四章 山の海神様は嫉妬深い エピソード13 うっかりミス。
「アルマちゃん!起きて!!」
昨夜の空き巣の疲労が抜けきらず、日中になっても寝入っていた俺を現実に引き戻したのは、マルファの切羽詰まったモーニングコールであった。
「ちょっと!まずいわよ!!ねぇってば!」
「…………なんです騒々しい。俺は疲れているのです――――」
なぜかはわからないが、異様な倦怠感が俺を包んでいたからだ。
「――――だから、あと五時間は寝かせてもらわなければ…………」
「そこは普通『分』でしょ!?って、今はそんなこと言ってる場合じゃないのよ!チャーチヒューズ工業がすぐそこまで来てるの!!」
「は?なぜ…………」
「知らないわよ!昨夜の痕跡は残していないから見当もつかない。でも、相手は殺気立ってるから、アルマちゃんの『暴力』が頼りなの!お願い!!」
…………はぁ。面倒な事になっているじゃないですか。
「分かりましたよ。今起きます」
それから急いで寝間着を脱ぎ、普段のシャツとズボンの上にコートを羽織った俺は、マルファに連れられ、足早にも社を出た。
境内には既にチャーチヒューズ工業の作業員が十人程たむろしていた。彼らは各々が好き勝手に時間を潰していたのだが、俺を見るや否や、しゃがみ込んでいた姿勢やそっぽを向いていた体を一斉にこちらへと向ける。
そのチャーチヒューズ工業の中で「もう昼だぞ」と青空を見ながら、こちらへと一歩踏み出したものが居た。それは、以前俺達と会話した男だ。
「重役出勤だな」
彼の言葉からは無数の棘が感じられた。敵意、苛立ち、不快感。様々な感情の混じり合いだが、その中には一つも友好的感情が含まれていない。全て負の感情だ。
「会うのは二度目だから名乗るが、俺は今回の副責任者、ハンス。単刀直入に聞く。昨日、うちに盗みに入っただろう」
何となく察してはいましたが…………一体どこから漏れたやら。とは言え、確かに入りましたが、はいそうですと素直にうなずく悪人はおりませんよ。
ゆえに、「何のことやら」と返答した。
「とぼけても無駄だぞ。卑しい奴らだ」
俺の横ではマルファが冷汗をかいている。しかし、こういった場合堂々としていなければ不利になるものである。だから俺は彼に対し「弱気になるな」と小声で窘めた後、ハンスへと向き直った。
「はて。証拠でもあるのですか」
するとハンスは笑った。「馬鹿な奴だ」とこの俺を下手に見て嘲笑したのだ。
許せない。マウントは取る物であって取られる物ではない。
「不愉快な…………言いがかりをつける暇があるならば、工事に戻った方がよいですよ。このような辺境に飛ばされるくらいだ。単純労働でしか稼げない低脳なのでしょうからね」
「…………昼間っから寝入っている無職の言葉など、痛くもかゆくもない」
「なっ、む、無職ではないっ、悠々自適なのですッ!!」
「どうでもいい」
「どうでもよくなどなぁいッ!俺の沽券に関わる問題です!いいですか、あなた方庶民とは違い、俺は上流階級の気品あふれる金持ちなのです!!!!」
俺がヒートアップしたと思ったのだろうか。その時、「ちょ、あ、アルマちゃん落ち着いて」と、マルファは俺の腕を掴み、引き攣った顔を浮かべてきた。
しかし、
「これが落ち着いていられるものですか!!!俺は、貧乏人とは違うのです!!!!」
「だとしても――――」
そう言ったハンスは懐に手を突っ込むと、キラリと光る鉱石を取り出し俺達に掲げた。それはエーテル結晶だった。
「――――すぐに豚箱行きになる。年貢の納め時だな」
そして、エーテル結晶から映像が流れた瞬間、俺とマルファは観念の色を顔いっぱいに浮かべる事になった。
何しろ、映像には俺とマルファが盗掘している決定的証拠が映されていたからだ。
「…………で、どう言い訳するつもりだ」
言葉に困った。いや。本当に間抜けでした。おそらくハンスが持っているあのエーテル結晶は、俺とマルファが入った洞窟内のものなのでしょう。
横ではマルファも「あぁ…………舞い上がってたわ。こんな凡ミス…………」と俺の内心を代弁していた。
