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Will of sin  作者: Boom
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11/12

交わる刃

朝の光が、破れたカーテンの隙間から薄く差し込んでいた。

ユダスは目を開けた。体の疲れはまだ残っているが、意識ははっきりしている。部屋をゆっくりと見渡すと、ソファの方でソーレ んがテレビをつけたまま座っていた。画面には意味のない映像が流れ、彼は小さな容器に入ったキムチを箸で摘まんでいる。最後の一切れを口に運び、咀嚼しながらこちらに気づいた。

「おう、ユダス。起きたか」

声は軽く、余裕がある。

「キムチ、うまかったぜ。もう残ってないけど」

ユダスはベッドから体を起こし、足を床につけた。ソーレ んの方を見ながら、静かに言った。

「一つ、聞いてもいいか」

「なんだよ」

「手合わせしてくれないか」

ソーレ んの箸が止まった。次の瞬間、彼の口元がゆっくりと緩む。目が細くなり、楽しげな光が宿った。

「いいぜ」

彼は容器を脇に置くと、立ち上がった。

「ただし、負けても怒るなよ」

「信用してくれ。怒らない」

二人は同時に窓へ向かった。破れたガラスの枠に手をかけ、躊躇なく外へ身を躍らせる。風が髪を撫で、地面が急速に近づく。着地の衝撃を最小限に殺すと、そのままホテルの裏手にある空き地へ歩いた。周囲には崩れた壁と、昨夜の戦いの残滓が点在している。

ソーレ んが軽く肩を回す。

「じゃあ、始めるか」

ユダスが先に動いた。踏み込みと同時に風が強く吹き、砂埃が舞う。ソーレ んの姿が揺らいだかと思った次の瞬間、彼はすでにユダスの背後にいた。空間を畳むような移動。

ユダスは振り返らずに後ろへ蹴った。かかとがソーレ んの胸に届きそうになる。だがソーレ んは着地する前に体をひねり、蹴りの軌道を外した。そのまま一歩下がると、笑みを浮かべたまま言った。

「触れられると思ってるのか?」

ユダスは姿勢を正す。

「お前の障壁は、そう簡単には通らない。少なくとも、意志エネルギーと魂のエネルギーをきちんと理解していないとな」

ソーレ んは指先で自分の体の周囲を軽く撫でるように動かした。

「俺の障壁は『交差点』と呼んでる。空間と物質で構成されている。どれだけ殴った気になっても、実際には当たっていない。意志エネルギーと魂のエネルギーを混ぜて、フレアの拳で打たない限りな」

ユダスは目を細めた。

「リキューは、なぜ当たっていなかった」

「見てたのか」

「答えろ」

ソーレ んは肩をすくめた。

「あいつは魂のエネルギーに対する理解が足りなかったんだろう。怒りを司る罪の王だとしても、基盤が甘い」

ユダスは静かに息を吸った。

「魂を使いすぎると、どうなる」

ソーレ んの笑みが、わずかに薄くなる。

「オーバーライドする。幻覚を見始める。いないものが見えるようになって、普段なら絶対にしない行動を取るようになる。使い続けるほど、死か、狂気に近づく。最終的には死ぬか、高位の監獄に入れられるかだ」

