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第17話「純白の誓いと薬指の熱」

 王城の一角にある豪華な衣装部屋には、幾重にも重なる絹の擦れ合う音が静かに響いていた。

 高い天井から吊るされたシャンデリアの光が、部屋の中央に立つリゼットの姿を眩いほどに照らし出している。

 彼女の全身を包み込んでいるのは、最高級の純白の絹で仕立てられたウェディングドレスだった。

 ふわりと広がるスカートの裾には、アークス王家の紋章である剣と獅子、そして彼女の魔法を象徴する星屑の意匠が、銀の糸で緻密に刺繍されている。

 三人の熟練したお針子が彼女の足元にひざまずき、待ち針を口にくわえながらミリ単位でレースの長さを調整していた。

 コルセットによって背筋が真っ直ぐに伸ばされ、普段よりも少しだけ呼吸が浅くなる。

 しかし、その窮屈さすらも、これから訪れる未来の確かな重みとして心地よく感じられた。

 窓の外からは、初夏の爽やかな風が花の香りを運んでくる。

 鏡台の前に立つ自分の姿が、いまだにどこか他人のもののように思えて、リゼットは小さく息を吐き出した。

 泥まみれで森をさまよっていた自分が、王太子妃としての正装を身にまとっている。

 その事実がもたらす幸福感に、胸の奥がじんわりと温かくなった。

 不意に、部屋の重厚な扉が静かな音を立てて開かれる。

 大理石の床を踏みしめる規則正しい足音が近づき、お針子たちが一斉に手を止めて深く頭を下げた。

 リゼットがゆっくりと振り返ると、入り口にはレオンハルトが立っていた。

 彼はいつもの黒を基調とした軍服ではなく、式典用の白銀の装いを身にまとっている。

 その高貴で洗練された姿に、リゼットの心臓が小さく跳ねた。

 レオンハルトは部屋に足を踏み入れると、そのまま言葉を失ったように立ち尽くす。

 彼の鋭い双眸がわずかに見開かれ、リゼットのつま先から結い上げられた銀色の髪までを、熱を帯びた視線でゆっくりと辿っていった。

 お針子たちが音もなく部屋から退出し、広い衣装部屋には二人きりの静寂が降り立つ。

 レオンハルトはゆっくりと歩み寄り、リゼットの目の前で足を止めた。


「息をするのも忘れるほど美しい」


 かすれた低い声が、静かな部屋の空気を震わせる。

 リゼットの頬に一瞬で朱が差し、彼女は伏し目がちに視線をそらした。


「殿下にそう言っていただけると、少しだけ自信が持てます」


「少しだけ、ではない。君は世界中の誰よりも輝いている」


 レオンハルトの大きな手が伸び、彼女のレースの手袋に包まれた指先をそっとすくい上げる。

 彼の手のひらから伝わる力強い体温が、リゼットのわずかな緊張を溶かしていった。

 彼はリゼットの左手を取り、手袋のボタンをひとつずつ丁寧に外していく。

 白く滑らかな肌が露わになり、彼はその薬指の付け根を親指の腹で静かになぞった。

 そこにはかつて、クロードから贈られた安価な指輪を引き抜かれた際にできた、痛々しい赤い擦れ跡があった。

 今では毎日の手当てと彼女自身の魔力のおかげで、傷痕は完全に消え去り、雪のように白い肌が戻っている。

 しかし、レオンハルトの瞳の奥には、彼女が過去に負った痛みを完全に上書きしようとする、静かで熱い執着が揺らめいていた。

 彼は上着の懐から、小さなベルベットの箱を取り出す。

 片手で器用に蓋を開けると、中には精緻な細工が施された白金の指輪が収められていた。

 中央には、リゼットの魔力と同じ色をした、淡く澄んだ金色の希少石がはめ込まれている。


「リゼット。君の過去の傷も、悲しみも、すべて私がこの手で覆い隠す」


 彼の真摯な言葉とともに、冷たい白金の輪がリゼットの薬指にゆっくりと滑り込んだ。

 指の根元に収まった指輪は、彼の手の熱を吸ってすぐに温かさを帯び始める。

 リゼットは自分の手元で輝く金色の石を見つめ、胸の奥が熱いもので満たされていくのを感じた。

 もう、冷たい雨に怯える必要はない。

 誰かに利用され、不要になれば捨てられるような、軽々しい命ではないのだ。

 彼女は顔を上げ、レオンハルトの深い海のような瞳を真っ直ぐに見つめ返す。


「私はもう、隠れて祈るだけの無力な娘ではありません。殿下の隣で、共にこの国を守る光でありたいと願っています」


 その力強い宣言に、レオンハルトの口元が優しくほころんだ。

 彼はリゼットの腰に手を回し、分厚い胸板に彼女の体をそっと引き寄せる。

 シルクのドレスが擦れ合う音が鳴り、リゼットは彼の肩に自身の額を預けた。

 彼の規則正しい心音と、自分の早鐘のような鼓動が、重なり合って一つのリズムを刻み始める。

 窓から吹き込んだ風が、二人の足元でふわりとドレスの裾を揺らした。

 過去のぬかるみは遠く過ぎ去り、二人の前には光に満ちた未来への扉が静かに開かれようとしていた。

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