四章 山の海神様は嫉妬深い エピソード14 案の定
工事現場の仮設事務所に戻った俺は、しばらくして呼び出しを食らった。
仮設事務所内では、報告書にかかれた内容を反芻し「ハッ」と失笑したエーテル結晶採掘現場管理主任たるリミック・イーアンが、当てつけるように報告書を自身のデスクの上へと叩きつけていたのだ。
「それで、おめおめと帰ってきたのかハンス」
不穏な気配が立ち込める事務所内は人払いが為されており、今は俺とリミックしかいない。俺は彼に近づいてから叱責を受ける意を決した。
「申し訳ございません。しかし、相手は常人じゃない。報告書をよく読んでくれ」
俺が促すと、リミックは渋々と視界をまた報告書へと落した。
「…………名はアルマ、白髪頭の男。もう一人はマルファ・リュイービか。聞いた事があるな…………確かぁ…………名の知れた民俗学者だったかな。」
「聞き込みによるとそうだ。しかも、俺含めた十人はアルマと言う男一人に、一瞬で行動不能にされたんだぞっ。これでもおめおめなんて言えるか!」
「それと鉱石奪還の失敗は、何か因果関係があるかな」
「は?あ、あるに決まっている。何を言って…………」
「ハンスぅ…………しかしだね。お前はこのチャーチヒューズ工業の社員で、ここの副責任者だろう。十分な給金も貰っている。本来の管理作業とは少し外れた業務とは言え、イレギュラーの対応くらい軽くこなせなければ…………俺は役職に見合った役割をきちんと与えているはずだが?」
「…………元々納得がいかなかった。俺達は仕事にならいくらでも汗水を流す。だが、暴力は違うはずだ。エーテル結晶の価値は十分に理解しているが、それでも人命には代えられない。違うか!?」
「違うなぁ。はき違えているよハンス。」
「…………は、ぁ?」
「これはチャーチヒューズ工業に限った話しではないぞ。労働には対価がある。金とは即ち責任なのだ。何度も言うがお前は高給取りだ。ならば、それに見合った言動を心掛けねば下にも示しがつかないと思わないか?」
「何が言いたい」
「百歩譲り、残りの九人が倒れようとも、お前だけはその白髪頭に食らいつき、赤く染めなければならなかったという事だ。それとも…………お前は給料泥棒なのかな?」
「馬鹿げてる。俺たちは生活のために仕事をしている。仕事のために生きているのではない。」
「もっともな意見だ。俺だってそうだ。だが、チャーチヒューズ工業の一員である以上、その言葉を当然のように振るえるのは、務めを果たした者だけだ。お前はまだ、残業が残っている」
「…………っまさか、忍び込んで取り替えせと?」
「理解が早くて助かる。その際、どんな不幸が起きてもこちらで処理しておくよ。お前がきちんと報告書を出してくれさえすれば…………な。」
「…………証拠として握る腹つもりか。俺は人殺しなんてしない。するわけない」
「おいおい、誰がそんな事を言ったかな。先の話は万が一であり、経費として落とすための必要行程に決まってるだろう。なぁに問題ない。元々は彼らの方が泥棒――――悪人だ。これは正当な仕打ちだよ」
「それが上の方針なのか?」
「…………んー。お前ここに勤めて何年になる」
「は、何を急に…………十二年ほどだが」
「あぁなら仕方ない。少なくとも、ここ数年は面接時にきちんと言って聞かせているんだ」
「何を」
「我らが欲しているのは従順な歯車。チャーチヒューズ工業を回すための精巧精緻な歯車だ。そこに互換性を無くす自我はいらない。そして、意に従うのならこちらもその生涯を整備し保証する…………とね。分かるかな。俺はお前にお願いをしているのではなく、管理主任としての立場から命令しているのだよ、ハンス君」
「っ傲慢な…………こんな辺境に飛ばされたやつが、なに様のつもりだっ」
「だが、それがまかり通るのが上の特権というものさ。」
「…………馬鹿げてる。」
「羨ましいかい。なら辛抱してくれ。お前は仕事が出来るから、後は俺に気に入られるだけだ。そうすれば、俺の席に次に座るのはお前だよ。推薦するさ。本当だ。保証する。」
