間幕 エピソード10 バーバラの日常3
「あら…………あらあら?」
そんな風に首をかしげたのは、賭博場への襲撃が空振りに終わった後日。ジューン・ホーン様の家へと足を運ぶ前に、軽い書類仕事を済ませようと執務机の上を漁っていた朝方でした。
どの書類を手に取っても…………とまでは流石にいきませんが、優先して手を付けるべき山が既に記入済みなのです。しかも、きちんと整理され終わっていないものと区別するように積まれている親切さ。
「…………誰かしら。もう終わっているわ」
再度首を傾げた時ノックの音が響き、「バーバラ様」とチェインの声が。
「入ってもよろしいでしょうか?」
「何かしら」
「失礼します」と、礼儀正しく入ってきたチェインは、少し気まずそうに頬を掻きながら声を出しました。
「申し訳ございません。昨夜ここを任された時に書類を捌いたのですが、終わらせた旨の事伝手をしたため忘れていたことを思い出し。今、報告に上がりました」
「あらまぁ、あなたでしたの。」
「はい。勝手なまねかとは思いましたが、こちらでも捌ける内容でしたし、あと、最近バーバラ様はお疲れのご様子でしたので。」
「いいわ。とても助かりました。」
わたくしがほほ笑みを渡すと、チェインはほっと胸をなでおろした。
「あなたにここを任せたのは正解でしたわ」
「とんでもございません。ジューン・ホーン様ご一家の守護に加え、我らが至らぬばっかりに事務までも押し付ける形になってしまっており、一同心苦しくあります。」
「あらまぁ、そんな風に思っていたのですか。」
「はい。」
「わたくし、てっきり舐められているのかと。」
「舐めっ?!!そんな、一体誰がそのような失礼をッ?」
「あ、あらら…………ほら、よく意見するでしょう?」
「無理がたたっているのではないかと、皆心配なだけです。それに、ここだけの話、我らは旦那様ではなく、貴女を選んでクォールの街まで着いてきたんです。尊敬はあれど、下に見るなどありえません」
あらぁ…………そうなのね…………面と向かって言われると頬が赤くなりそうだわ。
「コホン。で、では、これからはあなたにも事務を任せる事が増えるかもしれませんよ?」
「勿論です。なんなりと」
「…………。」
「バーバラ様?」
急に言われるとそれはそれで適当な仕事が浮かびませんわ。
と言うか今回は既に、チェインがすべきことをやった後ですし。押し付けすぎるのも申し訳ない気がします。
「また次の機会にでも、とっておきましょうか」
「はい。」
「では、わたくしはまたホーン様の家へ参ります。非番の皆と仲良く留守番をお願いしますわ」
「その間、バーバラ様の伯父上様は如何いたしましょうか」
「あら何かあって?」
「…………実は、観光において目ぼしい所へ連れて行って欲しいと、強請られておりまして。」
伯父様ったら…………一人で出歩くのは危ないと言ったらこれですか。
「じゃあ悪いけれど、相手をしてあげてくれる?その間の出費はわたくしが後で立て替えておきますわ」
チェインから「はい。ではそのように。」と首肯を貰い、わたくしは拠点を後に致しました。
※※※※※※※※※※※
「おはよう、バーバラさん。」
「おはようございます。ホーン様。」
と、ホーン様宅にお邪魔した途端、彼女はわたくしの顔を覗き込んできました。
「顔に、何かついていたでしょうか」。そう思い、頬と目をこすったのですが、ホーン様はその事ではないと首を横に振りました。
「なんか、顔色ちょっとよくなったんじゃない?」
「え。そうでしょうか」
「うん。やっぱり疲れてたのね。いくら頑丈でも休まなきゃダメなのよ。」
うーんどうでしょうか。昨晩は夜遅くまで起きていましたし…………。
とすると、考えられるのは部下との意思疎通。相互理解が一歩前進したからですかね。
「思いのほか、考えていたのですわね。わたくし…………」
「え、何が?」
「いえ、こちらの話ですわ。それで、今日はまたお洗濯からに致しますか。それとも、お掃除から――――」
そこでわたくしが言葉を切ったのは、ホーン様の後ろに薄桃色の髪が見えたからでした。
「――――その口ぶり。友人と言うより召使ね」
「…………あの。なんでこちらに?」
「あ、なんかね。バーバラさんに話が合って来たんですって。だから、手伝いはその後でいいわ。と言うか、今日も休んでもらっていいんだけどねー」
そんな風に軽い調子で笑うと、ホーン様は庭の方へ出て行ってしまいました。
今や、黄金ランクとマンハンターが二人きり。
気を使ってくれたのかもしれませんが、逆に気まずいですわ…………。
「はぁ、それでどんな御用でしょうか。」
「邪険にするのは辞めて欲しいわ。お前が自身の居場所を教えなかったから、こっちに立ち寄ったのに」
「…………そうでしたか。それで昨晩の件は?」
「もう済んだ。昨夜のうちに縛り上げて、罪状を書いた私直筆のメモをギルド前に置いておいたから、後は彼らが勝手に処理するでしょ」
