間幕 エピソード11 姉=暴君なり。
「――――で、バーバラには行かないでって泣き付かれたけど。私は彼女を優しくその場に押し留めてまで、お前を探しに来たわけ。」
な、長かった。かれこれ一時間は正座だったせいで、俺はもう足の感覚がないのですが…………ようやく話が終わったか。
見やれば俺の視界の端では鬼畜クソ女がつまらなそうに窓の外を眺めていた。幸い、彼方様とやらへ誓った言動は守っているようなので、問題は無いだろう。俺としてはあの悪魔の言動こそが、最も気が気ではありませんでしたからね。
ただその一方、今やミシェルは黄金ランクが乗り込んできたという事の重大さに対し、ハラハラと辟易が同居しているように、せわしなく視線を泳がせていた。
他にも、俺の隣ではカイニスが同じように正座の状態でほとんど意識が無い。もっとも、コイツの場合は器用にも目を開けたまま寝ていた…………くそ、この状況でのんきなものだ。と言うか俺にもその技術を寄越せ。
そんな風に俺が首を回していた時、この最悪な展開を作った当の本人たるデイジー・ベネットは、俺の態度が気に食わなかったらしい。彼女は舌打ちをするとドスが利いた声で俺を睨んだ。
「おい聞いてる?分かった?アンダスタン?」
はいはい、分かった分かった。一先ず建て前として機嫌を損ねないよう、首肯しておきましょう。
もっとも、本音を言えば逆である。
デイジーの語りでは分からない部分の方が多かった。それと言うのも彼女の言葉をバーバラからの手紙の内容と照らし合わせると、細部が結構脚色されているからだ。
たとえばバーバラからの内容では大金をばらまいたと書いてあるのに、デイジーの言い分は『寄付した』だった。その他にも、バーバラとの別れの際には『泣き付かれた』と言っているが、実際には厄介払いに等しかったはず。
その他にも、解釈の違いや食い違いと思わしき内容が多々あった。要はバーバラとデイジーどちらも主観で話しているためか、受け取りてとしては今一釈然としなかったのだ。
だから、俺は念のために情報の細部をすり合わせるため、「異議あり」と挙手をした。
「あ゛?何」
「異議なし」挙手は取りやめだ。俺の意見はあっけなくも棄却した。デイジーはその一喝を持って沙汰としたのだ。
だからもう判決は覆らない…………と言うかそんな気持ちになれない。
なんでこうも怖いのでしょうかねコイツ、ぁ、いや、この人は…………、
「…………あの、俺…………そろそろ正座の姿勢を解いてもよろしいでしょうか。もう限界なのですが」
「はぁ~?チッ、だらしないわね…………解けば。」
はぁ…………ようやくか。
とは言え、俺の足は今やゴムまりのように感覚が無く動かなかったため、ミシェルに手を貸してもらい、生まれたての小鹿のようにソファーへと座った。
…………え、カイニス?あぁ、あいつはそのまま床に放置でいいでしょう。どうせ寝ているんですし。
「はぁ…………」
これは意図した溜息ではない。勝手に零れるのだ。
その時一瞬視界が傾いた。見やれば「失礼します、アルマ様」と、ミシェルが隣へと座ったがゆえ、ソファーが波打ったようだった。
そして、それを機に彼女も俺の対面の椅子へ腰を落とした。
「で、私は経緯を語ったんだけど、ミー君はこれまで何してたわけ」
その途端、「ミークン…………??」なんて、ミシェルが若干引きぎみな声の震えを零したが、俺は聞かなかった振りをした。徹頭徹尾無視をした。だって、その件でマウントをとられたくなかったから。
だから俺は、普段通りを装い返答する事を努めた。
余裕を見せつけるように足と腕を組むことで、黄金ランクと話す事など何でも無い。と態度で示したのだ。
もっとも、その俺の強がりは「何。偉そうに。短い足見せつけるのやめてくれる」と言うあまりにも心無い罵倒により、即座に背筋を伸ばす姿勢へと変えさせられたのですけどね…………。
「なんか不満でもあるの?私間違った事言ったかしら?」
「…………いえ、別に。普通に生きてきましたが」
「おいおいおいおいおい…………お前この期に及んでまだ引っ張るつもり?観念したら?」
「観念て…………そんな。お姉さんこそ、黄金ランクがこんなところで油を売っていていいのですか」
俺達のやり取りを見て、ついに辛抱たまらずといった感じのミシェルは「あ、あの!」と意を決した声を挙げた。
ただ、本音を言えば静観していてほしかった。というのは贅沢な悩みなのでしょうか…………。
