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第16話「泥に沈む過去と咲き誇る未来」

 建国記念の夜会から、数日が経過した。

 王城の奥に位置する離宮の温室は、季節外れの花々が満開に咲き乱れ、むせ返るような甘い香りに満ちていた。

 リゼットは薄緑色の質素なドレスを身にまとい、小さな銀のジョウロで植物に水を与えている。

 彼女の周りには、数人の若い侍女たちが集まり、憧れの眼差しでその作業を見つめていた。

 リゼットの手からこぼれ落ちる淡い金色の光の粒子が、水滴と一緒に土へと染み込んでいく。

 その光を浴びた植物は目に見えて活力を増し、色鮮やかな花びらを誇らしげに広げてみせた。

 無能だと蔑まれていたかつての日々とは違い、今の彼女は『星屑の魔力』を持つ聖女として、城の人間たちから深い敬愛を集めている。

 誰も彼女を虐げず、誰も彼女から力を無理やり奪おうとはしない。

 ただ純粋に、彼女がもたらす光の奇跡に感謝し、微笑み合っている。


「本当に不思議な力ですね。リゼット様がいらしてから、この温室の植物たちは一度も枯れたことがありません」


「皆さんが毎日丁寧にお世話をしてくださるからです。私の力は、その手伝いをしているだけですよ」


 リゼットが謙遜して微笑むと、侍女たちは嬉しそうに頬を染めた。

 平和で穏やかな時間が、ガラス張りの天井から降り注ぐ陽光とともにゆっくりと流れていく。


◆ ◆ ◆


 同じ時刻。

 王城の執務室では、レオンハルトが机上の書類に冷ややかな視線を落としていた。

 彼の前には、漆黒の外套を着た隠密が片膝をついて控えている。


「ヴァレリア男爵、ならびにルグラン伯爵令息の護送、完了いたしました。北の辺境にある第三採掘場にて、終身労働の任に就かせております」


 隠密の抑揚のない報告が、静寂の室内に響く。

 王都から遠く離れた、一年中冷たい雪と泥に覆われた過酷な環境。

 一度足を踏み入れれば、二度と生きて戻ることはできないと言われる最果ての地だ。


「様子はどうだ」


「到着直後は抵抗を試みていたようですが、監督官の鞭打ちを受け、今では泥にまみれながら黙々とツルハシを振るっております。かつての貴族としての面影は、一切残っておりません」


 レオンハルトは小さく鼻を鳴らし、机の上の書類を指先で弾いた。

 領地を崩壊させ、恩人を虐げた愚か者たちにふさわしい末路だ。

 彼らが自らの手でリゼットを雨の森へ追放したように、今度は彼ら自身が冷たい泥の中で一生を終えることになる。

 一切の同情の余地はない。


「マリアンヌとやらはどうなった」


「炎の魔力を暴走させようとしたため、手首に魔力封じの枷を装着しました。今は採掘場の厨房で、一日中芋の皮を剥く作業を強いられているとのこと。美容を損なうと泣き叫んでいるようですが、誰も意に介していません」


 隠密の言葉に、レオンハルトは満足げにうなずいた。

 華やかな炎で他者を見下してきた女が、魔力を奪われ、泥と煤にまみれて惨めに生きながらえる。

 彼らの存在は、もはやリゼットの未来に一片の影すら落とすことはない。

 完全に終わったのだ。


「ご苦労。引き続き、彼らが決して抜け出せないよう監視を厳重にしろ」


 隠密が音もなく姿を消すと、レオンハルトは椅子から立ち上がり、開け放たれた窓辺へと歩み寄った。

 視線の先には、ガラス張りの温室が見える。

 そこに愛する女性がいて、穏やかに笑っているという事実が、戦場を生き抜いてきた彼の心をどれほど安らかに満たしていることか。

 彼は執務服の襟元を少しだけ緩め、部屋を出た。

 廊下を歩く足取りは、いつもの厳しい軍靴の音とは違い、どこか軽やかだ。

 温室の扉を開けると、土と花の湿った匂いが彼を出迎える。

 侍女たちが彼の姿に気づき、深く一礼して音もなくその場から離れていった。

 リゼットはジョウロを置き、少しだけ土のついた手袋を外して彼を振り返る。


「殿下。執務はもう終わられたのですか」


 彼女の銀色の髪が、陽の光を受けてキラキラと輝いている。

 レオンハルトは彼女の元へ歩み寄り、その手袋を外したばかりの小さな手を取った。


「ああ、片付いた。君の顔を見ないと、どうにも次の仕事に身が入らなくてな」


 王太子らしからぬ甘い言葉に、リゼットは困ったように微笑み、目尻を下げる。

 彼の手のひらから伝わる温もりが、彼女の体温と静かに溶け合っていく。


「ちょうど、新しい薔薇の蕾がほころび始めたところです。一緒に見ていただけますか」


「君が咲かせた花なら、どんな宝石よりも美しいだろう」


 レオンハルトは彼女の手を引いて、緑のアーチが続く小道へと歩みを進める。

 彼女の過去を縛り付けていた鎖は完全に砕け散り、泥に沈んだ。

 今の彼女の目の前に広がっているのは、彼とともに歩む、光に満ちた果てしない未来だけだった。

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