に見える方がまだ対処はしやすい。
正面突破か、森を抜けて迂回するのか、は護衛騎士の隊長ネリスに一任される。
皆がネリスに視線を向け指示を待つ。
ネリスは少し逡巡した後、口を開いた。
「ビラン。敵の力量は間違いなく壁の上にいたやつらより上なのか?疲労のせいで力量を読み間違えていることはないか?」
ネリスは瞳だけを動かしビランを見る。
「・・・確かに僕は今、疲労で相手の力量は正確に読めない。でも、たった一人でこの街道を任されているってことはもしものために控えていたあの7人よりも確実に強いはずだ。でなければ、数人から十数人規模でこの街道を封鎖するはず・・・ そうしないのは、あそこにいる人に絶大な信頼と実力があるからだと思います。」
ビランは今の自分の状態を踏まえて意見を述べた。
そしてそれは、ここにいる皆が納得するものだった。
ただ一人を除いて・・・
「よし、我々はこれより森の中を迂回し街を目指す。目指す場所はアノリアだ。」
ネリスはビランの意見を参考にし、皆にそう告げた。
「ちょっと待ってくれ。森を抜けるならアノリアよりも、ここより南西にあるベチカの町のほうが近いはずだ。」
そういって、カルキオは当たり一帯の地図を広げた。
広げられた地図を見ると今現在おそらくいる場所からならば、確かにアノリアよりベチカのほうが近かった。
ただ、ベチカはアノリアより少し規模が小さい町なので駐屯している兵数も少ない。
(街に滞在する兵の規模と夜道を駆け抜ける時間・・・ マノリアは街の規模が大きく大所帯の守備隊がいるが森を迂回する分、街道よりわずかに時間がかかる上に敵に発見されないためには街道からある程度は離れなければならない・・・ 逆にベチカは街の兵数は少ないが森を街道から斜め80~90度ほぼ直角に進むので街道の敵に見つかることは少なく距離も短い・・・ だが、森の中に敵がいないという保証は無い・・・・)
ほんのわずかばかりの逡巡の末、ネリスは口を開いた。
「よし、ならば我々はこれからベチカの町に移動する。姫様、夜の森は大変、危険です。私から離れないように。」
ネリスは目指す場所を帰ることを決め、レイチェルに自分のそばから離れないように告げた。
~合流後すぐからレイチェル出発まで~
レイチェル達が森に入ったすぐ後。
一人、道の真ん中で佇んでいた豪骸はレイチェル達一行が森の中を走っていくのを気配探知で察知していた。
(どうしようかね~・・・ ここで逃げ出したやつを「斬れ」って言われたんだが・・・ 森の中に逃げてっちゃあね~・・・ あとを追うのもめんどくさいし・・・ いっか・・・)
豪骸は頭をぽりぽりかきながらレイチェル達一行を始末に行くかをのんびり考えていた。
するとそこに豪骸の背後から黒服の忍び装束を着た男が現れた。
レーヴェと話していた忍集の隊長、黒である。
「ん?黒か・・・ どうした?」
突如背後に現れたはずの黒に首だけで振り返り豪骸は「なにかようか?」という感じで尋ねる。
「レーヴェ様から引き上げるようにとの連絡です。アレには手を出すなと・・・」
黒は端的に要件だけ告げた。
「黒よ。アレ・・・ では何のことかわからんぞ?」
豪骸は森の中でなにやら相談事をして立ち止まっている、レイチェル一行の方を見て顎鬚を撫でながら問うた。
その顔には笑みが浮かんでいる。
豪骸は先ほどの黒の言葉からレーヴェが危険視する存在がさっきの連中の中にいることに気づいたのだ。
だが、そのことを「知らん」と言わんばかりに目を輝かせて笑っていた。
「豪骸殿・・・!」
黒はそのことに気づき声に少し怒気を込めながら制止しようとする。
しかし、豪骸は腰にぶら下げた剣を引き抜き黒の制止を気にも留めずに剣を構えた。
「なぁに。一振りだけだ。それで下がるよ。」
豪骸は「一振りだけだから見逃せ。」と言わんばかりに黒に言った。
黒は仕方なくため息をつきそっと豪骸から目をそむけ後ろを向く。
豪骸はそれを同意したものと考えて剣をゆっくりと振り上げ・・・ 振り下ろした。
ブォン!
振り下ろされた剣は音速を超え空気を切り裂き風の刃となってレイチェル一行のいる方向へと飛んでいった。
風の刃は木々の間をすり抜け200m以上はなれたレイチェル一行の下までその威力を弱めることなく高速で飛んでいった。
その刃は森の中でこれから移動を始めようかというレイチェルに一直線に飛んでいく。
風の刃は無色透明でおまけに高速で飛んできているため、誰にも見えることも感じることもできない。
そのため、誰も助けに入ることもできず、レイチェル自身も避けることどころか、なぜ自分が命を落とすことになるのかさえ理解できないまま絶命する。
―――はずだった。
ただ一人、体を馬の首に預けながらも遠くにいる敵の気配探知をし続け、それ故に彼だけは敵の剣を振るう動作を感知し、そこから一直線上にいるであろう人物と場所を計算する。
ビランはそれらを計算し終えると攻撃を迎え撃つべく、急遽下馬してレイチェルと敵との間に体を入れると間髪いれず剣を振るう。
納刀状態から一気に刀を振りぬき抜刀する。
フォン!
