02 一章 惡の華 エピソード08 心に巣食う化物
今日はアレクスが死んだとかなんとかで、賭博場にも捜査の手が入り、急遽閉鎖されていたの。
ただ、幸いなことにも昨日の中年オヤジの件と、アレクスを殺した者は同一犯という線で、捜査が行われているらしい。
その事を聞いた時は、弱者を演じる芝居なんてほっぽり出して、心底おっかないねぇなんて思っちまったよ。だってまさか、あんな汚いユニコ―ンと同じ犯行をする奴が他にもいるなんてさ、我ながら思いもしなかったのさ。
まぁ、何にせよ。おかげで、『アレクスを恨んでいる相手に心当たりは?』なんて軽い事情聴取の後即釈放。私らはやる事が無くなった。
だからそれからは、気弱そうな雑魚を見つけては、橋の下や人目の付かない路地裏へ誘い込み、そいつらから金を借りていたの。もちろん、返すつもりは一生ないけどね。
ただ、殺しはしない。今日は捜査の目も厳しいし、そもそも昨日殺したのだって特別だ。あの中年は金を渡すのを非常に渋ったの。
なんでも、家族が欲しいものを買うために貯めるんですってさ。呆れてものも言えないわ。だったら、酒なんて飲まず、大人しく帰ればよかったものをね。
「さてと、今日はこんなもんか。」
総じて十万オール。しけた金だわ、惨めなもんよ。町中歩き回ってこれっぽっちしか稼げない。この程度の悪事しか行えない。これじゃ只のチンピラと変わらない。
今の生活に満足かと言われれば当然首を横に振る。ジーランド大陸に居た頃は、もっとヒリヒリした生を感じる人生だった。魔獣との食うか食われるかの命の奪い合い。他種を下等種と蔑む竜のテリトリーへの遠征。死力を尽くした漆黒ランクとの諍い。
そして、裏社会での抗争。その果ての逃走…………おかげで今じゃ、昨日の中年の方が金を持っている。落ちぶれたもんよ、私らも。
「チッ、タムラン。帰るよ」
金を握りつぶし、今回連れてきた黒服の部下の一人を呼びつけた。
すると、「はい、待ってましたぁ。」と無邪気にも、その手に掴んでいた雑魚を放り投げ、私の下へと近寄ってくる。
「姐さん、今日はどこで呑みやす?」
そのさまはまるで尻尾を振る犬。まったく、懐かれたもんだよ。可愛いもんだ。
「馬鹿か、昨日しこたま飲んだろう。今日は稼ぎも無いし、一旦帰って、アレクスの後任を決めなきゃならない。ボスからの通達が来る前にしとかなきゃ、どやされちまうよ。」
「えーまじですかい」
「大マジだ。てか、朝方に言っただろ。あんた、聞いてなかったね」
「てへぺろ!」
「おバカ。まあいい早く行くぞ。バスクとトマスも首を長くして待ってるだろうさ。念のため、屋根伝いに帰るよ。」
私らは路地裏の狭く白い外壁を蹴り上げ、三角屋根へ登頂すると、いつも寝泊まりしている南側の拠点の方へと駆けた。
春など何処へ行ったのか分からないほど夜は寒い。私らは首をすくめ、殺人事件によって閑散とした街並みを高みの見物として、足を動かし続けた。
そしてしばらくして…………そう、本来なら、賭博場と北側拠点に加え、私らが向かっている南側拠点には、各三十人ずつ常駐し、総勢九十人超のダリオファミリーがこのシュバルの街に居る。
しかしなぜ、南側拠点へ到着した私が『本来ならば…………』なんて、過去系の表現を使ったのかと言えば。
「な、ん。これは、一体、何があったの…………っ」
南側拠点は、古く大きい屋敷よ。その昔に権力者が住んでいたとかいないとか。でも今は私らの住まいのはずだった。
しかし、今目の前にあるのは、焼けただれ黒くくすぶる煙を上げる炭化した廃屋と、苦しんで苦しんだ拷問の果てに死んだであろう、首から下だけが焼け焦げ、苦悶の表情を張り付けた仲間の死体だけ。
「バスク!トマス!?どこだ!!!」
「あ、姐さんっ!!」
タムランの切羽詰まった震える声に、私の腹の中が冷えた。タムランに近づいた時、その腕に抱えられていたのは虫の息のバスクとトマス。彼らを見て、私は加減も出来ずタムランを押しのけて、腰を抜かしてしまった。
「あり得ない。私らはジーランド大陸から渡ってきた強者だ!こんな事をむざむざ被るわけが無い。誰だ!?誰にヤラれた!!言え!!バスク、トマぁスッ!!」
「…………あ、ぁ」
「あぁ!そうだ!私だ。お前らの姐さんだ!!ここにいる。大丈夫だ!お前は助かる。さぁ、ゆっくりでいい。言うんだ。」
しかし、バスクは私が励ましている間に、息を引き取った。
残ったトマスはしきりに、「あ。」「あ」と、姐さんと、私の事を呼ぼうとしている。その、あまりにも健気な姿に対し、私はもう、涙を堪える事が出来なかった。
でも、その時。トマスが死力を振り絞り、焦げ付いた右腕を上げ、私を指さした。
その時の私はまだ気づいてもいなかった――――