「他に何がある。空間と物質以外に」

「魂のエネルギーだ」

「なぜ、お前は枯れない」

ソーレ んは自分の胸に手を当てた。

「簡単だ。俺は魂のエネルギーを外に放出しない。常に周囲に留め、障壁が必要なくなったら即座に魂へ戻す。出入りを限りなくゼロに近づけている」

ユダスの拳に、薄い紫の光が宿った。フレアが静かに揺れる。対するソーレ んの拳には、スカイブルーの光がゆっくりと立ち上がる。

「それは使わない。今は使う必要がない相手だからな」

「俺を相手にしない理由か」

「まだまだ始まったばかりだ。これは稽古だと思ってる」

ソーレ んは一歩踏み出した。

「障壁を突破できる武器も存在する。炎の剣、マスター・ヘイヴン、そして傲慢の罪の王ソールが持つ『死の槍』。あれはナイフに近い形をしてるが、何でも斬れる」

ユダスは横に歩みながら言った。

「魂の理解がある者しか『交差点』を破れないと思っていた」

「基本的にはな。だが例外はある」

「ソールに辿り着いたとき、俺たちで倒せると思うか」

ソーレ んは少し考えてから答えた。

「全員が集中すれば、可能性はある」

風が二人の間を抜けた。

「じゃあ、そろそろ本気で見せるか。俺の技術は『空間技術』だ」

「それだけか」

「それだけじゃない。異常な速度で動ける。全てを引き寄せる白っぽいビームも操れる。手で制御して、回転させられる。掌を出せば、大きな緑のビームも放つ。これらを組み合わせれば、かなり自由に動ける」

ソーレ んは掌を軽く開いた。

「あと一つ、何でも破壊できる技がある。『コンドナリッシング』だ。だが、まだ極めきれていない。今の俺じゃ、真の意味では使えない」

ユダスは内心で、その説明の一つ一つを静かに刻み込んでいた。相手が自ら情報を出す行為は、信頼か、余裕か、あるいは別の計算か。いずれにせよ、無駄にはしない。

ソーレ んが笑みを深めた。

「じゃあ、始めようか」

ユダスが再び動いた。足元から強い風が舞い上がり、砂が渦を巻く。ソーレ んはそれを見て、楽しげに目を細めた。

次の瞬間、二人が同時に踏み込んだ。二人が同時に踏み込んだ瞬間、空き地の空気が弾けるように歪んだ。

ユダスの紫のフレアが拳に集中し、踏み込みと同時に前方へ放たれる。衝撃波が砂を薙ぎ、ソーレ んの体に向かって一直線に走る。ソーレ んはそれを見て、軽く体を傾けた。拳は彼の頬を掠めたように見えたが、実際には空間がわずかにずれ、衝撃は空を切っていた。

「やっぱり、当たってない」

ソーレ んの声が、すぐ後ろから聞こえた。

ユダスは振り返らずに肘を打ちつける。今度はソーレ んがそれを掌で受け止めた。触れた瞬間、紫のフレアとスカイブルーの光がぶつかり、小さな火花が散る。ソーレ んはそのまま腕を捻り、ユダスの体勢を崩そうとしたが、ユダスは足を踏ん張って耐えた。

「触れたな」

ユダスが低く言った。

「障壁の表面にはな」

ソーレ んは笑ったまま、掌に力を込める。次の瞬間、ユダスの体が後方へ弾かれた。意図的に出力を抑えたはずの力が、予想以上に重かった。ユダスは空中で体を回転させ、地面を滑るように着地する。靴の裏が砂を削った。

「思ったより、重い」

「まだ本気じゃないからな」

ソーレ んが指を軽く弾く。空間に細い白い線が走る。『ノアリッシュ』。引き寄せの力を持ったビームが、糸のようにユダスの足首に絡みついた。次の瞬間、ユダスの体が強制的に横へ引っ張られる。壁に激突する直前で、ユダスは紫のフレアを足首に集中させて糸を焼き切った。

「引き寄せか」

「便利だろ」

ソーレ んが手を振る。今度は複数の白い糸が同時に伸び、ユダスの四肢を狙う。ユダスは小さく息を吐き、自分の周囲に薄い障壁を展開した。紫の光が膜のように広がり、糸を弾く。だが完全には防ぎきれず、一本が肩を掠めた。シャツが裂け、浅い傷が浮かぶ。

「切れ味もある」

「ただの糸じゃないからな」

ソーレ んが踏み込む。速度が一段上がった。残像がいくつも重なり、ユダスの視界を埋める。ユダスは感覚を研ぎ澄ませ、最も濃い気配に向けて拳を打ち出した。拳はソーレ んの腹に命中したように見えたが、またしても空間がずれ、衝撃は分散される。

