四章 山の海神様は嫉妬深い エピソード11 鉱石の正体
工事区画は山中腹の傾斜を一部削り取り、水平に均されていた。その他にも周囲の木々は切り倒され、視界を確保すると同時、その木材を使ったであろう仮設事務所が工事現場の各所に点在している。
「おーい、お前何やってんだ」
まばらに松明がともり、夜間を赤く映す山中の工事現場にて。しゃがみ込んでいた作業着姿の男は声のする方へ首を振ると立ち上がった。
声をかけてきたのは、男と同じ作業着姿で貫禄がある中年男性であった。
「もう、定時過ぎてんぞ。今日はまだ残業無し。上がりだって言っただろう」
「お、驚かせないで下さいよ職長。落し物探してたんすよ」
「へぇ、見つかったのか?」
「それが、まだ。」
「そうか、なら帰んべ。明日早く来て探せばいい」
「…………はい。」
二人は肩を並べると背を向け、目張り目的のバリケードで隔離されているこの工事区画から、出入口の方へと歩き出した。
そうして、彼らがその背中を映し出す松明の恩恵から外れ更に十分後。俺は水魔術の迷彩を二秒だけ解き、我が身を釣り餌とする事で、周囲に他の作業員がいないかを確認した。
問題は無かった。気配はおろか物音も感じない事を確かめた後、俺は松明の火が淡く映し出す仮設事務所の方へと声をかけた。
「…………学者先生。行ったようですよ」
「一安心ね」そう言って、黒を基調としたゴスロリ衣装を薄暗闇に溶け込ませながら、マルファは俺の下へと近寄ってきたのだ。
「まさか、こんな時間にまだ作業員が残っているなんて。工事音もしないから油断したわ」
「それもそうですが…………」俺はマルファを半目で窘めた。
「あなた、水魔術の迷彩を出来ないのなら、最初からそう言ってほしかったのですがね」
「アルマちゃんが特殊なのよ」
「特殊ですって?今、俺の事を馬鹿にしましたか?百歩譲り、俺以外を貶すならともかく、俺を馬鹿にすることは許しませんよ。」
「ちっがうわよ馬鹿ね」
「馬鹿にしましたねッ」
「ハァ…………アタシが言いたいのは一般人の魔術練度は日常生活で使う程度って事。そんな姿を隠すような器用な真似、練習しないとできる訳ないじゃない。どこで憶えたの」
「俺は悪人ですよ。逃走手段は真っ先に学びました。とは言え、ギルドランクの高い相手となれば、これすら頭隠して尻隠さず。心もとないですがね…………」
「奴隷商にならなくてよかったわ…………」
「チッ、下手に見る事は辞めなさい。あなたこそ、そんな程度でよくもまぁ…………乗り込もうなどと無謀な発案を出来たものです」
「嫌味はこの際聞き逃すわ。さ、まずは工事現場に向かいましょう」
マルファが一歩踏み出すと、作業現場作への道しるべたる地面に敷き詰められた鉄板から『カツン」と硬質な音が鳴り、木板の上では『カッ』と軽快な音がまたも木霊す。
「気を付けてください、学者先生。物音を立てぬように」
「わ、分かってるけど。どうしても鳴るのよ。逆に何でアルマちゃんは物音がしないの?」
「先も言ったでしょう。俺は逃走手段を真っ先に学んだと。音を抑える歩行方法も習得済みなのです。まずは片足を出し、着地の瞬間に膝をクッションにするように衝撃を逃がすのですよ。さ、やってご覧なさい。」
「と言われても、一朝一夕でできないわよ」
「ハっ、これだから一般人は…………この程度の身体操作も出来ぬとは。片腹が痛くなる」
「あ、あのねアルマちゃん。それ自慢げに言う事じゃないわよ。つまりはそれだけ追いかけっこを繰り広げたって事でしょう…………むしろ自嘲すべき案件だわ」
「チッ、うるさいですね」
「それ、足音に対して?それともアタシの発言に対して?」
「無論、どちらも」
苦笑したマルファを鼻で笑った後、俺達はまた慎重にも歩みを再開した。
するとやがて、山の横腹にぽっかりと空いた洞窟を発見する。周囲には洞窟内部と外部を行き来したであろう足跡が無数に残っており、まず間違いなくここが作業現場の一つであることが分かる。
洞窟内を覗き込んでみると内部の空気は停滞しているようで、土の匂いとおそらくは作業員であろう者達の汗のにおいが混ざり合って思わず鼻をつまんだ。
「…………ここに入るのですか。俺の使っている香水でも誤魔化しきれない悪臭ですよ。ハッキリ言って嫌なのですが。」
「文句言わない。アタシの情報欲しいんでしょ?」
「ハァ…………分かりましたよ」