「み、ミー君…………お姉さんて、あの、どういう?まさかとは思いますが…………?」
いいですかミシェル、人には触られたくない過去が在るのですよ。だから俺は顔をゆがめたまま口を引き結んだのだ。徹底抗戦の構えである。
けれど、俺の思いなど薄桃色の髪の鬼にとっては在ってないようなもの。「そうよ」とあっさりバラされる。
「ミゲル・ベネット。それがそいつの名前。で、私の弟」
するとミシェルは「…………アルマ様…………?」なんて、半目で責め立ててきたのだ。その先は言わずともわかりますよミシェル。だから口を閉じて欲しい。どうせ大方、「黄金ランクの姉君が?」とか言い出すんでしょう。
案の定、ミシェルは俺に顔を近づけると小声で怒鳴ったのだ。
「…………黄金ランクの姉君がいらっしゃるなら、教えて欲しかったのですがッ。」
ほらね。思った通りだ。でもその後間髪入れず、「リッカ様の件。よく棚に上げて言えましたね。」と追撃されたのは不意打ちでした。そちらについてはバツが悪い。反論もできなかった。と言うか、正論パンチはガード不可だから禁止にしましょうよ…………。
ただまぁ、俺にだって黙っていたのには理由がある。
それは、何処から情報が洩れるか分かったものではないからだ。たとえば、部下がうっかり口を滑らせ、それがお姉さんの耳に届いたとしよう。その時点で、今俺の目の前に現れた問題が、もっと前倒しになっていた可能性がある…………と言うのが半分。
もう半分は、たとえ事実であってもこの鬼と姉弟であることを知られるなどまっこと遺憾。甚だ不愉快だったからです。
「じゃあ魔力量も遺伝ですか…………」
「いえ違います。」とこの事実だけは声を大にして否定した。当然ですよ。こんな暴君と同じ血が流れているなど思われてたまるものですか。死んでもお断りです。もし仮に流れていた場合、ゾンダーに頼んで全て取り替えてもらいます。
「よく聞きなさいミシェル。俺は幼少期に彼女の一家に拾われたのです。血は繋がっておりません。サラブレッドと言うならばそれは彼女だけです。何しろ、お父さんとお母さんは共に漆黒ランクですからね。」
「そ、それはすごいですね。成るべくしてなったと…………?」
「言っておくけど、黄金ランクに成ったのは私の努力と実力だから。そこんとこ履き違えないでね。」
「あ、と…………失礼いたしました。」
「いいわ、で。十年以上も音信不通で何してたわけ、ミー君」
いや…………フォリアファミリーの構成員を経て奴隷商…………なんて言える訳が無い。
となると、お茶を濁しましょうか。
「ははは、息をしていまし――――ぶべッ?!」
「あ、アルマ様!?」
お、おい。頬をぶたれたんだが!??これ暴行だろう??
黄金ランクがそんなことしていいのか!?!ダメだろう?なぁ??ダメだよなぁ?!
「なにその顔?良いに決まってるでしょ。私が姉でお前は弟よ?どこに問題が在るの」
なんだその常識は!非常識この上ないでしょう!?こ、これだから姉と言う生き物は…………何時まで経っても弟を自分の所有物のようにマウントをとってくる。
本当に腹立たしい…………。
「その目。まだ反抗的ねぇ…………これ以上はぐらかすようなら、顔から下の骨全部おるわよ」
おいおいおいおいおいまじか。おい。おいこの人マジか…………脅迫だよそれは。
いや、でもまさか。そんなさすがに…………英雄様がそんな拷問まがいの暴力を振るうわけが…………、
「何ヘラヘラ笑ってんのお前。私に躾けられたのを忘れた?」
「…………あっ」
そうだった。いや、と言うかアレは躾とかじゃなくて虐げだったんだが…………。
ま、まぁ…………当時は俺がお父さんやお母さんを執拗に狙っていたのが悪いのは認める…………でもソレはソレコレはコレ。
今はひとまず棚に上げるとして…………あ、まずいぞ、本当にまずい。色々考えているうちに、お姉さんの目が据わり始めてる…………。
ならこの際前言撤回だ。腹立たしいとか言ってる場合じゃない。
反論次第では命に関わる事が決まったのだ。ここからは慎重に行こう…………こんなところで死んでたまるか。
「そ、その。今俺はお花屋さんをやっていまして」
「ん?偶然、それとも奇遇?バーバラもそうだった気が」
「ぐ、偶然でしょう。」
「…………なにかしら、このやりとりも既視感が…………」
「い、一説には、既視感は脳の誤作動とも言われて――――」
その瞬間、お姉さんが手を上げたことで、
「――――ヒッ!」