その剣速は音速を超えるすさまじい音と同時に先ほど豪骸が放ったときと同様に風の刃が放たれた。
バシュン!!
ビランの放った風の刃は放たれた場所から1m付近で豪骸の放った刃と衝突し拡散した。
拡散した空気は円形状に周囲に広がり突風を生んだ。
その風を肌に感じてレイチェル達一行は一度足を止めた。
彼らはそこでようやく敵の攻撃があったことに気づいたのだ。
もしもこの場にビランがいなければ、レイチェルは豪骸の刃によって無残な結末を迎えていたことだろう。
ビランは次の攻撃を警戒したが、豪骸たちが去っていくのを気配で感じ取り警戒を解いた。
「もう、大丈夫です。先を急ぎましょう。」
ふらふらと立つのがやっとの状態でビランは微笑みながらレイチェル達を先へと促した。
レイチェル達はビランのその姿に何も言えず、ただ促されるままに先へと進んだ。
豪骸は気配と風の揺らぎから自らの放った刃がかき消されたことを悟り笑みを浮かべた。
(なるほど、レーヴェが警戒するわけだ。 あれは面白い・・・!)
一歩、足を前に進めようとした豪骸だったが、すぐにそれをやめて踵を返した。
(危ない、危ない。黒との約束を破るところだった。 それに向こうは万全ではなさそうだ・・・ 次の機会にとっておくか・・・)
剣を鞘に納めると一瞬後ろを振り返り「誰かは知らんが・・・ いずれまた、な・・・」
そう言い残し闇へと消えた。
豪骸の気配が消えると同時にビランの意識は途切れた。
もともと、限界を超えてファントムを使い続けて消耗し続けていた上に、索敵範囲内、最大の脅威が去ったことで安堵し緊張の糸が切れたのだ。
ただ、始めからずっと馬の背にもたれかかっていたため、ビランが意識を失ったことに誰一人として気づいてはいなかった。
街道から森に入って一時間・・・
多少、星空を見ての座標確認で軌道修正しながら進んだため時間がかかったがベチカまでの道のりの3分の2を無事に終えていた。
~遠方の森の中~
そんな彼らを遠くから見つめる怪しい集団がいた。
「追いつくまで、ずいぶん時間がかかってしまったな。」
集団の長らしき男がそういうと、副官らしき妙齢の男が諭すようにこういった。
「仕方ありますまい。レーヴェ殿を説得し、それから戦の準備をしていたのです。おまけに彼奴等は豪骸殿を避けるために途中で行き先を変更していたのですから。」
「ふん、言われずともわかっておるわ。」
妙齢な男の言葉を一笑にふすと、男は周りの兵たち全員に言葉を投げかける。
「作戦は通達どおりだ。各自持ち場に着き次第、作戦を決行する。姫レイチェルだけはくれぐれも殺すなよ。」
「御意。」
長らしき男の言葉が言い終わると同時に周りにいた隠密達は了解の言葉と共に音も無く闇に溶けた。
~レイチェル一行~
レイチェル一行は背後から自分たちを追いかける追跡部隊が来ているとは露知らず、しか
しながら、安全確保のためベチカの村に急いでいた。
そして、何度目かの天体観測による現在地の把握のため、足を止めた時にことは起こった。
最後尾で止まり、あたりを警戒していた前回の戦いで死亡したヴァルゲの部下の一人が背後から体を貫かれて絶命した。
しかし、そのことに未だにレイチェル達は気づいていない。
その理由は、暗殺者である彼らの持つ兵器の能力にある。
まず、兵装「忍び装束」は装備者の出す音を完全に遮断する。
おまけに気による探知も妨害できる。
次に兵器「忍刀」は斬撃時の音、その他出血音、風きり音などが出ない。
等、彼らの持つ兵器はことごとく暗殺に特化していた。
そのため、目視で確認されるまでまず見つかることは無い。
一人目を始末すると二人目の暗殺者が木の上から馬にそっと飛び乗り馬の上で意識を失っているビランの背後を取った。
暗殺者は鞘から短剣を引き抜くとそのままビランを斬りつけた。
グサッ
刃は肉を切り裂き,切り裂かれた血管からは大量の血が噴出した。
ドサ・・・
ビランの体は馬上から地面の上に落ちた。
その音を聞き、その場にいた者たちの視線が一斉にビランの方へ集まった。
~カルキオ~
(何が起こった・・・?)
音に振り向くと目の前には地上に落ちたビラン。
馬上に居座る謎の黒装束。
そして、どこから噴出したのかは定かではないがその周りに血飛沫が舞っていた。
木々の隙間の月明かりからわかるのはその程度だった。
(まさか・・・ やられたのか・・・?)
遠目からはまるで刺客にビランがやられたように映った。
しかし、次の瞬間
「ぐぐぐ・・・ ガフ・・・」
馬上に乗っていた黒装束が苦しみながら馬上で崩れ落ちると
ドササッ!!
黒装束だけでなくそいつが乗っていた馬までもが崩れ落ちた。
その行動に何がどうなったのか、よくわからずにそこにいた全員がただただその光景を見守っていたが・・・。
(はっ・・・!)
「敵襲~!!」
カルキオは真っ先にそう叫んでいた。
状況理解よりも先にまず全員が認識しければならない一番の事実を叫ぶことで、そこにいた全員がようやく動き出した。