「…………殺しはしない。だが、鉱石は持って帰る」
「よろしい。下がりなさい。」
歯ぎしりが漏れた。だが、これ以上は押し問答。無駄だと切り上げ踵を返した。
その時、
「そう言えば、もうすぐ子供が学舎へ上がるそうだな。」
「…………?」
「学費は言わずもがな。学術書も馬鹿にならない。それを納め携えるバッグも必要以上に頑丈でやはり高い。金が要りようだろう。うちもそうだったからな。分かるとも。だから、今回の件に片がついたらお前の評価は最高にしておく。冬季の賞与は期待していてくれ」
「結構だ。あなたが言ったように、俺は十分に貰っている。」
「はは、質素な男だ。では、無理やりにでもその懐に押し込んでおくとしよう。十二分となるように。」
その言葉を背中に受けながら、俺は仮設事務所を後にした。
金が責任だと言うのなら、リミックが押し付けるそれは楔であり犯罪の証拠なのだから断るのは当然だ。
しかし、この企業がいつからこんな風になったのか。それが分からない。もしかしたら最初からかもしれないが、だとしたら俺は相当鈍いということになる。
「こんなはずじゃあなかったんだがな…………」
陣という生活必需品を開発し消費者に届ける。皆の生活を豊かに出来ると喜び勇んで加わった十二年前の俺が、今の俺を見たら鼻で嗤うだろうさ。
その時、脳裏に転職の二文字が通り過ぎていったが、子供の事を思えばとてもじゃないが、今はその時期じゃない。
「…………覚悟を決めるか――――」
※※※※※※※※
「――――と、そのようなやりとりがあって俺達を襲いに来たと?」
「…………っそうだ。」
時間は移り代わり昼の喧騒が懐かしくなった深夜の境内。ほとんど新月の今晩は月明かりさえもそっぽを向き、しんと静まり返っている。
もっとも、社の裏は別だ。そちらにはハンス含めた七名が倒れ伏していた。もちろん、倒したのは俺アルマ・サンだ。
「あ、アルマちゃん、終わったの?」
暗闇から固唾をのんで見守っていたマルファが、おずおずと俺の傍へと近寄ってきた。
「今回も昼同様…………は、早かったわね」
「当然です。荒事に慣れていない一般人の動きなど、読み易いことこの上ない。準備運動にもなりはしませんよ。」
俺が苦笑した時、ハンスが呻いた。
「なぜ、分かった」
「はて、何がです」
「その日の内に襲撃されると」
「分かった訳ではありませんよ。俺達にとって敗走など死と同罪。上が許してくれるはずも無し。死に物狂いで報復に来ます。だから念には念を。いつ来てもいいように気を張っていたにすぎません。そうでなくとも…………最近、痛い目を見ましたのでね」
「…………お前は、本当に何者なんだ」
「詮索はおよしなさい。話を聞く限り、あなたも、今ここにのびている部下達も、こちら側の人間では無いようだ。」
だが、リミック・イーアンは別だ。殺しもいとわないとなると――――俺が言うのもおかしな話だが――――正気の沙汰ではない。
「だから聞きますが。あなたに命令を出したリミック・イーアンなる人物の情報を教えなさい。」
「…………話した後、俺達はどうなる」
「あぁ、安心しなさい。命など取りません。おれは一般人を獲物にはしないので。」
獲物と言う単語に警戒心を持ったのか、ハンスは喉を鳴らした。しかし、それは面倒な反応だ。
委縮されては話が滞ると思い、この場は交渉の席なのだと言って聞かせた。
「ただ…………騒がせた詫びとして、有り金は頂きますがね」
「それで、いいのか。本当に?」
「ええ。二言はございません。さぁ、聞かせなさい。」
「だが、そうなると…………俺達は帰る場所が無い」
「ハッキリ言いますが、俺の知った事ではない。ただ、話してくれれば楽になれますよ」
「やはり、こ、殺すのかっ」
「え。ぁ、いや。そう言う意味ではございません。気が楽になると…………」
面倒な。なぜ俺が気を遣わなければならないのですか…………。そう思った時、マルファが「…………アルマちゃん、変わる?」と、見かねて応対を買って出た。
「アタシの方が話しやすいでしょ」
ゴスロリ衣装の低音バスボイスの男性がか?