「じゃ、アルマちゃん先頭ね」
「…………え?」
「だって、足元は火を灯さないと見えないし、万が一にでも崩落があったらアルマちゃんの魔力量が頼りなんだもの」
「…………俺をマッチ棒か何かと勘違いしてはいませんか。」
「そんなまさか。百徳ナイフ以上の活躍を期待しているわ助手君」
「やはり便利ツール程度に思っているではないですかっ。屈辱ですよ。ここまで言い様に扱われる何て…………」
俺は唸りを上げ猛抗議をしたのだが、マルファはそれを軽く流すように「はいはい、早くね」と、俺を洞窟内へと押し込んで探索が始まったのだ。
内部は狭く暗かった。両腕を伸ばしきる前に壁へ手が届くのだ。ただ、高さとしては腰を折らずとも歩けることは幸いだろう。
しかし、異臭は内部に行くにつれ強く鼻孔を突くようになっていった。最初は鼻をつまむ程度だったが、今では目にも染みる気がする。きっと、風の流れが無いせいで換気が出来ないのだろう。この分だと、洞窟最奥の作業現場は阿鼻叫喚となっている事は想像に難くない。そのせいで足取りが重くなった。
あんまりだ。ひどすぎる。俺がなにをしたというのだ…………あぁいや、そう言えば俺は奴隷商、悪人でした。
「くそ、人権は無いのか」
「…………アルマちゃん、いつもそう言ってるじゃない。」
ぐうの音も出ない。こういうのを因果応報と言うのだろうか。
ともかく、今は早く物的証拠を探し出し、この場を去る事に意識を割こう。と言うか、そう言う風に思考を切り替えなければ、異臭で頭がおかしくなりそうだった。
そう思っていたところ、背後のマルファの声が洞窟内に木霊した。
「この匂い…………酸っぱいわ。ひとまずは有害物質じゃなさそうよ。」
「もう、その話は辞めましょう。誰それの体臭を嗅いでいる事を意識してしまいます。」
「そうは言うけど、ここ水っ気も無いし、万が一にでも腐敗ガスが混ざっていて、点火したらシャレにならないじゃない。」
「その時はあなたを置いて逃げますので悪しからず」
「アタシが死んだら研究中の助手たちが悲しむじゃない」
「…………あの人共の悲愴を拝めるならそれもまた一興」
「ちょっと勘弁してよ!今はアタシの助手なのよ?それにアタシはアルマちゃんのお得意様よ!?」
「確かに…………金づるだったか。」
「言い方!」
「おっと失礼。では助けた場合にはその分の報酬を弾んでもらいましょうか…………ん?」
なんだ。今声が響かず抜ける様な感じだったぞ。
灯していた火を掲げ、遠方へ焦点を絞った時その理由を知った。
「…………どうやら、到着したようですね」
俺とマルファがたどり着いた最奥は、これまでの洞窟――――通路を過去にする広さを有していた。少なくとも、大人十人は両手を広げて余りある半球状の空間である。
俺達の正面の壁には、火を反射する硬質なきらめきがちらほらと顔をのぞかせていたのだ。
「これは…………?」
俺が片眉を上げた時、マルファは好奇心に駆られ、俺の脇をすり抜け鉱石へと近づいて触れた。
その途端、摩訶不思議な事が起こった。どこからともなく、目の前に工具を持つ作業員数名が現れたのだ。
「なっ!」
俺はすぐさま魔術を発動させる構えをし、マルファの肩を掴んで後方へと引き戻した。
しかし、作業員は声を挙げる事も無ければ、俺達二人を見て怪訝な顔も浮かべない。まるで俺たちなど眼中にもないと言う様に、彼らは黙々とピッケルや土魔術を併用し、山の壁を掘り起こしていくのみである。しかも、怪訝な事にその際音はしなかった。その他にも、掘り起こした土が足元に堆積する事も無い。
まるで、夢うつつのような存在感の希薄さ。
「…………どういう事ですか。これは」
「アレは…………まさか――――」
その確信を得たかのようなマルファの呟きに対し、俺は聞き耳を立てた。
「――――立体映像じゃないの。」
「それは、現実ではないと言っているのですか」
「そう、おそらくはここでの作業風景を映し出してる。大気中の魔力に反映してね。」
マルファは鉱石を指さして言う。
「そして、あの鉱石が映像を映し出しているならば、間違いないでしょうね。とんでもない発見よ。アレは黄金よりも価値がある。市場は混乱に陥る筈…………存在は知られていたけど、アタシも実物を見るのは初めてよ、それが、こんな…………道端の石ころみたいにちらほらとなんて…………」
「なんです。もったいぶっていないで正体を言ってください」
