四章 山の海神様は嫉妬深い エピソード12 悪夢 洞窟内の二柱
洞窟内でエーテル結晶を一つ採取した後、俺とマルファは最も近い仮設事務所へと足を運んだ。
近い場所を選んだ理由としては、移動が面倒だったと言う事もあるが、価値の高いエーテル結晶が採掘できる場所から近しい方が、管理の都合がつくとにらんだのだ。
仮設事務所は文字通り、必要最低限の設備を備えているのみだった。貧しい民家を彷彿とさせる木造の平屋は扉が二つある。
しかし、右手側は工具置き場だったため空振り。俺達は即座に引き返し、残った扉から内部へと足を踏み入れ、魔術の弱火で室内を照らしたのだ。
それによると、見える範囲の室内には机が最奥に四つあった。おそらくは管理者の居座る場所だろう。その手前には布が敷いてあり、休憩スペースのように見受けられる。
しかしながら、靴置き場のようなものは見当たらない。床には泥や土の足跡が付着していた。
「どうやら土足で上がり込んでも痕跡は残らないようですね」
「だめよ、脱ぎましょう。」
どうしてかマルファに訊ねると、彼は床の足跡を凝視していた。
「見て。大きさはともかく、靴裏の形状が全て同じよ。おそらく、作業員の装備を徹底しているんでしょうね。」
「なるほど。目ざといではないですか。もしや、空き巣のご経験が?」
「あのね、アタシは民俗学を専攻している手前、どうしても余所の集落に厄介になる事が多いのよ。その際、失礼のない様に観察眼を鍛えてるの。」
「おや、それは失礼いたしました。では脱ぎましょう。」
靴を脱いだおかげで足跡は残らない。とは言え、足裏で足跡を踏んでしまってはやはり痕跡が残るのも事実。それゆえ俺達二人は慎重に歩みを進め、最奥の四つの机へと近づき引き出しを一つづつ開けていった。
中にあったのは、二日前に俺達も垣間見た工事における概要と施工計画書。その他には作業日報や、チャーチヒューズ工業の社員であることを視覚化するピンバッジがあった。
しかし、いくら机の中を探してもやましい文書や、怪しい金の流れ、非合法な行動をほのめかすような物証は見つからない。
「…………やはり、黒い噂とやらは勘違いなのではありませんか。見る限り普通の土木建築業者ですよ?」
「アタシはそうは思わない。」
「どうしてそう思うのです」
「これよ」と、マルファはエーテル結晶が入った懐を叩き、机を睨んだ。
「彼らがどこでこの情報を嗅ぎつけたのか。きな臭いとは思わないの?」
「まあ、言われればそうですが…………偶然そう言う噂を聞いたのではありませんかね。」
「普通、かもしれない程度の情報でこんな大掛かりな工事しないわ。人件費も移動費も馬鹿にはならないもの。どこかに情報提供者がいる筈。せめて、この工事の発案者かそれに付随する人物が特定できれば…………」
そう言って、マルファはまた机を物色し始めた。
何度も何度も同じ所をしらみつぶしに探していくのだ。その様子は少し鬼気迫るものがある。
「何があなたをそこまで駆り立てるのですか。ただの研究対象に対する熱量ではない気がしますが」
「…………アタシもね、田舎出身なのよ。エンバス地方なんだけど、アルマちゃん知ってる?」
エンバス地方。と言う事は、クサナギ・エーランドの縄張りたる――――エンバス地方のことか。
まったく、何の因果でしょうかね。
「知っていますとも。涼しく爽やかな良い所でした。つい最近足を運んだばかりです」
「なら話しは早いわ。ここよりは幾分文化的だったけど、あそこも自然を大事にしてる。だから、ここの人たちの生活――――自然が脅かされるようなことは、出来れば遠ざけたいのよ。」
「合点がいきました。なら、何も言いません。気が済むまで探すといい。俺は見張りに意識を割きましょう。」
すると、マルファは俺の方を見て目尻を綻ばせた。
「…………なんですかその顔は、腹が立つ」
「アルマちゃんのそう言うところ、長所だと思うわ」
「あ?馬鹿にしているのですか。あなた」
「褒めてるのよ。なんだかんだ言って手を貸してくれるし、他人の内面を――――大事にしている事を否定しない心構えを」