「仕事がお早いですわ」
「そ。で、今回は世話になったし?一応最後に挨拶しておこうかと思って」
「それはまたご丁寧に。でも、大したことはしておりませんわ…………ん?最後とは?」
「私もうここを立つのよね。」
「あらまぁ、こんな早朝からですか。何かギルドからお達しが?」
「まぁ当たらずとも遠からず。朝早く届いてね。」
「ほらこれ」そう言って彼女が取り出したのは、焦げ跡があるダイヤモンド型の白封筒。要はお手紙でした。
「でも、それが何か?」
「これは、特権を持つ者御用達。特別な陣が内面に刻まれた封筒よ。面白いから見せて上げるわ」
と、彼女は冷笑しながら封筒を開けました。するとその刹那に封筒が勢いよく燃え上がったのです。
「え、ちょ火事っ危ないですわ!」
「ははは、やっぱり初見だとみんなその反応よねぇ」
屋内で火が上がっているのですわ!手紙が燃えたのになんで笑っているのです?!。そう思ったのですが、彼女にとっては何の問題も無い事でした。
何しろ、封筒は確かに燃えて無くなっていますが、肝心な手紙は無傷で封筒を持っていたのとは逆の手に抜き取られていたのです。
「まあ、こんな風にね。それなりの実力が無いと、内容が読めないようになってるのよ。」
な、なんという力業でしょうか。でも、その分面倒な暗号や、開錠をしなくて済むのは良い点ですわね。
でも驚くべきはそれよりも、
「あの一瞬で、取り出したのですか…………じゃあ、封筒に焦げ跡がついていたのも」
「目ざといわね。そそ。一回取り出して既に呼んだ後。使い方によっては、今のでその人の簡単な実力も図れる優れものよ?」
と言う事は、彼女レベルならば封筒を燃やす危険すらないのですか。一体どんな速度なのでしょうか…………恐ろしい事ですわ。
「驚いてるとこ悪いけど、差出人聞いたらもっと驚くわよ。」
「はて、どちら様ですか?」
「先輩から」
「…………誰ですか?」
「エンバー・ライト。」
「あぁ、そうなのですか。」
「…………反応薄くない?」
「だって、あなたが既に黄金ランクですし。今更ですわ。じゃあなんですか、力を貸して欲しいとでも書かれていたので?」
「黄金ランクが一人で遂行できない依頼とか滅亡級よそれ。だから違う違う。」
「もうっ、もったいぶらないで下さいまし。」
「身内の手掛かりがつかめたの。白髪頭の魔力お化け。そいつは今アルマって名前でサディー首都にほど近い街にいるらしいわ」
…………あぁー…………そう、ですか。そうなってしまいましたかぁ…………。
「何呆けてるの?」
「いえ、別に。その方の安否を案じたのですわ」
「…………私の事なんだと思ってるの」
「正直に申し上げますと、トラブルメイカー」
「そ、そんなトラブル起こした?確かに旦那さんには悪いことしたけど…………」
いえ、それに加えあなたは知らないでしょうけれど、昨夜の件がわたくしの中ではまだ尾を引いているのですわ。
「まぁ、何はともあれ。これで最後なのですわね。」
「なんか喜んでない?」
「いえまさか。哀しいですわ。せっかくお友達になれるかと思いましたのに。」
「友…………ぁ、ふーん?私は、まぁ、もう?そう…………思ってるかも…………よ」
「あらまぁ、お達者で」
「ちょ、薄情じゃないかしらその切り返しはッ!?」
「いえいえ、お友達特有のじゃれ合いですわ。あ、玄関はこちらですわ。足元にお気を付けてどうぞー」
「…………なにかしら…………お前ちょっと、先輩みたいね」
「あら、黄金ランクと同列に扱われる何て光栄ですわ」
「褒めてない。」
「あら、ではまた会った時にでもその話を聞かせてくださいまし」
「ちょ、どうしてそうも帰らそうとするのよ!?」
「わたくし、ホーン様のお手伝いがあるのですわ。彼女を待たせていますし、そろそろ戻りたいのです」
「友人なんでしょ?なんで手伝いなんか」
「まぁ、お仕事の内ですわ」
「はぁ?なにやってる人なのお前」
「お花屋さんですわ。ですから基本的には庭の土いじりを出張で。家事の手伝いは友人ゆえサービスですわ」
これは中々良い言い訳が出来た気がします。渾身の出来ですわ。
実際彼女も「あ、そう言う事」なんて騙されたので、問題はないでしょう。
「ま、それならお邪魔虫は消えるわ。じゃあね」
「道中お気をつけて」
「…………あ・の・さぁ、世界を救ってる英雄様がお邪魔虫なわけなくない?フォローとかない訳?」
「英雄とは孤独と伺いますわ。ゆえに、そのようなかまってちゃんに…………」
「っく。この…………あまり調子に乗らない事ね。度が過ぎれば特権を使って地に堕とすわよ」
「道中お気をつけて」
「それしか言えないのっ。チッ、次に会った時は憶えておきなさいょ…………」
黄金ランクから三下のようなセリフを引き出すなんて、わたくし世界初ではないかしら。
あ、そうですわ。あとでアルマ様にこの件をお伝えしなければ――――。