「どうした、トマス。何が言いたい?」
――――絶望はまだ始まってもいなかったんだって。
「あ…………ア……ぅ……ぁ。」
「…………?なんだい?ゆっくりでいい言ってみな」
「アルマっ…………が、後ろに!!」
まるで酒焼けしたようなガラガラのトマスの警戒を敷く声に、私は放心しながら振り返った。
「おや、まだ息がありましたか。」
白い髪から覗く、女のように綺麗な顔には、黒く暗い紺色の双眸がはめ込まれ、私らを無表情で見下していた。
「こんばんわ。エルモーさん」
「…………アル、マ。」
ゾッとした。生れて始めての経験だった。ただ視線が合っただけで、全身に鳥肌が立ったの。
その時のアルマと言う人間は、もっと別の何かに見えた。同じ種だと思えなかった。未知への畏れ。まるで突然深海に放り投げられたかのような、三百六十度圧迫される、ゾワゾワした本能的恐怖だった。
でも、その事実を認めたくなくて、気圧されたと知られたくなくて、私は啖呵を切った。睨んで、怒気を荒げた。
「たかだか奴隷商が、何を言って…………これを、あんたがやったのかぃ!?」
「ええ、その解釈で相違なく。」
あまりにも呆気ない回答。
「そ、んな馬鹿な事があるか!いや、だとして。こんな…………こんなことしてただで済むと思ってんのか!?一奴隷商が、組織たるダリオファミリーに牙剥くってのか!」
「ええ、その通りです。」
あまりにも素っ気ない返答。
「俺はこれから、あなた方を殺します。」
そして、あまりにもあっさりとした沙汰。
「な、なんの目的があって…………ぁ、まさか、昨日の中年が原因…………?!」
「詮索はおよしなさい。悪人のする事に、理由を求めるのは愚かなのですよ」
あまりにも抑揚なく淡々と声が紡がれる。一定のリズムで平らかにも、敵意と殺意が振りまかれる。
「あぁ、しかしながら。畜生未満に、人間様の言葉は分かりませんか…………」
「ふざけるなよ、雑魚がッ。理由もなく仲間殺されて、はいそうですかって引き下がると思ってんのか。このタコ!ぶっ殺す、ダリオファミリーに逆らって、日の目が見れると思うなよ?…………タムラン、挟み撃ちよ」
しかし、音沙汰は無かった。辺りを見渡しても、彼の姿が見当たらない。
「…………タムラン?どこ!!」
「あぁ、もしやこれの事でしょうか」
アルマが右腕をそっと振ると、彼の足元に血だらけのタムランが現れた。
「なに、水魔術の、蜃気楼?でも、なんで声も聞こえないのよ」
「半分ご名答。ちなみにコレの音が、そちらへと届かないのは、俺が風魔術の逆位相を放ち、音を相殺していたからです。」
「い、いつから」
「滑稽でした。」と、言う割には無表情のまま。アルマはトマスとバスクを指をさして言う。
「あなたが、その可燃ごみ達とお涙頂戴を繰り広げている間。この、生ごみはずっと、ずぅ~~っと…………あなたに助けを求めていたのですよ?」
「お、まええええぇ…………!!!」
「可哀そうですね。助けて差し上げましょうか。どうします?俺は、治癒魔術も扱えますよ。」
言った瞬間だった、アルマの右手は緑に光り、タムランの傷を癒し始めたの。その速度は見たことのない異常な速度だった。
ものの十秒ほどで、タムランの皮膚に血の色はなくなり、タムラン自身何が起こったか理解できないようだった。
「…………ね?それでどうしますか、エルモーさん。俺の留飲でも下げるため、取引でも致しますか?」
「姐さん!だめっす!俺はいいんで、こんなやつ、皆の仇――――」
「――――お静かに」と、タムランの顔を潰す勢いでアルマは足蹴に黙らせた。
「よいですか、タムラン…………と言いましたね。あなたも彼我の差が分からぬとは思えません。賢明なご判断を願います。」
「な、なに言ってんだぃや!テメェの言う賢明なんて、俺らが得する訳あるかぁ!」
「でなければ」アルマは眉一つ動かさず、私を見たのだ。
「エルモーさんには、孕むたび自身の手で腹を裂き、我が子を殺させる。そういった苦しみを永遠と味あわせますが?」
その悍ましい発言を聞き、タムランは弾けるように私を見た。その目は親愛する者の凄惨な光景を想像し、慮りと言う閉口を為した。
「っ…………タムラン」
「さ、どうしますか。お二人共。俺の提案を飲みますか?」
乗るわけない。乗ってはいけない。でも、ダリオファミリーとしてのエルモーではなく、彼らの慕う姐としての私が、どうしても退いてはくれなかった。
「い、一応聞いといてやるよ、取引の内容は?」
「姐ざん…………!」
すると、アルマはナイフを此方へと投げたのだ。そして、タムランの方を指さし、
「そのナイフで、彼の急所ではない部分を刺しなさい。俺が、良いと言うまでですよ。あぁ、もちろん刺す際は、じっくり十秒以上かけて、肉を裂く感触を味わいながらです。」