「…………あまり調子に乗っているようだと、殺しますよ。」
「それはないわ。もうアタシを守るって承諾したものねぇ?」
「ッチ…………口ではなく、手を動かしたらどうです」
「はいはい…………ん?あれ、これは…………もしかして」
マルファの気付きに対し俺もそちらを見た。その時の彼は机の引き出しを全て取り出していたのだが、とある引き出しの底とその他の引き出しの底を叩き比べ、音を聴き分けている最中であった。
「こっちの引き出しは軽い音がする。」
言うや否や、マルファはその引き出しを隅々まで触り、視認し確認していった。しばらくしたのち、「これね」と確信めいた言葉と共に彼の指が一つのとっかかりを押し込み、引き出しの底が取り外された。二重扉である。中には薄い一冊のメモ帳が入っていた。
「よ、よくわかりましたね」
「アタシも研究資料を隠すためによくやるわ。その際は、身近に置いておかないと落ち着かないから。もしやと思ったんだけど、大当たりね」
「…………あなたが俺の屋敷に来る際には、公にしないといけませんかね。隠し事は出来ないようですから。」
「それ、褒めてるの?」
「褒められていると思ったのなら、あなたは相当鈍い男と言う事になりますが…………水を差すような物言いは辞めておきましょう。」
「はいはい。アタシは手癖が悪いですよ…………さ、時間も無いしサッと読んでしまいましょ」
マルファがメモ帳をめくり始めたので、俺もそちらへと顔を寄せた。
メモ帳の筆跡は、ここの管理主任たるリミック・イーアンのものだとマルファは言う。どうやら、先ほどの物色からその名前を知ったらしい。筆跡の照合は日報からも確認できたので、まず間違いないだろう。
そして、その内容の要約はこうだ。
「『エーテル結晶の速やかな回収。それに加え利益の四分の一をエルモアに郵送する。波風を立てぬよう注意すべし』…………か。利益って言うのは、エーテル結晶そのものかしら。それともその成果…………?」
「そこまでは分かりませんが、この書き方からして、エルモアと言うのが、情報提供者でしょう」
「もしくは、チャーチヒューズ工業の上層部か。まぁ、いずれにせよ収穫よ」
「では、帰りましょう。ここに用はない。」
引き出しを机に押し込み、周辺の片づけをしていた時。
「ぁ~こんな夜更けに、い~けないんだぁ~~いけないんだぁ~~せ~んせぇにいってやろう~~」
その声に、俺は心臓をワシ掴みにされたかと思った。
「キヒヒ、驚いたぁ?」
甘ったるい声。アイスブルーの髪。娼婦のようななまめかしさ。紛れもない鬼畜クソ女だった。
俺はマルファを背後に追いやり、怨嗟を込めてが鳴りを上げた。
「…………ゴミが、何しにきやがった」
「何ってェひどいなぁ。ぉ助けに来たんじゃん?」
「あ?寝言は寝ていえダボが。」
「ェ~~でも、私のおかげで邪魔者がどっか行ったでしょう??」
「何のことだ」
「ド外道君がぁ、ここに着いた時、一体誰がおじ様をここに呼び戻してぇ~…………作業員のお兄さんをどかしたと思ってるのん」
「…………まさか、お前が」
「キヒヒ、そうだよん。あ、私だって気付いてはいないよぉ~☆」
「また、唆したのか」
「言い方ぁん!チッチッチぃ~違うよぉ。いつも通り、私の魅力で誘惑したのぉ。ド外道君にはまだ早いお話だったかなん。キヒ、キヒヒ」
本当に腹立たしいゴミだ。ここが潜入場所でなければ即座に燃やしていたものを…………。
しかし、俺の背後ではマルファが息を飲んでやりとりを見守っている。仮設事務所を更地にしては隠密の意味がないからな。ゆえに、ここで荒事は起こせない。
だが、これだけは聞かねば。
「一体どういう風の吹き回しだ」
「言ったでしょう。彼方様に誓いを立てたと。君の敵ではないのだと。」
すると、鬼畜クソ女は佇まいを直した。踵と踵を上品に合わせ、へその前で手を合わせた。その姿はまるで、名の在る彫刻家が掘りだした彫像のように、完璧な均整と精緻な肢体。未来永劫語り継がれるに値する価値がある。
でも、そう思わせているのは鬼畜クソ女だ。こいつがこれまで為した鬼畜の所業を俺はまだ忘れていない。
