紅い残り時間
崩れかけた建物の中に、まだ埃が舞っていた。
月光が壊れた天井から差し込み、床に落ちた瓦礫を青白く照らしている。リラは静かにバレンタインの方を見つめていた。そのピンクの瞳に、感情らしいものはほとんど浮かんでいない。
その瞬間だった。
モーグが突然動いた。暗い青い髪を振り乱し、一気に距離を詰めると、ピーターの胴を強く蹴った。衝撃が走り、ピーターの体が壊れた壁を突き破って建物の外へ弾き出される。夜の空気が乱れ、瓦礫が飛び散った。
誰もが状況を把握しきれない中、別の足音が近づいてきた。
ユダスだった。
彼はゆっくりと歩いてくる。途中で足を止め、隠すようにして鋭い破片を自分の脇腹へ押し込んだ。痛みに顔を歪め、そのまま血を滲ませながら部屋の中へ入ってくる。
「……誰か、助けてくれ」
声には力がなかった。ルーシーが振り返ると、ユダスは壁に手をついて立ち、苦しげに呼吸していた。
「十四人に囲まれた。……なんとか逃げてきた。頼む、手を貸してくれ」
フロスティが黙って近づく。彼女はユダスの手首に触れ、目を細めた。
「嘘じゃない。体に、かなり強い打撃を受けた痕跡がある」
フロスティはさらに彼の腕を見るよう促す。ユダスが袖を捲ると、醜く変色した打撲傷が浮かんでいた。フロスティは短い術を使い、刃を抜いて傷を塞いでいく。血が床に滴り、月光に黒く光った。
ユダスは俯いたまま、掠れた声で言った。
「……一緒に行动させてくれないか。俺が属していた組は、もう誰もいない。知ってる人間も、みんな死んだ」
フロスティがルーシーとマキの方を見る。ユダスは膝をつき、肩を震わせた。涙を浮かべ、声を詰まらせる。
「みんな、俺の目の前で……何もできなかった。強打を受けて、体が動かなくて……」
マジンが静かに歩み寄った。その気配に、ユダスは顔を上げずに俯いたままになる。マジンの周囲に、薄い緑の光がゆらめく。対してユダスの内側では、隠すように紫の光が静かに沈んでいた。
「いいだろう」
マジンの声は低かった。
「連れていけ」
ユダスは深く頭を下げ、声を震わせて礼を言う。
「……ありがとうございます」
しばらくして彼は顔を上げ、涙を袖で拭った。そのとき、床を向いたままの唇だけが、誰にも見えない角度でわずかに吊り上がっていた。
場面は切り替わる。
建物の外。暗い森の縁で、ピーターとモーグが向かい合っていた。
二人の間はおよそ十フィート。月光が木々の隙間から落ち、二人の影を長く伸ばしている。
ピーターが口を開く。
「もう逃げ道はないぞ」
モーグは肩をすくめた。
「お前を連中から引き離したかっただけだ」
「俺が負けるとでも思ってるのか。笑える」
「賭けるか」
ピーターは薄く笑った。
「いいぜ」
「その調子で調子に乗ってろ。殺す」
「できるものならやってみろ」
次の瞬間、ピーターの姿が揺らめいた。
残像が走る。一度、二度、三度。いくつかの「ピーター」が同時に異なる方向へ散る。モーグは目を細め、低く呟いた。
「……体術か。いや、残像か」
モーグが其中一个残像へ拳を飛ばす。空を切った。本物のピーターはその背後に回り、モーグの服を掴んで持ち上げる。掌が胸に当てられる。
冷気が爆発した。
モーグの体が急速に氷へ包まれていく。表情が凍りつき、意識が遠のく。しかし次の瞬間、氷が内側から砕けた。ピーターはすでに背後へ回っている。モーグの体が二秒ほど直立した後、まるで見えない力に弾かれたように六フィート先へ飛ばされた。
モーグは地面に手をついて起き上がる。拳を地面に叩きつけた。土と岩が隆起し、まるで意志を持ったようにピーターへ襲いかかる。ピーターは残像を残して回避する。いくつかの残像が土塊に砕かれるが、本体はすでにモーグの背後にいた。
だが、そのとき土の一筋が足を捉えた。
ピーターがバランスを崩し、転がりながら自分の腕に触れる。そこには小さな傷があり、すでに青黒い色が滲んでいた。
モーグが笑い、口を開く。
「勝ったな。その毒は、俺を殺さない限り消えねえ。お前にその暇はねぇよ」
ピーターの腕に、光る数字が浮かび上がる。
『5:00』
五分。
ピーターのオーラが、一気にルビーレッドへ変色した。炎のように揺らめく赤い光が体表を這い、瞳にも同じ色が宿る。
「……いいだろう。付き合ってやる」
二人が同時に動いた。
ピーターの残像がガラス質に変化しながら散開する。モーグは暗い青のオーラを纏い、真正面から突っ込んできた。ピーターは寸前で右へ切れ、モーグの拳がガラスの残像を砕く。その瞬間、ピーターはさらに加速し、連続した残像を引き連れてモーグの死角へ入った。
拳が走る。
紅い光を帯びた打撃が、モーグの胴に、肩に、顔に連続して沈む。打撃の残像が重なり、まるで複数人が同時に殴っているような錯覚を生む。ピーターは蹴りの勢いを利用して距離を取り、先に残していたガラス片を拾い上げて投じた。モーグがそれを払おうとした瞬間、ピーターはその背後にすでにいた。
脚を刈り、引きずり、放り投げる。
モーグの体が宙へ舞う。
ピーターはさらに跳躍した。落下する前に「未来の残像」が先に現れ、軌道を予告するように重なる。紅い拳が、落ちてくるモーグを迎え撃つように連続して放たれた。
その頃——。
建物の中。
リラの手が動いた。
短い刃が、ほとんど音もなく飛んだ。バレンタインは反応する間もなく、首筋にそれを受ける。血が噴き出し、彼女の体が崩れる。
「バレンタイン!」
フロスティが即座に駆け寄る。マキがリラへ殺意を向けたが、その瞬間にはすでにリラの姿は消えていた。ルーシーがマキの腕を掴んで止める。
マジンが低く告げる。
「……間に合わなかったかもしれない」
ユダスは俯いたまま腕を押さえていた。誰にも見えない角度で、彼は微笑んでいた。
(全て、計画通りだ)
ルーシーがバレンタインの傍らに膝をつく。首筋と腕に触れ、脈を探す。しばらくして、彼はゆっくりと頭を横に振った。
「……死んでる」
マキが短い息を吐き、顔を伏せる。フロスティの目に、はっきりと水が滲んだ。マジンは静かに頭を下げる。
「かけがえのないものを失ったな」
沈黙が、崩れた建物の中に落ちた。
月光が、Valentineの動かない体を冷たく照らしていた。
一方、屋上。
ピーターとモーグは、再び距離を取っていた。
モーグの体から、暗い青のオーラが炎のように揺らめいている。対するピーターは、全身をルビーレッドの光で包み、まるで焼けるような熱を帯びていた。タイマーは、静かに数字を減らし続けている。
風が夜の街を吹き抜け、二人の髪を揺らした。
戦い conc は、まだ終わっていない。