「やっぱり、障壁か」

「『交差点』だ。空間と物質でできてる。表面を殴っても、中には届かない」

ユダスは後退しながら、自分の拳を見下ろした。紫のフレアをもう一度凝縮する。今度は意志エネルギーだけでなく、魂の奥から僅かに力を引き出した。危険な行為だと理解している。使いすぎればオーバーライドが始まる。だが、このままでは障壁を破れない。

ソーレ んがそれを見て、目を細めた。

「混ぜたか」

「試すだけだ」

ユダスが再び突進する。拳に宿った光が、先ほどより深く、鋭い。ソーレ んは正面から受ける構えを取った。拳が障壁に触れた瞬間、空間が軋む音がした。スカイブルーの光が波打ち、ソーレ んの体が一歩、後ろに下がる。

「……届いたな」

ソーレ んの声に、初めて僅かな驚きが混じった。

「完全には破れてないが、影響はあった」

ユダスは呼吸を整える。魂から力を引き出した反動が、すぐに指先に痺れとして返ってきた。これ以上は危険だ。彼はすぐに魂の出力を抑え、意志エネルギーだけに戻す。

ソーレ んがゆっくりと歩み寄る。

「やっぱり、理解がある人間は違う」

「お前の障壁は、見た人間を認識するのか」

「ある程度はな。視界に入っていない、あるいは認識できていない対象には、反応が遅れる」

ユダスはそれを聞いて、静かに目を伏せた。情報を得た。次に活かせる。

ソーレ んが掌を前に出した。

「今度はこっちから行く」

緑の光が掌に収束する。先ほど説明した大きなビーム。放たれた光の柱が、ユダスを飲み込むように迫る。ユダスは即座に障壁を厚くしたが、緑の光はそれを押し込みながら前進してくる。足元の砂が削られ、後ろの壁にひびが入った。

「重い……!」

ユダスが歯を食いしばる。障壁が軋み、ひびが走り始める。このままでは押し負ける。彼は一瞬だけ決断した。自分の背後に、薄い残像を残す。クローンに近い分身。認識を分散させるためのものだ。

ソーレ んの目が、わずかに動いた。

「後ろか」

その瞬間、ユダス本体は横へ滑り、分身が緑のビームを引き受ける形になった。ビームが分身を消滅させ、空き地の奥の壁を大きく抉る。爆発音が響き、砂煙が舞い上がる。

ソーレ んが煙の中を見据える。

「面白いな」

ユダスは煙の影から出て、再び構えを取った。肩の傷から薄い血が滲んでいる。だが目は冷たく、計算を続けていた。

「まだまだだ」

ソーレ んもまた、スカイブルーのオーラを少しだけ濃くした。遊戯の色が、徐々に薄れていく。

「じゃあ、もう少し真面目に行くか」

二人が再び、同時に動いた。二人が再び踏み込んだ瞬間、空き地の空気が大きく歪んだ。

ソーレ んの体が一瞬で消失し、次に現れたのはユダスの真上だった。重力を操るように落下しながら、膝を打ち下ろす。ユダスは腕を交差させて受け止め、衝撃を斜め後方へ流した。足元の地面が円形に沈み、砂が輪になって吹き上がる。

「速度が上がったな」

ユダスが低く呟く。

「まだまだだ」

ソーレ んは着地と同時に掌を反転させた。白いノアリッシュの糸が今度は網目状に広がり、ユダスの周囲の空間を囲い込む。引き寄せと拘束を同時に行う応用。糸が収縮し、ユダスの動きを封じようとする。

ユダスは紫のフレアを全身に巡らせ、糸が触れた瞬間に焼き切ろうとした。だが糸は一本や二本では終わらない。切っても切っても、新しい糸が空間から湧き出してくる。

「無限に出るわけか」

「空間から引っ張ってるだけだ。俺の中から出してるわけじゃない」

ソーレ んが指を弾く。網が一気に収縮し、ユダスの体が中央へ強制的に引き寄せられる。その軌道上で、ソーレ んはすでに緑のビームを構えていた。掌から放出された光の柱が、引き寄せられるユダスを真正面から捉える。

