02 一章 惡の華 エピソード07 シュバルの街からの出立?
宿屋の一室で目を覚ました俺は、自身の頭に手を当て、苦痛に耐えていた。
「ぐっ…………頭が」
昨日はしこたま飲みすぎた。俺は二日酔いを発症していたのである。
こんな状態では街を出る事は叶わず、泣く泣く俺は今日一日休肝日と言う名の療養へと当てる事になった。
これも全て、あの鬼畜クソ女のせいだ。
「殺してやる。必ず殺してやるあの淫売めぇ…………つッ」
いけない。頭に血が上ると頭痛が悪化する。
俺はヨロヨロと立ち上がり、水を飲んで体を落ち着かせると、続いて湯あみをした。なぜなら自身でもわかる程、酒気にまみれていたからだ。
普段なら気にしないが、今の状態で酒の匂いが終始するのは、流石に参ってしまう。
湯あみを経た俺の体は少なからず酒気が抜けた。とは言え少なからずだ。
すると、今度は酒気がぬけたがゆえ、部屋中に蔓延する酒の匂いが俺を苦しめ始める。
「なんとむごい酒気か。こんなところへ居られるものですか。」
窓を開け放った換気の間。渋々と俺は宿屋を出て、滋養に良い物を探しに出かけた。
「おや?」
しかし、今日のシュバルの街は些か様子がおかしかった。
人通りが少ないのだ。何故か家屋の窓は締められ、店も閉まっている所が多い。
たまたますれ違う数少ない通行人にしても、まるで何かを警戒しているような、ともすれば、恐れている節すら見受けられる。
「はて…………一体何があったのでしょうかね」
ただ、理由を聞くには至らなかった。俺はそれよりも、頭痛を何とかしたいのだ。
それからフラフラと歩き、無意識にもたどり着いたのは、結局串屋台だった。これはもはや足癖と言っても過言ではないだろう。
ただ、この露店通りもやはり人通りが少ない。昨日までは聞こえた日常の喧騒はなりを潜め、子供は一人もいなかった。
「店主さん、おはようございます」
「あら!お客さんまぁた来てくれたのかぃ。もう常連だねぇ…………って、顔色悪いけど大丈夫かぃ?」
「ええ、二日酔いで。滋養に良い物を一つ。それと、今日は何かあったのでしょうか」
「あぁ、悪いこと言わないから、今日は早めに帰った方がいいよ?」
「はて、一体何が」
「殺人よ!さ、つ、じ、ん!!しかも二件!!」
食い気味にも簡潔に事の成り行きを教えてくれたのは店主の娘、ミーコであった。
しかしながら、殺人の一件には目途がついている。大方鬼畜クソ女の仕業だ。そして、実際予想通りだった。
そのせいでミーコは今日、賭博場の仕事が休みだったのだそうだ。
しかし、もう一件はとんとわからない。俺が首をかしげていると、そちらについてもミーコが教えてくれた。
「昨日の夜、飲み屋街の方でも人が死んだんですよ。犯人はまだわかってないけど」
「ほう、だから皆余所余所しいというか、挙動不審なのですね。では、あなた方も今日は店をたたんだ方が良いのでは?」
「私だってそう思いましたよ!でも――――」
ミーコは嫌そうに…………いや、心配そうにも母の方を見たのだ。
なるほど、心配でついて来たというところか。いやはや、素晴らしい家族愛。美しきかな頭痛も和らぐと言うものだ。
「――――お客さんみたいに、うちをひいきにしてくれる人もいるからねぇ。休むなんてとんでもないよ」
「天晴、見上げた商売魂です。いやはや感服の至り。では、助言も頂きましたし、俺も巻き込まれぬよう、早めに帰るとしましょうか。まったく、体調さえ芳しければ、今日の明朝には出発する予定だったのですがねぇ」
「そうした方がいいですよ。襲われたのは、この町の住人じゃないらしいですから。確か、あなたと同じ、観光客?…………だっけ?」
「違うよ、ほら、言っただろう。たまにうちの店にも顔出してくれてたおじさんだよ」
胸騒ぎがした。とある気の良い中年男性の顔が、脳裏をよぎったのだ。
「おじさん…………とは?」