だからこそ、俺は外見など飾りだと思うのだ。
「信用できるか。赤子にまで手を出す鬼畜が。本音を言え」
「首都での事を言っているの?だとしたら、アレは慈悲。産まれてくる前に返した方が、あの子のためになる。」
「なんだと。そんな訳が有るか、お前に生死の決定権なんぞ無い!正当化するなクソ女がッ!!!」
「アレは君と同じ。あり得ない筈なのに――――『落胤』の気配があった」
その声は静かで、何故か反論できない迫力があった。
「落胤はね。本来長く生きることが出来ない。」
「俺は生きているぞ」
「運が良かっただけ。魔力には己が精神や感情を世界に反映する力がある。それは、魔力量が多ければ多い程叶いやすい。その最たる例が君やエルフあとは…………黄金ランクだったかな。それらは皆、魔力量が多いために、無意識化で皆が思う優勢姿勢を反映している。要は超自然的整形だ。でも、その方が生き易いのだから決して負い目を感じる事でも無い。」
「だが、だが!百歩譲りそうだとしても、それと長生きできない事にどうつながる。てきとう言ってんじゃねぇぞ」
「ハハ…………察しが悪い男。」
「俺にマウントとるな!殺すぞ虫けらがッ!!」
「赤子なんて特にそうだよ。あれらに理性は無いからね。本能のまま欲を振りまく。それこそ、純粋無垢な強欲を――――ゆえに、背中がかゆいと思えば背中を掻ける腕が生える。足が邪魔だと思えば足がもげる。お腹が気持ち悪いと思えば臓物が変容する事もある。」
「っ、そんな訳が、でたらめだ!」
「事実よ。だから長生きできない。万が一に死なずとも、そんな異形に育ってしまえば、世界がどう彼らを見るか…………牧場を持っている君なら理解できるはず。可哀そうでしょう。私は…………見ていられない。だから間引いた。」
子供を寝かしつける様な優しい声音とは裏腹に、その残酷な内容にゾッとした。なのにどこかで身に覚えがあった。
まるで、おぼろげな夢の内容を反芻しているような既視感だが、やはり定かではない。
「さて本題よ。率直に言うとね、この地域には所縁が在るの。だから今回ばかりは悪戯も無し。君に協力してあげると聞かせているのが分からないかな…………?お馬鹿さんだこと。」
「それは…………ワダツミ様とやらと関係があるのか…………」
「好きに解釈すればよい。その浅慮を私は寛大な心で許してあげる。」
「高慢ちきが、見下すなと言ってるだろうがっ!」
「偉大と申して欲しいわ。人間風情が」
俺と鬼畜クソ女の睨み合いが長引くと思ったのか、その時マルファが間に割って入り、この場を去ろうと提案した。
「長居は無用って、アルマちゃんも言ってたじゃない。もう行きましょ」
「チッ…………~っわかりましたよ。ええ、行きましょう学者先生。」
「キヒヒ、じゃあね」
「あら、レヴィちゃんは来ないの?」
マ、マルファよ。その呼び方は何ですか。俺は失望したぞ。ほとほと呆れ果てました。警戒心が無さ過ぎです。
しかし、俺の辟易は誰にも汲み取られなかった。
鬼畜クソ女はご機嫌な猫撫で声で「行かないよん」と何時もの軽薄な態度へと戻ったのだ。
「私、ちょっと用事があるからにゃん☆」
「あぁ?用事だぁ?お前にか…………?」
「そ。でも内容は言わないよぉ。教えて欲しかったら床に頭こすりつけて『自主規制』してみてよぉ♡」
「付き合ってられるか」
俺はマルファの肩を掴み、半ば強引にもこの場を後にしたのだ。
※※※※※※※※※
仮設事務所からアルマが去った後、私は夜闇を切り裂きながら、洞窟内の最奥へと足を運んだ。
雄の臭いが鼻孔と下腹部を刺激するけど、今は自身を慰めている時じゃない。
今すべきことは他にある。それは、洞窟内の壁から顔を覗かせている鉱石に対して触れる事。とは言え、姿を記録されては困るから、火を灯すことはしないけど。
「って、まさか賢者の石ってこれのこと…………?」
「そう。」
むろん、洞窟内には私しか存在していない。
でも、声が響く。洞窟内ではなくて脳内に。
「でも見せたいのはこれではなく…………あの、だから姉様、出来ればそんなにまじまじ見ないでくれると…………」