ユダスは寸前で体を回転させ、ビームを肩で受け流した。シャツが燃え、肌が焦げる匂いが立つ。痛みを歯で噛み殺しながら、彼はソーレ んの懐へ飛び込んだ。距離を詰めた瞬間、拳に魂の力を僅かに混せる。前回より慎重に、しかし確実に。

拳が『交差点』の表面に触れた。

空間が軋む音が、はっきりと聞こえた。スカイブルーの障壁が波打ち、ソーレ んの体が一歩、後方へ押し出される。

「また、届いた」

ソーレ んの声に、今度は明確な興味が混じる。

「完全には破れていないが、影響は確実に出ている」

ユダスはすぐに魂の出力を切った。指先の痺れが、前回より強く残っている。これ以上は危険だと、体が警告を発していた。オーバーライドの入り口が、すぐそこまで来ている。

ソーレ んがゆっくりと歩を進める。

「お前、本気で破ろうと思えば、もう少し出せるだろ」

「出す必要がない」

「そうか」

ソーレ んは笑った。だがその笑みは、もう完全な余裕ではなかった。

次の瞬間、彼の周囲の空間が大きく沈んだ。

「Fall Domain」

重力が、局部的に何倍にも膨れ上がる。ユダスの体が一気に沈み込み、膝が砂に埋まる。肩に、見えざる重量がのしかかる。呼吸が苦しくなり、視界がわずかに揺れた。

「……これか」

「領域内の重量を操る。お前の障壁も、この重さには抗えないだろ」

ユダスは歯を食いしばり、紫のフレアを足裏に集中させた。地面を蹴る力を増幅させ、無理やりに体を引き上げる。砂が深く抉れ、彼の体がゆっくりと浮かび上がる。九百億ニュートンに近い圧力を、筋肉と意志だけで押し返している形だ。

ソーレ んの目が、わずかに見開かれた。

「……立つのか」

「鍛えてる」

ユダスが短く答える。額に汗が浮かび、呼吸は荒い。だが彼は確かに、Fall Domainの中で立っていた。

ソーレ んは静かに息を吐いた。

「面白い」

彼は指を銃の形に組む。今度はただのスカイブルーではない。赤と青の光が交じり合い、やがて深い紫へと変わる。指先に収束した光が、空気を歪ませ始めた。

「これは少し、出力を上げる」

放たれた光の弾は、これまでのビームとは明らかに密度が違った。空間を焼きながら一直線に飛来し、ユダスの障壁に直撃する。紫の膜が激しく波打ち、ひびが走る。ユダスは両腕で支えようとしたが、衝撃はそれを押し破り、彼の体を後方の壁へ叩きつけた。

壁が崩れる。

砂煙の中で、ユダスは片膝をついていた。腕に赤い痕が残り、シャツは肩から裂けている。だが目は、まだ冷たく計算を続けていた。

「……出力を上げたか」

「稽古だからな。殺しはしない」

ソーレ んが煙の中を歩いてくる。スカイブルーのオーラが、再び彼の血管に沿って薄く光る。

「まだ続くか?」

ユダスはゆっくりと体を起こした。痛みを無視するように、紫のフレアを拳に戻す。

「続く」

二人の距離が、再び縮まる。

空き地の空気が、また熱を帯び始めた。砂煙がまだ完全に晴れない中で、二人は再び対峙していた。

ユダスの肩から裂けたシャツが風に翻り、薄い血の筋が肌を伝っている。呼吸は荒いが、目は冷たく、計算を止めない。対するソーレ んは、スカイブルーのオーラを血管に沿わせたまま、静かに立ち尽くしていた。遊戯の色はもうほとんど残っていない。