しかし、俺が会話を続けても良い結果は望めなさそうだ。なら、背に腹は代えられない。
「…………では、頼みます」
「ハンスさん、じゃあ話してくれるかしら」
すると、ハンスは些か態度を軟化させ、ポツリポツリと吐き出し始めた。
「と言っても、俺も良く知っている訳ではないんだ。同じ部署だが班が違う。彼は直属の上司ではない…………二、三回同じ工程を共にしただけだ。今回は偶然欠員が出たから俺達の班も同行する事になった。」
「それでもいいわ」
「…………今回もそうだが、俺の知っているリミック・イーアンは仕事に忠実な男だ。そして、誰に対しても明け透けにものを言う。良し悪しに関わらず。人によっては嫌っている奴も多い筈だが、なぜか出世した。今にして思えば、上は奴を特別視していた気もするよ」
「特別視って?」
「立場以上に権限があった。少し前の俺は上層部の弱みでも握っていると思っていたが、今回の件で考えを改める事になった。なにせ、工事はリミック本人が上に進言したと聞いてる。しかも稟議も通さずに起こったものだったそうだ。」
「…………上層部の目、かしらね。末端を追い込み、不都合を外部に持ち出さないように監視するための。」
「あぁ、その可能性はあるかもしれん。」
「ねぇ、こんなこと聞くのは申し訳ないんだけど…………巷じゃあチャーチヒューズ工業は人体実験や、不良品の陣を横流ししているって聞いたけど、知ってる?」
「そんな噂を信じてるのか。」
「知ってはいるのね?じゃあ、実際は?」
「真っ赤な嘘だろう。俺達の間じゃあれは、チャーチヒューズ工業の評判を貶めるため、他企業が流した印象操作と通達があった」
「…………今でもそう思ってる?」
「分からない…………この騒動がリミック個人の規模なのか。それとも企業全体の話なのか。俺には想像もつかない。」
「そうよね…………ありがと。もういいわ。アルマちゃん、どう思う?」
「…………そうですね。彼の特徴は分かりましたが、俺達の欲しているものには程遠いかと。」
「お前達は、何を知りたかったんだ?」
「エルモアと言う人物です。しかし、あなたの口からは影も形も出なかった。どうせ知らないのでしょう?」
「あ、ああ。済まないが聞いた事が無い」
「でしょうね。あれ程厳重に管理されていた一冊だ。おいそれと他者に話しているとは思っておりません。さて…………しかしそうなると…………どうしましょうかね。」
「アタシが学会に発表して、事を構えられるようになるまで、このまま保留って言うのはまずい?」
「良くは無いでしょうね。ハンスさんがダメと知れば、次はまた他の者を寄越すでしょう。少なくとも、俺はリミックさんの事をこちら側の人間だと思っておりますので。」
「…………つまり?」
「金の臭いがする。俺の大好きな人種と言う事です…………あぁ、どうせなら俺の方から聞いてみましょうかね。」
「ゲゲっ…………ま、まさかこっちから仕掛ける気?」
「左様。彼が居る以上ハンスさん達も困るでしょうし、最悪外部から応援を呼ばれては、しち面倒この上ない。」
だから、早いうちに手を打つべきだ。それにうまくいけばあの鉱石を手中に収められるはず。そうなれば…………ははは、酒池肉林も夢じゃない。笑いが止まりません。
「アルマちゃん、悪い顔してるわよ…………」
「おっと失礼。こちらの話です。」
「な、なぁ。お前達結局どうするつもりなんだ…………?」
「ん。単純な話なのですよ。目には目を歯には歯を――――襲撃には襲撃を。隙を与えずこれから向かいます。なので、彼の今いる居場所をお教え願えますか、ハンスさん。」