となれば、俺達が取る行動は一つ。
「仕方ありません。」
「観念したな。盗ったものを返してもらおうか。衛兵に突き出すのはその後だ」
「断ります。」もちろん策はある。今、ハンスはエーテル結晶を持ち出しているが、そちらに音声が記録されない事は確認済み。だから俺がいくら煽ろうが、映像にはどちらが先に手を出したかという事実しか残らないのだ。
それゆえに、しらを切り通すことに決める。
「俺と学者先生の二人は無実です。お引き取りを」
「まさか、この期に及んでまだそんな悪あがきをするのか。子供の方が利口だな」
「いやはや何のことか。そもそも、その映像はあなた方が造り出した捏造では?俺にはとんと理解できかねる」
「…………今ならまだ、痛い目を見なくとも済む。そう言ってるんだがな」
「脅迫ですか。残念ながら、俺に手を出せば痛い目を見るのはそちらだ。言ったでしょう。俺には社会的地位が在るのだと。あなた方、二度と日の目を拝むことが出来なくなりますよ」
しかし、ハンスは俺の忠告も聞かず、仲間へと手を振って準備させた。
「殺しは無しだ。が、痛い目に合わせてやれ。」
あっという間にも、俺とマルファの周囲をチャーチヒューズ工業の面々が取り囲んだ。
霧が足元を負い隠す境内。彼らがにじり寄る度、文字通り雲行きが怪しくなっていく。これが天候であるならば、雷が落ちる一歩手前だろう。
「…………これは、正当防衛ですよ」
「戯言を。なら、こちらには正義がある。」
確かに。その言葉に対してはぐうの音も出ない。
だが、ぎゃふんと言うのはそちらです。
「かかれッ」
ハンスの合図を機に、チャーチヒューズ工業の九人が一斉に駆け寄り、殴りかかってきた。
が、しかし。
「ぎゃ!」
「は?なんだ」
と、困惑を浮かべ、境内を転がり遠ざかったのもチャーチヒューズ工業の面々。
俺が風魔術の低級を前奏とし吹き飛ばしたからだ。続いて更にもう一度、風魔術の低級を歌い上げる。
「風の始まり、我が口より紡がれ、草木を揺らす――――」
とは言え、この程度ではいたちごっこだ。相手を吹き飛ばしても行動不能に陥らせることは困難。膝小僧をすりむく程度だろう。
だから詠唱のサビには踵を上げ、境内の石畳をタップする事で、土魔術の中級を放つ。
「――――大地の強震、我が震脚にて踏み鳴らし、現われん」
そして、吹き飛ばされた九人がものの数秒で、境内の砂利の部分を割って現れた大地のとぐろに囚われ沈黙したのだ。
残ったのはハンス一人。彼は信じられないと言った風に渋面を浮かべていた。つまり、多勢に無勢は取り払われたことを意味する。
ならばいかようにも対処できる。俺はマウントを取り返すため、土魔術で隆起した少し高い場所へと腰掛け、ハンスを見下し聞いた。
「さて、そろそろお引き取り願いたいのですが…………まだ何かありますか?」
「…………お前、ギルドメンバーか」
「いえ。違いますが」
「馬鹿な、常人があの人数をいともたやすくいなせるか。何者だっ」
「ただの旅人。風来坊です。」
「そうか、無職がなぜ鉱石を狙う。」
「チッ、だから無職ではないと言っているでしょうがぁつ!!」
「なら答えろ。どこの差し金だ。コークリオ組合か、それともまた別の同業他社か。所属を言え。」
「こちらが聞きたいくらいだ。あなた方こそ、鉱石の情報をどこで仕入れたのです。何に使うおつもりか」
「企業秘密だ」
「ではこちらも黙秘しましょう」
「…………平行線か」
「然り。」
「……………………。」
にらみ合いは数分続いた。
しかし、その沈黙を破ったのはハンスの方。彼は大きくため息を吐くと、面倒くさそうにこう提案してきた。
「お前の望みを言え。」
「おや、彼我の差を理解した様ですね。重畳です。」
「調子に乗るな。これは取引だ。それによっては、今回の件は水に流してやってもいい」
「『やってもいい』…………ですって?これはこれは、また尊大な言いぐさではありませんか。いいのですか。あなたのお仲間は今、俺の手中に在るのですよ」