「まだ立てるのか」

ソーレ んの声が、低く落ちる。

「立てる」

ユダスが短く答える。彼は一歩、前に出た。紫のフレアが拳に収束し、今度は意志と魂を慎重に配合する。前回より量を抑え、質を高める。オーバーライドの境界を意識しながら、必要最低限だけを引き出す。

ソーレ んがそれを見て、掌を開いた。

「じゃあ、もう一つ見せる」

空間が、彼の周囲で細かく振動し始める。白いノアリッシュの糸が無数に伸び、今度は単純な拘束ではなく、空間そのものを折り畳むように配置されていく。糸が交差するたびに、微小な歪みが生まれる。

「空間を、畳む」

ソーレ んが指を動かした瞬間、ユダスの視界が歪んだ。距離感が狂い、足元の地面が遠ざかったかと思えば、次の瞬間には目の前に迫ってくる。空間技術の応用。物理的な移動を伴わずに、相対位置を強制的に書き換える。

ユダスは感覚を研ぎ澄ませ、最も安定した「位置」を探る。歪みの中で拳を打ち出した。紫の光が空間の皺を切り裂くように進み、ソーレ んの障壁に再衝突する。今度は前回より深く、障壁の表面に明確な亀裂が走った。

「……本格的に、届き始めてる」

ソーレ んの声に、初めて明確な緊張が混じる。

ユダスは続けざまに動いた。クローンを三体、同時に生成する。認識を分散させ、どの体が本体かを晦ます。三体が別方向から同時に襲いかかり、ソーレ んの『交差点』を多角的に叩く。

ソーレ んは一瞬だけ目を細めた。

「認識妨害か」

彼は両手を広げ、Fall Domainを再び展開した。重力が急激に増大し、クローンの動きが鈍る。その隙間を突いて、ソーレ ん本体が瞬時にユダスの真後ろへ回り込む。Soft Step。ほぼ無音の移動。

「後ろだ」

ユダスが振り返るより早く、ソーレ んの掌が背中に触れた。

「Zero Point」

触れた瞬間、ユダスの体から運動量が消える。次の瞬間、緑のビームが至近距離から放たれた。光が背中を捉え、ユダスの体が前方へ大きく吹き飛ぶ。地面を転がり、瓦礫に激突する。

砂煙の中で、ユダスは咳込んだ。肺が熱い。だが彼はすぐに体を起こし、紫のフレアを再点火した。

「……まだだ」

ソーレ んが歩み寄ってくる。

「お前、本当に壊れないな」

「壊れるまで、やる」

ユダスが低く答える。彼は自分の掌を見た。魂の消耗が、確実に蓄積している。これ以上深く引き出せば、幻覚の入り口に足を踏み入れる可能性がある。それでも、彼は拳を握り直した。

ソーレ んは静かに息を吸った。

「じゃあ、最後に一つだけ出す」

彼の両掌に、これまでにない密度の光が集まる。スカイブルーと緑が混じり、やがて不安定に脈打ち始める。空間が軋み、周囲の砂が浮き上がる。

「コンドナリッシング」

名前を呼んだ瞬間、光が暴走しかけた。ソーレ んはすぐに出力を抑え、光を掌の中に押し込める。未完成の技。何でも破壊できるはずの力を、まだ制御しきれていない。

「……やっぱり、まだ早いか」

彼は光を消し、通常のスカイブルーに戻した。

「本気で出したら、この辺一帯が消える。稽古には向かない」

ユダスはそれを聞いて、静かに目を細めた。情報を得た。相手はまだ、全てを出していない。

「じゃあ、終わりにするか」

ソーレ んが言った。

「いや」

ユダスが首を振った。

「もう少しだけ」

二人の間に、再び緊張が走る。

空き地の空気が、また熱を帯び始めた。ユダスの紫のフレアが、限界近くまで凝縮されていた。

肩の傷から血が滴り、呼吸は明らかに乱れている。それでも彼は立ち続け、ソーレ んを見据えていた。対するソーレ んも、スカイブルーのオーラを安定させながら、静かに対峙している。もう、最初のような余裕した笑みは浮かんでいない。