なんて、俺は情けなくも悲鳴を漏らしてしまった…………。
く、屈辱です。
「何その顔?」
「い、え別に…………」
「別にじゃないでしょ。誰がうんちくを聞かせろって言ったの。私はお花屋さんで何してるか聞いてるのよ。」
「お、お花屋さんですよ。お花を売ってるだけですが…………」
「お前馬鹿ぁ?それでこんな豪邸建てられるわけないでしょう。何やったの」
おっと?ふ、ふふふ…………掛かりましたね。馬鹿はそちらです。
俺が何の対策も無く、奴隷商を生業にしているとでも思ったのですか。
「みみ、ミ、ミシェル、例の物を…………」
俺が震える指を弾いて音を鳴らすと、彼女は馬鹿にしたように鼻でフッと笑ったあと、小走りにかけていった。そしてその後、彼女はバインダーに挟まれた書類用紙を持ってきた。
それは、各年の業績が事細かに記載されたものと。それを受領したことを示す納税証明書。つまりすべて書き換えの出来ない公的な物です。
お姉さんはそれらを受け取ると、訝し気に片眉を上げながら一枚一枚目を通し捲って行った。そして、半分程読み終えた時、「チッ…………」と大きく舌打ちを吐いて、書類をテーブルの上へおもむろに置いた。
「不審な点はなさそうね…………てっきり、水商売の暗喩かと思ったけど」
そら見た事か。当然ですよ。ざまあない。心の中で罵詈雑言をありったけぶつけてやる。
「…………お前、今心の中で笑ったろ?」
「っ!?な、何を根拠に…………」
「直感よ」
ええい、獣並みかこの人の鋭敏さはっ。厄介な…………。
「で、本当のところは?」
「い、言いがかりは止してください。書類を見て分かったでしょう。やましい事など無いとっ!」
うちは表向きお花屋さん。しかも、そちらの方もきちんと業績を出しているのです。冠婚葬祭を始め、トグサの街含めた近郊におけるお祭りや、イベントにも花を提供している。
なんなら、花を売るためだけに『幸せの花』と言うでっちあげの噂を流し、今ではそれを由来とした行事が年に一度あるくらいだ。その時は花が飛ぶように売れるのです。それこそ、人身売買と同等かそれ以上にはね。
その商業戦略を為せたのは、俺がこの町に来るより前にやっていたお花屋さんをほとんど全て買い取り、合併させたがゆえの過大広告の賜物。要は力業ですが。今は無理を通してでもやっておいてよかったと、過去の自分へ賞賛を送ります。
「俺は心を入れ替え、皆の笑顔を好ましく思っている善良な者なのですよ。お姉さん」
俺の演技がツボに入ったのだろうか。たまらずと言った風に、隣のミシェルが「ヒック」と喉を上下させた音がした。
ふざけんなと言う意味も込め、一度肘で小突いておきましょう。
「さぁ、分かったなら帰ってください。俺は仕事が溜まっているのです」
「何言ってるの。お前が心を入れ替えたんなら、尚の事姿を隠してる必要はないでしょ。」
「はい…………?」
「父と母がお前の顔を見たがってるの。私が死んだって言っても聞く耳持たないんだから。一度顔を見せろ」
「…………ぁーまだ現役なのですか?」
「んなわけないでしょう。私が黄金ランクに成った時引退したわ。今は有り余った力を大工仕事にぶつけてるわよ。おかげで、今のうちは増築増築増築よ。もはや迷宮みたい。」
だ、大工。大人しくしておけばいいのに。よりによってまた力仕事をしているのですかあの夫婦は…………。
「落ち着くことが出来ないのは、お変わりないようで…………」
「懐かしくなった?なら帰るわよ」
と言うより早く。お姉さんは俺の腕を引っ張った…………って、何をしているのですかこの女は。帰りませんよ俺は。
その思いを分からせるため、俺は彼女の腕を振り払い声を挙げた。
「いや、ちょちょちょちょ、勝手に話を進めないで下さい」
「特権を行使してもいいのよ」
おい、それは職権乱用だろうが。
「問答無用。」
「い、いやです。」
「…………あ゛?」
こ、こわい。蛇に睨まれた蛙とはこの状態を言うのだろうな…………俺の体が恐怖を完全に思い出している。
でも、なんとかグッとこらえる。
恐る恐る七歩下がり、壁に背を預ける形で徹底的に抗戦する構えをとった。
「ぉ、お、俺には俺のすべきことがあります。今更連れ帰ったところで何が変わるのですか!」
「問答無用と言ったでしょ。」
「ハッ、強情な。十何年も俺を探すなんて無駄な時間を過ごしたものですね。」
「なに?」
どうする。なんて言えばこの人をぎゃふんと言わせられる?
