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第12話「絢爛なる夜会と愚者たちの行進」

 王城の中央に位置する大広間は、千個の蝋燭を抱える巨大なシャンデリアの光で真昼のように照らし出されていた。

 高い天井には神々の祝祭を描いた壮麗なフレスコ画が広がり、壁際を彩る大理石の柱には金箔の装飾が施されている。

 楽団が奏でる優雅な弦楽器の調べが、貴族たちの談笑の声と混ざり合い、華やかな空気を醸し出していた。

 色とりどりのドレスや豪華な夜会服をまとった男女が、ワイングラスを片手に優雅な足取りで行き交う。

 部屋の空気に満ちているのは、高価な香水と、甘く熟成された果実酒の香りだ。

 広間へと続く大階段の上の重厚な両開き扉が、護衛の騎士たちによって静かに開かれる。

 その瞬間、入り口付近にいた貴族たちのざわめきが、波が引くようにふっと途絶えた。

 弦楽器の音がわずかに乱れ、人々の視線が大階段の上へと一斉に吸い寄せられる。

 そこに立っていたのは、漆黒の夜会服をまとった第一王太子レオンハルトと、彼の腕に手を添える銀髪の令嬢だった。

 冷酷な戦神として名を馳せ、いかなる女性のエスコートも拒み続けてきた彼が、誰かを伴って公式の場に現れたのはこれが初めてのことだ。

 広間全体が、水を打ったような深い静寂に包まれる。

 貴族たちの目は、レオンハルトの隣で星空のようなドレスを身にまとうリゼットの姿に釘付けになっていた。

 彼女の銀色の髪はシャンデリアの光を受けて真珠のように輝き、首元で揺れる青い宝石が彼女の白い肌を際立たせている。

 伏せられた長いまつ毛と、わずかに紅を差した桜色の唇。

 控えめでありながら、見る者の目を捉えて離さない静謐な美しさがそこにあった。


『皆が、私を見ている』


 無数の視線が全身に突き刺さり、リゼットの足がすくみそうになる。

 ドレスの裾を握る指先に力がこもり、呼吸がかすかに浅くなった。

 その強張りを察知したレオンハルトが、組んでいた腕をわずかに引き寄せ、彼女の腰に大きな手をそっと添えた。

 分厚い布越しにも伝わる彼の力強い熱が、リゼットの背筋を真っ直ぐに支え直す。

 彼は広間を見下ろしたまま、唇を動かさずに低い声でささやいた。


「堂々としていなさい。君は今夜、この会場の誰よりも美しい」


 その言葉に背中を押され、リゼットは小さくうなずいて顔を上げた。

 二人は弦楽器の調べに合わせて、大階段をゆっくりと一段ずつ下りていく。

 彼らが歩みを進めるたび、群衆が海が割れるように自然と道を開けた。

 息を呑む音と、扇で口元を隠しながら交わされる熱を帯びたささやき声が、波のように広間を駆け巡る。


「あの方は、どこの国の王女様かしら」


「殿下が自ら腰を抱かれるなど、信じられない」


 称賛と驚嘆の声が耳に届くが、リゼットはただレオンハルトの歩幅に合わせて静かに歩き続けた。

 大広間の中央に用意された、王族のための特別な席へと向かう。

 そのときだった。

 広間の入り口付近の群衆が、不自然な形にざわめきながら左右に押し除けられた。


「どけ、そこをどかないか。僕たちは正式な招待客だぞ」


 甲高い苛立ちの声とともに、人垣の中から三人の男女が転がり出るようにして姿を現す。

 仕立ての古い夜会服を着たヴァレリア男爵。

 派手すぎる桃色のドレスに身を包み、不機嫌そうに唇を尖らせたマリアンヌ。

 そして、わずかに泥の染みが残る靴を履いたままのクロードだ。

 彼らは周囲の洗練された貴族たちの中で、ひどく浮き上がって見えた。

 焦燥と疲労で血走った目をした彼らは、周囲の冷ややかな視線に気づく余裕すらなく、会場を見回している。

 やがて、クロードの視線が大階段を下りきったリゼットの姿を捉えた。

 彼の目が驚きに見開かれ、口が半開きになる。

 自分が雨の夜に捨てた、泥まみれで地味だった無能な娘。

 それが今、王太子の隣で誰もが羨むような美しさを放ち、眩いほどの光の中に立っているのだ。

 クロードの顔に、理解不能な現実に対する混乱と、歪んだ安堵の表情が同時に浮かび上がった。


「見つけた。リゼット、あんな所にいたのか」


 クロードが歓喜の声を上げ、周囲の目を気にすることなく大股で歩み寄ってくる。

 その後ろから、男爵とマリアンヌが慌てて小走りでついてきた。

 彼らの靴底から微かな泥の匂いが漂い、近くにいた貴族たちが眉をしかめて鼻を覆う。

 リゼットの視界に、かつて自分を虐げ、絶望の淵へと突き落とした三人の姿がはっきりと映り込んだ。

 心臓が冷たい手で掴まれたように収縮し、呼吸が喉の奥で詰まる。

 一歩後ずさりそうになった彼女の肩を、レオンハルトの腕がしっかりと抱きとめた。


「リゼット。探したぞ、こんな所で何をしている」


 クロードが数歩の距離まで近づき、当然のように彼女の腕を掴もうと右手を伸ばす。

 その顔には、自分が迎えに来てやったのだから喜べという傲慢な色が張り付いていた。

 しかし、彼の手がリゼットのドレスに触れる直前。

 レオンハルトが冷ややかな視線を向けたまま、クロードの前にゆっくりと立ち塞がった。

 軍靴が床の大理石を叩く硬質な音が、広間の喧騒を切り裂いて鋭く響き渡る。

 戦場で数多の命を刈り取ってきた戦神の、肌を刺すような凍てつく気迫。

 それが壁のように押し寄せ、クロードは伸ばした手を空中で止めたまま、息を詰まらせてその場に縫い止められた。

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