「最後だ」

ソーレ んが短く言った。

ユダスは頷いた。言葉は必要なかった。

二人が同時に動いた。

ユダスは魂の力を、これまでのどの瞬間よりも深く引き出した。危険だと理解している。指先の痺れが腕全体に広がり、視界の端がわずかに白く滲む。オーバーライドの予兆だ。だが、彼はそれを無視して踏み込む。紫の拳が、意志と魂を完全に混ぜた状態で放たれた。

ソーレ んは正面から受けた。

『交差点』が激しく軋む。空間が歪み、障壁の表面に大きな亀裂が走る。ソーレ んの体が後方へ二歩、三歩と押し出される。初めて、明確に押し負けた形だ。

「……本気だな」

ソーレ んの声が、低く落ちる。

次の瞬間、彼も出力を上げた。Fall Domainが再び展開され、重力がユダスを叩きつける。同時にノアリッシュの糸が全身に絡み、緑のビームが至近距離から放たれる。三重の攻撃。

ユダスはクローンを最大限に展開した。五体。認識を完全に分散させ、本体の位置を晦ます。ビームが分身を消滅させ、重力が残った体を沈める。糸が四肢を縛ろうとする中で、ユダス本体は横へ滑り、ソーレ んの側面へ回り込んだ。

「今だ」

紫の拳が、ソーレ んの顎を狙う。障壁に再衝突し、亀裂がさらに広がる。ソーレ んは歯を食いしばり、Zero Pointを発動させた。触れた瞬間、ユダスの運動量が消える。その隙に、ソーレ んは指を銃の形に組んだ。

赤と青が混じり、深い紫の光弾が生成される。

「これで、終わりにする」

光弾が放たれた。

ユダスは寸前で障壁を最大限に厚くした。衝撃が全身を貫き、彼の体が後方へ大きく吹き飛ぶ。壁に激突し、瓦礫が崩れる。砂煙が舞い上がる中で、ユダスは壁に背中を預けたまま、ゆっくりと滑り落ちた。

ソーレ んもまた、その場に膝をついた。息が上がり、額に汗が浮かんでいる。スカイブルーのオーラが、徐々に薄れていく。

沈黙が落ちた。

しばらくして、ユダスが低い声で言った。

「……ここまでだ」

ソーレ んはゆっくりと顔を上げ、短く笑った。

「ああ。俺も、もう十分だ」

二人は同時に、空き地の中央へ歩いた。互いに支え合うでもなく、ただ同じペースで移動する。傷だらけのシャツ、乱れた呼吸、それでもどこか満足げな空気が、二人の間に流れていた。

「お前、意外とやるな」

ソーレ んが言った。

「お前もだ」

ユダスが短く返す。

「次は、もっと本気でやるか」

「そのときは、殺さない程度に頼む」

二人は同時に小さく息を吐き、ホテルの破れた窓へ向かった。

窓枠に手をかけ、中へ身を翻す。部屋に着地した瞬間、朝の光が以前より強く差し込んでいた。他のメンバーはまだ完全には起きていない。マキが薄く目を開け、ルーシーが体を起こし始めている。

「戻ったのか」

マキの声が、低く響いた。

「ああ」

ソーレ んが答える。彼はすぐに部屋の隅へ歩き、黒のシャツと緩いパンツを取り出した。

「先に浴びる」

ユダスが先にシャワー室へ向かう。水音が始まり、しばらくして彼が出てくると、ソーレ んと入れ替わった。ユダスは濡れた髪をタオルで拭きながら、いつもの服に袖を通す。洗って乾かしたものだ。