マルファは俺の前に立ち、意を決した表情を浮かべ口を開いた。
「アレは、学者の間では『エーテル結晶』と呼ばれてる眉唾物。長い年月をかけ、超高濃度の魔力が一か所に堆積し、圧縮される事で生まれる第五の属性『空』。文献によってはおとぎ話と片付けられる代物よ。それこそ、神が生み出したとか、白き…………いや、黄色?だったかしら。まぁなんとかって英雄が生み出したとも…………そして、又の名を『賢者の石』」
「大層な逸話があるようですが…………俺はどれも初耳ですよ」
「当然よ、一生をかけたってお目にかかれる物じゃないもの。そして、その特性は見ての通りよ。アレは大気中の魔力を吸収し、ソレに触れた魔力量に応じて大気中に放出するらしい。」
「らしい、と言う事は確証がないのですか?」
「ええ。言ったでしょう滅多にお目にかかれないのよ。だから研究も進んでない。もっとも、ほとんど事実のようだけれどね。ちなみに言うとアレが『賢者の石』と呼ばれる所以は、あの映像に由来するわ。過去の映像――――要は資料としてアレは完全な媒体。重宝されるのよ」
となると、気になるのはお値段だ。
「…………いくらになるのですか」
「分からない。アレが市場に出回ったなんて聞いた事が無いもの。でも、価値にしてグラム数千万は下らないと思うけど――――」
つまり、今在るだけで数百億超の価値がある。
ならば俺の次にとる行動など決まっている。
「――――頂きましょう」
「…………は、は?ちょちょちょ、アルマちゃん?!?本気で言ってるの!?泥棒よ???」
「何を今さら、機密情報を抜き取ろうとしている時点で、あなたも俺も犯罪者だ。臆する事無かれ。」
「だ、だめょ!学術的価値をそんな無粋に評価するなんて!アタシは容認できない!!そもそも、ここに来た目的は山から立ち退かせる根拠の収集よ!?」
「ふむ」強情だな。
しかし俺は商人だ。こういった時の交渉はお手ものです。
そうでなくとも、マルファだってこの鉱石に興味津々。本当は喉から手が出るほど欲しい筈。となれば、彼は既に欲求と言う下り坂を転がりかけているに等しい。
ならば、俺はマルファに対し、こう言って転がり落としてやればいいのだ。
「いいですか学者先生。俺は泥棒をしようとは言っておりません。ここにある鉱石を証拠として持って帰り世間に広めるのです。その際にはマルファさん。あなたが陣頭指揮をとり学術的価値を盾に交渉する。そうすれば、チャーチヒューズ工業の独占を跳ね除け、あなたがこの山を守ることに繋がるのではありませんか?」
「そ、そんな…………」
よし、いいぞ。マルファは揺らいでいる。
「無茶よ、アタシの影響力なんてたかが知れてるし…………」
いいや後一押しだ。背中を押して差し上げましょう。
「果たしてそうでしょうか――――」
そしてついでに、俺も一枚かませてもらう。
「――――あなたならば出来ると思いますがね。少なくとも、俺という後ろ盾もついておりますから。どのような利権関係が立ちはだかろうとも、その『裏』からの攻撃は防いであげましょう」
「まるで…………悪魔の囁きね」
「とんでもございません。俺は助け舟を出したに過ぎず、乗るか見送るか、決めるのはあなたなのですから。」
それからしばらくの間、マルファは顎に手を添え考え込んだ。あっちこっちへと歩き回り、立ち止まったかと思えば、また唸りを上げる。
だが、それも終わりを告げる。
「…………やりましょう」
ようやく来たか。だが焦ってはいけない。これはまだ釣り針を突いている段階なのだから。
「つまり、どうするので?」
「物的証拠として持って帰る。アルマちゃんの案に乗るわ。その代り、きっちり守ってよ」
よし、完全に釣り針を飲み込んだな。
俺はほくそ笑みを隠すため、厳かにも礼をしてマルファの言葉を受け入れた。
「ええ。この俺アルマ・サンが確かに承りました。マルファ・リュイービ殿。」
「ハァ…………白々しいわアルマちゃん。」
「はて、なんのことやら。」
「それじゃ、鉱石取った後事務所に行きましょう」
「…………え、は?」
「何を素っ頓狂な顔してるの」
「いやだって、物的証拠を取ったなら、もうここには要は無いでしょう」
「念には念を。事務所で不審点を見付けられれば、立ち退きがさらに容易になるでしょう。」
「そ、そんな…………」
「さてはアルマちゃん、見積もりが甘いんじゃない?」