……………………あ、そうです!
「ご夫婦もさぞ悲しみに暮れている事でしょう。その時間があれば異性の一人でも捕まえられたであろうものを…………どうせ、ご結婚もなされていないのでしょう。いや、ご友人すら怪しいですね。その性格だ。当然です。ははは」
「……………………………………………………。」
「だって、あなたの年齢より前にご夫婦は付き合い、あなたの年齢でご夫婦はあなたを産んだのですからね。」
「…………は、ははは…………お前、逆鱗に触れたぞ」
その瞬間、室内の気温がグッと下がった感じがした。吐く息が、白く濁るような錯覚すら起きる。
だから俺が、「だ、だだだあだだから何だと言うのでスかっ。」と呂律が回らなくなったのは、寒さのせいなのです。
決して怯えたからではない。ビビッてなんかいませんとも。
「っと、え。え?待ってください。お、お姉さん?!なぜ剣を抜いているのですかっ!!???」
「……………………」
「何か返答したらどうです!」
「出血大サービスよ。逃げられないよう、手足の腱切って上げる。」
「ほ、ほんとに出血することがありますか!?」
「先に仕掛けたのはお前よ。これは正当防衛。」
「いや、先に俺を床に打ち付けたのはあなたの方なのですがッ!!」
「私はいいのよ姉だから」
「どういう理屈ですか、り、理不尽なッ…………ァ!」
そして、黄金ランクが一歩俺に近づいた。続いて、ゆらりとまた一歩。
あと、二歩も近づかれれば俺に剣が届く距離になる。
三歩目に接近した彼女はグラリと身を揺らした。
殺される。そう思って固く目をつむって身を縮めたが、
「…………?」
いっこうに痛みは来ない。それどころか、ドスン…………と床に倒れ伏したのはお姉さんの方だった。
「ど、どうされました」
返事は無かった。緊急事態に驚き、近寄って脈を測ったのだが「寝ている?」だけのようだった。
「疲労困憊だったのでしょうか…………いや、これは丁度いい。ミシェル、召使いを呼んでくれますか。彼女をつまみだしましょう」
しかし、そちらも返事が無かった。
「ミシェル?」
首を回すとミシェルも眠っていた。しかも、ソファーの背もたれに首を放り出した無防備な状態でだ。あれでは眠りというより、失神と言った方が納得できるぞ。
いや、見やればカイニスも床に臥していた。
「どういうことです」
事の重大さがジワジワと俺を蝕み始めた時、「キヒヒ…………」と言う耳障りな発声が俺の注意を引いた。
「ド外道君、もしかしてあれじゃなぁ~~い?」
と鬼畜クソ女が沈黙を破りとある一か所を指さしたのだ。そこは目を凝らさなければ視界にも映らない部屋の角、日陰の部分。その床には陰に紛れるようにひっそりと、黒い華が一輪咲いていた。
…………いや、華?それはおかしいだろう。床に?それも屋敷内にか?そもそも俺は植えた記憶なんてないが。
「なんです、これは――――」
恐る恐る近づきそれに靴先で触れた。感触は硬かった。触れた際、花弁が一枚床に落ちたが、それはたちどころに崩れ砂状になった。つまり幻ではないが本物でもない。ましてや有機物でもない。これは造花だ。
ならば材質は何だ。砂状に崩れるとしたら文字通り土くれか、それとも別の何かか?
分からない。何もわからない。
何なのだこの華は。
「――――その華は、塩岸ノ疾病開花葬と言います。」
突如として聞こえた声に思わず「誰だ。」と出入口を見やった。
そこに居たのは、浅黒い肌をした俺と同じ髪の色の優男。アポロ・オーガスだった。
「その塩の花粉を吸い込んだ者には、状態異常が引き起こされる。どうですかアルマさん。医神の麻酔は結構効くでしょ?」
説明したのは敵意が無いとの証明のつもりだろうか。
しかしながら、俺はそんな魔術を知らない。
と言う事は、
「この『原典魔術』はあなたの仕業か」
「いや、まぁ、はは…………俺のではないんですけどね。便利だからよく使うってだけで。」
「知った事ですか。一体何のおつもりで…………こんなところに」
「決まっているでしょう。」と言う返事は、アポロが半歩横にどいた後ろから。
その声は女性だった。
「お金の取り立て。それ以外に何かしら、見当がつくことがある?ねぇ、アルマ?」
壮麗な赤い髪から覗く、気だるげな白色の虹彩が俺を見ていた。