全員が徐々に起き出し、順番に体を洗い始めた。ピーター、マジン、フロスティ、ルーシー、マキ、そしてリラ。水音と、低い会話が部屋に満ちる。

ソーレ んが黒い服に着替えて戻ってくると、全員が自然と円に近い形で座った。

「で」

ソーレ んが軽く言った。

「これから、どうする」

マキが短く答える。

「一時半に出る。狩る。発表があれば、次の波に進めるかもしれない。この区画には五つの道がある。時間はかかる」

ソーレ んは頷いた。

「悪くない」

マジンも同意し、ピーターも短く「ああ」と答えた。

ソーレ んが部屋を見渡す。

「じゃあ、その前に少し、お互いを知るか。名前くらい、ちゃんと呼び合った方がいいだろ」

マジンが腕を組んだまま、静かに言った。

「……そうだな。まだ、ほとんど知らないままだ」

空気が、少しだけ柔らかくなった。

誰からともなく、名前を確認する声が、部屋の中に静かに広がっていく。名前が揃ったことで、部屋の中の距離が、ほんのわずかだけ縮んだように感じられた。

完全な信頼ではなかった。警戒も、計算も、まだ消えてはいない。だが、少なくとも「知らない人間同士」ではなくなった。

マキが窓の外を一瞥し、時間を確認するように言った。

「一時半に出る。それまでに休める者は休め。狩りの対象は、まだ明確じゃない。だが、発表があれば動く。この区画には五つの道がある。どれを選ぶかは、出てから決める」

ソーレ んが軽く肩をすくめた。

「悪くない計画だ。俺は付き合う」

マジンが腕を組んだまま、短く同意した。

「反対はない」

ピーターも頷き、フロスティは無言で了承の意を示した。ユダスはただ、静かに全員の顔を観察していた。ルーシーはマキの横顔を見てから、自分の掌を握った。死んで戻ってきた感触が、まだ完全には消えていない。

ソーレ んが天井を見上げ、小さく息を吐いた。

「で、正直に言うと——」

彼の声が、少しだけ落ちる。

「リキューは退いただけだ。次はもっと面倒なのが来る。罪の王が本気で動き出せば、今の俺たちじゃ足りない可能性もある」

誰も否定しなかった。

マキが短く言った。

「だから、強くなる。生きる。それだけだ」

その言葉に、重い同意が部屋に落ちた。

しばらく沈黙が続いた後、ソーレ んが再び口を開いた。

「で、俺から少し説明しておくか。意志エネルギーと魂のことは、今朝ユダスにも話したが、全員で共有した方がいい」

彼は自分の掌を軽く開いて見せた。

「意志エネルギーは、誰もが持ってる力の源だ。色がついて、技に形を与える。だが、その奥にあるのが魂だ。魂を深く使いすぎると、オーバーライドが始まる。幻覚を見始める。いないものが見える。普段の自分が絶対にしないことを、するようになる。使い続けるほど、死か狂気に近づく。最終的には死ぬか、高位の監獄に入れられるかだ」

フロスティが静かに言った。

「……知ってる者もいる。だが、改めて聞くと重いな」

マジンが腕を組んだまま、短く頷いた。

「使い方を間違えれば、自分を壊す。それだけは忘れるな」

ルーシーは黙って聞いていた。自分の中にあるループの感触が、説明と重なって鈍く疼く。死んで戻ってきたこと。あれが魂にどう影響しているのか、まだ分からない。ただ、使いすぎれば壊れるという警告だけが、はっきりと胸に残った。

ソーレ んが続けた。

「俺の障壁は『交差点』だ。空間と物質でできてる。意志と魂を混ぜて叩かないと、基本的には通らない。例外の武器もあるが、今は関係ない」

ユダスが淡々と補足した。

「今朝、少しだけ届いた。完全には破れていないが、影響は出せる」

ソーレ んは彼を見て、短く笑った。

「ああ。お前は理解がある」

マキが話を戻すように言った。

「説明は分かった。で、一時半に出る。それまでは各自、体を整えろ。無駄な争いはなしだ」

誰も反対しなかった。

部屋の中で、それぞれの時間が流れ始める。誰かが軽く身を横たえ、誰かが窓の外を見続け、誰かが静かに武器を点検する。会話は途切れ途切れに続き、時折、自分の得意なことや、嫌いなこと、どうでもいい過去の断片が、不器用に交換された。