「ハッ、そうもいかんだろう。この私であっても呆れを通り越して血の気が引くぞ。下賤な人間共にとっては、君の『吹き出物』ですら財宝足りうるらしい…………」
「キ、キヒヒ…………」
「笑ってごまかすのはよしなさい。それに、君にとっては神様冥利に尽きる事だろう。誇ってよい」
「あぅ…………妾としては恥ずかしいです」
今、彼女の姿が見えたなら、真っ赤な顔を手で覆い隠しているはず。
だから少し不憫に思った。その件にはもう触れない事にする。
私は賢者の石に手を伸ばし、不完全な契約――――か細い魔力の繋がりから、アルマの魔力を引き込んだ。
その途端、歴史が目の前に投影される。直近の工事から始まったそれは目まぐるしく場面転換を繰り返し、直ぐに真っ暗へと変わる。その黒色はしばらく続いたけど、永らく山の中に閉ざされていたのだから仕方無い。
そしてようやく、目的の映像が映し出された。今居る洞窟がまだ日の当たる時代だった頃まで遡ると、顔を隠した人物が一人、姿を現した。
「姉様、お見せしたかったのは、この人間さんです」
「顔を隠してると言う事は、賢者の石の特性も理解しているようではないか。」
「はい。」
「何者かは分からないのだな。」
「はい。存じ上げません」
「…………それで、この人間の何が疑問なんだ?」
「ここです」。彼女がそう言った時点の人物は、手に持っていた何かを懐にしまい込み、代わりに測量を始めた。
そして、作業を終えると忽然と消えた。
「ほう…………今のは水魔術ではないように見受けた。察するに空間転移系の原典魔術か…………?だとしたら相当レアだが…………」
「いいえ。魔術ですらないかと」
「…………本気で言ってるの」
「はい。当時その人間さんから魔力の流れは感知できませんでした。だから、別の力じゃないかと。」
「…………その当時――――」
私はその先を口にするのに苦労した。現実を受け入れるようで苦しかったから。
でも、頭を振って絞り出した。
「――――その当時は…………まだ、彼方様は座に居られたはず。」
「…………はい。いましたよ。」
「どのように仰っていた」
「端末たる妾が観測した情報ゆえ、彼方様も推察が滞っておりました…………それゆえか姉様と同じ、最も可能性が高いのは空間転移ではないかと。」
「あぁ、崇高思考の御君のお言葉ならば、やはり君の心配は杞憂なのよ」
「で、でも、もう一つの可能性も仰っておられた」
「…………何を。」
「セリオン粒子工学を基にした――――科学力…………と。」
「有り得ない。それは顕界の技術ではない。」
「その通りです。妾も彼方様からそのように教育を受けています。あの技術は『魔女議会』が厳重に管理していると。」
「ああ、私も然り――――」
いや待て。そう言えばアルマの屋敷に居たあの女のお共。あれも落胤、ネフェリムだった。でも、彼もこの世界の住人じゃないはず。
ならば彼らも関りがあると考えるのが妥当か。もしくは奴らが捜しているのはソレか…………?
「――――姉様、黙りこくってどうしたの」
「いや…………気にするな些事だ。それより君、この事は他の者にも話したのか?」
「ううん、話すのは今回が初めて。でも一応、姉様のお耳に入れておこうかと思ったんです」
「…………そう。分かった。記憶にとどめておくとしよう。」
「はい。」
「よく話してくれたな。昔であれば、頭を撫でてやれたものを…………惜しいものだ。」
「っ、い、いえ!そのお言葉だけで…………う、嬉しいです。キ、ヒヒ…………」
「そんじゃさぁて…………ホンジャ!私ちゃんも帰ろうかなん☆」
「…………ぁ、う。また、その口調に戻るんですか…………せっかく昔のように交流が出来ていたのに…………」
「とうぉぜんでしょう。今の私は昔と違うのぉ~~キヒヒ」
「…………妾より、落胤を取るんだ…………そうなんだ…………ぅうずるい…………」
「なんだよぉ~…………拗ねんなよぉ…………アメちゃんいる?」
「……………………フン…………今の妾じゃ、食べれないもん…………」
「…………はぁ、やれやれ…………愚妹ここに極まれりだな…………」