「野菜売りの人でねぇ、私も何度か買わしてもらったことがあったよ。いやぁ、甘くてねぇ丹精込めて作ったのがよく分かる、良い人だったよ。ほんと、気の毒に…………確かまだ小さい子供がいたはずだよ。」
「そうなのですか。それは、非常に悔やまれるところですね。」
おそらくそうなのだろう。昨日俺が彼を最後に見たのが、最期だったのだ。
「では、俺はこれで」
俺が早足に立ち去ろうとした時、
「あ、ちょっと。買ったもの忘れてるよ」
うっかりしていた。料金と交換で紙袋を受け取り、中をのぞくとドッコと、見知らぬ魚介類が入っている。
「その貝は滋養にいいよぉ!気を付けて帰るんだよ、お客さん。身なりがいいからねぇ」
軽く手を上げることで、礼として。俺は一旦宿へと戻った。
なぜか?居ると思ったからだ。
俺は今、すこぶる気分が悪い。こういう時は必ずと言っていい程の確率で、
「キヒヒ…………おかえりぃ、ずるいよぉ、あぁんなおばさんのところに行くなんてさ。ね、あ、な。たっ♡」
まるでドアの開閉音のような軋む笑い声が、部屋に入ると同時、俺をあざ笑った。
「お前、昨日俺を邪魔しに来たと言ったな?」
おじさんは、飲み屋街で死んでいたらしい。
「うん!でぇ?それが何~~?」
その時俺は、この鬼畜クソ女に意識を奪われていた。
「答えろ。お前、俺の何を邪魔した」
「キヒヒ…………分かってるでしょぅ!?キミに、あの、お。じ、さ、んのぉ…………悲鳴が聞こえないように~」
「…………そうか。やはりか。金を渡してきたとき、おかしいと思わなければならなかった。お前が、俺の言う通りの事を、するはずがないって…………くそっ」
「キヒヒぁ…………あぁあその表情。哀しいねぇ。悔しいねぇ。泣いてもいいよん、私が抱きしめてあげるわぁ~ん」
「…………殺ったのは誰だ」
「私ぃ~」
俺は瞬く間に鬼畜クソ女の喉を掴み、床に打ち付けた。馬乗りになり、まずナイフを瞳の前まで下ろす。
「とぼけるな。あの時お前は俺と居た。邪魔をしに来たのだろうが。誰だ殺したのは」
「ケホッ…………わ、私の言葉を、し、信じるのぉ?」
「信じていない。だから聞いてる。それとも、またその舌切り刻んでやろうか」
「キヒヒ…………うれし。」
要領を得ない。
「実はぁ…………あっお゛おぉ…………」
俺は鬼畜クソ女の腹を突き刺し、裂くと、その腹の中に左手を入れた。
「…………ぐゅきぃい??」
鳴き声が室内に充満すると同時、俺の左手もぬめぬめとした温さに包まれる。
そして、
「う、ぷう…………キヒヒ!い、いやぁーん、えっち。どこさわってんのぉ?」
「お前の胃だ。話さなければその都度、臓物を潰していく。」
「…………やったのはぁ、ダリオファミリーのぉエルモぉ」
直後、俺は鬼畜クソ女の胃を潰し、ナイフで喉をかき斬った。
いつの間にか、二日酔いの頭痛は止んでいる。
代わりに、もっと嫌な痛みが胸に合った。罪悪感だ。昨日、彼を一人にするべきではなかった。
「とは言え、証拠はない。悪魔の妄言ですし…………」
でも、
「まぁ、いいでしょう。どうせ、ダリオファミリーは皆、人としての運用をする気はありませんし。」
俺は、鬼畜クソ女の腹の上で、算段をつける。
「計画を前倒ししましょうか。いや、しかしながら人員が足りませんし。やはりここは――――」
この時の俺は、完全に無表情だった。
「――――計画を、下方修正しましょう。」
立ち上がり、床に敷いている鬼畜クソ女を燃やす。無論一般人に迷惑を掛けぬよう、細心の注意を払い、匂いも、火が燃え移る事もせぬよう尽力した。
しかしながら、この部屋が事故物件となってしまったことは誠に申し訳が立たない。宿を発つ前に不審に思われぬ程度の金を払うつもりでいる。
そして、気付けばもう夕方である。灰を窓から外へと巻き散らすことで、俺は反撃の狼煙としたのだ。