ピーターが低く言った。

「俺は速さと、氷とガラスだ。それ以上は、必要になったら見せる」

フロスティが短く続けた。

「氷と、影。触れたくないものには触れない」

マキは火の話をせず、ただ「戦うときは前に出る」とだけ言った。ルーシーは自分の名前以外、ほとんど語らなかった。ユダスも多くを語らない。ソーレ んは時折軽い冗談を挟みながらも、核心には触れない。

それでも、昨夜までの「ただの利害で固まった集団」よりは、確かに何かが変わっていた。

時間は、容赦なく進む。

一時半が近づくと、マキが立ち上がった。

「出るぞ」

全員が、それぞれの仕方で体を起こす。武器を確認し、衣服を整え、窓の外の光を見る。

ソーレ んが最後に言った。

「面倒なのが来ても、とりあえずは一緒にやるとするか」

誰も否定の声を上げなかった。

部屋を出る前に、ユダスが一度だけ、ソーレ んの方を見た。ソーレ んもそれに気づき、軽く肩をすくめて見せた。言葉はない。だが、今朝の手合わせで得たものは、互いの中に確実に残っていた。

ホテルの廊下を歩き、階段を下り、壊れた入口を出る。

昼の光が、一行を照らした。昼の光が、一行を照らした。

ホテルの壊れた入口を出ると、昨夜の破壊の跡が改めて目に入る。大きなクレーター、崩れた壁、まだ完全には消えていない緑の光の残滓。街は奇妙な静けさを保ったまま、遠くで時折、何かが落ちる音だけが響いていた。

マキが先頭に立ち、短く言った。

「行くぞ」

全員がそれに続く。ソーレ んはリラを少し後方に置き、自然な位置で歩き始めた。ユダスは端を歩き、周囲の気配を測るように目を動かす。ルーシーはマキの少し後ろを歩き、ピーターとフロスティが左右を固める形になった。マジンは最後尾で、全体を見ている。

誰も多くを語らなかった。

だが、今朝までの空気とは明らかに違っていた。名前を交わし、最低限の情報を共有し、手合わせで力を測った後の沈黙は、以前のような完全な不信ではなかった。警戒は残っている。計算も消えていない。それでも、「同じ方向に歩く集団」としての形が、ようやく見え始めていた。

ソーレ んが小さく息を吐いた。

「で、五つの道のどれから行くんだ?」

マキが答えず、しばらく歩いてから言った。

「出てから決める。発表があれば、それに従う。なければ、最も Survivable な道を選ぶ」

「 Survivable か」

ソーレ んは短く笑った。

「まあ、悪くない基準だ」

ユダスが低く補足した。

「リキューが退いただけなら、次は別の罪の王か、その配下が動く可能性が高い。油断はできない」

誰も否定しなかった。

ルーシーは歩きながら、自分の掌を握った。死んで戻ってきた感触が、まだ完全には消えていない。魂を使いすぎれば壊れるという説明が、胸の奥で鈍く残っている。自分のループが、そのルールのどこに位置するのか。まだ分からない。ただ、今は隣を歩く人間の気配を、確かめるように感じていた。

マキの肩が、視界の端で揺れる。

彼女は前を見たままで言った。

「生きろ。死ぬな。それだけだ」

短い言葉だったが、一行の足取りに、わずかな重みが加わった。

遠くで、街のどこかが微かに鳴った。発表の予兆か、別の破壊か。それはまだ分からない。

だが、彼らは歩き続けた。

五つの道の、どれかへ。

壊れた街を抜け、次の区画へと向かう背中は、昨夜までのそれより、わずかに揃っていた。

完全な絆ではない。

まだ、始まったばかりだ。

それでも、彼らは進んだ。


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