俺が右手を軽く握り締めれば、土魔術のとぐろが連鎖的にもチャーチヒューズ工業の面々を締め上げ、喘ぎが漏れる。
すると、即座にハンスは態度を改めた。
「…………ッ、流させていただく。」
「よろしい。ならば易い事です。あなた方がこの地域から立ち去ればいい」
「それ以外でだ」
「交渉決裂ですね」
「…………他になにか無いのか」
「ならば、その証拠映像を記録した鉱石全てを俺に差し出しなさい。そうすれば、命までは取りません」
「それも、承諾しかねる。」
「…………ハァ。なら何を差し出せるのです」
「上と取り合い、相応の額なら」
「その程度ならばいっそ俺達を見逃しなさい。さもなくば、あなたのお仲間は死に、作業は滞る事になりますよ。俺は社会的地位がありますからね、チャーチヒューズ工業が死者を出しても工事を続行したと風潮します。その鉱石を独占したい以上、証拠映像として法廷へ出すわけにもいかないでしょう。ならば、世間の風当たりはさぞ向かい風になる事でしょうねぇ、ははは」
「……………………っ卑怯者め」
「立場を弁えた方がいいですよ。それで、いかがする」
「…………わかった。今回は立ち去る。だから彼らを放せ」
「よろしい」。俺が腕を振るうと、土魔術のとぐろはおもむろにも地響きを奏でながら、ハンスの方へ伸びていき、チャーチヒューズ工業の面々を下ろした。
彼らは久々の自由に歓喜したが、俺が視界に入った途端、すぐに顔色を曇らせじりじりと階段の方へ後退していく。
素晴らしい。これで上下関係が出来上がったという事です。もちろん、俺が上で彼らが下だ。
「さ、ハンスさん。後はあなただけだ。即刻お引き取りを」
「…………あぁ。」
唸る様に吐き捨て、ハンスもチャーチヒューズ工業の面々に加わり階段を下って行った。
俺は土魔術を再度発動し、元の境内に近づくよう砂利を均し復元した。
その後、足音が聞こえなくなったの境に、沈黙を保っていたマルファがようやく大きな深呼吸をした。
「…………まいったわね。」
「何がです」
「バレたことよ。昨日のアタシを殴りつけてやりたい…………うぅ…………これで完全に犯罪者の仲間入りよ…………」
「その罪悪感は俺を巻き込んだ代償ですよ。戒めとして心に刻んで欲しいものです」
「はいはい…………後生大事にしますよ…………。でも、アルマちゃんが居て良かったわ。と言うか…………薄々思ってはいたけど、あなたほんとに強いのねぇ、びっくりしちゃったわ。」
「と言っても、甘く見積もって漆黒ランク程度ですよ。黄金ランクを見かけたら、流石に尻尾を巻いて逃げだします。」
「そりゃあそうでしょう。彼らは人類の頂点。人によっては魔術を使わず、身体性能のみで水の上を走れるらしいわよ」
「ま、まことですか」
「噂だけど。でも、彼らの噂は実際のところ、基本的に噂を超える事が多いから…………もっとすごい事も出来るんじゃない?」
「そんな者に狙われたとあっては…………商売あがったりですね。」
「でも、これで一安心ね。アタシ近いうちにここを離れて、エーテル結晶を学会に発表しようかと思うんだけど…………その間、ここの人たちを守れる人材って派遣できないかしら?」
「できますが、安心するには些か気が早いと思いますよ」
「え、なんで」
「忘れたのですか。報復です」
「まだ何かあるって言うの?あんなにコテンパンにされたのに?」
「だからですよ。考えてもご覧なさい。俺が煽りを入れたとは言え、取り返すために荒事を躊躇なく実行に移したのですよ。俺は少々引っかかりが残ります。」
「そ、そうかしらね」
「そう思わないのは、あなたが表のぬるま湯に浸っているからなのですよ。俺達であれば、やられたらやり返す。必ず。それも近いうちに」
「じゃあ、彼らは黒なの?」
「その判断も些か気が早い。ハンスには理性が見られた。上に脅されている可能性もあります。ただ、何であろうと一難去ってまた一難。そう言う気配がするのです。」
そう、一件落着と気を緩めた時がもっとも危ない。俺はその事をエイダの死で痛い程教わったのだから。