「は?ふっざけんなよ出来る訳――――」
「――――では、殺します。火の揺らめき、我が瞳にて投影せし、巻き上げん」
それは低級の火魔術の詠唱だ。殺すにしては威力が低い。あれでタムランが炙られ続けられることを想像し、私はゾッとした。
「ま、待って。やる。やるわっ!!」
人を刺した事なんて山のようにある。いくらでも加減できる。タムランだって幾度となく傷を負ってきた。耐えられるはずよ。
そして、意を決してアルマの前の近くへと歩みを進めた。
もう、ナイフを伸ばせばアルマの命へ届く距離なのに、私は過呼吸にも行動に移せない。
「俺を刺しますか。構いませんよ。やって御覧なさい」
怖い。恐い。畏い。
「……………………っ」
私の腕はナイフを持つので精一杯。力が抜ける程の震えで、恐れで動かなかった。なんて情けないのだろう…………歯ぎしりが漏れる。私はこれで完全に上下関係を認めてしまったんだ。
こんな事、生まれて初めてだ。目と鼻の先で対峙して心底理解させられたの。アルマの発散する魔力はおかしいのよ。
人間のそれじゃない。
本来、魔術を扱う魔力は、大気中の魔力を人体が無意識にも吸収し、自身の体内を循環させているもの。言ってしまえば、酸素や栄養と相違ない。
でも、アルマの放つ魔力が、大気中の魔力を取り込んで放たれているとは思えない。いや、思いたくない。あんな物の『素』が、私にも流れているなんて想像したくもない。それほどに、あまりにも、あまりにも怖ろしいの。得体が知れない。
自身が子供の頃、夜の廊下の奥の暗闇が怖かったのを思い出させる。身近に潜む絶対的な恐怖そのもの。
「が、我慢して、タムラン…………すぐに助ける!痛くなんてないわ!!!」
「…………ぁ、はいっす」
そして刺した。何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、刺した。
タムランの腕はもう、刺し傷が無い面積の方が少ない。下腹部もだ。ただ、アルマはずっと急所になる所だけは、さし示さなかった。ずっと苦しみを与えられる場所だけを指さした。
そして、タムランの意識が途絶えそうになる度に、治癒魔術での回復を為したの。
「これで十一回目。さ、もう一回できますよ。頑張りましょうね。何しろ、俺は日の目を見る事が出来ないそうなので。それまでの辛抱ですよ。」
いつしかタムランの怯える瞳は、アルマではなく物理的に外傷を負わせてくる私へと向けられていた。
「タムラン…………違うの、ごめんな、違うの、アイツが。やりたくてやってるんじゃ!」
「だ、大丈夫っす…………」
「さ、どうぞ。エルモーさん。応援してますよ。」
また始まった。繰り返す。幾度も何度も、刺し直す。
そして、現実逃避さながらに私の焦点が定まらなくなった頃だ。悲劇が起こった。
「もう、良いですよ。エルモーさん」
最初は歓喜した。ようやく終わったと思って。
でも、
「た、タムラン。どうした?おい、起きろタムラ――――」
タムランは口元を引きつらせ、苦悶の表情のまま死んでいた。
「――――おや、残念ながらあなたが刺した傷が致命傷となり、絶命したようです」
「…………は、なんで。治癒魔術は」
「あぁ、使う暇がありませんでしたね。だからエルモーさん、あなたが彼をめった刺しにして、殺したのです。」
「は?なにを」
「あなたが殺したと言ったのです。」
「ちが、お前が!」
私の言葉に対し、アルマは人差し指で静かにのジェスチャーを取った。
「ちなみに言うと、彼は最期、あなたを縋る様に見ていましたよ。あぁ、信愛していた方に殺される何て、なんて可哀そうなのでしょうか…………」
「…………」
「人殺しめ。」
「ぁあああああああああああああああ聞ぃいいいこえてんだよぉおおおおおお糞があああああああ!!!!!!!!!」
無意識にも火の中級魔術を放ち、私はアルマの呪縛から放たれた。タムランの死が、私を本来の私へと戻したのだと思った。
「タムランのぉ、仲間の仇、きっちりつけさせるっ!!」
そう思わなければ、頭がどうにかなりそうだったの。
だって、
「お化粧が涙で崩れていますよ。勿体ないですね。きっと、あなた程度の容姿なら、長く時間をかけたでしょうに」
「腐れ外道がぁあ、殺したのはおまえだろうがぁ!!!!!!」
「そうですね。否定する気は毛頭御座いません。あぁ、一つ提案なのですが、お仲間と合流してはいかがか?結局のところ、否応なく皆殺しにするので、俺もその方が手間が省けるのですよ。さ、お先にどうぞ。俺もあとを追いましょう。」
「言われなくても、なぶり殺しにしてやるぅよォ!!!!」
私はアルマをねめつけながら、暗闇に姿を隠し、北側の廃墟へと夜をかけ始めた。




